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15.

 彼らは胸に手を当てて礼をしたあと、こちらですと車にエスコートを始める。爽やかな風がふっとすき抜ける。通り過ぎる人たちは、麗華たちと彼らの間を通らないよう意識して歩いていくほどに。


「え、どうしてそんな」

「試験練習とお伝えしましたが」


 孝支がものやわらかく笑う。

 試験の練習は最初から、つまり今この瞬間からというわけだ。いや、彼らにとってはここに来る前からか。麗華たちのスーツ姿にも反応しない。悔しそうな麗華に、


「麗華様、スーツのお姿も凛々しくてよくお似合いです」


 にっこりと言われてしまえば目を伏せるしかなくなった。でも負けてばかりではいない。


「みなさん」

 伏せていた目をきりっと吊り上げる麗華。

「「はい」」

「なら!」

 ばん! 手を大きく叩く。

「クビですわ!!」

「えっ」

 

「今日の予定はなしよ!」


何人かから驚きの声が出たが、声を出した人は試験失格だろう。


「理由をお伺いしてももよろしいでしょうか?」

 孝支はあくまで冷静なまま問う。

「わたくしはあのときの五人のために力をお貸したくて参りました」

 商店街に行ったあの日、友人として接してほしいとお願いし、そうしてもらった。

 でも今のあなたたちはそうではない、と言い張る。

「運転手さん、車を止めてくださる?」

 自分の運転手ではない相手に伝えた麗華。笑顔だが、これは怖い。怒っている。ああ、やっちゃったね、といづみたち三人が額に手を当てた。ただ、自分たちが悪いとは思っていない。

「みなさん、せっかくですから銀ブラして、ホテルに泊まって明日帰りましょう」

 みなさん、とは女四人のことだ。「そうですね」「賛成です」「いいね」と麗華に賛成票が上がる。女性たちから圧をかけられ、車が仕方なく止まった。


「ああー、孝支さん、これは従ったほうが」 一番に素に戻ったのは恵一だ。

「僕もそのほうがと」 巧に続いて「僕も」と仁志も賛成。


 女性には敵わない。これをどうにかするのが秘書もとい執事ではないのか。まぁ、今の麗華をどうにかできる人間は少ないだろう。仕方なく執事モードは解かれたのだった。


「これでは練習にならないだろう」 孝支が素に戻った。

「あなたがたの振る舞いに問題はありません」

 今日はコーディネートが一番の目的でしょう、と言い張られて、どうしようもなくなった。お嬢様のわがままは存在した。麗華は普段の、あのお宿のときの、パーティーのときの、お出かけのときの彼らと会いたかった。他のみんなも。執事モードでは、家にいるときと同じように感じてしまうのかもしれない。友人と思えないのかもしれない。

「出していいわ」

 ごめんなさいね、と吊り上げてた目尻と眉を下げ、今度は本物の笑顔で言われた運転手は心底安心したところだろう。


「れいかちゃんのお墨付きだし、振る舞いは気にせず行きましょ、孝支さん」

「そうだな」

 仕方ない、と諦めているのがわかる。麗華の眼に狂いはないと信頼しているのも。これは神宮司家だからではなく、麗華だからこそだ。


「ところでどうしてみんなスーツなの?」

 仁志の質問に、麗華が生き生きと答える。

(ふい)の提案ですわ!」

 提案はしていません!

「わたしは、その、これくらい、しか、着ていくもの、が、なかった、の、です……」

 訂正を試みるも、いい提案だね、なかなか見られないから嬉しい、と吹の言葉は受け入れられなかった。

「見たとき驚いたんだよ。雰囲気全然違うしさぁ」

「ほんとですの?」

 驚いてくれていたことに喜んでいる。

「そのイヤリング、あのときのですね」

 巧が今気づきましたとばかりに言った。本当は一目見たときに気づいていただろう。

「うん」

 嬉しそうに菜穂が飾りをちょんと触るとつやりと光った。

「これはわたくしからのドレスコードですわ」 麗華の言葉に、

「いいね」 仁志が笑った。

「ありがとう」

「こういうときしかアクセサリーつける機会ないからね」 澄子も嬉しそうだ。

 吹もオルゴール箱に大切にしまっておいたままだった。眺めてはいたが、つけるのは初めてだ。なかなかつけられずに苦労した。幸があのとき、いとも簡単につけてくれたのに。きっと多くの人相手に練習しているのだ。


「そろそろ、本題に入りたいんだけど」

 いい? と孝支が尋ねると、みな姿勢がしゃんとする。

「誰が誰を担当するか」

 くじができている。割りばしに紙コップの手作り、というのが、きちんとしているはずだったこの環境に合っていないのがおもしろい。

「先に名前が書いてあるから、その人に今日、服を選んでもらってね」

 女性陣五人はよく回転させて混ぜた五本の棒に手を当てて、せーの、と一気に引き抜いた。

「誰? オレ誰?」

 わくわくしているのは女たちだけではないのか。それとも恵一だけ楽しそうなのか。相手次第でコーディネートを変えるため、他の男性は珍しくどきどきしているように見える。


「わたくしは幸さん」 麗華が言う。

「私は仁志さん」 澄子。

「あたしは巧くん」 菜穂。

「わたしが孝支さんです」 いづみ。

「ってことは、オレ吹ちゃんね!」

 吹が言う前に、恵一が呼ばれていない自分を上げて、担当相手が公表されたのだった。


 男たちは、さてどうしようと、もう頭をフル回転させて考えている。会話して本人に好みを聞くのはだめらしい。本人にとってもまわりの人から見ても、場所と人に合うコーディネート。今日のお題はそれ。環境は、夜のお茶会。けっこうラフでいい。というもの。

 出会いにふさわしい恰好で、と婚活によくあるようなドレスコードで、中途半端に決められていないのが一番困るそのパターンだ。

 今日の彼女たちの服を見れば、二回目ということもありなんとなくわかったであろう普段着も、スーツでみんな同じに決まってしまって情報を得るには足りない。吹は申し訳なく思った。


 行き先はどこだろうかと思っているうちに、車では飲み物がくじの相手から渡された。

「目的地まではすぐだけど」

 ほい、と渡されたカップ。恵一は人の心を軽くする。話しやすい相手だ。麗華がメッセージのIDを教える相手として判断するほど。

 渡してくれたのはミルクのたっぷり入ったアイスカフェオレ。甘くておいしい。吹は紅茶党だと知っているはずなのにどうしてこれなのかと考えていた。

「ふいちゃんこういうの自分からは飲まないでしょ」

 そういう考え方もあるんだと、面白く思った。コーヒーより牛乳が多い気がするのは、苦手な場合も想定してくれている。さすがだ。

 それぞれでこの短い時間に好みや趣味を引き出しているようだ。


 きゅっと車が止まる。

「ご到着です」

 なんだかぴかぴかした場所だ。オフィス街を通っていたと思っていたのに、お高級なものやブランドものがショーウインドウに多く並んでいる道になっている。

「では行きましょう」

 麗華たちはなにも気にしていない様子だが、吹と菜穂はおっかなびっくりだ。慣れていないのだから。澄子もそうらしい。いづみは来たことがありそうに見える。

 車はすう、と滑るように消えていく。あの車も、学校が出してくれるのだろうか。


「最初は体をきれいにするよ」

 みんな同じところへ行くのかと思いきや、それぞれ別方向に進みだす。

「え?」

「そりゃぁ人によって店も変えるよ。やることは一緒だから安心して」

 やること、というのはまずボディケアらしい。つるつるすべすべ、メンタル面もマッサージでゆったりとなるそうだ。エステとかトリートメントとか、そういうやつが第一段階と教えてくれた。

「それではみなさん、変身後にお会いするのを楽しみにしておりますわ」

 麗華の一言でそれぞれ分かれていく。


 吹が行ったのは、ボタニカルをメインに使われるところだ。へんに作られた香りは苦手な吹としては嬉しい選択だった。


「お待ちしておりました」


 どう見ても吹よりずっとお肌すべすべの美しい女性たちが頭を下げてお出迎えしてくれた。ゆったりとして広々とした空間。ものが少ないのは吹の寮の部屋とは違い、わざと視界から“普段の生活”を消している。そして緑や花など、自然なものを取り入れていて、都会のど真ん中に温室ができたようだ。ガラスや艶のある石、高級そうな調度品もあるのに、違和感なく調和している。

 いつのまに予約したのだろう。気づかない間にそういうこともしておくのが秘書なのか。それともこの人はここ、とそればかりは決めていたのか。

「いってらっしゃーい」

 にかっと笑って手を振られてしまう。

「ついてきてもらえないのですか?」

「え!」

 無理でしょ、とついてくる。珍しくあせあせだ。これでいいのだろうか。

「お客様には、これから湯浴みをしていただきマッサージを受けていただきます」

 ゆあみ。

 それだけでわかった。そういう姿になるのだから、男性はついてこられないに決まっている。

「ってわけで」

 でも一人になるのは怖い。どうしても足が進まない吹を、女性たちは背を押して奥へ奥へと連行した。後ろから「ごめんねー」と聴こえた。先に心の準備をさせてほしかった。


 さて、終了。いつのまに? なにがあったのかはよく覚えていない。みぐるみ剝がされてお風呂にマッサージになんだかんだと、慣れないことが多すぎる。よくわからないからなにがあったの説明もできないほど。普段の生活らしさがない一画だからこそ、緊張で疲れてしまった吹はマッサージ中に眠ってしまった。


「おかえりー」 どうだった? と聞いてくる恵一に

「とても気持ちよかったです……」

「お客様、マッサージ中にお休みになってしまわれて」

 こちらとしては光栄なことです、と美しく笑う店員。アロマの香りが好みだったのもあると言い訳しておくが、マッサージ中に眠ってしまったのだ。だからよく覚えていない。起きたときは頭もすっきり爽やかになっていて、心なしかお肌もすべすべに見えるし、とても気持ち良い目覚めだった。マッサージなんて普段は受けない。自分でできることはやってみようかと検討してしまうほどだ。

「お、いい顔になったね!」

 麗華たちのほうがよっぽど素敵だろう。貧乏くじを引かせて申し訳ない気持ちでいっぱいだ。くじを引いたのは吹自身だが。

「おっと、時間になるから移動するよ~」

「またご贔屓に」

 これは恵一に対してだと思う。吹はこんなところに簡単には来られない。


「えっと、次は」

 どうするんですか、と訊こうとする吹に、

「服に決まってるでしょ!」

 恵一がまったくもぅ、とわざと作った呆れ顔で言った。これが第二段階。

 決まってるのか。さっきのところで飲み物もいただいたし、おなかがすいているわけではない。

「すぐそこだから、歩きの移動でごめんね」

 そんなこと気にしない。謝られる立場ではないし、無料でサービスを受けているわけだから文句など出るはずもない。


「ここね!」


 到着したのはおしゃれだが落ち着いた雰囲気の洋品店だ。とはいえパーティーのための服装を選ぶため、やっぱり着るのはドレスだ。店内がきらきらして見える。ラフなかんじとはいえ、ドレス。ドレス。ああ。

「友達の結婚式に参加するイメージしてて」

 イメージができないから困る。吹には結婚式に呼んでくれるような友達がいないのだ。

「お邪魔しまーす」

 こんなお高級な門構えの店に、友人の家に着いたみたいに軽く入っていいものなのだろうか。

「お待ちしておりました」

「奥へどうぞ」

「行ってらっしゃーい」

 また見送られてしまう。

「また一人ですか?」

 恵一は隣にいてくれるだけで安心するのだ。こういった慣れない場所で一人にしてほしくない。

「お客様、体のサイズを測りますので」

 一度どこかで聞いたような流れだ。吹は恥ずかしさと申し訳なさで真っ赤になり顔を両手で押さえた。服を選ぶため、最終的に彼は知ることになるが、さすがに測っているところを見るわけにはいかない。その間にドレスを見繕っておくのだろう。

 またもや連行されるかたちでどこぞへと連れていかれる。さっきのさっぱり目覚めのよい気持ちは再び疲れに一変したのだった。


 終わると、これとこれとこれとこれとこれと、とたくさんのドレスが出てきた。たくさんといえど、この店全体にかかっているものから選んでいるからそのすべての数と比べればそう多くはない。それでも着替えさせられる吹にとって、こんなに? と思う数だ。麗華は普段こんなことをやらされているのか。

「どれもよくお似合いでございます」

 最終的に三着にまで絞られ、「よしこれ!」と決定されたものを見て吹の頭に石が落ちた。

「変更、しません……か?」

「今日、ふいちゃんはモデルなの! オレの希望に従ってもらうの!」

 だめだよ~ん、と軽くあしらわれ、これはなにを言っても無駄だと早々に理解する。

「じゃ、着てきてね」

「え」

 何度目の「え」だろうか。さっきまでは試着だったのが、本物モードになると店員さんたちの目つきも変わる。

「スーツで移動しないのですか?」

「え? 着てきたものは預かってるよ」

 着てきた服を店で購入した服ととりかえて、持って帰るという金持ちパターンは本当にあった。映画のなかだけかと思っていたのに。不安そうな吹に、ちゃんとクリーニングしてアイロンかけて返すから安心して、と恵一は言うが、吹の心配はそこではない。金額のほうだ。


 着せられたドレスはサイズぴったりで怖いほど。ちょっとどころかとてつもなく気になるのは足だ。一目見た恵一は満足そうに大きくうなずいた。

 吹の心配をまたもさらりと流し、ロングコートを着せる。

「ほかのやつらに見られないように」

 恵一のいう“やつら”とは、一緒に来たみんなのことだ。話を聞くと、全員の前でお披露目し、それぞれから感想、指導をもらう手筈になっているという。

「だからもし鉢合わせてもいいようにね」

 靴はさすがに見えてしまうがそこは仕方ない。


「次はお化粧とヘアメイクだよ!」


 第三段階。

 なんとお店が隣の店とつながっていて、隣の化粧品屋なのかどこなのか、そこですべてが終わった。系列店なのかもしれない。それとも同じようなことをする人がいるのだろうか。

 吹の感想とすると、こういうところの店員さんはみんな美しいということだ。手先が器用だし。自分にはなれない職業だ。手に職があるってかっこいい。



 はたして、全員が集まった。


「では、お披露目ですわ!」


 またしてもくじで順番が決められる。

 最初はいづみ、次に澄子、麗華、菜穂、最後が吹。

 五人でコートを着たままどこぞのホテルの階段を貸し切りで、上から歩いて下りてくるように言われた。歩き方の指導まで受けるとは思っていなかった。ドレスで歩くのは大変と思い知った。お疲れさま会のパーティーのとき、生徒たちは歩くのも大変だったのだと改めて実感する。麗華たちは慣れているのだから、すごい、としか言葉が出てこない。きっとあの夜、制服でなければ踊れていなかった。


「エントリーナンバー一番、いづみさん、どうぞ!」


 恵一が司会者のように元気よくショーを始めた。手には実際ないはずのマイクが見える。

 孝支が担当したいづみが、ホテルの人にコートを預ける。

 こつこつ、とヒールの音がしないのは、階段が絨毯になっているからだろう。「おー」と感嘆の声が漏れる。


 いづみは実家が小さくも大きくもない出版社である。誰もが名前を知っているはずだ。父親は娘に周囲と中和する格好をさせることが多い。目立ちすぎず、地味過ぎず。吹は知らないが、お疲れさま会のときも、地は暗いが照明で光る、大人っぽいドレスを着ていた。今身に着けているものも落ち着いた色合いだ。ただし落ち着いてはいるが、春の空色。赤だったりオレンジだったりの暖色を見ることが多いいづみが青系を着るところはあまり見ない。お疲れさま会のときは男性からの眼を意識したのか、麗華を立てたのかはわからないが、そちらのほうが珍しかったのだ。裾は流れるように後ろのほうが長くなっていて、何枚かレースが重なり、風に揺れる水面のようだ。けれど澄んだ水色が引き立って、目が吸い寄せられる。


「自然の色は、きもちいいからな」 コーディネートした孝支が満足そうにうなずく。


 色が落ち着いているかわりに、髪飾りとペンダント、イヤリングは大振りのものを選んでいる。雫型に統一してあり、色は春の空色かと思ったが、イメージは水をコンセプトにしているとわかる。名前からとっていたのだ。ミディアムの髪はアップにはしていない。リボンを編み込ませているが、一緒にストレートの髪をほんのりカールさせていて、これもドレスとマッチしていた。

 お披露目第一番で緊張しているのもあり、歩き方は気持ちぎこちないが、さらさらと歩ければ満点だ。

 最後に礼をして終わり。そして採点が始まった。女性陣からはきゃぁきゃぁと誉め言葉がたくさん飛び交った。


「全体的に揺れてますわね」

 ひとつ、麗華が指摘する。これはいづみに対してではない。孝支に対してだ。

「髪だけでもまとめるかストレートのままのほうが、いいのではなくて?」

 肩より長い髪はストレートにしておけば風で揺れるし、ドレスとの違いがはっきりする。

「賛成」 仁志が手をあげた。

「アクセサリーは細かいものをたくさんあしらっても素敵かと思います」

 きらめく水面を想像すると、それもありだと巧。

「髪飾りの色まで青系にしなくてもいいんじゃないっすかね?」

 全体的に青すぎる、とこれは恵一。

 最後に幸が、「ヒールが高い」と言った。歩きにくそうなのを気にしているのと、服装とのバランスを言っている。全員、リーダーに対してもしっかりと意見を述べている。一番に口を出したのが麗華なのがどこか面白い。



「では次、エントリーナンバー二番、澄子さん!」


 またもマイクを持っているような仕草で階段下から呼びかける恵一。審査員モードではない。どこのタレントだろう。


 澄子は仁志が担当だ。

 さっとコートを脱ぐと、ふんわりとしたスカートが目に留まる。黄色がベースになっているが、上から下にかけて、下が濃くなるようグラデーションになっていた。細かい花柄が入っていて、明るくかわいらしい印象だ。

 父親は地主の澄子。多くの土地を持つ。麗華の家と似ているといえるだろう。父親が古めかしい人で、女性は落ち着いて、男性を立てる、と贈られる服はたしかにシックなものだ。さすがに流行をとらえていないといけないためデザインはそこまで古めかしくはないが、地味と言われてしまうことも多くあるとか。お疲れさま会のときに振袖を着ていたことにも合点がいく。和装が嫌いではないのだが、一緒にドレスを着たかったのが澄子の心の声だった。澄子は自分の名前までも古めかしいと思っているらしく、自分から明るい色を身に着けようとしない。似合わないと思っているのだ。イメージと違うと言われることも恐れている。


「かわいい!」


 女性陣の一番の声がこれだ。不安そうに歩き始めていたが、その声を聴いて安心したのか笑顔になった。花の妖精が服になったようだ。スカート部分は内側になにか入っているのか、漫画で見るようにふんわりと持ち上がっている。オフショルダーになっていて、かわいいだけでなく大人っぽさも演出している。いやらしくない程度の魅せ方が上手なデザインだ。ストレートの長い髪は編み込みとシニヨンで一般的なパーティースタイルだが、飾りは服の模様と同じデザインの花を散らしていてこれまたかわいらしい。


 階段下まで降りた澄子を歓迎する。

「普段では見られない、澄子じゃないみたいなコーデですわ!」

 でも遠くからだと花柄が見えなくて残念、と麗華が指摘。たしかに遠目だと黄色系のかわいいワンピースとしか見えない。立ち姿がきれいだから、気になる人に近づいてきてもらうことでまたいい点がわかる、ということだそうだ。

「季節を選ぶな」

 孝支が言う。花と言うと、たしかに春っぽい。

「髪型もっと遊べそうじゃね?」

 恵一がよくある髪型に他の選択肢を考えさせる。

「腰にリボンを巻いたら素敵な気がします」

 巧はドレスに追加を提案。

「外の場合の対策が必要だ」

 オフショルダーに対して幸から。

 こうして澄子も合流。頬を染めている澄子はどこか嬉しそうだ。



「はいぃ! エントリーナンバー三番!」

「次はわたくしよ!」


 最後まで言わせてもらう前に、麗華が登場。ばん、と麗華がコートを脱ぐ。ちなみにこのコートはふさふさの毛皮で、どこの女優かと思う見栄えだった。脱いだコートは幸がさっと恭しく受け取る。


 ワインレッドの艶のあるドレス。それはマーメイドドレスだ。絹を使っているのか、特に大きな柄などはないのにつやつや光って見える。麗華自身のオーラもあるだろう。鎖骨から上と腕はシースルーになっていて、細かいレースがこれまた美しい。シンプルだからこそ麗華自身の美しさがよく映えている。


「きゃー!」


 黄色の声が響く。三人の両手に文字の書かれたうちわが見えそうだ。

 髪はアップになっている。あの長くゆったりとボリュームある髪をどう持ち上げたのだろうか。きゅっとまとめられているが、ニュアンスとおくれ毛でいわゆる抜け感を出している。しっかりしすぎていない。ドレスと同じ生地の太めの紐が垂れ下がって、歩くと一緒に流れる。


「思い切ったな」 孝支がこぼす。

「ロングはありなんですか?」

 巧が尋ねたのはスカートのことだろう。シチュエーションによって、丈の長さも変わるのだろうか。

「招待相手の判断次第だ」

 難しいところらしい。

「赤じゃないほうがいいなぁ」

 と恵一。髪に赤みがかかっているため、同系統に見えてしまう。あとはイメージカラーが原色の強い色っぽいからだとか。

「美しいスタイルがちょっと」

 シースルーになっているところ、目のやり場に困るらしい巧。誉め言葉だがたしかに、吹でさえ視線を泳がせてしまう胸元だ。

「金色の飾りが合う気がする」 赤には金色も合う、と仁志。


 お疲れさま会ではベージュのドレスでセクシーだったが、あれでも控え目だったらしい。控え目とはいえその見た目と麗華のスタイルが自身を強調させてしまったのだが、今回はまた別の意味で控え目。色にぐっと目が惹かれるが、それ以外は特に凝った部分は少ない。それぞれの素材をいいものにしていると表現すればいいのだろうか。



「エントリーナンバー四番、菜穂ちゃん!」

「四番菜穂、まいります!」


 菜穂は学園に憧れていた母に背中を押されて入学した。麗華を一目見てファンになった。あんなふうに堂々ときれいで芯のある女性になりたいと思っている。


 コートの下は白のワンピースだった。真っ白でないため落ち着いた印象を与えるが、ハーフネックの首元は控え目にギャザーが入っていてかわいらしさを演出。そうに聞くと、ウェディングドレスを想像するが、スカート部分はタイトだ。質のよい糸で編まれていて、ところどころに違う素材の光る色の糸が織り込まれている。動くたびにきらりと光って、つい目に留まる。タイトスカートが白い色をすっきりと見せている。ぴしりとした服と反対に、髪は下ろしているままだ。もともとショートボブなので、白い生花をさしている。いじるより生かそうという方法だ。


「すてき!」

 靴がまぶしい、とラメで輝くヒールを麗華が指摘。

 男たちはそれに賛成してから、

「やるな」 今までになかったようで、孝支が褒める。

「ヘアアレンジ、なんか加えてよくね?」 恵一にとってはもう少し工夫がほしい様子。

「うん、あと生花は長いと維持が難しいから考えないとね」 生花の件で仁志。

「首元が空いているほうがすっきりする」

 タイトスカートだから、とつめてある首元に幸が追加。


 今までの話を聞いていると、やりようはいろいろあるんだとわかる。それにしても全員が意外であり本人を活かしたコーディネートになっていて、さすがと思った。

 では吹はどうなのだろう。

 不安そうに下を見るのに気付いた恵一が、にかっと親指を立てる。



「エントリーナンバー五番、オレ担当、ふいちゃん! 行っきまーっす!」


 トリですわ! となぜかテンションが上がっている。いやだよぉ、期待されても困る。

 ぱさっとコートの重みが腕から消えた。


「え」


 そんな声がいくつか聞こえ、あら~、と麗華の声も。どういう意味かはわからない。


 濃紺の、ロングドレス。チャイナドレスに似たつくりになっていて、スリットが大きく入っている。が、いわゆる絶対領域のあたりから内側に銀色の織布で隠されている。麗華と同じくレース素材のシースルーだが、首までAを描くように濃紺の生地で覆われているのでデザインは異なる。肩のあたりから同色の濃紺のレースがぴったり体にはりついている。胸が貧相な分、麗華より見栄えはしない。だが背中のシースルー部分がずっと広い。全身にビーズなのかスワロフスキーなのかガラスなのか、銀色の光る粒がきらめいている。星空をドレスにしている、と吹は見たときに思った。それならよかったのに、自分で見えない背中はともかく、この足が不安すぎる。

 慣れないヒールでゆっくりと階段を下りていくと、巧が顔を逸らした。似合わなくて見ていられない?


「まぁ、吹、セクシーですわ」

「せせ、せ、セクシー?!」

 スリットがある点でそういうかんじなのだとは思っていたが、自分のスタイルでは問題ないと考えてしまった。嫌だといくら言っても通じないと思ったのもある。

「似合ってるな」

「でしょ!」 孝支の賛辞に嬉しそうな恵一に、

「だがあれでは歩きにくい」

「う」

 スリットのあるロングスカートなので、慣れない吹はばれないよう蹴り上げるのは難しい。

「ヘアスタイルがさみしいです」 巧がすぱっと切った。

 吹は肩にほんの少しつくくらいの髪をアップにしている。編み込みやなにやらしているが、飾りがガラス細工のバレッタ。星空のドレスにはさみしいと思ったのだろう。

「靴が黄色はちょっと」 仁志が苦い顔で。

 インパクトを与えるためか、短めのヒールの靴は黄色。せっかくなら銀でまとめたほうがいいと言われた。

「色は良いとして、露出が多い」 きっぱりと幸。

「そうっすか?」 恵一が疑問を投げるが、

「難しいですね」 仁志も難しそうにしている。

 スリットはあっても隠れているし、小さく歩く吹なら見える部分は少ない。特に吹は歩幅が小さめだ。ひざ下まで隠れる点は守っているから判断が難しい。腕や背中もシースルーのレースで隠れているから露出とは言いにくい。そういったグレーゾーンをうまく狙ったコーデだ。


「と、いうことで!」


 男たちがもっと細かく改善点やら良い点やらをメモしている。店員からもなにか渡されているが、これは店員目線での意見だろう。

「最後にそれぞれの点数、どうぞ!」

 女性陣に、他の人への点数を聞いてきた。いきなり投げかけられても困る。

「十点満点で、一番からはい!」

 それぞれの人に、女五人が点数をつけていく。当の本人もだ。


 吹の番。

「九点!」

「十点!」

「八点」

「十点」

「六、点で」

 吹が一番下になる。理由は、やはり自分でも足が見えているのが気になることだ。えー、という恵一に伝えようとしたら、

「階段のないところなら、まあな」 孝支が言った。

「?」

 吹は自分が歩いていたから知らないが、下から見ていた男と出番の終わった女たちには、下っていく吹が足を持ち上げる際に、すらりと白い足が太ももの当たりまでばっちり見えていたのである。これは言わないほうがいいと判断して口にする者はいなかった。

「ではこのままで、ヘアメイク以外は改善なさい」

 服や飾りを直せと命じる麗華。これから意見をもらいながら、学校で直そうと思っていた男たちはなぜと思ったが

「さっさとおやりなさい!」

 その一声で、すぐに改善された。なににでも冷静に、早く対処するのも彼らの勉強だ。麗華がうんと言うまでそれは続いたのだった。


 やっと全員終わり、はぁ、とスツールに座る彼らに疲れが見える。最初に執事として対応するなと言われていなかったら、疲れなど見せずにしゃきっと立っていただろう。麗華にありがとうだ。


「ではこちらのもの、すべて購入します」

 用意して、と言うとすぐに店員が奥の部屋へと五人を連れていく。

「ちょっと麗華様、これはどういう」

「わたくしからのプレゼントですわ」

「このようなもの、いただけません!」

「今度これを着て出かけましょう」

「これを着る機会なんて一生やってこないよ」

「機会は作るのよ」

 あーれーと着替えさせられたのはまたスーツだ。四人は選んでもらった服を着て帰ることにならなかったことには安心したが、店員がそれぞれ持っている五人分の袋を見て苦しくなる。

 これ、いくらするのだろう、と。


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