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26.

「お、お待たせ」

 お待たせしました、と言いそうになるのをどうにか抑えた。癖はすぐには直らない。もうけっこうな時間が過ぎたとは思うが。それでも、自分で友達だと認識したみんなに、近くなりたい。

「待ちましたわよ」

 紅茶のカップを口から離した麗華はつんと言い放つ。

「ご、ごめんね」

 こういうときは勝手に座ってよかったのかどうか、わからなくなる。マナー講座がすっぽりと抜けてしまった。

「さっさと座ってちょうだい。大切なお話なんだから」

「うん」

 空いている椅子に腰をかける。これから麗華の家族としてどうやっていくか、そんな相談や決まりを話すのだろう。メモ帳でも持ってくればよかったと、今更後悔する。待たせてはいけない、急がなきゃ、と慌てて部屋を出てきたため、配慮が抜けてしまったのだ。


「「で、幸さんとはどうなったの?!」」


 はい?


 四人から同じ言葉が勢いよく発せられる。決めていたかのように、タイミングもばっちり一致、発せられる単語も一字一句違わず同じで準備でもしていたのかと思うほどだ。わくわくがそのまま顔になっている。


「え、なにもないよ」

 四人の顔がぽかんと間抜けになる。

「え? ええ?」

「なんで?」

「どゆこと?」

 え、え、と四人に動揺が見える。

「大切な話って」

 こっちのことだったのか。

「あれからなんにもないの? ほんとに?」

「ほんとだよ」

 幸からは一度も連絡がない。それを伝えると、あの野郎、なにしてんだ、とお嬢様らしからぬ単語が低い声で飛び交った。


「あんなに熱烈な告白をされて、なにもないなんて! どういうことですの?」


 麗華が耐え切れずに大きな声を出すと、ぱんとテーブルを叩いた。


 熱烈な告白!


 思い出した。そうだ、自分は外に連れ出してもらった後、抱き着いて好きだと言ったのだった。思い出したら顔が沸騰しそうなほど熱くなる。湯気が出ているかもしれない。薬缶になったのかわたし。

「こ、こくはく……ねつれつ……」

 あれはどう考えても、はたから見てても、告白だ。

 ……ったと思う。なんて言ったのか、正直そこまでは覚えていない。半分パニックだったのだ。

「え、待って」

 そこでふと気づく。なぜみんなが知っているのか。


「そりゃ玄関前だったし」

「大きい声だったし」

 見ようとこっそりのぞき見していたことは避ける。もしその場にいなくても、聞いていたことは確かだ。

「まるで少女漫画のワンシーンだったよ」

「麗華様なんて、真後ろにいるのに気付いてもらえなくて口出しに行ったくらいなんだから」

「ちょっと澄子!」

 頬が熱い。どうしよう、この場から逃げたい。前だったら、逃げていた。

「どどどどど、ど、どうしよう」

「どうもこうもありませんわ!」

 あの腰抜け男、なにしているの! と麗華はぷんすかしている。(ふい)以外は、もうわかっているのだ。


「きっとわたしになんて興味ないんだよ」


 小さく細く、声が出た。でなければ、お返事くらいいただける。なのになにもないということは、そういう目では見られないということ。せめて、それをはっきりお返事としてほしかった。

「なにを言うの! あの人はむぐ!」

 麗華の口を三人が止めた。

「せめてさ、自分から連絡してみたら?」

 お返事くださいって聞いてみて、と背中を押してくれている。でも。

「ううん、今までどおりにいられれば、それで十分だよ」

「吹……」

 笑ったつもりだったが、吹の眼は涙でいっぱいだった。

 四人に怒りの火がついた瞬間だった。

「それに今、三年生は受験か就活か引っ越しかでとっても忙しいよ」

 そんな時期を、個人の事情で邪魔したくない。

「もういいの。みんなが助けに来てくれて、あの家を出られて、れいちゃんの家族になれて、みんなの、し、し、し、」

「「し?」」

「親友に、なれて……」

 最初、修学旅行での出会いがなければ、麗華に無理矢理連行されなければ、今はない。

「よかった」

 ありがとう。

 そのあと、吹は勉強すると帰っていった。


「あのかた、なにをしているのかしら!」

 せっかく楽しく恋バナのはずだったのに、逆に吹を悲しい気持ちにさせてしまったと四人も悲しくなる。

「たしかに忙しい時期ではあるよね」

「そうだね。孝支さんと幸さんの進路、聞いてないし」

 このむずむずをどうすべきか。二人とも奥手すぎる。わかりやすすぎるのに奥手では、先へ進まないではないか。

「そもそも、なんで連絡のひとつもないの?」

「たぶんさ、吹ちゃんと同じ理由だよ」

「あたしもそう思う」

 つまりは、吹も忙しいから真面目な話で疲れることをさせられない、というわけだ。

「もうひとつ考えられますわ」

 麗華が別の理由を出す。

「男の人から告白したい、あれよ!」

 あれ、というのは漫画のことだ。あの漫画では、ヒロインが告白、ヒーローは自分からしたかったのに先を越されてやり直し、というシーンがあった。

「殿方のプライドよ」

 あの人にそういうプライドがあるか? つっこみたいのを三人はこらえる。

「時間も空いちゃって、どうすればいいのかわからなくなってんじゃない?」

「あの場の勢いだって思おうとしてる可能性も追加だね」


 まさにそのとおりだった。

 幸は撃沈していた。帰りに四人にさんざん言葉の暴力を受けた。吹が連れていかれて、やっと自分の気持ちに向き合えたのに、自分からはなにも言えずに吹から告白されてしまった。

 今までも好きという言葉を何度も受けてきたが、あのときほど心が熱くなったことはない。だが後になって冷静に、よくあの状況を思い出したらどうだ、パニック状態だった吹がつい言葉にしてしまった可能性もあるではないか。吊り橋効果というのもある。相手が違う可能性だって。今は手続やらなにやらで忙しいから後にしようと言い訳をしていたら、間が空いてしまって今更確認も返事もできなくなってしまった。

 というわけである。


「孝支先輩、そろそろ助けてあげてもいいのではありませんか?」

 見かねた巧が孝支に尋ねる。ここ数日、あまりにも元気がなさすぎる。

「あれはあいつの問題だ。自分で解決してもらう」

 勝手なことするなよ、と釘を刺され、巧はかわいそうと思いつつ、自業自得とも思っていた。

「もう俺たちは進路が決まってる。心配事はあいつと吹ちゃんのことだけだ」

 心配事作りやがって、と孝支が文句を垂れた。

「ま、どうにかなるっしょ」 軽く恵一が流すのを、

「どうかなぁ」 と笑っている仁志。

 このままなぁなぁに終わる気もしなくはない。

「さっさと本人に確認すればいいのに。あ、メッセージ、れいかちゃんだ!」

 そこでぴん、と恵一の頭に感嘆符が浮いた。にやりと笑った恵一を見て、仁志は孝支の言うことを聞くようにしっかりと言い聞かせた。怒ると怖いのは仁志が一番だ。が、孝支も同じ。巻き込まないでほしいと思いながらも、面白そうとも感じてしまい、きっと自分は恵一に使われるんだろうな、と楽しくなっていた。




「吹、作戦会議を行います!」

 再びサロンに来たのはその三日後。まだ連絡ひとつ届かないというのを聞いた麗華がしびれを切らした。

「確認するわ、吹。あなた、幸さんが好きなのよね?」

 どきっと心臓が跳ねる。胸の奥が、つきんと痛い。名前を聞くだけでこれでは重症だ。

「もちろん恋愛対象としてだからね」 菜穂が追加する。

「う、うん!」

 大きく答えた。

「ところで、どこがっていうの、聞いてなかったねえ」

 いづみが言う。みんなは相談した時に、どんなところを話してくれた。そういえば、自分は話していなかったかもしれない。

「あの人、五人のみなさんのなかでなんというか、一番表情少ないよね」

 澄子が難しい顔をしている。

「ちょっとわかりにくいというか」

「そんなことないよ!」

 吹は瞬時に否定した。

「みんなを見て、笑ってるよ。手が大きくて、少しかたいけど、あったかいの。頭ぽんぽんって、それだけで嬉しくなるの。どうしても一人になりたくないときに、ぴったり連絡くれるの。言葉がね、あったかいの。隣にいるだけで、安心するの。目が、きれいなの。優しいの。感情を表に出すのは不得意かもしれない。でも、ちゃんとある! 心があるの! 他人の幸せを、見て、笑える、やさしい人なの!」

 数えきれない言葉が溢れてくる。自分で驚くほど、まだまだ続く。なんと変換したらいいのかわからない彼のことが、たくさんたくさん、とめどなく。


「好きなの……」


 もっと、はっきり伝えたかった。嫌われているとわかった今、伝えられなかった後悔しかない。


「会いたいよぉ」


 届けたい気持ちが、いっぱい、いっぱい。今までなかった。彼に会うまで、こんな気持ち、知らなかった。いつしか、くすんくすんと、泣いている。我慢はできなかった。

「対象外ですって、直接、聞きたかったよぉ」

 直接、振ってほしかった。



『好きだ』


 聞こえてきた、その言葉。

 この声は。

 夢でも見ている? だって、彼はここにはいない。


『俺も好きだ』

「どこですか?」

『会いたい』

『今すぐ抱きしめたい』

「幸、さん?」

『食べ物をおいしそうに食べるところも』

『自分より他人を大切に見守って笑うところも』

『少し音痴な歌声も』

『手作りのケーキも』

『たまにつっぱしる行動力も』

『笑うときのかわいさも』

『むすっとしたときの口も』

『頭を撫でたときの嬉しそうな顔も、とってくれる小さい手も』

『全部!』

『遅くなって悪かった!』


 ぱん、と音。固いなにかを叩く、そんな音。どこから発せられているの?


『信じられなくて、悪かった』

「ほんもの? 幸さん?」


 麗華がすっと手のひらを差し出した。上にはスマートフォンが乗っている。相手はイチと書いてある。

 とん、と綺麗な指が画面に触れる。ビデオ通話に切り替わった。おそるおそる覗き込む。麗華は自分のスマートフォンのレンズを隠していた。


『偽物に見えるか?』

 見えない。見えない。しゃべっているのは、本物の幸だ。

『あのときの俺の言葉、聞こえていなかっただろうから、もう一度言う』

 なにか言われた気がするが、泣いてばかりで聞こえなかった。


『結婚式は、黒引き振袖にしような』


 口元を押さえる。伝わっていたんだ。徳人に連れられるときに言った言葉の意味も。

 もう涙と嗚咽しか出なくて、言葉にならない。ただただ、首を縦に振って、手の甲で涙を拭い続けた。


「吹の代わりに家族として伝えます」

 麗華に代わる。

「頷いてますわよ」

 よかったわね。

「ほんと、遅すぎますわ。わたくしたちに感謝しろとは言いません。これは家族である吹のためです。感謝するなら協力してくれたイチさんにすることね」

「えーっと、吹ちゃん今ね、戦闘不能だから、また冷静になってから、今度はちゃ・ん・と、早くに連絡してくださいね」 いづみが大切な部分を強調している。

「ネガティブやめてくださいねー」 菜穂がさらにトゲトゲしく。

「明日、本人に確認しますから、なにもなかったら覚悟してくださいね」

 澄子が怖い。どこか仁志に似ている。

 脅しを受け取って、電話が切れた。


「「よかったねぇ!」」


 うれし泣きが止まらない吹に励ましの声をかける四人。見えないところで、グッと親指を立て、麗華に合図したのだった。




「今夜こそは必ずうまくやれ」

 孝支が幸に言う。こっちまでむずむずするのはこりごりだ。

「手を出すなと言ったはずだが」

 そこで恵一を睨む。

「手は出してませ~ん」

 へらへらと手をふるが、その手にはスマートフォンが握られている。なぜ止めなかった、と次に睨まれたのは仁志と巧だ。

「僕らはなにもしていませんよ?」

 ふいっと視線をそらした巧の代わりに、仁志が答える。

「知っていたなら同罪だ」

 これは叱られるやつかと思いきや、だが、と続く

「今回ばかりはよくやったと言わざるをえない」

 わ、と三人の顔が明るくなる。

「だが次はねぇ」

 もしもこの後に幸がうまくやらなくて同じ状態になっても、手伝うなという意味だ。

「わかってますよ。今回はだって、れいかちゃんのお願いだったんですよ、断れないって」


 思い込みによりネガティブモードになってしまい、ずっと暗い吹をみかねた麗華から相談があった。幸に吹の気持ちを伝えたい、と。どうせあの人もねじれた思い込みをしているのでしょう、と。まさにそれだった。どうせ、のそれ。それなら吹の気持ちが伝わればあの人も動く、とどうやって実行するかを考えた結果がこれだ。


 まずは吹に幸を好きなことを確認する。どこが好きなのか引き出すような質問や言葉を出す。それは恵一とつなげたスマートフォンの電話で幸へ聞かせる。


 幸が撃沈しているとき、元気出しましょ、と恵一の家へなかば強制的に連行した。こちらも、吹の家のことやら性格のことやらなにやらを話していた。煽るためだ。さっさと行動しろよ、と思っていたが幸は動かず、計画実行となった。麗華にタイミングを合わせてもらい、電話をつなげる。それっぽい会話になったところでスピーカーにして、幸に聴かせた。

 なぜ、どこから聞こえてきているのかわからない吹の言葉。自分を好きだと、言い切った。それは人としてではなく、異性として、恋愛対象としてであり、惹かれた部分まで抑えられずにどんどんこぼれてくる。


 ここでスマートフォンを公開。麗華とつながっていると幸は知って、これは本物とわかる。自分の考えは間違っていた。すぐには声が出なかった。とん、と背中を叩いてやろうと孝支が手を持ち上げたとき、「好きだ」という言葉が彼からこぼれる。そのあとはもう、二人の独壇場。ばん、という音は恵一の家のテーブルを幸が両手で叩いた音だ。

 さすがに女の子の泣き顔を見せられずに麗華はレンズを隠していたが、幸の顔は相手へと映った。


 これでもう、大丈夫だろう。多分。


 ぷつんと切れる前の麗華たちの言葉はまた、幸に突き刺さったが、彼女たちにとっては友人を悲しませていたのだから当然だ。幸は受け入れた。

「四人とも、ありがとう」

 ここまで親身になってくれる人が、他にいるだろうか。自覚はしているが、表情が薄いとは言われることは多くあった。怖いと思われて近づいてこないものも少なくない。

「今度肉おごる」

 よっしゃ! と歓声が上がる。

「帰るんですか?」

「任務があるから」

 もちろん吹への連絡だ。麗華たちとも約束した。もう一度、落ち着いて話さなければ。

 幸が出ていくと、男たちはやっと息をできた気分だ。


「どうにかなりますよね?」 巧が心配そうに聞く。

「もう動いてるんだし、大丈夫でしょ」

「たぶんね」

 たぶん、をつけるのは今回の件で信頼度がぐっと下がったからだ。

「幸さんがあんなに慎重っつーかネガティブだったとは」 意外と恵一が言う。

「あれだけいろいろ気にしてたのに」

「そもそも、お屋敷での吹ちゃんの台詞、どう考えてもプロポーズだよねー」

「気づいてないでしょ」

 両方とも。幸が返事をしたことさえ。

「あいつは今日もプロポーズしてたな」

 結婚式までもう頭に入っている。

「すげぇなぁ」

 さすがにオレもそこまでできるかな、と恵一が空を見る。

「これは今後のネタになりますね」 仁志が意地悪そうに笑った。

「ネタにするのは酒の席くらいにしろよ」

「えー」

「明日、結果を聞いてもいいですよね?」

「聞かなくてもみりゃわかるだろ」

「そうかも」

 あの人のために、仕方なく聞かない選択をする。顔でわかる。吹のことだけは、顔にしっかりと現れることを、本人は知らない。

「俺たちは聞かれるほうだ。次はどうすればいいかってな」

「それは肉喰いながらにしようぜ!」

 男たちも他人の恋バナで盛り上がっていた。




 さて、吹は部屋で布団に頭をつっこんでいた。あのあと、恥ずかしすぎて逃げるようにサロンから出た。食事に誘ってもらったが、ろくに喉を通らない。気になるのはスマートフォンだ。連絡が届きますわ、準備なさいね、と麗華に言われてどうすべきか頭がパニックになっている。

 とりあえず今のところ連絡はない。もうすぐ八時。重すぎたか。引かれてしまったか。ネガティブ思考がぐるぐるとまわって頭を離れないうえに、人前で堂々と告白してしまったことへの羞恥心でもうどうにかなりそうだ。


 りんりん、


 音がした。これは、吹の着信音。

 ばっと画面を見る。相手は、幸だ。

 取っていいのかわからず、取るべきなのに手が動かない。

 何秒そうしていたかわからないが、音は止まらない。

 ゆっくりと触れる。動かして、「もしもし」布団のなかで、やっとのことで声を出す。


『こんばんは』

「こ、こんばんは」


 しばらくの沈黙。今夜は沈黙が辛い。いつもなら、心地いいくらいなのに。


『夕方のことだが』

 ぼん、と顔が弾ける。熱い、熱い。

『好きだ』

 どくん、と大きく心臓が跳ねる。

『もちろん、異性として、恋の相手としてだ』

 やけに釘をさしてくるのは、吹自身が麗華に言われていたからだろう。


『好きだ』


『やさしい声が、好きだ』

『たまにふっと笑う口元が好きだ』

『ちょっと泣き虫で守りたくなるおまえが好きだ』

『見上げてくる瞳が好きだ』

『握り返してくれる手が、好きだ』

『人のために動けるやさしさが、勇気が、好きだ』

『おいしそうに食べる姿が、好きだ』

『ちょっと音痴な歌声が好きだ』

『俺を好きと言ってくれるおまえが、好きだ』

『すべてが愛おしい』

『好きだ』

『好きだ』

『好きだ』


 もうだめだ。溶けてしまいそう。さっき聞いた言葉にさらに追加が入っている。でも、もっともっと、聞いていたいとも思ってしまう。黙りこくった吹に、幸は続ける。聞いていると疑ってさえいない。


『外、見られるか』


 もう寮は閉まっていて、外には出られない。でも窓から外を見ることはできる。布団からごそごそと出る。窓を開ける。天気がいい日だった。星がいつもよりはよく見える。


『同じ空を見ている』

 外に出ているのだろうか。

『学園の正門に来た。さすがに閉まってた』

「え!」

 正門もどこの門も、昼間は内側で中が見えない仕組みの門が閉まる。

「ほんとうに?」

 疑ったわけではない。でも、見えなくて。会いたかったから、残念で。


 ぴか、と円柱が広がるように筋が立つ。

「あ」

『懐中電灯、持ってきた』

 それがあの光だ。

『ここは月がきれいだな』

 東京とは違う。

「そうですね」

 もう十分だ。

『そろそろ窓を閉めろ。風邪をひく』

「あなたはわたしのお父さんですか」

『違うな』

「幸さんも、あたたかくして、お帰りくださいね。よく寝てくださいね」

『おまえは俺の母親か』

「違います」

 ふふ、と笑いが漏れる。ああ、今の顔が見たい。

『俺たちは、恋人だ』

 お互い間接的にはプロポーズを済ませているが、自覚がない二人はいつか、いつか恋人から婚約者になって、結婚相手になるのだろう。

「はい」

 つるりと零れ落ちた涙は、今日の月よりも星よりも、美しくきらめいた。


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