11.
しばらくすると、麗華の身体が一気に重くなった。長時間にわたってぴんと張ってきた神経に安心がもたらされ、意識が休憩に入ったのだ。子供は起きている状態で抱っこしているときよりも、眠ったときのほうが重いというのは本当なのだと実感する。
「うらぁ!」
そこに大きな声。ともに、ドアが開ききってぶつかった金属の鈍い音。
次が来た? 気づかなかった。
意識を失った麗華を守りきるには、力が必要だ。どうにかしてみせる。
仲間がいたの? 加勢に来た?
麗華の体をぎゅっと抱き寄せた。もう、怖い思いはさせない。
「あれ?」
「こっちも」
間の抜けた声が二つ。
「麗華様?!」
逆光で見えなかったが、知った顔が五つ。あの五人。
「え、なんで吹さん?」
「ってかなんで全員捕まってんの?」
五人としては色々と聞きたいことがあるのだろうが、今はそれどころではない。
「救急車と警察を呼んでください」
麗華は病院に連れて行きたい。縛られていた腕が痛そうだ。精神的にもよくない状態。誘拐犯の男たちは今すぐにでも警察に引き渡したい。
現状をすぐに理解した孝支が、電話を始める。一番に入ってきたイチこと恵一と、巧が近寄ってきた。
「近寄らないでください」
二人に睨みをきかせた。びくっと彼らが止まる。
「もし、麗華様が目覚めて今の状況を見たら、いくらあなたがたが良い人とはいえ怖かったときを思い出します」
この男性五人を悪い人と重ねてしまったら、もう一度怖い思いをさせてしまう。パニックになってしまう可能性もある。
「ごめん」「すみません」
謝るところではないが、すぐに理解した彼らはだんだん落ち着いてきた。仁志は学園に連絡している様子。すぐに実家にまで伝わるだろう。そういえば、神宮司家はどうしているのだろう。
救急車はほどなく到着した。
「吹は行かなくていい」
救急車に向かう吹を、幸が止める。
「いやです」
きっぱりと断ったことに驚いた幸は、言葉を止めた。なぜ、と問いたい顔だ。だがそれだけでなく、いつもとぎれとぎれにしか言葉を発しない吹が、はっきりとものを言ったからでもあった。
「彼女が目を覚ますまで、離れませんから」
なにを言われても、これは曲げない。絶対に。幸は麗華が救急車に運ばれていく間、麗華の手をずっと離さない吹を見つめていた。
「麗華様についていかなくていいんですか?」
実は今週の麗華の担当は幸だった。麗華が友人たちと楽しく話しながら車へ向かうときを、少し離れて眺めていたのだ。帰宅途中に起きたことについて彼に責任は一切ないが、それでも感じてしまうもの。
「俺がいたら怖がられるだけだろう。あとの麗華様はイチに任せる」
落ち着いてから様子を見に行くことになった。
ここに五人がいるのは、今週の麗華の担当が幸であり、五人が麗華の知り合いだからである。運転手の娘から情報を得て、すぐにここまで助けに来たのだ。
なのに来てみたら、外では多くの男が眠っているし、中でも男たちが縛られているし、麗華を抱きしめる吹がいるし、なにがなんだか理解に苦しむ状況だ。
警察に引き渡してから今週の吹の担当に連絡したところ、麗華が攫われた件を知った吹が自分にアフタヌーンティーの用意をいいつけ、その間に守衛もすりぬけて助けに向かったのではないか、との報告を受けた。
ではないか、という報告だが、その推測は合っている。移動にタクシーを使ったことは、神宮司家に仕える運転手の娘から聞いているという。タクシーの運転手からは途中で薬局に寄ったことも聞いた。
「これ、あの薬品だよね」
匂いを嗅いだ仁志が言う。
「だな」
恵一が短く肯定した。小説でもなんでも、人攫いのときによく登場するあれだ。
「どうやって手に入れたんでしょう」
巧が首をかしげる。
「薬局でも、とある実験に使うことを詳しく伝えると購入できるんだよ」
仁志の解説に、勉強になります、と巧。
あれを購入できたのは、お嬢様学園の制服姿であったことも、信用する理由になったのだろう。
「見た目と違って行動力のあるお嬢さんだったんだな」
控え目で人との交流を避け、読書が好きで、執事のための行動をする吹が、こんなことをするとは思えなかった。たった一人、この薬品だけで全員を倒したとは考えにくいが、それしか思い浮かばない。
「今は麗華様のご無事を喜ぶことにしよう」
救急車で運ばれてはいるが、命はある。そういう意味ではたしかに無事だ。全員は学校に向かうことになった。
麗華の瞼がぴくりと動く。
「麗華様?」
いつもの三人の顔がぼやけて見える。だんだん視界がはっきりしてきて、ここは、と小さな声で尋ねた。
「病院です」
家の天井とは違うのはわかっていたが、まさか病院とは。なにがあったかは、記憶を掘り返す前に思い出した。麗華は自分が心を強く持っていた自信があった。なのに運ばれることになるとは考えてもいなくて、攫われたことよりも眠っていたことに驚いた。
「よかった」
あまり聞かない、小さな安堵の声。その声とともに、手からやわらかい感触が離れる。もしかして、ずっと握ってくれていたの?
「ご無事なようですので、わたしは帰ります」
みなさん麗華様をお願いします、と言い残し病室を出ていく吹。待って、と声をかけようとしたのをいつもの三人が止める。これから彼女は警察に聴取を受け、学園にて処分を受けることになるという。
「詳しくはあとで話しますから」
「今はお休みになってください」
「週末は楽しいことがたくさんあるよ」
そんな言葉を聞きながら、麗華はまたまどろみのなかに沈んでいった。
病室を出た吹は、警察から聴取を受けるため、パトカーが控えている臨時の出入口に向かっていた。神宮司家御用達の高級な病院だからなのか、吹が知っているただ白っぽいだけの無機質な床と天井と壁ではない。どこか懐かしさを感じる素材と色が使われた病院だ。でもこれから向かうのは警察官が待つパトカーで、このまま寮には帰れない。病院から出るというのに、天国に向かうのではなく地獄に近いと思う。罪を犯したわけではない。と思う。が、学園の規則は破っている。
廊下の椅子で、あの五人が待機していた。麗華の様子を聞くためだろう。悪い男たちを思い出させないよう、医者も彼らを近くにはいさせなかった。吹の判断は合っていたといえる。
「麗華様がお目覚めになりました」
たぶんまたすぐに寝てしまうだろうが、そんなことは彼らも承知のうえだろう。目覚めたことだけでも知れば、安心すると思ってそれだけ伝えた。
すると、幸が近づいてきた。
「疲れているんじゃないか」
その問いには答えない。
「これから聴取がありますので」
失礼します、とすり抜けようとしたのに、腕を捕まれる。噛まれた傷がびりっと痛みを叫んだ。
疲れている。とても疲れている。だから早く終わらせたい。
離して。
「怖かったろ」
「大丈夫です。わたしは、大丈夫です」
必死だったから。麗華を助けることが一番だったから。
怖い? 恐怖? そんな感情があっただろうか。
ううん、大丈夫。
「よくがんばったな」
体のバランスが崩れたと思ったら、ぽん、となにかに体が当たる。あ、これは男性の体か。ちょっと固いのにやんわりと包まれて、なんだかあたたかい。逆らう気持ちが、どこかに行きそうだ。早く行かないといけないのに、体が動かない。足が、床から離れない。
「よくやった」
と、頭の上にぽん、とあの大きな手が乗っかった。
ああ、もうだめだ。
もともと視界が幸の体で暗くなっていたところ、その暗い視界がさらにぼやけて、消えた。
小さな身体から力が抜けたのをすぐに察知した幸は、吹の体が床に落ちないよう受け止めた。
「勇気がいることしたからね」
「緊張がほどけたんですね」
「聴取は明日だな」
無理をしないでくれたことを安心する男たち。
「震えてた」
本当は怖かったのだ。覚えていないのは本当かもしれないが、心は覚えている。
そして気づいた。この手の包帯は、手当は、なんだ。
今日中の聴取はできなくなったが、誰も責めない。学園長に報告しても、同じ反応だった。待たせていた警察には悪いが、もう一日、待ってもらう。
目が覚めたら、寮のベッドに寝かされていた。もぞもぞ動くと、心配と安堵の声がすぐに入ってきた。
「吹様? お目覚めですか?!」
これは最初の、二週目の最初の彼の声だ。なんで部屋にいるのだろう。今週は三年生だったはず。
そこまで思い出して、麗華の一件も鮮明にフラッシュバックした。
「麗華様は?!」
助け出した。でもそのあとのことは、彼女の目が覚めた後は知らない。精神的な面は大丈夫か。
「すでに授業に出ております」
「そうですか」
よかった。
待って、授業? わたしも早くいかなきゃ。そう思うのに、体が重い。
「今日は」
「ただいま木曜日の午後二時十四分でございます」
細かい時間まで教えてくれるのは執事の癖だろうか。
「お体が万全でないところ申し訳ありませんが、夕方五時より聴取でございます」
昨日病院で倒れたらしい。そのまま起きずに半日ほど寝てしまったのだそうだ。その間、吹を担当してくれた四人が順番で見てくれていたという。
「聴取ならすぐ行きます」
体を持ち上げようとしたら、
「時間までお休みください」
有無を言わせぬ勢いだ。彼はいつからこんなふうになったのだろう。堂々としろと言ったのは自分だが、今は嬉しくない。最初なら押し抜けばいけたはずなのに。聴取なんて早く終わらせたい。麗華の元気な顔が見たい。
優しい顔なのに、しっかりとベッドに横にならされてしまう。押し返す力も残念ながら残っていない。気が付けばまた、眠りについていた。
午後四時にしっかりと起こされた。今度は最後の週、今週担当の三年生。
「ごめんなさい」
黙って抜け出したことを謝罪する。許しません、と一蹴されたが、
「ご無事で本当に安心しました」
優しい言葉もついてきた。
彼に罪はない。なにも咎は受けていないという。一緒に警察へ向かう先生の顔をうかがったが、本当のことのようだ。
「ですが、アフタヌーンティーのご用意はもういたしませんので」
吹に対する執事からのお咎めは、おやつ抜きというだけだった。悔しそうにする吹の顔を見て、彼は大変満足そうだった。
警察にて聴取を受けた。先生も一緒かと思ったが、到着したら学園長がいて、同席してくれた。
「友人を救うためとはいえ、無茶をしてはいけません」
「申し訳ありませんでした」
最初の言葉がそれ。謝る以外の選択肢はない。いつも堂々と、壇上から生徒を見下ろして話す学園長。今は真横にいて、しかも丁寧な言葉遣いが逆に怖い。
聴取の相手は女性の警察官だった。話したのは、麗華が攫われたと学園内でささやかれていたこと、心配になって学園外に出るために執事に時間のかかる仕事を言いつけたこと、守衛を騙して外へ出たこと。呼んでいたタクシーに薬局へ行かせ、必要なものを購入し、たまたま見つけた怪しい男を眠らせたこと。“たまたま”は正解で、運転手の娘を見つけ出し助けたこと。麗華の居場所を知ってそこへ向かい、タクシーを帰らせたこと。男たちを眠らせて動けなくし、麗華を助けたこと。そんな流れだ。
男たちを眠らせたことも縛ったことも、叱られることはなかった。悪いのはあの男たちだからだろうか、通う学校がお嬢様学校だからか。本当に聴取のみで終わってしまって拍子抜けだ。一時間もしないで終わってしまった。
「あなたには罰を与えます」
学園長が言う。覚悟はしていた。驚かなかった。
「あなたには薬剤を使った実験をしてもらいます」
薬剤を購入したのは正当な理由をつけたとはいえでっちあげであったため、事実を作るためだと想像できる。明日の放課後の時間をとられてしまった。
それと、と学長の言葉はまだ続く。
「日曜のパーティーの参加は禁止です」
そんなことか、とこれまた拍子抜けだ。パーティーはもともと参加しないと提出している。罰としたら、逆に強制参加にすることだと思う。
「食べ物もパーティー用の食事は出しませんよ」
「え」
食べ物だけを楽しみにしていたのに、それを奪われてしまった。学園長を見たら、うっすらと笑みを浮かべている。生徒のことはお見通しなのか。吹が不参加なのは知っていたとしても、食事を楽しみにしていたことを知られているとは思わなかった。とても残念にしている様子を見て、性格が悪いことに嬉しそうにしている。
他にはない。それくらいで済んだことを幸せに思うべきだ。
「承知しました」
この度は申し訳ありませんでした、と吹は頭を下げる。守衛の人にもなにも罰はなかったという。よかった。本当に。
学園長と別れると、執事が交代だ。明日からは通常通りの授業だと説明があった。今日の分の授業内容は変わりにノートをとっておいてくれたそうで、あとで勉強だ。
「明日」
少し重い口調で彼は話し出す。
「お辛いことがありましたら遠慮なくお話しください」
目には心配の色が浮かんでいる。なにを心配してくれているのかは吹にもわかった。でもこれ以上、迷惑をかけたくない。それにそんなことで壊れるほど、吹は、自分は弱くはないと自覚している。
「ありがとうございます」
気を遣ってくれていることに感謝しつつ、自分が起こした問題なのだから自分でどうにかしようと心に決めた。
翌日、教室へ向かう。すれ違う人たちは吹を見るとおしゃべりをやめて、通り過ぎるとともにひそひそと会話を始めた。
教室でも同じだ。吹が入ると高い声に満ちていた教室がしんと静かになった。そしてすぐに、小さな声が動き始める。その小さな声も、いくつも重なれば大きく聞こえる。丸聞こえの会話だってある。
内容としては、成人の男をやっつけたというヒーローのようなものではなく、知識を悪用して薬をつかい、縄で縛りつけたうえに破廉恥なことをしたという内容だ。間違いではないが、どこからそんなことを知ったのかが気になる。脚色されたからだろうが、真実に近い。
今日だけは執事が教室内までついてきた。一人でいいと断っても聞いてくれなかったのだ。これを心配してくれたのはわかるが、逆に、主人が悪く言われることに彼を嫌な気持ちにしている。特に担当してくれた彼らとあの五人は、なにがあったのかを詳しく知っているから。
カバンを受け取った。もう下がっていいという合図だ。目を合わせる。わたしは大丈夫、という意味を込めて。
普段なら椅子に座って本を読むところだが、ひっそりと麗華を見つめる。どこか傷ついていないか、心に傷はないか。まわりの眼は彼女をどう見ているか。
心配はないようだ。いつもどおりのはきはきした言動。足は靴下で隠れているが、手首には包帯が巻かれている。縄の部分は傷が残っているのだろう。だがそれを隠すことなく半袖の夏服のままでいるあたり、彼女は気にしていないということだ。心のほうは、無理して笑っているように見えない。たぶん、大丈夫。今週の執事担当は幸だ。あの笑顔に安心させられる。まわりの三人もいつもと違う点はみられない。一番近くにいる彼女たちが、麗華になにかある場合には反応を見せるはずだ。一日空いたのもあるかもしれないが、吹が見たところ、少なくとも学園内での影響はなさそうだ。
それよりも、なんだか彼女がきつい目をしていることのほうが気になる。はきはき話しているが、目線が鋭い。すると、
「吹さん!」
自分に声がかかった。あの鋭い目は自分に向けられていたのか。怒っていたのか。無事でなにより、とかなにか気の利いた言葉をかけたほうがよかったか。吹としては、あの日のことを思い出させる行為はしたくなかったのだが、麗華はそれが気に入らなかったのかもしれない。
ずんずんと近づいてくる。この勢いで靴の音ひとつしないのがすごい。座っていたが、立ち上がって小さく礼をした。
「おはようござ」
「助けてくれてありがとう」
「え」
吹の両手をぎゅっと拘束する、強い握り方だった。噛まれた部分が痛いほどに。
「あなたの勇気ある行動のおかげで、わたくしの運転手もその娘も、このわたくしも、みんな助かったのですわ!」
吹の力ではないのに。だって、見て、この視線。聞いて。この会話。全然、そんなふうに見えていないし聞こえていない。
「吹さんはすばらしい人ね!」
まるで誰かに聞かせるような、よく通る高い声で、言い切る。わかった。麗華は吹を悪者にしないための演技をしているのだ。このまわりの人たちに、吹のことをこそこそ話すのを牽制している。身分を使うのを嫌がる彼女が、自分の言葉の強さを利用してまで、吹を守っている。
「ありがとうございます」
なんと答えていいのかわからずに、小さくそう返すことしかできなかった。うんうん、と笑顔でうなずき、まわりの三人もにこにこしている。きっと、他の人の眼を、耳を、良いほうへ傾けることを先に聞いていたのだろう。
すぐにこの話は言い渡る。帰る頃にはすでに、麗華の吹への言動は学園中に伝わっているだろう。穿った見方をすれば、麗華は優しいからあんな相手にもお礼をするんだ、のような形になる。実際、そのようにひそひそ話す人は消えないと思う。それでも及ぼされる影響は大きい。
「麗華様、あの、その手を、お離し、くださいますか」
ずっと握られたままの手は、齧られたところよりもそろそろ周囲の視線のほうが痛い。羨望の視線が。それでも麗華は手を離さない。そしてなぜか、嫌そうな表情をする。
「……麗華様?」
なにか悪いことをしてしまったか。
「吹さん」
「はいっ」
お嬢様の強い口調に、つい体が強張る。
「その“麗華様”をおやめになって?」
ざわっと教室が震えた。吹の「はい?」という間の抜けた声も目の前の麗華に届かないほど。
「わたくし、みなさまに様づけで呼ばれますの」
お嬢様だからということもあるが、それは尊敬や羨望が大きい。いつも堂々として、マナーも教養も容姿もなにもかもがばっちりの彼女を憧れのまなざしで見ているからだ。
「存じております」
だから吹は、それに倣っている。というより、そう聞こえているから心の中でそう変わっていた。
「おやめになって」
「はい?」
意味がわからなくて、もう一度聞き返す。今度は聞こえたようだ。まわりの人たちが聞き耳を立てているのがわかる。
「様なんてつけないでほしいと言っておりますの!」
わがままを言うお嬢様とはこんなかんじなのだろうか。顔を赤くして頼んでくる姿は、それよりも彼氏にお願いするかわいい女の子だ。
「えーっと、では、神宮司さん、お呼びすれば?」
「違いますわ!」
「麗華さん?」
「それも違います!」
じゃぁどうすればいいのか。吹一人が親しい呼び方をすれば、憧れの人たちからよくは見られない。冗談のつもりで、
「れいちゃん、とかですか?」
ははは、と笑い交じりで、本当に冗談のつもりで口にしてみただけだった。違いますわ、と続かせて、自分から言わせるつもりだったのに。
麗華は目を輝かせた。自分の作戦が間違ったと悟る。
「それがいいですわ!」
ざわっとまた教室が震える。
「あ、えっと」
今のは冗談だと、弁明したかったのに、
「あと敬語もおやめになってね」
「えっとあの」
「わたしたち」
「あのー、聞いてくだ」
「親友なのですから!!」
満面の笑みで告げられたのは、考えもしなかった単語。
なんで? いつから? 親友??
「だってあなた、ただの同級生とかそんなふうにわたくしたちを認識しているでしょう。クラスメイトはみんな友達なのよ!」
どこでそんな知識を得たのか。
「危機に陥ったわたくしを、罰を受ける覚悟で助けに来てくれるあなたが親友でないはずありませんわ!」
なんだか違う。違う。
「わたくしも吹と呼ばせてもらうわね!」
「あ、えと」
周囲の様子を視線だけで確認する。ここで断ったら別の意味で怖いこといなりそうだ。そして友人の三人に助けを求める。彼女たちはにこにこ笑うだけで助ける気はないらしい。
「麗華様のご希望であれば……」
「違うでしょう!
言い直しなさい、と人差し指が立つ。
「れいちゃんが、えっと、そうして、ほしいな、ら?」
言ってみたら、とても嬉しそうだ。
「やったわ! ありがとう吹!」
こんなに喜ぶ麗華をもう否定できない。しかしこの会話のおかげが、さっきよりもひそひその声が減った気がする。それよりも恨めしそうな視線がじわじわしている。
「みなさんもぜひそうして!」
振り返って断言する麗華に、全員がとんでもない! という顔をしたのだった。
「麗華様、私はいやです。憧れの姫に敬語を使うのは私の信条です」
「あたしも! もう慣れちゃったから、様を抜くのはかんべんね」
「わたしも」
これからわたしはどうなるのだろう、と吹が考えていると、予鈴がなって生徒が席に着く。ぎりぎり教室の中が見える位置で、今週の吹の麗華の担当執事が、あたたかい目で見守っていたのだった。
「あれは君の提案?」
「違う」
吹の担当が麗華の担当へ問うと、即答で否定される。
「ふーん、あのお嬢様は強いね」
「そのようだ」
「だよね。僕は吹様のほうがか弱くて心配だよ」
「そうだな」
「ま、これでずいぶんここの環境もよくなるだろう」
麗華様にお礼伝えといて、と残して、吹の担当は自分のやるべきことをしに消えた。きっとこれから、あの子は大変になるだろうな、と楽しい意味で考えていたのだった。




