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73・転生ものぐさ皇妃、公爵と対立する

(なにが、……起きたの?)



 仲むつまじくとまでは言わずとも、モルガンとコンスタンツェは礼節を保ちながら踊っていた――はずだ。



 だが突然モルガンが風の大鎌を放ち、コンスタンツェを襲った。そこへアンドレアスが割って入り、身を挺して妻を守った。ガートルードにはそう見えた。他の参加者たちも同じだろう。



 それでも、信じられない。モルガンがコンスタンツェを殺そうとするなんて。

 だって、だってあの男は……それにアンドレアスは、いや超アンドレアスは、あの時。



「レシェ……」

「我が女神の思し召しの通りかと」



 レシェフモートが首肯してくれるなら、ガートルードの考えは正しいのだろう。勇気をもらったガートルードは、レシェフモートを従え、高い声を響かせる。



「待ちなさい。ブラックモア卿を捕らえてはなりません」



 とつじょ割って入った幼い皇妃に、公爵は顔色を変え、貴族たちはざわめいた。



「……いったいなんのおつもりですかな、皇妃殿下。その者が畏れ多くも皇帝陛下を害したところは、殿下もご覧になっていたはず。その上でかばわれるのであれば、殿下もその者に同心しておいでだと判断せざるを得ませんぞ」



 ほぼすべての貴族たちが、詰問するブライトクロイツ公爵に『よくぞ言ってくれた』と思っただろう。



 人心を失いつつあるとはいえ、自国の皇帝が殺されかけたのだ。それも他国の貴族に。それをかばおうとするのならば、ガートルードにも怒りの矛先が向けられるのは当然である。しかもモルガンはガートルードの祖国の貴族なのだ。



「……、……確かに、わたしも見ました」



 ごくんと息を呑み、ガートルードはブライトクロイツ公爵を見つめ返した。順当にいけば皇帝になっていただけあって、公爵は圧力が強い。食っちゃ寝ライフだけを望む身としては、絶対に関わりたくない。



 それでも立ち向かうのはあの日の約束と、……モルガンのためだ。

 大罪人と決めつけられ、立ち尽くす。いつもよりずっと小さく、幼子のようにさえ見えるモルガンを、見ていられなかったから。



「ですがわたしが見たのは、あくまで『ブラックモア卿が皇后陛下に風魔法を放ち、それを皇帝陛下がかばった』ところだけです。なぜブラックモア卿が皇后陛下に風魔法を放つに至ったのか、まではわかりません。当事者に確かめない限りは」

「ぬ……」



 ぴく、とブライトクロイツ公爵が頬を震わせ、いきりたっていた貴族たちにも動揺が走った。

 モルガンほどの立場の男が公衆の面前で皇后を攻撃したのには、そうするだけの理由があった。ごく当然の、だがブライトクロイツ公爵と泣きまくるコンスタンツェによって目を逸らされていた疑問にやっと気づいたのだ。



「アンドレアス様! 私のために死なないで、アンドレアス様ぁっ!」

「皇后陛下、お下がりください! それでは治療もできません!」



 当事者の一人であるコンスタンツェは駆けつけた治癒魔法使いたちを押しのけ、アンドレアスにすがりつこうとするのを騎士が必死に制止している。幼いヴォルフラムが止血に魔力を使い果たしたのか、青ざめ今にも倒れてしまいそうになりつつも、治癒魔法使いたちに状況を伝えているのとは正反対の取り乱しようだ。事情聴取など不可能であろう。



 リュディガーは近衛騎士団団長として騎士たちと共にアンドレアスの守りにつき、ジークフリートもそばについている。

 二人とも怒りより困惑が面に出ている。警戒はしても、ブライトクロイツ公爵のようにモルガンを一方的に疑ってはいないようだ。



「ブラックモアよ」



 もう一方の当事者であるモルガンに、ブライトクロイツ公爵は尊大に呼びかけた。皇妃の主張だからしかたない、という態度を隠しもせずに。なんの敬称もつけずに呼ぶ時点で、犯罪者扱いしている。



「皇妃殿下はああ仰せだが、なぜ皇后陛下を襲ったのか?」

「……」

「ブラックモア?」



 いらいらと再度呼びかけられ、モルガンはやっとこちらを向いた。

 ただそれだけの動きに、彼を取り囲む騎士や貴族たちは大げさなくらいびくつく。ガートルードは苛立ちを覚えた。モルガンを手負いの獣とでも思っているのか。



「……私は、己の身を守ろうとしたに過ぎません」

「なんだと?」

「踊っている最中、皇后陛下が私にこの短剣で襲いかかってこられました。私はとっさに風の魔法を放ちましたが、突風で押し戻す程度の威力。殺傷力などなきに等しい魔法です」

「皇后陛下が……!?」



 どよめく貴族たちを、ブライトクロイツ公爵が苛立たしげに見やる。



「馬鹿を申すな! なぜ皇后陛下が貴様を襲うのだ! それに突風の魔法が、どうしてあれほどの魔法になる!?」

「……私が、皇后陛下とヴォルフラム殿下を廃し、ガートルード殿下を皇后に据えようとしているのだと思い込んでおいでのようでした。それを阻止するために……」

「貴様を殺そうとした、と申すか。……愚かな」



 はっ、とブライトクロイツ公爵は鼻先で嗤った。



「言い訳ならばもっとうまくすることだな。仮に皇后陛下が貴様に襲いかかったのが事実だとして、ならばどうしてその短剣を貴様が持っている?」

「皇后陛下に押しつけられ」

「馬鹿を申すな! 何度言えばわかるのだ!?」



 モルガンが言い終える前に、ブライトクロイツ公爵は怒声をかぶせる。コンスタンツェならば、もしや――と貴族たちに芽生えかけていたかすかな疑念を、吹き飛ばす勢いで。



「どう言い繕ったところで、貴様が結果的に皇帝陛下を弑そうとした大罪人であることに変わりはない! 皇后陛下に代わり、この私が命じる! 大罪人を捕らえよ!」

「……待ちなさい!」



 ガートルードは負けじと声を張り上げた。こんな大声を出したのは、この身体に転生してからは初めてだ。



「ブラックモア卿はまだすべてを話したわけではありませんし、皇后陛下からもお話を聞けていません。なにもかもがあやふやな状況で罪人と決めつけ、捕らえるなど間違っています!」



 もどかしさがつのる。

 じっと見守っているレシェフモートの言いたいことは、わかっているのだ。



『ブラックモア卿は無実だ。この私が断言する』



 ガートルードはただレシェフモートにそう証言させさえすればいい。神使の言葉は女神シルヴァーナの言葉だ。表立って逆らう者はいまい。



(でも、それじゃあ駄目なのよ)



 神威で無理やり抑えつけても、この場の誰一人、本当には納得しないだろう。特にブライトクロイツ公爵は。



 それに、あの男には女神の言葉では響かない。

 己の命の瀬戸際だというのに、どうせ己の主張など誰も信じないと決めてかかっているようなモルガンには。



「皇妃殿下ともあられようお方が、なんという世迷い言を仰せになるのか!」



 ブライトクロイツ公爵が声を張り上げると、公爵と皇妃、どちらの命令に従うべきか迷う騎士たちを睥睨する。



「皇妃殿下は幼いゆえ、自国の使者が凶行に走り混乱しておいでなのだ。皇族の一員として、改めて命じる。ブラックモアを捕らえよ!」



(……言ったわね!)



 きらり、とガートルードは金の散った碧眼を光らせた。皇族の一員として。その言葉を待っていた。



「聖ブリュンヒルデ勲章の特権を発動します! ブラックモア卿を捕縛してはなりません。ブラックモア卿は、このわたしが保護します!」

「な、ぁっ!?」



 愕然とする公爵は……この場に居合わせた全員は、忘れていたわけではないだろう。輿入れ前、ガートルードがアンドレアスから聖ブリュンヒルデ勲章を授与されたことを。聖ブリュンヒルデ勲章の受勲者は、皇帝以外のいかなる者の命令を拒める特権を有することも。



 唯一、ガートルードに命令できる皇帝アンドレアスは、己の意志を表明できない。

 ガートルードを止められる者は誰もいない。むろん皇族の一員に過ぎない公爵にも、ガートルードは止められない。


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― 新着の感想 ―
ああ、これで完全にブラックモア卿の性癖が回復不可能なまでに拗れましたなw
用済みと判断して皇帝を使い捨てたのが裏目に出ましたね、策におぼれた愚か者よ
私もおみ足組に入りたい! 姫様頑張れ!
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