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28.

 いつもの時間に電話してみる。だいたい十時頃。勉強後のお風呂も終えて、あとはゆっくりする時間。だんだん春の陽気になってきたが、曇った空の夜。


 恋人の誕生日というのは、どうやら把握しておくものらしい。藤原の端くれになってから今までずっと、プレゼントなんてもらってこなかったためか、その重要性は考えていなかった。恋人になる前に誕生日が過ぎていたならまだしも、そのあとに誕生日を迎えていたなんて。恥ずかしい。きっと幸も呆れていたのではないか。


 そのうえ、進路のこともろくに聞かず、今後のことも考えていなかった。興味がないと思われてしまっても仕方がない。でもそれはいやだ。きちんと謝らねば、と焦った気持ちが、いつもより早く電話をさせた。


「……お」


 普段は幸から電話をすることのほうが多い。なんとなく、(ふい)が待っている気がする。そんな勘が、毎晩幸を動かしていた。


 幸も吹と同じことを考えていた。誕生日も聞かず、吹に自分の進路も伝えていなかった。信じられていないと思われてしまったと、後悔した。なんと言えばいいか考えていた時にちょうど電話が鳴った。


 誰からか、画面をたしかめることはしない。わかりきったこと。それよりも、心を落ち着かせるのに気を遣う。冷静に、冷静に、いつもどおりに。そう自分に言い聞かせて返事をする。


「あの、今日は、すみませんでした」

「すまなかった」

 二人の声が重なる。

「あ」「お」

「「そちらからどうぞ」」

 どこまで重なるのか。二人は同じことを思っていたと、なんとなくわかった。先に電話したから、と吹が話し出す。

「こ、こ、恋人、に、なったのに、お誕生日も、確認せずに」


 まだ恋人というのが恥ずかしい吹は、いつもこういうところで言葉を詰まらせる。初めて会ったときから比べれば、するすると話ができるようになってきたとは思う。そういったところもかわいいと、幸は思っていた。

「あと」

 聞いていいものか悩んで、プライベートにどこまで入っていいかわからずにそのままにしていた吹。

「進路のこととか、尋ねずに、申し訳ありませんでした」

 もし聞いたら、必ず答えてくれた。たとえ答えたくなかったとしても。

「興味がなかったとか、そういうのではないんです!」

 毎日この時間に、同じような会話をして終わる、そんな単純な時間だけで楽しくて満たされて、そこまで頭に入ってこなかった。もし気になっていたとしても、プライベートにどこまで入り込んでいいのか、わからなかったと思うと伝える。

「それは俺も同じだ」

 幸も答える。

「誕生日も聞かず、自分のことも話さなくて、信じられていないと思われたと思う」

「そんなことは」

「俺も、毎日のちょっとした会話で充分だったんだ」

 同じなのだ。お互いに、大切なのは別のところにあったのだ。

「でも」

 恋人というのは、誕生日などの記念日を大切にし、自分のことはすべてではないが伝えるものらしい。そうすることで、心の距離が縮まる。

「これからは話していこうな」

「はい!」

 久々に元気な声を聴けた気がして、幸もふっと口元を緩めた。それからは誕生日をお互いに伝えた。吹は四月だと、婚姻の儀から助け出した時に麗華に話していたのは覚えている。だが、日は知らなかった。聞いてよかったとほっとする。大学も教えて、引っ越し先も。


「ところで」

 だいたい終わったところで、切り出したのは幸だ。

「今日は逃げられていた気がしたが、嫌なことをしてしまったか」

 気を付けるから教えてほしいと伝える。

「ち、ち、ちがいます!」

 すぐに否定。

「どんな顔をして、会えばいいか、……わからなくて」

 小さな小さな声。目の前で今の顔が見たい。

「避けてたつもりはないのですが、恥ずかしさで体が熱くなって、その」

 すみません、と遠くから聞こえてきた。近くにいるだけでどきどきできる関係なんて、あいつらが言うように本当に漫画みたいだ。

「ただ、あの話のときだけは、近くにいてほしくて」

 言霊の話をするとき。手を添えてもらわなければ、切り出せなかった。

「隣にいてくれて、ありがとうございました」

「役に立ったのなら、よかった」

 相手のためになにかしたくなるのが、恋人というものなのかもしれない。そして、近くいたくなるのも。安心したいのもさせたいのも。

 遠くにいてもさみしさを感じないのが恋人、みたいな話をなにかで読んだ気もするが、二人には当てはまらないようだ。

「だからわたしも、幸さんが新生活で忙しいときに安心できるように、なにかしたいです」

 幸ならなんでも要領よくこなしてしまいそうだが。

「というより、声だけだと、さびしい、です」

 もっと会いたい。

 電車で行ける距離とはいえ、遠距離恋愛というやつだ。

 さびしい、という言葉が、幸に刺さっていた矢を溶かした。

「たくさん会えるようにしよう」

 そこは麗華を使ってでも。

「はい!」

 今の声は満面の笑みがあるだろう。花がぱっと咲いた、あの顔。


 というわけで、次に会うための日を決める。お互いに四月は忙しいため、ゴールデンウイークに一日会うことになった。幸が約一か月暮らして足りないと思ったものを買い物し、吹が作ったケーキを部屋に戻って食べて、お話して、解散。そんな流れでいくことに決定。


「あの、お尋ねしたいのですが」

「うん」

「甘いものは、苦手ではありませんか」


 勝手な想像だが、甘いものは苦手そうだ。飲んでいるのはお茶よりコーヒーが多かったこともあり、作ったチーズケーキも甘さ控えめにして、クッキーの生地はいつも使うクリームの挟まれているココアクッキーの生地は使わずにシンプルなビスケットにした。

「嫌いじゃない」

 ということは好きではないのか。そう考えると、何にしようか迷う。

「あのときのシフォンケーキ、うまかった」

 クリームを使わないものにしようと決める。

「俺からもいいか?」

「はい」

「チーズケーキに添えてあったクッキーのあれは」

 口にしようとしたら塞がれてしまったあのとき。

「あ、あれは」

 幸にだけ添えてあった。いや、全員に飾りとしてつけてはあった。見た目が地味にならないよう、クッキー生地の残りを乗せてあったのだ。だが、幸の分だけは、簡単にラングドシャの生地を焼いて、中にオーブンシートを入れてあった。フォーチュンクッキーにしたのだ。だが文字は大吉とかそういうものではない。

「特別に作りました、というのは、あのときから、いえ、には、もう、その」

 言いよどむ吹。あのときから、ではない。違う。あのときからではないのだ。


「ご想像にお任せします!」


 もう想いは伝わっているのだから、恥ずかしさを思い出させないでほしい。

「そうか。それじゃ勝手に想像させてもらう」

 たしかに自分で想像に任せるとは言ったが、そう言われるとなんだかもっと恥ずかしい。もう勘弁して、電話でよかった、と吹は電話を持っていないほうの手で顔を隠していたのだった。

「おやすみなさい」

「おやすみなさい」

 そのあとも少し話をしてから、終わりにした。お互いの声が聞こえなくなってから二人とも、ふぅ~、と大きく息をついたのだった。電話でこれでは、やっと会えるその日に生きていられるだろうか。心臓が爆発しそうで心配になるだけだ。



 ただ、恋というのはすごいと感じた。その日のためにケーキを焼くのは決定事項だが、その日に着ていく服を用意したいと思ってしまったのだ。

「おじさま」

 お父さんと呼ぶのは本当の父だけがいい、という吹の要望を聞き入れてくれた義父。最終的に、おじさま、と呼ぶことになった。正式な場での人前はお父様と呼ぶことを条件だがその理由は吹も理解している。おじさまと呼ばれることもなんだかそれも嬉しそうで、吹は安心した。

「なにかお手伝いできることはありませんか」

「突然どうした?」

 休日はたまに神宮司家に来ている吹。その日、たまたま家にいた義父に、聞いた。

「ほしいものがあるのです」

「そういえばなにも買ってあげていなかったね。なにが欲しいんだい?」

「先にわたくしに相談してほしかったわ」

 その場に一緒だった麗華が不満を漏らす。

「洋服が、ほしいのです」

「ならわたくしとお買い物に行きましょう!」

「自分で、買いたいの」

「もちろんお店にいくのだから、自分で買うのでしょう?」

「麗華、そういうことではないよ。吹が言うのは、お金のことだ」

「まぁ」

 麗華はなんでも買ってもらうことがほとんどだ。お小遣い制などないだろうし、家事を行った分のお金をもらうこともない。

「うーん、麗華と差別はできないからなぁ」

 珍しく悩みながら頬をかく義父。

「事情を、教えてもらえるかい?」

 吹はもじもじした。いつかは話さなければならない。通ることになる道だ。早いほうがいい。


 幸とお付き合いをすることになったこと。初めて二人で会うことになったこと。お付き合いについてはにこにことしていた。幸のことは麗華から聞いていたのだろう。だが、二人きりの話のときだけは、ぴくりと眉が動いた。

「おしゃれを、していきたいのです。自分で選んで。それで」

「そうか、自分で購入したい、と」

「はい」

 それなら、運転手の手伝いをしてあげて、と指示をもらった。運転手は神宮司家のなかでは一番に吹を知った人であり、娘も吹に懐いている。

「それで働き加減によって報酬を渡そう」

 もちろん義父は働き加減など関係なく、吹が欲しいと思う服の金額に足りる十分なものを渡すつもりだ。

「ありがとうございます!」

 目を輝かせて、吹は笑顔でお礼を返した。それを見て、うんうんと義父はうなずいたのだった。

 今、車の手入れをしているとの話を聞いた吹はさっそく車庫へ向かった。その背中が見えなくなった後。


「麗華」

「はい」

「二人きりと言ったが」

「はい」

「彼は信用に足る男性かね?」

「もちろんですわ」

 わたくしも吹も信用しておりますわ、と麗華が答えると、父は完全にではないが、安心したのだった。いつかここに来ることがあれば、男二人で会話をし、きっちり釘を刺そうと決めたのだった。



「運転手さん」

「お待ちしてましたよ、お嬢様」

 麗華よりも砕けた口調で吹には話してくれる。お嬢様はやめてほしいとお願いしたが、聞き入れてもらえない。研修で来てくれた執事よりも頑なで、引いてはくれなかった。研修のときの担当執事の気持ちが今、痛いほどわかる。

「お手伝いをしたいのです」

「車を磨きましょう」

「はい!」

 初めて会った時より、はきはきと話すようになった吹。運転手も嬉しく思っていた。


 神宮司家の車は台数が多い。これが仕事で、毎日問題なく時間内にこなしているとはいえ、手伝ってもらえるのは嬉しいことだ。

「あと、もう一つお願いが」

「はい」

「娘の面倒を見てほしいのです」

「もちろんです」

 今度、義父母が会食に出かけることになっている。その間、手が離せない。そして運転手の妻もその日はいないという。誰に預けようかと悩んでいたが、ちょうどいいところに吹が来た。

「一緒に遊園地やお買い物や、どこか行きたいところを聞いておくから、お願いできますか」

「はい!」

 娘と遊ぶだけでお小遣いが出るのはどうなのかと思ったが、幼稚園の先生になったと思えばいいと思い直す。


 ということで、吹はおこづかいを無事に手に入れたのだった。本当は現金でほしいところだったが、受け取ったのはカードだった。義父いわく、必要な額だけ使えるようになっているとのこと。もちろんそんなカードがあるとしたらクオカードや商品券だ。きっと吹のため。何も言わずに受け取った。購入する服は、自分に見合う金額にしようと決めた。


「吹」

「なに?」

「もちろんわたくしと一緒にですわよね?」

「え」

 一緒に行くつもりはなかった。寮からバスで行ける大型ショッピングモールで済ませるつもりだったのだ。麗華と一緒となると、高級洋品店になること間違いない。

「あ、あのね、わたし」

 またもじもじと指を絡ませる。

「自分で、選びたいの」

 幸さんに、すてきって言ってもらいたいの。

 まあ、と麗華が口元に手をあてた。

「だからね」

「わたくし、ショッピングモールに行ったことがありませんの」

 言葉を遮られる。

 今度は吹が目をむく番だった。お嬢様だ。行ったことがないのはもしかしたら当然なのかもしれない。学園に入学してから、当然、と思わなければならないことが多すぎる。

「だから、一緒に連れて行って」

 顔を朱に染めて目をそらすのは麗華の照れているときの癖だが、今ばかりは違う。

「うん。もし、選べなかったら意見をもらってもいい?」

 麗華の顔がぱあっと明るくなる。

「もちろんですわ!」

 ただ、まずは義父に許可を得ることを条件として、麗華と二人で、お買い物になった。



 その日、なんとも一般的なファミリー向けの車でショッピングモールへ向かう。麗華が一緒となって、運転手が車を出してくれたのだ。だがいつもの高級車だと目立つため、運転手の妻の車を急遽お借りしたのだ。

「いってらっしゃいませ。楽しんできてください」

 ショッピングモールはゴールデンウイーク前にもかかわらず人が多い。

「なんて人!」

 いつもたくさんの人のなかを歩いているはずだが、こんなに通りにくい道を割り込むのは初めてらしい。

「れいちゃん、手」

 手をつなごう、と手を出した。

「迷子にはなりませんわ」

 すでに人に巻き込まれてはぐれそうだし、初めて見るお店に目をとられてばかりだし、心配な吹は麗華と手をつないだ。ちょっと嬉しそうな麗華がかわいい。恵一とカフェまで歩いたあのときは、きっとこんなかんじだったのだろう。


 本日の予定は、午前中に吹の買い物を終わらせて、麗華と昼食、そのあとは好きなものを見てまわる。

「どんな洋服と考えているの?」

「ちょっと大人っぽくなりたいの」

 幸はひとつ上。ひとつだけとはいえ、もう大学生になってしまった。高校生と大学生の隙間は大きい。身長も高い幸に、少しでも近づきたい。かわいい、よりもきれいになりたいと考えた。

「あと、イヤリングにも合う色で」

 うふ、と麗華が笑うのがわかる。


 とあるお店で自然な白色のブラウスを見つけた。つるんとした見た目をしているが、生地そのものは綿にも見える。インド綿とあった。上から下にかけて同じ生地を使ったギャザーと細いフリルがついていて、首の後ろは丸く空いている。三つの紐をリボンに結んで留めるデザインだ。ちょうど肘より上の長さで、これからの季節に役に立つだろう。首まわりと腕もギャザーになっていて、シンプルだが何にでもあうデザイン。お値段も季節先取りセールで思った以上には安い。これは確定だ。そう思った吹はすぐに購入を決定。なくなってしまっては困るため、すぐにレジに向かった。

「試着はしないのね」

 麗華にとって、試着は当たり前のことらしい。吹は、ズボンやスカートは合わせてみるが、上は肩まわりに合わせてみて済ませてしまう。麗華にとっても新鮮なようだ。


 今度はスカートを探す。今までは制服とあのドレス以外、ずっとパンツルックだった。だからスカートでどきっとさせたい。

 別のお店で、マネキンに着せられたフレアスカートが目についた。麗華は、自分で決めたいという吹の意見を尊重してくれて、特になにも言ってこない。まだ購入には至らないが、自分の服も見ているみたいだ。

 スカートはくるんとターンしたらふわりと広がる形。フレアスカートというのだったろうか。かわいらしさよりも、すっきりとした印象なのは、色が紺色だからかもしれない。こちらは化繊だ。さっきのブラウスと合わせたら、ちょうどバランスがとれそうだ。

 ただひとつ、悩む点がある。丈の長さがふたつあるのだ。ひざ下のマキシ丈と、ひざくらいの丈。きれいさを求めるならマキシ丈だろうが、今までひざ丈は着てこなかった。見せたらどきっとさせられるかもしれない。ここで麗華の意見を求める。

「そこはひざ下でしょう」

 大人っぽさを求めるということで、麗華は即答した。ひざ丈はまた別の機会にしましょ、と麗華はきっぱりと言った。次があることを疑っていないのが、嬉しかった。


「もし寒かったら困りますわ。羽織るものもあったら便利よ」

 それは考えていなかった。そういえば、いつも寒い時に肩になにかをかけてくれたのは、幸だ。今度は自分で持っていこう。電車はもしかしたら涼しいかもしれない。

「サマーショールとか、どうかな」

「素敵ね」

 そこで探してみると、クリーム色の地に銀色の線が入ったショールを発見。光に反射してきらりとたまに光る。

「ばっちりね!」


 さらに今まで履く機会の少なかったヒールのある靴も購入。こちらはローヒールだ。ヒールも部分も太く、こけて恥ずかしい思いをしないようにと考えた。まわりは靴の色とレースをまとっていて、色はスカートと同じ紺色でまとめた。

 カバンを探していると、麗華からアドバイスが入った。

「吹、ひとつ伝えておきたいの」

「うん」

「バッグは小さいほうがいいわ。そのほうが全体がすっきりしますわ」

 財布とスマートフォンとその他の最低限必要なものが入ればいい、とのこと。そこで有名洋服チェーン店でコスパばっちりのショルダーバックを手に入れた。

「ありがとう」

「家族なら当然です」

 ふん、と嬉しそうにする麗華。


 上から下まで揃えると、思った以上にお金がかかることを今日初めて知った。なるべく安く、セール品を見つけてきたが、ファッションというのはお金がかかるのだ。どうにかして、義父にお礼をしようと決めたのだった。

「化粧とヘアスタイルは任せなさい」

 イヤリングをつけるため、じゃらじゃらした印象を与えないよう、あえて髪飾りはつけない。だが少しいじっていくつもりでいた。

「ありがとう」

 不器用な吹としては、ありがたい申し出だ。


 袋をいくつも抱えて、二人はフードコートへ向かう。

「座れるかな」

「座れないことがありますの?」

 フードコートは食事の時間には混み合う。隣の人とも会話がままならないくらいだ。今まで座れない状況に陥ったことのない麗華は、レストランよりたくさんの店でなんでも好きなものを選べるというフードコートを強く所望した。

「きっと座れるよ」

 麗華がいれば、誰でも席を譲りそうだな、と思っていた。それが当たったのか、たまたま二人席が空いた。するりとそこへ入り込む。

「吹、もしかして」

「いやいや」

 言霊使った? と聞きたそうな麗華に、使ってないと答える。でもさっきのが、なっていないとは限らない。もっと意識的に訓練しようと改めて決意した。


 空いたばかりの席はまだ汚れが残っていたため布巾を取りに行く。慣れない麗華を、絶対にテーブルから離れないよう言いつけていった。姉っぽいと自分で思う。これは席をとられるからではなく、ナンパに合ったり攫われたりしないように、だ。戻ったら想像通りか、麗華に声をかけている男が数人。

「連絡先教えてよー」

 なにを言われてもすんとだんまりを続ける麗華は偉い。一度でも反応を見せれば入り込まれる。吹はその間にするりと入り込んだ。

「なにか御用ですか? わたしの家族に」

「あ、いや」

 散っていく男たち。これは前に話した、つながりを切る仕草。

「イチさんはあんな厭らしいかんじありませんのに、なにが違うのかしら」

 はぁと息をつく。

 たしかに軽い感じのある恵一だが、まとわりつくあの嫌なかんじは持っていない。こういうときにふっと頭に浮かぶ人は、その人のなかで大きくなっている存在だ。麗華のなかであの五人はそうなのだろうな、と思った。


「さて、何食べる?」

 結局選べなかった麗華は、吹と半分こでたこ焼きとちゃんぽん麺を食べた。声が通らないため大きな声でおしゃべりして、笑って、音を出して食べて、楽しそうだ。


 それからは二人で全体をまわる。途中、麗華が有名コーヒーチェーンのフロートを食べたいから買ってきて、と言い、その間だけ別れた。帰ってきた麗華の手には大きな袋が増えていたが、こっそり購入したのだろう。さすがに郵送はしてくれないためこっそりとはいかないが、満足そうに笑っていた。

 安いアクセサリーを見て、今時の流行りのファッションを見て、プリクラを撮ってクレーンゲームをして。そんな一般の高校生の姿をした麗華を、吹は写真にたくさん収めた。こっそり義父に見せるためだ。プリクラはみんなのメッセージグループに送ろう。


 楽しい一日であり、人ごみにまぎれて歩いて食べて、疲れた麗華は帰りの車ですとんと眠りに落ちた。こっそりと、そのお顔も写真に収めた吹だった。家族になったのだから、これくらい許されるだろう。麗華にもいい一日になったはずだ。


 だがそんな話をしたら、いづみ、澄子、菜穂にずるいと言われ、なんで自分たちも呼んでくれなかったのだとすねられてしまい、穴埋めはいつかすると約束することになる。


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