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27.

 翌朝、学園の女四人は心の中でほっと胸をなでおろした。(ふい)の表情は穏やかだった。同じく高校の男四人も、心の中でガッツポーズを決めていた。


 女たちは放課後に吹の部屋で洗いざらい吐かせた。すべてを話したわけではないが、ちゃんと恋人になったと照れながら教えてくれた。同じく男たちは、肉は今日! と幸を連行してそこで話した、というか話させたのだった。幸に話させるには肉を焼く時間だけでは足りなかったががんばった男たちである。


「それなら、早く会いに行かねばなりませんわ」

「え、でも」

 今は忙しい。はず。

「会いたいんでしょ?!」

「うん」


 それなら週末行きますわ! と麗華の決定により、五人に話を取り付けることになった。しかし残念ながらその週末は高校がイベントやらなにやらで忙しく、会うのは二週間後まで遅くなった。だが二人は毎日、短い時間ではあるが電話で会話をしている。ただの現状報告。それだけでも嬉しいと思ってしまう。声が聴けるだけで楽しくなってしまう。恋ってすごい、と吹は思った。恋をしている友人のあの二人の気持ちを共有しているみたいだ。麗華と菜穂にも、こんな幸せな気持ちがあると、早く知ってほしい。


 さて、やっと会えることになったその日。卒業式はもうすぐだ。三年生は学校への登校はない。やっと時間がとれた全員は、もちろん幸と吹は二人にさせて、他はそろって別の場所へ観光だ。観光というより、お互いに今後の進路を知って、相談したかったのもある。


 が、残念なことに二人だけ一緒で他は分かれるとはならなかった。みんなで話をしなければ、ということになったのだ。もうすぐ卒業式。その後忙しくなるから先にお祝いをやってしまおうとの提案が出た。吹としては、内心ほっとしている。どんな顔で会っていいのかわからなったから。みんながいるなら服装もいつもどおりでいい気がするし、助けてもらえる。


 麗華が予約したお店は日本料理の料亭だ。個室なのが嬉しい。他の人の眼が入らない。よくも悪くも全員が目立つから。

 近くに行きな、と四人に目で訴えられるが、吹は恥ずかしくて目を合わせられず、席でも幸の一番遠くにすすっと移動してしまう。こりゃ重症だと四人は溜息をつく。


「ご卒業、おめでとうございます」


 三年の二人以外、全員でお祝いの言葉を贈り、拍手が鳴る。いづみと澄子が花束を渡した。立派な花束が、背の高い二人には小さく見えてしまう。

「お二人イカついから、花束とか似合わないっすね」

 ははは、と笑う恵一。たしかにこれを持っていたら渡す側に見えてしまう。


 それからはわいわいごはんを食べる。割って入ってほしくなくて、コースにはしなかったと麗華が言う。

「よかったら、進路を教えていただいてもよろしいですか?」

 もちろん無理に聞くつもりはない。

「もちろんです」

 孝支が教えてくれた。

「俺はこのまま就職です」

 企業の名は言わない。ただ、いつか麗華様には伝えることになるでしょうと言ったのだから、そこそこ大きい企業なのだとわかる。

「秘書としてトップに立ってみせますよ」

 きっとなるだろう。なる。

「なりますよ、なんたって主席卒業ですからね」

「まあ!」

 彼らの高校の仕組みは知っていた。彼らはそのトップをずっと変わらずにいた。いつか孝支を引き抜いてもいいかもしれない、父親に提案してみようとご令嬢たちは心の中で考えていた。

「引っ越しも終えたので、あとは当日まで準備します」

「もう準備?」

「情報収集しておかないと」

「僕たちとたまには遊びましょうね」

 なににも力を怠らない孝支。でも、たまには気を休めてほしい。恵一、仁志、巧は彼にとって必要な存在だ。


「それで、幸さんは?」

「え、なんでわたしに聞くの?」

 なぜか菜穂が吹に聞いてくる。

「そりゃ、幸さんのことなら聞いてるでしょ」

 いや、個人のことだから聞いていいものかわからずに、結局聞かずにいた。つまり知らない。その様子を見て、あなたたち普段なに話してるの? と麗華たちは溜息をついている。これで何度目だろう、溜息。

「俺は、進学します」

 四年制の大学へ進学とのこと。士業に就こうと考えているらしい。とりあえず会計に進むといった。プログラミングも独学でやってみたいとのことだ。

「まったく秘書とは関係ないんですね」

「簿記は学んでおりますので」

 パソコンも使いこなせる。秘書の仕事のために必要となりそうな知識はすべて入っている。このためにこの高校に来ている人もいるくらいだ。

「いつか事務所開いていそうですね」

 そうなりそうだ。リモートでなんでもできる時代。積極的に人と関わろうとはしない彼にとっては、頭のよさを活かす仕事としてはいいかもしれない。

 そういえば、どこの大学に行くんだろう。それまでは聞けなかった。孝支も就職先までは言わなかったし、聞きにくい。


「お二方、応援しております」

 質問タイムは終わってしまった。そのころにはちょうど、みんな食事を終えてきていた。デザートをもらうため、このときだけは呼び鈴を鳴らす。

 お茶は高級なもので澄んだ色をしている。

「あ、茶柱!」

 いいことありそうね、と女子でわいわいしている。簡単なことで楽しくなれる、これが友達との時間。隣で聞いている。

「というわけで!」

 ぱん、と恵一の手が叩かれた。

「どんなわけですの?」

「そこはつっこまないであげてください」

 巧がいつものことといったかんじで流した。

「遅くなりましたが」


「じゃーん!」


「バレンタインデーのお返し」

 でぇっす! とそれぞれから袋が出された。

「みんなからお菓子もらったからな」

 きちんとお礼はしないと、と。


 ホワイトデーはもう過ぎている。それにあの日、すでにカフェでの会計にてお返しをもらっているのだ。お返し目的だったわけではない。普段からお世話になっているお礼であり、バレンタインデーを楽しむための対象でもあった。

「ありがとうございました」

 巧から渡されたのは、アロマキャンドル。手作りだそうだ。癒しの時間をとってほしい、という彼なりの気持ちだ。

「僕からも。ありがとう」

 仁志からはアルバムだった。中身は最初だけ入っている。これまでみんなで撮ってきた写真。人がいなくても、みんなで行ったことがある場所の景色も。SNSに投稿するわけではなく、本人へ渡すものなので印刷も許される。

「これからまた、増やしていこう」

 にっこりとした笑顔が嬉しい。増やしていく機会がもらえるということだ。

 次は恵一。

「オレからはこれ!」

 ガラスの雫型がきれいなペンダントが箱に入っている。色はそれぞれ、商店街に行ったときに麗華が買ったイヤリングと系統を合わせてある。

「使わなくてもいいんだ、飾ってもきれいだから」

 他人からもらったペンダントを身に着けるのは、婚約者や彼氏がいる人としては憚られるかもしれないと、恵一も心を配る。

「俺からはこれ」

 幸のは、瓶のなかで花が輝いている。テラリウムだ。イメージカラーは特にないらしい。それでもきっと、相手のことを考えているからそんな色になっていると思う。

「君たちを想像しながら、作ってみた」

 これが彼にとっての自分だと、伝わる。ちらりと吹を見る目があるが、きれいだな、器用だな、としか感じていなかった。金色のリボン。これはあのとき直接渡せなかった、チーズケーキの袋につけたリボンも金色だった。

 最後は孝支。

「お嬢様がたへ」

 高級店の紅茶セットだ。入れ物も欧風の本のように美しい。長持ちして、軽いプレゼントは持ち帰ることもよく考えられている。よく手にするティーパックになっていて、サロンで飲みやすい。種類がたくさんあって、それだけで会話が弾みそうだ。


「ありがとね!」「ありがとうございます」「ありがとう」

 みんなからの笑顔。お礼なんてこれだけで十分だな、と女五人は思った。それに、

「ありがとうはこちらが言うべき言葉ですわ」

 ねえ、と言われて、全員でありがとうございますと声を合わせた。


 吹はさっきまでチーズケーキのことなんてすっかり忘れていた。預けたまま逃げてきてしまったから、もしかしたらわたしにこれらを受け取る資格はないのかもしれない。ほんの少しうつむく吹を見て、麗華が言った。

「吹のケーキもおいしかったですわ」

「ね! 敷き詰めてあるクッキー、それぞれ変えてあったね」

「それに甘みも好みにぴったりだった」

「見て、嬉しかったんだよ」

 全部に、いつもありがとう、と書いたアルミを使っていた。気づいてくれたんだ。甘みのことも、敷いたクッキーのことも、メッセージも。

「もう一度作ってもらいますわ」

「喜んで」

「お菓子作れるなんて、女の子ってすごいよな」

「僕たちのために作ってくれたことが嬉しいよね」

 そういえばみんなは何をあげたんだろう。それも知らない。まだ吹は、自分が知らないことが多すぎて、輪に入れていないことに気づいて、胸がきゅっとなった。

「吹、ネガティブモードはおやめなさい」

 吹ちゃんには、私たちがまた作るからね! と意気込む四人。さっきの気持ちが楽になった。また、ということは、自分の分もあったのだ。


「さてと、終わったところで」

 麗華が真面目な声になる。口調はそうでもないが、大切な話があるようだ。

「吹」

 呼ばれたことでもう、どんな話題か分かった。みんなには話さなければならない。怖い。怖いけど、巻き込んだ以上、拒むこともできない。

「あなたのこと、教えてもらえる?」

 うん、と首を縦に振った。


 場所を移動することになった。食事をした料亭も十分遮音性には優れているし、個室だからそこまで気にすることはないが、これはみんなからの気遣いだ。最近場所を借りてしまっている恵一に申し訳ない気持ちになる。またご両親はいないというが、休日に仕事のある職業なのかもしれない。そういえば、自分は彼らのことを知らないことが多いと、今更にして気づく。


 到着して、仁志がお茶を出してくれた。まるで自分の家のように扱っていて面白い。急須で淹れたお茶はさっきの料亭で出されたお茶と違って、ほうじ茶だった。

 お茶をいただいてありがとうと言う声は上がるが、それ以外誰も会話をしない。始めて、という言葉もない。話す機会を与えてみたものの、やはり話題としては振りにくいし、吹自身が話したくないことかもしれない。そんなふうに思っているのだろう。実際吹は迷っていた。話していいものか。怖がられてしまわないか。嫌われないか。怖かった。


 テーブルの椅子に座っている人と、床のローテーブルのまわりにいる人。吹は後者。あの家で育った吹は、椅子よりも正座で座るほうが慣れてしまっていた。きゅっと手を握り、覚悟を決めたいのに、口が動かない。待ってくれているのに。早く。早くしろ。


 ふと、手があたたかくなった。隣に座る幸が、握った手に自分の手を重ねていた。重力が全部乗っているのではない。体温が伝わるくらいに触れる感触が、やさしい。話せ、でも、やめろ、でもない。どちらにせよ、決める勇気をくれる。


「わ、わたし」


 吹はひとくちほうじ茶を口に含んでから、話し出す。


「言霊の力を持ってる、の」


 持ってるみたい、ではなく、持っている。今までの人生で、証明してきてしまった。事実なのだ。

 誰も、それがなんなのか聞かない。単語としては知っていると思う。発した言葉に力が宿り、現実に影響を及ぼす力。それが吹の言霊だ。


「お父さんは勢力争いがあるあの家の力、先見の明というか……勘、はあんまりなくて、争いごとが嫌になって、出ていったけど、わたしは別の力をもって生まれたの」


 言葉が本当になれば、自分で思う通りに人生を操れる。そんな力を知ったら家が放っておかないと、両親は隠すようにと吹に言った。だが、吹の言葉がなぜか本当になることが多かったため、それに気づいた友達が、“吹聴の吹”と罵り、同時に怖がるようになる。

 誰も近寄らなくなって、泣いていた吹に両親は大丈夫と声をかけた。わたしのことなんてわかるはずがない、もう会いたくない。そんな言葉はその日に出かけるのを拒否した吹の留守番中、両親が事故に遭い、事実になる。小説によくある、貴族ではなくて庶民に特異な能力を持って生まれた、そんなヒロインのイメージに近いかもしれない。けど、幸せな進みではないのが、違うところだ。


 自分と関わる人は不幸になる。それを身をもって経験、実感した吹は、人とのかかわりを持たないようにし始めた。だが両親を亡くした幼い吹は、どこかに引き取られねばならなかった。それをあの当主が進み出たのだ。なぜか当主は吹の力を知っていた。勘当したとはいえ、息子を失ったからか、吹に浴びせた言葉は勘当した息子を想うものではあったかもしれないが、幼い子供に浴びせる言葉ではなかった。

 おまえのせいで、あいつが死んだ。おまえが人を不幸にするんだ。おまえのせいで。

 それだけではなかった。

 あいつが出ていったから、あいつが結婚なんてしたから、あいつらがしっかりおまえをしつけていないから。

 出てくるのはだんだんと対象が両親になっていった。上から浴びせられる言葉と鋭い視線。吹は畳に頭を擦るほど頭を下げた。毎日のようにそれが続いた。自分のせいで、親が、もういない親が、暴言を吐かれていた。


 当主は吹の力を恐れたのか、言葉を発することを抑えるよういいつけた。年を重ねるほど、そういった力は薄れることが多い。様子見のために手元に置いておくが、使われるのは怖い。そんな気持ちが見て取れた。


 小学校、中学校と、すみっこで動く。誰にも気づかれないように気配を消してきた。だが、高校は寮があるこの学園へと行かされた。この年になっても、無意識なたった一言に事象の変化を生じさせる吹を家に置いておきたくなかったのだろう。寮に入れることで、近くなくともなるべく監視下に置くことにしたのだ。


「だからね、わたしの言葉は、本当になっちゃうことがあるの」


 それと、嫌なものを感じ取りやすくなったことも伝えた。なにかありそうな場所、人、ものには近寄らないようにしてきたためか、そういった雰囲気があることに逆に気づいてしまう。これは彼らの先見の明とは違う。ただ身についてしまった技術というべきか。

 それで麗華のことも、気づいた。そのときは大丈夫大丈夫、と自分に言い聞かせたが、大丈夫ではなかった。あのときすぐに自分が動いていれば、という罪悪感。それが吹を動かせた。麗華のための行動ではなかった。


 今の話で、幸と孝支は理解しただろう。商店街でのことを。なぜ気づいたかを。嫌な気配を受け取りやすい吹。あの盗撮男のことを一番に気づいたのは当然だ。ちなみにコロッケ屋さんのおかみさんは、買い物の際に暗い雰囲気をしていたため病院に行くよう一度伝えたら、すぐに治るが放っておくのはよくない病気が見つかったことから、吹をなんとなく頼るようになったのだ。そしてギャラリーでの出来事も、気づいて二人を外に出した。出されたお茶に異変を受け取ったからだ。


「聞いてもよいかしら」

「うん」

 初めて口をはさんだのは麗華。

「なっちゃうことがあるってことは、ならないこともあるの?」

「うん」

 自分で意識的に発すれば、強い力を持ち、事実となる。麗華や運転主の娘を助けたときのように。おやすみなさい、は薬を使った人と、言霊を使った人がいる。麗華がはっとした。

「あのときわたくしの耳を塞いだのは」

「うん」

 合っている。聞こえないようにしたのだ。あのときあの場で眠ってもらっては困ったのだ。自分で動いてもらわないと、助けるのは難しい。

 あとはギャラリーの客間から二人を外へ出すときとか。

 一番大きなことといえば、あの家の結婚式でのお別れだ。

「命令っぽい言い方とか、言い切る形が影響大きいみたい」

 あとは自分で意識をすること。試したいとは思わない。どうなるかわからないからだ。


「でも無意識に出てしまうこともあるみたいで」

「どんなとき?」

 例えば、早くごはんを食べたいときに食堂に人が群がっていて通れないとき。おなかすいた、と言うだけでも、すっと道があく。

「それは、人を避けてたわたしが自分で作り出した盾みたいなものみたいで」

 人の間を通ることで、自分がそこに結ばれている縁を切ることになる。え、という顔がちらほら見える。

「たぶん、大きな問題はないの。もともと、本物のご縁があれば、それはたとえ切れてもまたつながるものなの。またつながらないなら、それはどちらかが拒んでいるか、もともとご縁の糸がないってことだから」

 縁があるなら吹が間に割って入ったとしても、またつながる。だからこうして、何度も間を行き来しているのに、みんなは今も会えている。


「当主様は、わたしの力が欲しかった。それで次の当主にする予定の徳人さんと結ぶことで、さらに力を増幅させようとしていたってかんじです」

 婚姻の儀の流れは契約だ。これは簡単には切ることはできない。

「だからわたしが、みんなが不幸になることを願って口に出せば」

 それは実現するのだ、ということを想像していることだろう。


 怖いだろう。そんな人間と、近くにいるなんて。


「それなら、わたくしたちになにも問題はありませんわね」

「そうだね」

「うんうん」

「そうね」

 なんで? なんでそうなる。怖くないのか。


「だって吹が、他人の不幸を願うはずがないもの」


 麗華が言い切る。

 麗華のほうがよっぽど言霊を使えている。信じているという気持ちがまっすぐに伝わってくる。そして、そんなことしない、という誓いができた。

「わかんないよ、今後なにがあるかなんて」

 でも自信がない。これから麗華の家で訓練を受けるし、社交界には出るし、どろどろした空気に触れることになる。嫌だ、もうやりたくない、この家を出たいと泣き叫べば。

「そんなことさせませんわ」

 麗華は人の心を読めるのだろうか。

「だから安心なさい。わたくしたちはこれからも、あなたと親友よ」

 わたくしだけは家族ね、ほほほ、と笑う麗華。これをマウントというのか。


「俺からも、言霊をかける」


 幸が、ぽんと頭に手を乗せた。

「おまえは、吹は、今後その力を心配することはない」

 この言葉は、吹のなかで大きく響いて刻まれた。


「みなさん、すみません」

 なんとなく暗い雰囲気になってしまった、恵一の家。

「違うよ吹ちゃん」

「なにが、でしょう?」

「言葉が、ですよ」

「そうだね」

「そうだ」

「ほかに言うべき言葉があるだろ?」

 こういうとき、普通はなんというのだろう。

「ほんと、吹ちゃん、いつも謝ってばかりだよねー」

「悪いことされたわけじゃないのにさ」

「ポイントまたつける?」

 ポイント制はもうごめんだ。

 ごめん? そうか、別の言葉。前にもあった。

「ありがとう、ございます?」

 ぷっと笑い声が聞こえる。

「なんでそこ、疑問形なの?」

 わはは、と部屋が笑いに包まれた。

 この人たちと、もっと長くいたい。これは声に出さなくて大丈夫。長くいられる。だって、大好きな人たちだから。



「もうこのメンバーでお会いすることが難しくなりますわね」

 もうこの話題は終わり、と話を変えようとする麗華。

「そうだねー」

「忙しかったっていうけど、引っ越しってそんなに大変?」

 引っ越しは一日で済み、一週間もかからず整理も終わる。特に孝支も幸も、部屋のものは少なそうだ。手際よくなんでも終わる気がする。

「僕たちも手伝いましたが、そうでもありませんでした」

「それよりも、お祝い旅行とかそっちだよね」

「旅行ですって?!」

 二人の卒業旅行をお祝いでプレゼント、しかも三人もついていったという。そのための手伝いだった。

「いいな、うらやましい」

「わたくしたちも来年行きましょう!」

「それと幸さんの誕生日パーティーもあったし」

「誕生日?!」

 吹、知ってますの? と横から囁いてくる麗華。知らないことにショックを受けるというより、聞かなかった自分が情けない。幸は早生まれで、三月が誕生日だったのだ。

「うう……」

 しゅんと小さくなる吹に、

「今度祝ってもらう」

 な、と幸が言った。

「はい!」

 機会をもらえたことが嬉しくて、やっと顔も視線も上がったのだった。

「ちょうどいいわ、勉強も教えてもらいなさい」

「う」

 吹の成績は芳しくない。特に理系。休んでいたこともあり、期末に受け取る成績表が怖い。

「神宮司家の恥にならないようにしますわよ」

 寮で暮らす吹に家庭教師はつけられない。だから会うときは必ず、いつもはテレビ電話でもなんでも使え、と言われている。麗華は見た目も立ち居振る舞いも勉学も素晴らしい成績だ。

「善処いたします……」

 わたしたちも手伝うよ、と寮組の三人が手をあげてくれて、お開きになったのだった。


「プレゼントはケーキにしてくれ」

 もともとプレゼントを用意する気まんまんだったが、幸はプレゼントがある前提で話してきたのがおもしろく感じた。

「チーズケーキ、うまかった。あと、なかの」

 ばっと幸の口を両手で押える。それは、幸だけに入れたもの。聞かれたら恥ずかしすぎる。

「ありがとうございますお邪魔しました!」

 帰ります! とぴゅーっと逃げていった吹。


「まだまだ教育が必要ですわね」

 はぁ、と息をついた麗華は、幸を見た。

「あなたもあなたですわ。さ、行きましょ」

 お邪魔しました、と頭を下げて帰る彼女たち。今日はマンションの入り口に車が待っている。



「根性なし」 ぐさっ

「むずむずする」 ぶすっ

「どうなるのやら」 ずぶっ

 送りに行く男たちは、誰もなぐさめない。

「今すぐ抱きしめたいんじゃなかったんですか」

 戻った恵一の部屋に女性の姿はなく、すぐに巧が言い放った。幸の胸にまたも突き刺さる。

「意気地なし」

 追加の小さい声でも思い切り聞こえているが、返す言葉が見つからない。

「久々に会ったからか、あのあと初だからか、吹さんも緊張してたよね」

 一番遠くになるように動いていたのはもちろん全員が気づいていた。

「距離を近づけようともしないとは思いませんでしたけど」

 言うようになった。矢は何本目か。近づいて逃げられるのが怖かったのだ。

「こいつ以外と怖がりだからさー。こ・わ・が・り」

 孝支ものりのりでいじめてくる。

「大切なとこで怖がってちゃだめっすよね~。へんなところで強引なのに」

 もうだめだ。幸はずーんと撃沈する。こういう反応を見られることが今までなかったため、みんな楽しんでいるのだ。自分がそんなに変わったことを知らずにいる幸。これからこういうこともできなくなる。少ない時間のうちに、楽しんでおこうとしているみんなだ。

「幸先輩、引っ越し先早く伝えてくださいよ」

「あと誕生日も教えてあげないとですよ」

「もしかしてふいちゃんのも知らないかんじっすか?」

「普段からなに話してるんだか」

 呆れられてばかりで、反撃に出ることにする。

「今度引っ越し先に招待する」

「お、いいですね」

「遅くなったけど、誕生日お祝いしてもらうんですよね」

「そういえばなんか口留めされてたな」

「言うわけないだろ」

 たぶん、自分だけだったのだ。あれは。聞かれる前に言わないことを示す。

「楽しみっすね!」

「ああ」

 少し明るくなってきた。二人で会うのは、交際を始めてから初になる。

「あ、でも幸さん」

「ん」

「手、出しちゃだめっすよ」

「手?」

 あーもう! と恵一が頭をかきむしる。

「会う頃には幸さん大学生っしょ? 高校生になんかしたら、犯罪ですよは・ん・ざ・い!」

 なんか、とはつまりそういうことだ。

「幸先輩、吹さんのことになるとつっぱしるので僕も心配です」

 突っ走ると言われたそれは吹に関するなにかを止めるためなのだと思っているが、まわりからがそう見えていないらしい。幸以外の四人からすると、プレゼントするわやけにまわりの男を退けるわいきなり抱きしめるわ、吹だけには大変ぐいぐいいく、そういうかんじだ。

「少女漫画を実行しちゃだめですよ」

 にっこりと仁志に言われ、やっと理解する。あんなことやこんなことやそんなことがぐるぐる脳内に映像となって流れていく。この会話を吹がしていたら、ぼん、と音をたてて爆発していただろう。吹は純粋で奥手で、こういうことには慣れていない。

「気をつけろよ」

 孝支に肩を軽く叩かれて、自分がどう見られているのか悔しくなった。




「吹、いちゃいちゃできなくて残念でしたわね」

 同じような内容を車内で話すお嬢様たち。

「い、いや、安心した……」

 まわりの人はたぶん、そういうのを楽しみにしていた気はある。心から残念そうにしてくれている麗華とは違い、期待していたシーンを見られなかった三人は違った意味で残念がっている。

「今度、おうちに遊びに行くんでしょ?」

「ケーキ作るんだよね!」

「あとでお話聞かせてね」

 この三人が楽しみにしているのは、恋人の二人の出来事だ。期待されるようなことはない。

「いつも現状報告してるし、食べて終わると思う」

 口数少ない二人が一緒になったところで、話すことは多くない。普段から現状報告はしている。帰ったら相談しようと決めたのだった。


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