19.
「イルミネーションに出発!」
元気な声が次のスケジュールを教えてくれた。腹ごなしに散歩をしようと、イルミネーションが綺麗という穴場スポットに案内してもらうことに。もともと今日の予定に入っていたそうだ。クリスマスパーティーと聞くと夜を想像しがちだ。昼間に行われたのは、麗華の帰りの時間を気にしているのかと思っていたが、イルミネーションを見て帰る順番になっていたからだった。ゲームを何度もプレイしてたくさん食べて、もう満足していたと思ったが、お楽しみがまだあったとは。突然連れ出された吹が知らなくても仕方のないことだった。
駅周辺は大通りと、そこから一本も二本もっと入った道がいくつも並んでいる。その道がイルミネーションで飾られている。これは穴場と言えない気がする。人通りの多さがそれを証明している。細い道は小さな飾りで色とりどりの明かり。大きな道では背の高い街路樹が金色の大きい電灯をつけて、シンプルかつゴージャスに彩られている。休憩できる場所には、写真を撮るのにちょうどいい様々な形のカラフルな電灯が多く設置されているそうだ。
恵一の家へ向かうときは灰色の線だったのに、夜になった途端きらきらと輝いて色が混ざり合う。前を向いて歩こうというより、ほんの少し上向きになってしまう。
「カップルがたくさん」
「そりゃクリスマスだし。過ぎたけど」
友達同士も多く見るが、もう過ぎたとはいえクリスマスの時期、恋人同士で仲良く歩く姿が多く見られる。
「麗華ちゃん! あたしたちも手ぇつなご!」
「え?」
ぱし、と菜穂から手をとられた麗華。
「恋人同士だと、こうするんだよ~」
指を交互に絡ませた、いわゆる恋人つなぎをしてみせる。
「菜穂ちゃん大胆だね」
こういうときしか麗華ちゃんを独占できない、と菜穂が言う。吹のれいちゃん呼びがうらやましくなって、麗華ちゃんと呼ぶときがある菜穂。全員で十人いるため独占ではないが、手をつないで歩くのは嬉しいようで、二人ともにこにこだ。きっと麗華ちゃんと呼んでもらえることも嬉しいのだと思う。実際麗華はまんざらでもないらしく、離すことなく仲良く歩いて進む。
「恋人同士だとこうやるのね」
知らなかった麗華。普段なら差し出される手を取るか、腕を組むかのどちらかしかしていないのだから当然といえば当然だ。他の人はもちろん知っている。
「オレたちもする?」
からかうように巧を誘う恵一。お断りします、と思い切り嫌そうな眼できっぱり断られた。振られちゃったね、と仁志に慰められている。どこまで本気だったのかわからない。
「そういえば一度だけ、わたくしから手を差し出した方がいましたわ」
「え、誰?」
そんなことがあるとは思わずに、反対隣にいたいづみが尋ねる。
「幼少のときのことで、相手のことは覚えていませんの」
とりあえず最初で最後のことだったから、手を差し出したことだけは覚えているという。お相手はきっと、相当運がいい。
そんなふうに話しながら、「あれ見て」「きれい」「すげー」と進んでいく団体から、少しずつ歩幅を小さくゆっくりにして、距離をとる吹。遠くからみんなを見る、これが吹の“普通”だ。
見目麗しい女性と男性の団体が歩いていれば、それはそれは人の目を引く。友達同士でも、カップルでさえも、つい見入ってしまっている。そういった人たちの前や間を通り、視線を区切りながら吹は歩いていた。あまりに見られていたら気になって楽しめない。そんなことはないかもしれないか、と考えもした。少なくとも、麗華たちは見られるのに慣れている。男性たちは気にしているだろうが。
街路樹が三本くらい間に入るくらいの距離を開けて歩く。保護者の気分だ。もし知り合いでなければ、商店街のあのときのようにストーカーに見えてしまうかもしれない。
前では知った顔の集団が弾むように歩いている。イルミネーションの明かりが会話に色をつけている。会話は他の人の声でとぎれとぎれになってしまってよく聞こえないが、楽しそうなその顔が見られるだけで充分だ。クリスマスパーティーをやるから、と勝手に連れてこられたが、おいしいものを食べられたし、みんなの笑顔も見られたし、これはこれでいい思い出になる。きっと麗華に絡んでいなければ、なかっただろう現実。
でもあまり近くにはいられない。近くに行きたくない。なにかあったら、を考えると、怖い。だから人の視線を区切って歩くことで、平和に今日が終わるようにしている。
「吹」
前から呼ばれた。みんなが見ているのは前だったりちょっと上だったりで、少なくとも下は見ていない。吹はずっと横だったり下だったりを見て歩いていた。周りの視線を気にしていたからだ。突然の呼び声に驚いて顔をあげると、目の前に幸がいる。
「はいっ」
驚きで声がびくついてしまった。
「悪い」
なにが悪いのかがわからずに、ほんのり首をかしげる。
「あ、いや、なんでも」
目線を逸らす幸を見て推察するに、商店街での出来事を思い出させてしまったと思っているらしい。それは違う。
「お、驚いただけです、ので、その、ご心配には、及びません」
堅苦しい言い方になってしまったか。ただそれを聞いて安心したのか、
「なぜそんなにふらふらしている」
俺たちから離れているぞ、と言われてしまった。わざとやっているとは言えない。視線を遮るためとも言いにくい。
「あー、えっと」
なんと伝えればいいか、悩んだ。
「みなさんを見守っていました」
嘘ではない。
「見守られるのはおまえだ」
さっきからふらふらして、と少しばかり叱られる。視線を遮るために、あっちに寄ったりこっちに寄ったり、ちょっと立ち止まったりしていたからそうに見えてしまったのだ。さっきから、ということは前から見ていたのか。
「おまえはいつも、離れていく」
「集団行動は、その、得意で、ないのです……」
一人でいるほうが気が楽。なにかに巻き込むこともその反対もない。
「近くにいないと守れない」
自分は守られる立場ではない。
「自分だけなら、自分でなんとか、できます」
意地が出た。今までもなんとかしてきた。麗華のときも、商店街のときも。過去のことだって。叱られはしたけれど、どうにか切り抜けてきたのだ。吹にとって心配は、幸のことのほうだ。
幸がはぁと溜息をつく。言葉を発するのも諦めた、そんなかんじだ。
「近くにいてくれないと、心配で俺が安心できない」
そんなことを言われても困る。
「わたしは、お守りでは、ありません」
「ほら」
手が差し出される。吹の言葉はスルーされてしまった。
この手はどうすればいいのか。とっていいのかわからない。迷ってしまう。
「行くぞ」
ぱし、と手首が大きな手に包まれる。あたたかい。冬なのに。
引っ張られる形で、ずんずん前に進む。麗華たちの背中が大きくなる。最初こそぱたぱたと速足になったが、今は歩きやすいのは、歩調を合わせてくれているからだ。身長の高い幸にとってはなかなか難しいことなのに。
「つめたい」
そんなこと言われても。冷たいのは冬の夜だからであって、防寒はしっかりしている。でも体温は、そのうち上がる。もう上がってきている。
立ち止まることもできた。でも、できない。しようと思えない。わたし、どうしたんだろう。この手のあたたかさを、もっと感じていたいと思ってしまう自分がいる。
せっかくのイルミネーションを見られない。心臓が早鐘を打って、どうすればいいかわからない自分がいて、動揺していて、なぜか恥ずかしくて、これは恋人つなぎではないのに、下を見てしまう。ほんの少し顔を上げてしまえば、人とぶつからないよう歩いている幸の大きな背中と、自分を引っ張る手がしっかりと視界に入ってしまう。
ほんとに、どうしたんだろう。
「あー! 幸さん、手ぇつないでる!」
恵一がまっさきに気づいた。
「つないでない」
「正確には掴んでる、だね」 仁志から訂正が入る。
「吹、あなたはいつもわたくしたちから距離をとろうとするの、なぜなの?」
「きれいなものは遠くから眺めたくて」
「……」
これも嘘ではない。近くでは、だめなのだ。ただ納得できない顔で、麗華は目を細めてくる。
「俺も混ざるか」
そうすれば逃げられないから、と反対の手を孝支にとられた。瞬間、ぺっと孝支の甲をはらう手がある。これはまた幸だ。吹としては、ブランコにされた気分だったので安心だったが、なぜかぴりっと空気が凍る。
にやにやと恵一が笑い、にっこりと仁志は口元に笑みを浮かべ、はらはらと巧が震える。
「それならしっかり手綱握っとけ」
孝支の指示に、幸はわかってるとうなずいた。
「手綱って」 ぷっと噴き出した澄子。
「恋愛ものの漫画にありそうだねっ」 楽しそうにいづみが話す。
「漫画、わたくしも読んでみようかしら」
つぶやいた麗華に、それなら貸すよ! とすぐに恵一が手をあげたが、自分で買うと断られてまたもしゅんと肩を落とした恵一である。
「麗華様に読ませても問題ない内容でしたっけ?」
巧がそっちの心配をする。
「きゅんきゅんするかんじだから心配ないかなとは思うけど、もしかしたら刺激はあるかも」
微妙なラインだと仁志が説明する。
「先輩も読んだんですね」
「ほら、あっちの学園で女性相手にするから予習として」
実はそうではなく、好きだからである。
「僕もどんな話題でもついていけるようにしなきゃ」
真剣な目になった巧を楽しそうに見ている。
「あ、あのぉ」
「ん」
足取りはずんずんという擬音がぴったりだが小さく進む幸は、女性四人たちの一歩後ろを陣取っている。これではもう、麗華たちに声をかける勇気あるものはいないだろう。
「その手をそろそろ」
離れないと約束する。距離は置かないから、と伝える。でも信じられるかと一蹴された。約束は守るのが信条の吹としては気に食わない物言いだ。意趣返しといえるかはわからないが、黒いトレンチコートの裾を、つかまれていないほうの手でちょんと握る。
「離さないので」
するりと、捕まれた手から力がほどける。今度は吹がタブなを握った気分だ。ただ、ほんの少し、ほんの少し残念に思ってしまったのは気のせいだろう。
そういえばこのコート、あのときのではないか。
「クリーニング!」
「へ」
「これ、洗って返してません!」
なんのことを言っているのかわかった幸は、気にするなと言うがそうにもいかない。
「帰りに渡してくださいね!」
「必要ない」
「はぎとります!」
前でぷっと噴き出す音がいくつも重なる。麗華だけは顔を赤くさせていたが吹には見えていない。
「俺が寒い」
「わたしのをお貸しします」
「小さい」
「……っ」
悔しい。幸も頑固だった。
「僕が変わりに洗っておくから」
仁志が助け舟を出してくれた。
というよりすでに洗ってあるのだ。女性を包んだものをそのまま着るわけにはいかなかった。吹はそこまで気が回っていない。
「それは仁志さんにご迷惑が」
「それならさー」
恵一が言った。
「今日、ふいちゃんケーキなかったじゃん? それ、洗濯の変わりでど?」
「みなさん、今日のためのケーキを持ってきていました。わたしも用意すべきものです。洗濯と交換では条件が合いません」
「いいのです」
そこへ麗華が割って入る。
「そもそもなにも伝えていなかったわたくしがいけないのですから、吹のケーキはいらなかったのよ」
ぴしゃりと言われると、なんだか仲間外れにされた気持ちになった。あれ、そもそも仲間って思っていいのかな。
「お言葉に甘えなさい」
「……はい」
「吹ちゃん、意外と頑固だよね」 菜穂がくすくす笑っている。
「思ったこと曲げないよね~」 いづみも。
意外らしい。
「ということだから今度ケーキ持ってこい。本を返す時でいい」
「……はい」
まだ納得しきれない吹は、ぷいと顔をそむけた。
「吹、あんな顔するのね」
麗華は幸に対する表情と態度が、自分に対するそれとは違うことに嫉妬心を覚えた。
「いつも途切れ途切れのしゃべり方なのに、今はするする言葉が出てきていましたわ」
それにあんなに感情的で、自分相手にはまだ少ない感覚だ。
「吹ちゃん、なににするの?」 澄子が興味津々で尋ねる。
「そこはお楽しみでしょ!」 恵一が楽しそうに言った。
吹は手作りのつもりだった。厨房を借りて、紅茶のシフォンケーキを焼き、ちょっと良い生クリームを別の容器で持っていこうかと考えていた。手作りは重いとか聞くため、意見を聞きたかったが恵一の一言で聞けなくなってしまう。
「楽しみにしてる」
ほんの少し、幸の口が笑った。この表情はやっぱり悔しい。なんでも許してしまいそうになるのだ。
「おっと、そろそろ時間が」
仁志が腕時計を見た。学園の研修のときは、内ポケットからすっと懐中時計が出てきていたがこういうときは違うらしい。
「残念ですわ」
きっちり一周まわったのに、麗華たちは残念そうだ。
「最後に写真撮ろう!」
背丈くらいのツリーを見つけて、みんなで写真を撮った。
「吹ちゃん、これ貸してもらえる?」
送られてきた写真を見ようと取り出したスマートフォンを、孝支にぱっと奪われる。吹は暗証番号やらなにやらを設定していない。ぱぱぱ、と操作して終わった。
「はい」
勝手にごめんね、と渡されたスマートフォンの待ち受け画面が、さっきの写真になっていた。最初の設定のままにしていたため地味だった画面が、一気に明るくなる。
「ありがとうございます」
お礼されるってことは、喜んでいると、孝支は思った。実際、吹の顔はやわらかくなっている。
帰り際、
「ケーキ、楽しみにしてるー!」
恵一の漫画は、運転手さんが回収していたらしい。手をまわすのが早いし、それに対応できる運転手さんもすごい。
キラキラ光る道を、車で通り抜ける。だんだんと彩りが鈍くなる道を、さみしく思った。
クリスマスの次のイベントは、年末年始。会話はそれになる。振袖を着て二年参りに行くとか、海外で過ごすとか、親戚が集まってずっと宴会とか、いろいろだ。吹は今日だけは例外だが、初詣以外は外出禁止のため話に相槌を打つのみ。手首を、反対の手でつかんでいた。
「今年の振袖はこれですの」
宴会が続くという麗華が、予定の振袖の写真を見せてくれた。
「振袖、着付けが難しいよね」
ぽそりとしたつぶやきは、しっかり四人の耳に届いた。
「え、吹さん、自分で着られるの?」
「え、あ、はい、うん」
「すごい!」
豪華なものではなく、普段着のような着物を着る機会が多かったため、着物は自分で着られる。難しい縛り方でなければ、振袖の帯も。
「そういえば、修学旅行も浴衣きれいに着てたもんね」
よく見ているし覚えているものだ。ははは、と笑って流す。
三人を家まで送り届け、吹だけ寮へ。きちんと帰ったことを守衛さんに見届けてもらい、麗華に挨拶して部屋に帰る。
誰もいない寮。音ひとつしない。人がいない分、体温がなくて心なしか普段より寒い。布団を多めにかけて寝ることにする。明日は二十九日。一日飾りにならないよう、今朝のうちに正月飾りを準備しておいてよかった。明るい色の飾りが、麗華たちや食べものやゲームの画面やイルミネーションと重なった。今だけは、ものの少ない部屋がさみしい。
音がした。
スマートフォンの着信だ。
「もしもし」
『あ、ふいちゃん?』
帰った? と軽い声は恵一だ。無事に全員帰宅したと伝える。それはグループのメッセージで伝わっているはずだが、社交辞令だろう。
『ケーキね、バレンタインによろしく!』
「え、ちょっ待ってくだ」
『じゃ!』
ぷー。
今年のバレンタインデーはたまたま休日だが、日程を指定されてしまった。この日に行くしかないのか。年が明けたら、麗華たちに相談しようと思った。
「ずいぶん強引なとりつけだね」 仁志が楽しそうに笑う。
「失礼では?」 巧はあーあ、と目を細める。
「だってさ」 にかっと恵一が笑った。
「バレンタインって特別じゃん?」
ねえ、幸さん? と話題を振られた幸は、そうかもな、とだけ返す。
じっとりと孝支が見てくるのが、幸はどこか気に食わない。とりあえず、その特別という日に吹が手作りのケーキをくれることには、胸が弾んだ。




