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18.

 終業式。これから冬季休暇。生徒たちは年末年始のバカンスに出かける。それでも(ふい)はいつもどおり、寮で新年を迎える。


 今年はクリスマス、二十五日に終業式。関係あるのかないのか、どこか生徒たちが浮足立っている。クリスマスとは、そんなに楽しいものなのか。わからない。人生のほとんどをクリスマスなどと関係なく生きてきた。知っている部分は、もうどこかに行ってしまった。


 たまに足を運ぶ商店街も、通る道にも、イルミネーションの明かりが準備されている。夜になるときれいで、地域のデートスポットとしては有名だそうだ。でも、吹には少しばかり、明るすぎる。明るさのなかに隠れる暗さを先に見つけてしまう自分がいる。昼間には光ることもできず、灰色の線が絡まっているだけ。


 麗華の誘拐のときの件がまだ残っていて、吹は今回の休暇中、初詣以外は出入り禁止令が下りた。もともとそれ以外に出る予定もなかったが、残念そうに学長に見せておいた。


「吹」

「はい」

 終業式の後、麗華が声をかけてきた。一ポイント追加、と言われてしまったと思う。

「あといくつだろう」

 楽しそうに数える三人だが、吹は途中からポイントの数を数えるのを諦めてしまって覚えていない。近くなったら教えてもらえることを祈っている。

「昼の会には出るのよね?」

 参加前提での質問形式。

「出ません」

 今回こそ、おいしいごはんはわけてもらえる。昼の会とは終業式の日に行われる小さなパーティーだ。執事のあのときより規模はずっと小さい。ただ制服でない服を着ることも許され、おいしいものを食べるだけといえばそれだけだ。制服でないというと、やはりパーティードレスらしくなるので華やかだ。ただ、後輩や先輩とのかかわりを持ちやすく、麗華に声をかける人はひっきりなしに訪れる。なお、制服でなくともよい、と通知書に書いてあるだけであって、制服で参加してもいいのだが、普段は会話をしない人に対してかける話題を増やすためにこのようになっているとか。


「テストをします」

「テスト?」

 期末試験はどうにか突破した。追試もないし、問題ないはずだ。

「この間の反省を活かした行動をしますわよ」

 そっちか、と頭を抱えたくなる。麗華が言うのは、ギャラリーでの反省を活かした振る舞いを昼の会で見せろ、ということだ。どう断ろうかと考えていたら、ひとつだけ案をみつけた。

「わたし、ドレス持ってないから」

「問題ありません、用意してありますわ」

 麗華がプレゼントしてくれたあのドレスは、なぜか麗華が保管している。本人曰く、近くにおいておきたい、だそうだ。こうなるのを考えて、準備してあるという。

「あ、あのデザインだと、ちょっと」

「問題ありません、リメイクしてありますわ」

「リメイク?」

 ちょっと足の露出が多く、学園内で身に着けるにはふさわしいとは言えないあのドレス。これは断る理由になると思ったのに、すでに修正済みだそうだ。抜け目ない。麗華は吹の言動をすっかり読んで、先取りしている。なんて能力だと恐れ入る。

「ではこちらへどうぞ」

 行きましょ、と連行されそうになるのをどうにか引きはがしたいが、三人に背中を押されて控室に連行される。あまり嫌がると麗華ファンの視線が怖い。途中でおとなしく従う羽目になるのは何度目か。

 これで吹の平穏な昼はなくなることが決定した。


「こちらですわ!」


 出されたのは、どう見ても恵一が選んでくれたあのドレス。吹が着たら、他の人に陰口を叩かれること間違いない。

「はいはいどうぞ~」

 菜穂に背を押され、控室の部屋の真ん中へ連れられ、

「お着物失礼しまーす」

 澄子に制服に手をかけられ

「お、ほっそりしてる!」

 いづみは下着だけになった吹を見て感想を漏らした。

「もっと美しい下着を贈ることにしますわ」

 嬉しくない。女性に身ぐるみはぎとられ、下着姿を晒された上に、麗華からは遠回しにセンスが悪いと言われている。ちなみに吹にとって素材がいいものとは、肌にいいものだ。見た目ではない。

「はいはい、着て~」

 もうされるがままだ。この状況、麗華にしっかり見られている。目がなんとなく観察しているかんじ。これは、イベントのときの記憶による動揺を見せてはいけない。ただ、現状に驚いていることを見せる。そこだけに気を遣おう。


 はいこれ、と準備されたものに足を通して手を通して、いつのまにか準備完了。

「素敵~!」 うっとりする菜穂。

「さすが麗華様です!」 いづみが麗華を褒める。

「ぴったりのデザイン!」 澄子はドレスを見て。

 もうどうにでもなれ、とどこを見ているかわからないどこかを見ていた。

「鏡をどうぞ~」

 どうやって持ってきたのか、姿鏡がしゃっと視界に滑り込んできた。

「あ」

 ドレスはひらひらしたスカートになっていた。

 スリットから見えていた太ももに、ちらりとかかっていた銀河のようなレースはそのままに、下に同じ素材のスカートが入っている。

「麗華様のドレスと同じですわ!」

 そう、麗華のマーメイドドレスとまったく同じ形で、レース素材ももとのものとまったく同じ素材で作られたスカート。足が露出しないようになっている。

「これで出られますわね」

 にぃぃぃっこり、と笑顔の圧力で、これは出るしかないとすぐに悟る。そして、反省会を活かした行動をしないとたぶんもっと嫌なことになる。

 もしかして、恵一から麗華に話したいこととは、この件だったのではないか。結局どんな内容だったのかは聞いていない。


「では、出発しますわよ!」


 いつのまにか着替え終わっている四人は、あのときのドレスそのままだ。

「おっと、そのまえにメイクですわね」

 ぱんぱん、と手を叩くと、数人のヘアメイクがやってきてするすると顔が作られていく。髪もどうなっているのか。疲れるから考えることをやめた。楽しそうにしている四人がうらやましい。


 昼の会は、ごはんを食べながらただおしゃべりをする。それだけだ。だから疲れることはない。はずだった。

「最近麗華様と親しいと聞きました」

「教えてくださる?」

「そのドレス、もしかして麗華様からのプレゼント?」

 どんどん話しかけられる。あ、はあ、ははは、笑ってごまかすばかりだ。たまにイエスノーを伝えて、単語を出して、どうにか逃れている。これでは食事に手が出せない。

 あわあわしていると、四人が助け舟を出してくれる。自分でどうにかすべきときだけはなにもしてくれない。つまりそうすべきかどうかがわかるくらいの距離にいてくれて、こちらの会話を聞きながら自分も会話をしている。お嬢様ってすごい。耳がいくつあるのだろう。


 普段からこういったパーティーに出席してこなかった吹。初めての出席で、麗華からのプレゼントであるドレスを身に着け、ヘアメイクもメイクもばっちり。好機の眼で見ない人はいない。ドレスなどの事情を知り、それが最近麗華と仲良くなったと噂の吹だと知れば、うらやましい、が、だんだん恨めしいに変わっていく。


 時間とともに、視線が辛くなってきた。近くで話しかけてくる生徒はまだましだ。下心があったとしても、ただ気になることを聞いてくるだけ。遠くで見てくるものは、視線でこちらへ伝えてくる。引け、と。おまえがなぜ、と。

 どろどろと、なにかが流れ込んでくる。食べることなど忘れてしまった。

 だめだ、もう作り笑いを保つだけでも辛い。

 辛い。


「吹ちゃん!」


 ぱん、と空気を貫く呼び声。これは菜穂のものだ。

「あっちで食事とって待ってるよ」

 澄子が用意してくれているらしい。これはいづみ。

 助け船だ。吹の様子を見て、助けにきてくれた。あえて麗華の名を出さないのは、麗華という名前だけで人が寄ってくるからだ。それを避けるため。麗華は手で示された場所と別の机で談笑している。

「行こう~」

 手を引っ張ってくれる菜穂。視線で逃げようと伝えてくれている。

「すみません、お借りしますね」

 いづみが吹に話しかけていた人たちに頭を下げた。図書館の本のようにするりと抜けていく。


 彼女たちが麗華と仲がいいのは誰もが知っている事実だ。これは強引で、失礼ともいえる。それでも、だれも文句は言えずに吹を解放した。

「あ、ありがとうございます」

 もう膝から崩れ落ちたい。

「食べ物の話しちゃったから、少し食べて?」

 事実を作らねばならない。

「そしたら退散しようね」

 ちらといづみが見たところは、麗華のほう。麗華が、よくできましたというように、口角を上げた。


 皿に乗っていたのは、そう多くない簡単な食べ物。これだけ食べたら、帰れる。食べるのが好きな吹だが、今はおいしく食べられる気がしない。

 ぱくぱくと口にしたいところだが、マナーを忘れたら、たぶん麗華に叱られる。落ち着いた装いで、食べきった。たまにいづみたちと会話するのも忘れない。

「ふぅー、これであたしたちもお叱りなしだね!」 元気な菜穂。

「テストは突破かなぁ」 いづみはほんの少し心配そうだ。

「よかったよかった」 澄子はなにを安心しているのか。


 じゃ、行こう、と部屋の外へ。するとすぐに、麗華も出てきた。どうやってあの群れから出てきたのだろう。そういうときのうまい言葉を知っているのだろう。

「テストは及第点ですわ」

 麗華の最初の言葉はこれだ。及第点か。まあいいや。全員で息をつく。

「でもまだ、あるのですわ」

 急にもじもじし始めた。

「しゃ、しゃしん、とりましょ」

「写真?」

「しゃしんです!」

 スマートフォンをばん、と準備している。残念ながら自撮り棒はさすがに持っていないが操作もしっかり準備万端。

「撮ります!!」

 ほら並んで! 入って! もっと寄らないと入らない!


 ぱしゃ


 写真撮影は、意外と時間がかかった。でもしっかり終わった。

 そして吹の初めての学校パーティーは、終わったのだった。




「見て見て!!」

 恵一がスマートフォンを持ってくる。

「写真送ってくれたよー」

 ってかグループだからみんなにもいってるしー、と言われて、見るまで離れてくれないだろう恵一のために全員スマートフォンを開く。

「お」

 それは学園の五人全員の写真だ。男五人が選んだドレスで、本物の笑顔でいる。吹以外。

「あれー、よく見えないけど、これ、恵一のドレスだけど恵一のじゃないね」

 仁志はすぐに気づいた。気づかない者はいないが、それを口に出すのは仁志の役目になっている。

「そう、麗華ちゃんから連絡あったよ」

 わざわざ選んでくれた恵一に、変更することを連絡してきた。だから恵一は知っていたのだ。提案したのは恵一自身。お揃い、を提案したのだ。自分の選んだドレスだから変更しても問題ない。

「すてきですね」 素直に巧が褒める。

「さすが麗華様」 孝支が半笑い。

「でもふいちゃんだけ、ちょっと苦笑いなのが状況伝わってくるわー」

 ははは、と笑い飛ばす恵一。

 こっそりとまた、恵一たちは写真を保存していたのだった。

 パーティーに出席できる。大丈夫そうだ、幸は胸をなでおろした。




 部屋まで送ってくれた四人にお礼を伝える。ベッドに倒れこむ。疲れた。年末年始を挟めば、今回のどろどろも薄まると思う。ドレスを脱ぐべきだが、そうはできなかった。


 音がする。なんの音かなんて、もちろんスマートフォンだ。パーティー中に電子機器が鳴るなんて、それがパーティーでなくて普通の場であっても失礼なこと。だから部屋に置いていった。それが部屋に戻ってからぴったり鳴るなんて、どんなことか。タイミングが良すぎる。


 疲れた。もう誰とも話したくない。

 いやなものが聞こえてくるだけ。

 いつも、いつもそうだった。

 いやなものが聞こえる。

 いやなものが見えた。

 いやなものに気づく。



 でも、この音がもしもほんの少しでもお世話になった人だったら、それこそ失礼に当たる。もう何回鳴っただろうか。


 早く出ろ、手を伸ばせ。

 音が吹を駆り立てる。命令してくる。

 だれだかわからないまま、出る。


「もし、もし」

『写真、見た』

 名を名乗れ。本来なら、そう言うべき場面。それでも吹は不敬とは思わない。相手が誰だか、声と口調とこの単語の少なさですぐにわかった。

 でも、写真とは。

『麗華様から送られてきた』

 麗華に今度は吹から叱ろう。人と撮った写真を他人に送るときは、許可をとること、と。

「そうですか」

『よく出たな』

 出た、とは参加の意だ。あっち側はこっちの日程とかまるわかりなのだろう。今日のイベントに参加したのだと。

「出された、の間違い、です」

 自ら出たのではないと伝える。

『そうか』

 なんというか、ほかに言葉はないのかな。

「写真、消しとい、て、くださ」

『綺麗だった』

 言葉が止まってしまう。

『悪いが保存させてもらう』

 悪いです。

『無理はしないように』

「あなたは、わたしのお父さん、ですか……」

『父ではないが』

 が?

『決して無理はしないように』

 と言って今度こそ切った。切れた。


 いつも幸は、言いたいことを言うだけ言って、人の心配だけをして、吹の言葉を聞かないで、去ってしまう。

 これで終わりか、と思ったら、もう一度電話が鳴った。なんだ、

「もしも」

『ドレスは着替えてから休むように。女性の嗜みとして、必ずだ』


 ぷつ。


 そこまで見通していたとは。仕方なく、吹はドレスをのろのろと脱いで、ハンガーにかけてから、ベッドに寝転んだ。




 ふ――い――


 ふぅーいー


 どこかで呼ぶ声がする。


「吹!!」


 はっ


 目を開けた。いつものぼんやりとした視界ではなく、はっきりと、横向きで麗華の顔が覗いてくる。

 他人様(ひとさま)の部屋に勝手に入るとは、お嬢様らしからぬ行為だ。

 とはいえなぜ、休みに入ったのに麗華が学園にいるのだろう。授業はない。だからこそ、勉強はしたくなくてのろのろと布団に寝転がっていたのに。

「親友の様子を見に来たのですわ、簡単に入れます」

 言い訳にしか聞こえない。

「それで、あの、ご用、は、なんでしょう?」

「ポイント一」

 う、


「クリスマスぱーりー開くわよ!」


ノリが麗華のそれではない。テンションが高くなっている。

「では」


 ぱんぱん


 麗華の手で、すぐに入ってきた黒いスーツの人に持ち上げられて、いつのまにか整えられていた荷物と一緒に、外へと連れられて行く。

「まってまってまってれいちゃん!」

「なにかしらぁー? 聞こえないわ~」

 それは嘘ではない。物理的に距離があるのだ。

「わたし、初詣以外の外出禁止なのー!」

「知ってますわ」

 さらりと答えられてしまう。聞こえないんじゃなかったの? これだけで簡単に理解できた。学長とすでに話をつけてあるのだ。

 吹の平穏なクリスマスとその後の年末年始は、平穏ではなくなることが決定した。




「ねえねえ、クリスマスぱーりー! しようよ!」

「ぱーりー? ですの?」

 パーティーをテンションで“パーリー”と発音した恵一。

「友達同士でクリスマスを楽しむ! れいかちゃん、そういうのやったことなくない?」

「ありますわ」

 ぷんとしているスタンプが想像できる。失礼な、というあれ。

「それは社交パーティーでしょ?」

「ちがうんですの?」

「ちがうって! ピザとかケーキとかチキンとか、みんなでおいしいもの持ち寄って、食べてゲームして遊ぶの!」

「シェフに作らせればいいのかしら」

「なに言ってんの! 買ってくるんだよ! テイクアウト!」

「ホテルから持ち帰り?」

「違うって!」

 有名チェーン店のいくつもの店を上げてくる。

「まぁ! すてき!」

「そんじゃこの日にこの時間、ここでねー」

 勝手に二人で日時を決定。そして吹は現在に至る。




「れいちゃん、あの、どこへ向かってる、の?」

「駅で待ち合わせなのよ」

「あたしたちも直前に聞かされて、驚いているんだ」

 菜穂はそれでも嬉しそうだ。麗華が誘ってくれたからもあるが、やはりあの五人と遊べることを。

「でも嬉しいよね! 誘われるのは正式なやつだけだったから」

 いづみも喜んでいる。遊んで過ごすクリスマスは、いづみにとっても珍しいのかもしれない。


「ごめんなさい」

 麗華が誤った。突然に誘ったことに対してだ。吹はいいのだろうか、謝られた覚えがない。

「あ、そうじゃなくて! 友だちとしてのお誘が嬉しいってことだよ」

 澄子が違うと伝える。

 うんうん、

「うちで催すものと違うと知ったの、わたくしもついこの前ですの」

 一般的なチェーン店に行くことなど、なかったそうだ。

「みなさんはどんなふうに過ごしたの?」

 いづみも澄子も菜穂も、家で家族との時間があるそうだ。ケーキは必須で、それ以外は家でそれぞれだが、楽しく過ごす時間。あとは友達との時間。カラオケに行ったり、ショッピングモールに行ったり、家に呼んだり。それこそ人それぞれ、都市にとっても違う。

「ただ、プレゼントは必須だよね」

「うん」

 サンタが来る来ないはわからない。でも、プレゼントを交換するのはどこでも一致しているということに、麗華は驚いている。

「プレゼントは、パーティーのときに贈られてきて、嬉しくも大変でしたわ」

 数が多すぎて、礼状を書くのも時間がかかる。そして、好みでないものも多い。

「正直、プレゼントと聞くと面倒と思えてしまって」

 はぁ、と頬杖をつき溜息の麗華。プレゼントが面倒とは。違いが見せつけられる。運転手がくすくす笑っている。

「今日はそんな思いにはさせないよ」

 いづみが麗華の手をとりふっと笑う。

「だって」

「待って」 菜穂が止める。

「それはあとで、ね」

 なんですの? と今にも聞きたい麗華を三人は楽しそうに笑い流していた。



「お待たせしました」

 到着したのは、都会と田舎の間くらいの地域だ。

「お、きたきた!」 ぱたぱたやってきたのは恵一だ。

「お待たせしました」

 ぺこりと頭を下げる麗華に、そういうのはよしてと手を振った。

「恵一さん、ひとり?」

 澄子が尋ねた。いつもはどちらが出迎えでも五人一緒だった。

「みんなオレんちの飾りしてる」

 これから行く先は、恵一の家だった。

「両親、今日いなくてさ! ちょうどいいでしょ!」

「え!」

 麗華が真っ赤になる。と、殿方のお宅にあがるんですの?

「殿方って、友達の家だって」 大げさだよ、と菜穂が笑う。

「はいはい行くよー」

 ちょっと歩くだけだから、と向かった先は、ごく一般的な、家族向けのマンションだ。友達として呼んでくれたとはいえ、家をさらしてしまっていいのだろうか。吹はそこを心配しながらついていく。

「あ、安心して! どこもぴかぴかに磨いてあるから!」

 これは水回りなどのことを言っているのだろう。どこもかしこもぴかぴかのお嬢様がそんなことを気にすることはないだろう。その台詞は他四人へのものだ。それよりも、後に続いた、「あいつらが!」のほうがよっぽど気になる。他人に自分の家の掃除を任せている。それはどういうことか。ぴかぴかなのは間違いない、彼らの領分だから。


 そんなこんなで、十分ほど歩いたら到着、ピンポンと呼び鈴を押した。自分の家に押す必要があるか。

「はーい」

 出てきたのは仁志だ。ここは仁志の家ではないかと思ってしまうほど自然に。なかでは二人がいろいろと準備中。

 お邪魔します、と入った五人は、おおーと声を出す。一番の驚きは麗華だ。一般的なクリスマスパーティーを見て、わくわくなのだ。多分そのなかには、麗華の家とは違う家がどういうものなのかを見ての感情も混ざっている。が、自分の立場をわきまえている彼女はなにも言わない。


 クリスマスツリーは、正直小さかった。幼い子供の背の高さ。だがリースやリボンの飾りで部屋が明るくなっている。


「さて! 始めよ!」


 座って座って、とクッションにどうぞと勧められて座らされるのではなく、三人がおじゃましまーすと入って机のまわりに適当に座る、一般的なノリ。わざとソファに座らずに、麗華も床に腰を下ろした。もしかしたら、畳以外の床の場所に座るのは初めてかもしれない。


「これがクリスマスパーリーですのね!」


 最初から気になっていた。“パーリー”を教えたのは恵一だ。楽しそうだし、突っ込みは必要ない。この三人が楽しそうにしているから。ただ、男たちはほんの一瞬、恵一を睨むか呆れる顔をした。

「もうすぐあれが来るからね!」

「わたしたちも、持ってきましたよ~」

「そうだ、預からないとね! 冷蔵庫に入りきるかなぁ」

 ごちそうはこっちで準備するから、ケーキ持ってきて、というのが恵一のお願いだった。誰が用意する? と相談した結果、結局選べずに全員ひとつずつとなったのだった。吹は今日このことを知ったため、もちろん用意していない。どうしようと胸がきゅっとなる。

「いつの日か、なにかの形で、お返しします……」

 小さくこぼすしかできない。

「わーってるわーってる、楽しみにしてる!」

 わかってる、というのは、なにがどうしてこうなったかを麗華から聞かずとも理解しているということだ。


 ぴんぽーん


「はいはーい」

 玄関にすっとんでいく恵一。扉が開くと、濃い匂いが漂った。油とトマトとにんにくと。これは宅配ピザだ。

「お待たせしました」

 巧が入れ替わるようにやってきた。円柱の箱を持っている。こちらはスパイシーなにおい。チキンだな。さっきまでクリスマスの飾りをしていたのは三年生の二人だったのだが、それを見て心がほんわかした。

「ポテトもある?」 恵一が訊くと、

「もちろんです」

 巧にしては珍しく、うきうきした声だ。一年生だから、こういった会は初めてなのかもしれない。

「コップ、いりますか?」

 聞かれたのは麗華だ。缶の飲み物やらペットボトルやらが並んでいるのを見ると、そのまま口をつける。わざわざコップを出すと場所をとるから、用意しないことも多い。

「いえ、いりませんわ」

 このまま飲んでみたいのだろう。

「シャンメリーをね、うちではワイングラスで飲むよ」

 菜穂の家ではそうらしい。

「シャンメリー?」

 ワインっぽい炭酸飲料を彼女は知っているだろうか。買ってくればよかったー、と恵一が頭を抱えたとき、

「用意してある」

 幸が言った。グラスもある。今日のために用意したのだろうか。

「さすが!」

「飲んでみたいですわ」

 麗華の一言で、乾杯はシャンメリーに決まる。

「ケーキが先? 食いモンが先?」

 どちらも食べ物だが、おかずとケーキのどちらからを尋ねてくれた。家によってそのへんも違う。

「せっかくだからあったかいうちに食べよう!」

 菜穂の一言で、ピザやらチキンやらの箱が開く。ふわっと湯気が立つとともに、強い匂うも立ち込める。

「わぁ」

 麗華の眼はきらきらだ。


「「メリークリスマス!」」


 みんなで乾杯。ちん、と軽い音をたてて、くいっと喉に流し込む。

「まぁ」

 なんとなくスパークリングワインのようなそれ。飲んだことがないからわからないが、成人して実際にワインを飲んだら違いがわかるのだろう。ちなみに男五人は、こっそり舐めたことがあるのは秘密。


 なにを食べるにも新鮮な反応を見せる麗華を、全員であたたかく見守った。手でチキンを持ったりピザをかぶりついて食べたりする麗華そのものが新鮮で、こちらもおもしろくなる。

 わいわい、と明るい声が部屋を包んだ。

 クリスマスって、こんなに明るいんだと、吹は思った。

 近くにいるのに遠くからものを見ている、そんな目の吹を、幸はしっかり見ていた。


 ランチタイムのパーティ。

「腹いっぱい!」

 おなかをぽん、とたたいて床に寝転ぶ恵一。自分の家だからか、今日はオフだからか、クリスマスのムードからか、いつもよりさらに自由だ。だがそれを咎めるものはいない。

「ケーキは少しあとがいいね」

「今だと十分に味わえない気がします」

 というわけで、ゲームしよー! とゲームの時間が始まる。

 アクションものやすごろくものやらなんでもある、この家。勉強もしているはずなのに、遊ぶ時間があるのがすごい。きちんと寝ているのだろうか。

「やってみたいのある?」

 残念ながら、すべて四人までしかプレイできない。車のレース形式のゲームに決まる。

「負けた人、洗い物ね」

 というわけで、レースが始まった。麗華はもちろんだが、実は吹もこういったゲームは初めて。先にプレイした四人を見て、リモコンの使い方を覚える。

「れいかちゃんにはオレが教えるから安心して!」

 次のレースで麗華が二人羽織でレース。その様子を見て、菜穂がほほ笑む。この二人、兄弟なのか恋人なのか、難しいね、と吹に囁いた。

「近い?」

 恵一は、自分の顔が横にある状態で麗華に尋ねた。

「近いですわ」

 ほんのりと顔を赤らめる麗華がかわいい。思ったのと違う反応に、恵一も照れている。

「でも! ペナルティを受けるのはごめんです! 一緒にお願いしますわ!」

 負けず嫌いなんだな、と全員が思った。

「吹」

「はい」

「おまえ、できるのか?」

 反対向きにリモコンを持っている吹に真顔で聞いてくる幸。こっそり直してくれればいいものを。黙っていたら肯定ととられた。

「ああにやるか?」

 ああ、とは恵一アンド麗華ペアのことだ。麗華はきっぱりゲームのために切り替えているが、吹には無理だ。

「いえ!」

 丁重にお断りした。


 さて実際やったところ、麗華はきゃぁきゃぁ言いながら楽しんでいる。とんでますわ! 違う道を走ってます! 見てる画面違う! と三対七くらいの割合で麗華と恵一が操作している。そんな二人も一緒なのに、吹は最低順位で終わる。

「吹さん、操作と一緒に体傾ける人なんだね」

 仁志が楽しそうに言った。よくあることだそうだが、自分で想像するとかなり恥ずかしい。かわいかったよ、と笑いながら見ていた人に言われて、ぷしゅうと顔から火が出そうだ。


 さて、ペナルティを受けるのは吹と、意外にも孝支だ。

「孝支先輩、こういうの不得意なんです」

 珍しく、巧が羨望とは違う目で言った。器用で気が利いてリーダーシップもとれる孝支がゲームを苦手とすることを想像していなかった。

「実践では必要ない」 少しむすっとした声の孝支。

「勤め先で子供に相手されたらどうすんすか」 恵一に尋ねられるも、

「わざと負けたことにする」 こうやってやり過ごすらしい。

「プライド傷つくわー」 冗談交じりで笑った。


 洗い物をしている間、まだ他のオプションでレースは続く。楽しい声が聞こえてくる。

 だいたいのものを紙皿など捨てられるもので済ませたとはいえ、洗い物もある。コップやペットボトル。ごみの分別。

 するするとやってのける孝支に遅れをとることなく、吹も行った。

「吹ちゃん、ありがとうね」

「いえ、これはペナルティですからお礼を言われることでは」

「いや、幸のこと」

「幸さんですか?」

「あいつ、吹ちゃんに会ってから変わったよ」

「わたしではありません。みなさんのお力です」

「そういうことにするか」

 なぜ吹のおかげとでも言いたいように言うのか、わからなかった。

「あいつ、表情をほとんど出さないし」

 自分は悪いものを惹き付けるって思ってるから、と孝支は小さく続けた。麗華から聞いたあの話だ。

「サングラスの件で、なんか落ち着いてきたらしい」

「お役に立てたならよかったです」


「家でもよくやったの」

 皿を持ち上げる仕草。家事のことを聞かれる。話題を変えたかったのかもしれない。

「はい」

「お皿下げたり、飲み物追加したり、慣れてるかんじだったね」

 グラスを洗う孝支から洗い終わったものを受け取って、タオルで拭く。そんな様子を見た恵一が、

「そこの新婚さーん、終わったらケーキも用意して!」

 がしゃ、とコップを落としそうなところをしっかりキャッチしてくれた孝支に感謝だ。

「ほんとに息ぴったりですね」

 珍しく巧も混ざる。仁志もにこにこしている。そこへ、

「代わる」

 幸が加わった。

「いえ、これはペナルティなので」

 自分でやらねば意味がない。

「それならケーキの用意しろ」

 皿とフォークを用意するよう指示される。役目も場所もとられてしまった。

「男同士でキッチン並んでもおもしろくないね」 苦笑する仁志。

「いえ、これもいい画だよ」 いづみが楽しそうだ。


「そういえば、あの漫画、私も読んだよ」

 漫画の話題になる。ついそっちに気をとられた吹は、つるつるでワックスのきいた床にちょっと滑った。大掃除できれいにしたばかりなのだろうか。人が歩いた形跡がなさすぎる。

「ふわっ」

 間抜けな声が出た瞬間、ぽすんとなにかに支えられた。

「気をつけろ」

「すみません」

「怪我がないならいい」

 一層気を付けて、皿とフォークとお茶のカップとマグカップと、必要なものを運ぶ。他人様のものなので壊せないし、次に運ぶケーキ四つはさらに気をつけねば。

「そんなにいっぺんに運ぶな」

 お皿をお盆に乗せて持っていた吹の手から、お盆が消える。

「重くありません」

 自分で、ひとりでできる。本当のこと。

「危ないから、ケーキ運べ」

「……はい」

「おまえ、いつからそんなに心配性になったんだ」

 今はオフだろう、と孝支に呆れられる。

「まるでお父さんだな」

 グラスを磨いていた手が止まる。さすがに、吹ちゃんの隣をとられて嫉妬したんじゃねぇの? とは言えなかった孝支。吹としては、自分も何度か言ったことがある台詞だったため、同じことを思っている人がいることに安心をおぼえた。やはりそう見えているのだ。

「心配なら、そっち行け」

 もう終わるのを見て、幸はちょっと不満げにその場を離れた。

「ケーキ、用意しました」

 包丁も準備万端。

「いえーい、おひろめおひろめ!」


 いづみのケーキは一般的なイチゴの乗ったホールケーキ。菜穂はチョコケーキ。麗華はアイスクリームケーキ。澄子はタルトだ。話し合っていないと聞いたが、かぶらないのがすごい。


 二回目の乾杯をティーパックの紅茶で。すぐに手がのびて、ホールケーキの十等分をすぐにしてくれた。さすがというべきか。

 小さいケーキとはいえ、油ものを食べたあとのケーキはさすがに胃がきついと思ったが、ぺろりと入ってしまったのがすごい。


「いづみさん」

 こっそり尋ねたのは、さっき話していた漫画のことだ。昔、読んでいた。途中でやめてしまったが、最新刊が出たということはまだ続いているのだ。気になった。学校恋愛ものだが、友情やスポーツもあって青春をそのまままるごとぎゅっと凝縮した作品。絵は少女漫画だが、誰にでも人気だ。

「え、吹ちゃんも読んでるの?」

「昔、読んでたから……」

 思った以上に会話が弾んでしまった。

「貸そうか?」 思いがけない一言が恵一より。

「いえ、いつ返せるかわからないので」

 こうやって会える機会に、次があるかはわからない。郵送という手もあるといえばあるが、長く借りてはいられないし、憚られる。

「貸せばさ、ふいちゃん返すためにまた会ってくれるじゃん!」

 返すのを理由にしてまた会おう、と言ってくれている。

「えーと、あの、」

「気になるなら遠慮なくどうぞ」

 仁志の返事に、それ言うのオレじゃね? と恵一が反論している。

「借りていけ」 幸も続いた。

「えっと、では、お言葉に、甘えまして」

「やった!」

「吹さんが漫画を読んでいるとは意外でした」

「こら、偏見はだめだ」

 巧に孝支から注意が入る。巧がすみませんと小さくなってしまったので、どうにか話題を変えようとする。

「前の担当さんから、たまに、おすすめの本や漫画のリスト、その、今も、届くんです」

 それで図書館にあるものは借りている。学校の図書室には、さすがに漫画はない。

「まだつながりがあるなんて」

 二週目、担当としては一人目の彼だ。嬉しいことに、リストを送ってくれる。

「少しだけ、現状報告も、してくれて。あの方はきっと、巧さんの、ライバルになります」

 巧はもうつながりを続けていない。そこで一歩遅れをとったと、悔しそうにしている。話題は変えられたが、彼を慰めるには失敗だ。


「負けません!」

 ごう、と燃えた巧は逞しい。大丈夫だったと安心した。


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