67・転生ものぐさ皇妃、皇子様と踊る
「あのご令嬢、大人みたいな装いをしているでしょう?」
フリルたっぷりのドレスはデザインこそ可愛らしいが、ウエストは大人同様細く締められ、胸のラインも不自然なくらい整えられている。
おそらく、しっかりと骨の入ったコルセットで上半身を締めつけているのだろう。身体のラインを美しく見せるために限界ぎりぎりまでコルセットで締め上げる貴婦人は多いが、大人でも相当にきついらしく、飲食もままならないらしい。前世、貴婦人がやたらと気絶しがちなのは、コルセットのせいでもあったのではないかと言われていたくらいだ。
こちらの世界では、デビュー前の幼い令嬢はさすがにコルセットを免除されており、身体を締めつけないゆったりしたドレスを着せられる。ガートルードもコルセットは着けていない。
だがかの茶髪の令嬢は、コルセットをしっかり装着させられてしまったようだ。あんな苦しいものを子どもが自分から着けたがるとは思えないから、親に強制されたのだろう。たぶん、その方が身体のラインが美しく見えるから、という理由で。
(子どもに身体のラインの美しさなんて追求させてどうするのよ)
「大人でも苦しいのに、あんなに小さな子にコルセットなんてさせたら、かなりつらいはずよ」
実際、令嬢はどことなく顔色が悪いように見える。一緒にいる父親はまるで気づいていないようだが。
「ヴォルフラム、レベッカ嬢と踊って差し上げたら?」
ヴォルフラムに付いていたコンスタンツェが上機嫌で勧める。息子が高位貴族の令嬢たちに囲まれご満悦なのか、輝くばかりの笑顔だ。アンドレアスは貴族たちのあいさつを受けている。
「レベッカ嬢はクライネルト侯爵家のご令嬢。将来、きっと貴方の力になってくれるわ」
「皇后陛下のおっしゃる通りです、殿下。我が娘をおそばに置いてくだされば、我が侯爵家は一丸となって殿下をお支えしますぞ」
令嬢の父親、クライネルト侯爵がにこにこと頷いた。クライネルト侯爵と言えば、領地に帝国有数の鉱山を抱え、宝石侯爵と呼ばれる富豪貴族のはずだ。なるほど、令嬢……レベッカの絢爛豪華な装いも頷ける。
「わ、わたくしも、ぜひ、殿下と踊りとうございます」
レベッカもまた申し出るが、その顔色はさっきよりも明らかに悪くなっていた。
当たり前だ。コルセットに内臓をぎゅうぎゅう圧迫された上、熱気のこもった空間で皇子と対面させられれば、大人だって具合が悪くなる。笑顔を作れているレベッカはたいしたものだ。
「ほら、ヴォルフラム。レベッカ嬢も望んでいるのだから、淑女に恥をかかせるものではなくてよ」
だがレベッカの忍耐にコンスタンツェは気づかず、さらに勧める。窮した翡翠色の双眸がこちらに向けられた時、ガートルードは察した。ヴォルフラムもレベッカの体調不良に気づいているのだと。
「……レシェ、降ろしてくれる?」
レシェフモートは何も言わずに従ってくれた。ガートルードのしようとしていることは、お見通しなのだろう。
「我が女神のお望みのままに。貴方の意をさまたげる者は、私が打ち払いましょう」
「ありがとう、レシェ」
ふわりと笑い、ガートルードはヴォルフラムたちに歩み寄った。いぶかしげに睨んでくるコンスタンツェには一瞥もくれず、ヴォルフラムに略式の礼をする。
「ヴォルフラム殿下、お久しぶりです」
「皇妃殿下」
ほっとしたようなヴォルフラムに、遠い記憶が重なる。櫻井佳那であった頃、一度だけ関わった……それだけなのに、記憶に残り続ける少年。
(完璧くん……)
「我が恩人、帝国に咲く気高き銀の花。お目にかかれて光栄です」
ヴォルフラムは片膝をつき、ガートルードが差し出した手の甲に軽く口づける。貴公子のお手本のようなしぐさはどこかリュディガーを思い出させた。
リュディガーも大舞踏会には参加しているはずだが、まだ姿を見ていない。誰かと踊っているのだろうか。主役のはずのジークフリートも、どこかに行ってしまったようだが……。
「わたしもお会いできて嬉しく思います。殿下、よろしければまたお会いできた記念に、わたしと踊って頂けませんか?」
ガートルードの申し出に、ヴォルフラム以外の全員が息を呑んだ。クライネルト侯爵は内心『邪魔をするな』と苛立っているだろうが、侯爵よりはるかに高位のガートルードには許しがない限り話しかけられない。
「もちろん、喜んで」
「ヴォルフラム……!」
気色ばむコンスタンツェに、ヴォルフラムは淡々と告げる。
「母上、我が恩人であられる皇妃殿下のお誘いです。お断りするわけには参りません」
「でも、レベッカ嬢は」
「どうかそのくらいに。……神使が見ていますよ」
そこでようやく、コンスタンツェはレシェフモートが金色の目を向けていることに気づいたようだ。まだ何か言いたそうな口を悔しそうに閉ざす。
「では殿下、お手を。……しばし殿下をお借りします」
ヴォルフラムはガートルードの手を取り、レシェフモートに小さく頭を下げた。レシェフモートは尊大に応じる。
「身体は離れようと、私と我が女神は常につながっている。不埒な真似をすれば、その瞬間、脆弱な肉体が弾け飛ぶと思え」
「レシェ!」
「重々心得ます」
脅迫じみた文句にガートルードは目を剥いたが、ヴォルフラムは神妙に頷き、ガートルードの手を引いてホールへ進み出ていく。
「ごめんなさい、殿下。うちのレシェが失礼なことを……」
「女神の愛し子であられる皇妃殿下をお借りするのです。当然のことだと思っています」
微笑むヴォルフラムはやはり三歳児とは思えなかった。以前会った時よりさらに大人びて、身長も少し伸びたようだ。ガートルードより低いのは変わらないが、視線が高くなっている。
「おお……なんとヴォルフラム殿下と皇妃殿下が?」
「お二人で踊られるのか?」
「あまたのご令嬢よりも、皇妃殿下を選ばれるとは……いや、お気持ちはよくわかるが……」
貴族たちがどよめき、熱のこもった視線を突き刺してくるが、ガートルードは気にならなかった。ガートルードの目には、ヴォルフラムしか入らないから。
楽隊が気を利かせ、ゆったりしたテンポの旋律を奏で始めた。貴族の子女がダンスを習う時、よく選ばれる舞踊曲だ。ガートルードも聞き覚えがある。
「踊って頂けますか、銀の花の姫君」
腰をかがめたヴォルフラムが改めて誘いかけてくる。おとぎ話のような光景は何度か経験したが、心臓がどくんと高鳴ったのは初めてだった。
「ええ、もちろん……金の皇子様」
おどけて返し、差し出された手を取る。ヴォルフラムは翡翠の瞳をぱちぱちとしばたたき、ふは、と破顔した。子どもらしい無邪気な笑顔に、ガートルードの胸はまた高鳴る。
「本当にありがとうございました、皇妃殿下。おかげでレベッカを踊らせずに済みました」
ダンスが始まると、ヴォルフラムはちらりと高座の方へ目をやった。
面白くなさそうにこちらを眺めるコンスタンツェの近くで、クライネルト侯爵がレベッカを見下ろし、なにやら話している。レベッカの顔色は悪くなる一方だから、娘の体調を慮っているわけではなさそうだ。
「いえ、あんなに具合が悪そうなのに踊ったりしたら、倒れてしまうかもしれないと思いましたから。……やはりヴォルフラム殿下も気づいていたのですね?」
「もちろんです。……気づかない方がどうかしています」
やりきれなさそうなヴォルフラムの声が孕む棘は、クライネルト侯爵のみならず、実の母親であるコンスタンツェにも向けられていた。




