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14.

「で、なにがあったんですか?」


 電車に揺られながら、仁志が尋ねる。幸が答えそうにないため、代わりに孝支が答えることになった。かくかくしかじか。


「あーそういうことか」

(ふい)さん、よく気づきますね」 巧が感心している。

「オレたちも気づいてたぞ、なぁ」 恵一もわかっていたぞアピール。

「うん」 もちろん仁志も。

「えっ」

 イチ先輩も気づいてたのいつ? 僕は? と落ち込む姿に、なんでオレのことだけ? とつっこみを入れていた。巧も気づいてはいた。が、異変の原因の捉え方が違ったらしい。

「何者なんですかね」

「他人を詮索するな」


 なにかとトラウマがありそうだった。ずっと謝り続ける姿。土下座ではなく、まるで畳に座っているように、手をついて頭を下げていた。どんな育ち方をしているのか気になってしまうところではあるが、プライバシーに踏み込みすぎてはいけない。


南指原(なしはら)かぁ。そっち系では聞いたことないけど」


 恵一のいう“そっち系”とは、あのお嬢様学校に通うようなお家柄のことである。麗華はもちろん、いづみも澄子も小さな会社とはいえ社長ご令嬢である。菜穂は母親の憧れであった学園に入学することになったと本人が話していたが、とりあえずあの学園に通わせる資産はあるということだ。吹については詳しいことはわかっていない。執事研修の際にも、わかることは個人の好みくらいで、ほとんどなかった。うーんとまだ唸っている恵一。


 ぴろん


 通信音が明るく響く。恵一の関心が逸れた。


「お! きたきた!」

 みんな見てくださいよ~、とスマートフォンをいじる恵一に、

「見てって言うなら見せてくださいよ」 巧が文句をつける。

「巧たちにも届いてんだろ、自分ので見ろよ」

「へ?」

 四人、自分のスマートフォンを見る。たしかにメッセージが届いていた。


『本日はありがとうございました。写真を送ります』


 公孫樹(いちょう)の下、みんなで撮った写真が送られてきた。


「いつのまにグループ作ったんだ」

「幸さんが抜け駆けしてるとき」


 しれっといいのける恵一。麗華とつながっている恵一は、男五人のグループに麗華を勝手に招待。麗華は他の女性四人を招待して、グループを作っていた。この班のみのグループがなくなったため、作り直し。


「次はオレたちが招待しましょ!」

「……それもいいかもな」

 孝支がなにか考えながら言った。

「へ?」

 自分で提案したくせに、孝支から賛成を得るとは思っていなかった恵一は視線を向ける。

「いや、なんでもない」

 なんでもなくないな、と幸は思った。これはなにかある。


 それはさておき、個人的に連絡先の交換をしたはずだったが、その行為は必要ないものになるとは思っていなかった。それを吹がどう思っているか。それは気にしないことにしよう、だって吹が言ったのだ、プラマイゼロにしたいと。

 帰ったらみっちりと長文で、対応方法を送ってやろうと考えていた。


「楽しそうだな」

「そうか」


 孝支から言われたが、うまく流す。

 そうだな、連絡するのが楽しみだ。





 青と公孫樹の色に染まっていた空が、夜色になった時間。部屋で疲れをとろうと、ただぼんやりとしていた吹のもとへメッセージが届いた。


『今日はありがとう。楽しい時間だった』


それだけで終わりにはならなかった。まだまだ続いている。


『では今日のようなときの対処方法を伝える。今日の場合は特に俺たちがいたのだから、誰かを頼ること。怪しいおっさんのところにひとりでつっこむなど危なすぎるだろう。あのまま顔からこけていたら額に傷がついていた。苦手な理数系が逆に得意になってしまう怪我になる可能性もある。少なくとも俺たちと麗華様はおまえの異変に気付いていた。心配させるな。 ……』

「長い……」


 お父さんかい! とつっこみを入れたくなるほどだ。そしてメッセージをいくつかにわけることなくまとめて送ってくるあたり、こういったやりとりも苦手なのだとわかる。ただ、対処方法は長いが細かく書かれているし、心配してくれたことは十分すぎるほど伝わってきた。だからこそ、悪いことをしてしまった、とまた罪悪感がこみあげてくる。


 嫌な記憶ってそう簡単には消えないんだな。


 また心が暗くなりそうなとき、ぽん、とメッセージにスタンプがついた。


『おやすみ』


 動物がメインの、村や島を作る有名ゲームのキャラクターが、おやすみと言ってきた。吹はついにやけてしまう。イメージと違う。かわいい。笑って布団に入ることができた。

 実はそのスタンプは、恵一が「幸さんの文面固すぎます! 読みにくい!」とプレゼントしたものであり、本人のセレクトではないのだが、そんなことを吹が知るはよしもない。





 十人で作ったグループは、普段はほとんど動かない。学園の写真を簡単に送れないし、なにを書いていいかわからないのが本当のところだ。

 だが恵一と麗華は個人的に、定期的にメッセージ交換をしていた。秘書や執事の勉強をしている彼に、こういう場合の対応はどうすべきかを尋ねていたのだ。麗華本人のためよりも、麗華のまわりの人に傷がつかないための方法について。だいたいはそんなかんじだったが、あるとき、愚痴のようなメッセージが届いた。


「ん?」

『もうすぐ家の関係で招待された誕生会に出席しますの。服装を考えるのが億劫ですわ』

 服装なんて家の誰かが勝手に見繕ってくれるじゃないか、と恵一は思った。そのまま送ったら、

『みんな派手すぎるのです! わたくしはそんなきらびやかなのは望んでいないのに!』


 たぶんそれは、麗華を少しでもより美しくしたいというみんなの願いが形になっている。あとは家族からの愛が大きい。きっと高級なものがプレゼントされている。黙って着ておけばいいのに、と思ったがそれはさすがに言えなかった。それでは麗華が着せ替え人形にされてしまう。

 実は落ち着いた色合いが好きで、大人っぽいデザインが好みなのは、恵一も研修で知った。お疲れさま会のときのドレスは、色っぽく美しかった。あれは麗華が選んだものだそうだ。自分たちのお疲れさま会なのだから自分で選ばせて、とでも伝えたのだろう。


「素材がいいから、素敵なドレスがもっと映えちゃうんだろうね~」


 そう送る。素材という表現は失礼か。ありのままできれい、とでも書けばよかったか。

ありがとう、とスタンプが届いて、それでメッセージは終わりになった。なにに対するありがとうかわからない。愚痴を聞いたことか? それとも褒めたことか?




「お嬢様って大変っすね」


 次の日、放課後にいつもの五人の前でぽろっとこぼしたところ、まだ連絡してるのかと半分呆れられた。


「で、なにが大変なの?」

 話していい範囲で、仁志には麗華との会話を伝えていた。

「いやさぁ、家が用意してくれるパーティードレスが好みに合わないんだってさ」

 派手すぎるって。

 さすがに、誕生会に招待されている件までは言えない。ざっくりとそのあとの話を伝えた。


「そういやもうすぐ試験あるな」

 孝支がまったく今の会話に合わない内容に入った。話題を変えたほうがいいかと、恵一と仁志、巧で顔を合わせる。

「彼女に練習つきあってもらうか」

「そういうことか」

 幸は孝支が何を言いたいかすぐにわかったが、他の三人はまだわかっていない。

「場に合うお召し物を用意する。次回は女性が相手だろう」

「そうですが」

 巧が意図はわかったが、わからないこともあると言いたそうだ。


 練習に付き合ってもらうのはわかる。彼女たちのコーディネートをして、こちらは実力をつけるということ。しかしそれがどうして麗華のパーティーにつながるのか。


「麗華様がきらびやかなドレスでなくても美しく目を引くことを、店伝いでも写真でもなんでも、伝えればいいんだよ」

 麗華をきらきらすぎない、本人の納得のいくドレスで飾る。それをどうにかして見せればいいのだ。

「方法としては、店員に美しかったことを家へ知らせてもらって、世話係に興味を持ってもらって、撮ってあった写真を見せて、それを噂にして、当主の耳にいれる、が理想だ」


 前に使わせてもらおうと言っていたのは、このことだったか。あのときすでに考えていたらしい。


「じゃ、今度はオレたちにつきあってもらいますか! じゃ、グループで」

「全員のグループはやめろよ」

 幸が止めた。なんでっすか~、とせっかく使ったグループが使われていないことを不満にしている恵一は口を尖らせる。

(ふい)が来ない」

「……先輩、そんなに吹さんに来てほしいんですかね」

「そうかもね」

「仁志、巧」

「「はーい」」

 こういうときだけはっきりと返事をしないあたり、彼らも幸のことがわかっている。

「麗華様に提案すれば自然とあの三人にも話が行く。五人の練習となれば五人目がいると吹を誘うだろう」

「なんで吹さんってわかるんですか?」

「この間は向こうから誘ってきた。お返しはあの五人でするのが筋と麗華様は考えるだろう」

「そうなるとふいちゃんは断れないってことっすね!」

「幸先輩って、意外に悪知恵が働きますね」

 巧に睨みを利かせたかったが、「お、きた」という声でそれは防がれた。

「了解って!」

「早いね」

「あのときの五人で行きますわね、ハート、ですってよ!」


 麗華の口真似で報告してくる恵一。いづみと菜穂と澄子はその場にいるのだろう。了承は得ていると思うが、吹はどうだろう。


「吹さんの了承、事後報告だったりしませんかね?」 巧の心配は必要なかった。

「もちろん吹にも確認しましたわよ、ほし、ですって!」

 いろいろと早いなぁ、と全員で思っていた。あのお嬢様は、ハートや星を使ったやりとりができるんだな、とも楽しく感じていた。

「さ、それなら俺たちも準備だ」

 こちらから誘ったのだから、当日のスケジュールやらなにやらは相談しつつも、ある程度こちらで決めなければならない。特に向こうはお嬢様たちだ。ご両親にも伝えておかないと心配だ。


「オレ、れいかちゃんがいい!」

「馬鹿」

 いきなり飛んできた暴言に、ごん、と音をたてて沈む恵一。

「なんでっすか!」 反論すると、

「試験も当日誰だかわからない。今回も当日くじで決定する」

 いいな? と言われて、リーダーに、「「はい」」と答えるだけだった。


 とはいえ五人のうちのひとりずつ。あの子だったらあんなかんじ、と五人はなんとなくイメージを膨らませていった。





 サロンでおしゃべりタイムをしていた麗華様四人組。麗華、いづみ、菜穂、澄子。涼しくなり始めた十一月、だんだん冬らしくなってきたため、ところどころでイルミネーションの話題が出ていた。学校も装飾すればいいのに、なんて冗談も交えながら、高級なお茶をいただいていた最中。


 ぴろん


 音が鳴ったのは麗華のスマートフォンだ。


「ごめんなさい、わたくしったら失礼を」


 本来こういった場で音を鳴らすのは不敬にあたる。普段の行いは大切な場で出ると言われている麗華は、顔を青くした。


「いいんですよ、ここでくらい」

「あたしたちと一緒の時は気にしないで」

「確認どうぞ~」


 心の広い友人と仲良くなれてよかったと、心から思っている。


「あら」

 イチさんだわ。

 読んでみると、前に一緒にお出かけしたお礼に、今度はこちらにつきあってほしい、とのことだ。

「お礼に付き合ってって、変な文章だね」

「言いたいことはわかるけど」

 あのときはこちらが誘った。連れていきたい場所がある、という名目であったが、こちらに付き合わせたのは間違いない。

「お礼ってことは、楽しんでくれてたんだね」


 安心しつつ、さらに内容を確認。


「試験の準備だそうよ。モデルにしたいって」

「モデル?!」

 詳しいことを話す。自分が恵一に漏らした愚痴は除いて。

「いろいろ大変だねぇ」

「力になれるならぜひ! だね」

「でもあちら五人だよ?」

「この間のお返しなんですもの、吹も一緒ですわ!」


 来てくれるかなぁ、と心配する三人。先にOKを出せない。マナーは守る。すぐに電話した。


『もしもし』


 麗華がかくかくしかじか、と話す。ところどころで相槌があったが、だんだんと声のトーンが下がっていく。なにを言われるか、わかるからだ。これは断られるやつだと、三人は思った。これは普通の電話だがスピーカーだ。


「この間のお返しなんですって。実際こちらの好きに動いてしまったわけですし、もう一度協力するべきだと思うの」


 さすがお嬢様、言葉巧みに断れない状況を作っていく。うぐっと声を詰まらせるのが聞こえる。


「相手は五人だし、こちらも五人でなくてはならないでしょう?」


 別の方に頼んで、と言われる前に、


「ほらあのとき、わたくしたちも吹も、いろいろお世話になりましたでしょう? イヤリングまでいただいて」


 その詳細は麗華でさえ詳しく聞いていない。聞いたのは、吹が盗撮の男に気づいたことだけだ。でも吹にとって断りにくい理由なのはわかる。そうでなかったとしても、イヤリングをもらったのだからそのお返しにと含められたら承諾以外の選択肢はない。


『わかり、ました……』


 では、詳しくはまた。

 麗華様に拍手が送られた。


「吹ともっと仲良くなる方法、ないかしら」

 まだ彼女は距離をとってくるし、麗華様と呼ぶか呼びそうになるし、口調も敬語だし、麗華にとっては芳しくない。

「お疲れ様会に参加できなかったのですから、簡単なパーティーにお誘いしてみたらどうですか?」

「それはいいわね!」

 吹にとっては嫌な誘いであり提案だ。しかしあのときも麗華のおかげで食事にありつけて、ダンスもちょっと楽しいと思ってしまったために断りにくさ満点だ。誘われて、背を押されたらアウト。

「いつかそのときのために、似合うドレスをあの方たちから教えてもらえばいい!」

「こちらにとってもいいことばっかり!」


 女子会はわいわいと進み、全員の了承を得た麗華は恵一に連絡をしたのだった。




「まぁ、すっきりしたお部屋ですのね!」

 良い意味で受け取る。ベッドをソファ代わりにするなんて初めて、素敵! とはしゃぐ麗華に安心した吹ではあるが、それでも椅子が足りずに食堂から借りてきた。

「あの、なぜ、わたしの部屋、なんですか?」

 ほかの人の部屋でもいいではないか。

「親友のお部屋ですもの、気になりますわ」

 親友設定は変わっていない。親友だからなんでもしていいと勘違いしていなことだけは安心できる。 

 とりあえず緑茶をお出しすると、例の研修手伝いの件の話が始まった。


 決行の日はするすると決まった。さすが準備が早い。日程を相談され了承すると、時間の確認があった。場所については決定だったが両親に確認するよう話まで。

 吹はいつでもどこでもいいから相談無用と伝えておいた。

 なにがあってもいいように土曜日曜を外出としておいた。目的は麗華と外出。間違いはない。それだけは先に伝えてほしかったが、まだ外出申請は間に合う時期だ。


「ドレスコードがありますの」

「ドレスコード?」

 そんなにお高級な場所へ行くのかと構えてしまう。

「心配いらないよ吹さん、ズボンで来てってだけだった」

「ストッキングもだめって」

「もちろん制服もNG」


 ズボンでいいなら楽だ。この間もパンツルックだった。かわいいスカートなんて持ち合わせていない。さすがにジーンズでは行きにくいと、いろいろ考えた結果、ひとつ思い当たった。


「それなら、スーツ、で、行こう、かな」

 簡単な私服と喪服とスーツは持ち合わせていた。まぁ! と感嘆の声が飛ぶ。

「それはいいわね!」

「麗華様のスーツ姿、レア!」


 きゃぁきゃぁと楽しそうでなによりだが、みんなでスーツか。有名高級街の最寄駅で集合とあるが、行き先はあそこではないか。そんな服でいいのかお嬢様がた。

 これはもう決定だな、と諦める。

「みなさん絶対に驚きますわ!」

 気合入れていくわよ、と言っているが、スーツを着るのに気合を入れるのか。就活でもあるまいし。


 お嬢様たちの会話はくるくると飛びまわる。例の件が終わった途端、別の内容次の内容と変わっていき、吹はお茶くみ係となって失礼ながら出て行ってくれるのを待つばかりだ。


「あ、ドレスコードに追加がありますわ」

 やっと部屋のドアを渡る前に、麗華が言った。

「なんか連絡届いたの?」

 いいえ、と麗華が答える。

「わたくしからの指定です!」

 どうしよう、希望に沿えるかどうか心配になるが、麗華からの指定なら断ればいいのだ。だんだんこの四人たちに染まってしまってきているのを、吹は不思議な気分だ。


「あのときのイヤリングをすること!」


 それならできる。


「ではごきげんよう」


 しんと静まり返った部屋は、ものさびしい空間になった。全部で五人いると、あんなにも部屋の見え方が変わるのか。何度も淹れ直したお茶。出がらしでも文句ひとつ言ってこなかった四人。笑いの絶えない表情。高校生をこんなふうに感じるなんて。


 いつもひとりだった。ひとりでいるよう心掛けた。それが日常になって、今に至る。卒業したらのことをすでに考え始めている。でも少し、もう少しだけ、高校生活を楽しんでもいいかもしれない。そんなふうに思い始めている自分がいる。


 約束の日まであと十日。ストッキング禁止令は謎だが靴下型はよい、と後から麗華より連絡がきて、パンツルックスーツの準備を始める。スーツは久々だ。入学式前に寮への移動の際、親御さんに混ざるために着てきたものだ。出番があってよかったね。



 当日は電車の移動かと思いきや、心配した麗華の運転手が送ってくれることとなった。その際ものすごくお礼を言われて、逆に肩身が狭い思いだ。娘さんとテレビ電話までつながれて。


「みなさんのお姿に、殿方はたじたじでしょうねぇ」

 にこにこと語る運転手さん。

「うふふ、その姿をきっちりと目に焼き付けないといけませんわ」

 意地の悪い。たしかにあの人たちが冷静でない姿を見たことはない……こともないような。麗華を助けに来たときは、違う意味で冷静ではなかったが。


「では私は、こちらで失礼いたします」


 お帰りの時間が変わるときは早めにご連絡を、と残して大きな車は去っていく。さすが運転手を職としている。ぴったり五分前と、麗華の指定した時間に到着だ。



「お待ちしておりました」


 車が去って、見送った直後にその声はかかった。


「えっ」


 たじたじするのは麗華たちのほうだった。彼らは、執事の姿で美しく礼をしていたのだ。


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