66・転生ものぐさ皇妃とインペリアル婚活
皇帝一家が高座に上がると、楽隊が勇ましい旋律を奏で始めた。満座の視線が集中する中、今日の主役たる対魔騎士団が入場してくる。
先頭はもちろんジークフリートだ。
昨日よりも華やかな儀礼用の軍服はやはり黒で、たくましい長躯を禁欲的に引き立てていた。きらびやかな催しを意識してか、後ろに撫で上げられた前髪から成熟した大人の男の色香がにじみ、貴婦人や令嬢たちの心を騒がせる。
後に続く騎士たちもジークフリートほどではなくとも長身の偉丈夫揃いで、頬を染める令嬢は多かった。
今日の大舞踏会の目的は、もちろん対魔騎士団の慰労が第一だが、独身者の多い騎士たちに結婚相手を世話する、という隠れた目的もある。婚約者のいない妙齢の令嬢が多めに呼ばれているのもそのためだ。
貴族令嬢は高位になるほど早く婚約者が決まってしまうため、この場に呼ばれた花嫁候補はほとんどが下級貴族の令嬢なのだが、対魔騎士団の騎士たちもほぼ下級貴族出身なので釣り合いは取れる。公爵令息のジークフリートが交じっているのが異常なのだ。
(舞踏会、っていうのもポイントよね。保護者同伴だし、踊っている間ある程度触れ合えるし、二人きりで話すこともできるし)
言わば皇帝夫妻主催の婚活イベントでもあるわけだ。インペリアル婚活ってゴージャスだな、とガートルードが感心している間に、アンドレアスが一歩前に進み出る。
「対魔騎士団の勇士たちよ、よく来てくれた。今日、この中の宮殿にそなたたちを迎えられたこと、嬉しく思う」
いったん言葉を切り、アンドレアスは招待された貴族たちを見回す。
「皆、彼らこそ帝国を魔獣の脅威から守る勇者だ。今日の催しは彼らを慰労するためのもの。皆もそのつもりで彼らをねぎらうように」
要は『対魔騎士団だからと言って下に見るのも、婚活の邪魔をするのも許さん。いいな?』と釘を刺したわけである。皇帝がここまで言っているのに、馬鹿な真似をする者はそうそう出ないだろう。
貴族たちは拍手で応え、いよいよ大舞踏会は始まった。まずはその催しで最も身分の高い男女が最初に踊る、ファーストダンスで幕開けである。
今日の場合はもちろんアンドレアスとコンスタンツェの皇帝夫妻だ。ホールの中央に進み出た二人は楽隊の奏でる軽やかな旋律に合わせ、優雅に踊る。
ダンスは男女共に貴族の必須技能だ。
どれほど貧しい下級貴族の子息や令嬢でも、ダンスだけは幼いうちから叩き込まれる。どこかの夜会や舞踏会で高位貴族と踊り、玉の輿を射止める機会に恵まれる可能性もゼロではないからである。
皇子として生まれたアンドレアスはもちろん、女性騎士だったコンスタンツェもなかなかの踊り手で、皇帝夫妻は久しぶりに賛嘆を浴びた。
ガートルードも素直に感動する。あの重たいアクセサリーをじゃらじゃらつけた上、舟盛りまで載せてよくあんなに軽やかに動けるな……という、コンスタンツェに聞かれたら激怒されそうな感想だったけれど。
ファーストダンスが終われば、婚活パーティーも本格的にスタートである。
対魔騎士団の騎士たちはさっそく、目をらんらんと輝かせた令嬢たちに囲まれた。そして同じような光景は、ガートルードの間近でも繰り広げられている。
「ヴォルフラム殿下、我が娘は前々から殿下に憧れておりまして、今日は娘たっての願いで連れて参りました。殿下と踊る栄に浴せれば幸いにございます」
「いや殿下、我が孫娘はご覧の通り器量に優れ、殿下のおそばに侍らせて頂いても支障はないかと」
「それより殿下、我が家は代々あまたの子に恵まれておりまして、この娘は十番目にございます。殿下にもきっと多くの子を産んで差し上げられるかと」
幼い令嬢を連れた貴族男性がヴォルフラムを取り囲み、娘だの孫だの姪だの歳の離れた妹だのを必死に売り込んでいるのだ。
帝国の世継ぎの皇子ともなれば生まれると同時に婚約者が決まっていてもおかしくないのだが、ヴォルフラムはいまだに婚約者のいない身だった。瘴気を集めてしまう体質で、ろくに起き上がることすら叶わぬ皇子が、成人まで生きられるとは誰も思わなかったからだ。
アンドレアスとコンスタンツェはどうにかふさわしい婚約者をあてがおうとしたらしいが、名乗りを上げる貴族はおらず、内々の打診も断られ続けていた――とは、できる侍女ロッテ情報である。
しかしガートルードが輿入れしたことで、ヴォルフラムは劇的に回復した。
健康を取り戻した皇子は父親譲りの端整な容姿の片鱗を覗かせ、教師たちも舌を巻くほどの聡明さの主であることも判明する。武の名家、アッヘンヴァル侯爵家も支持者に取り込んだ。
母親の出自に難があるとはいえ、やはり唯一の嫡出の皇子だ。健康でありさえすれば、皇太子となり、帝位を継ぐのはヴォルフラムである。
そして貴族たちは見事にてのひらを返し、次期皇太子妃を我が家から出そうと遅まきながら意気込んだ。その結果が今、というわけだ。
(皇子様って、大変なのね……)
ヴォルフラムを気の毒がりつつ、貴族たちの露骨な変心ぶりには突っ込まずにはいられないガートルードである。
(いやいや、前々から皇子に憧れていたのなら、さっさと婚約者になれば良かったじゃない。おそばに侍るもなにも、三歳じゃまだなにもできないでしょう。それにたくさん子を産めるって、その子どう見ても五歳にもなってないし、いくらなんでも気が早すぎるわよね。十番目っていうのはすごいけど)
しかし一番すごいのはヴォルフラムかもしれない。
「ご令嬢の麗質は私も聞き及んでおりました。会えて嬉しく思いますが、まだまだ不調法な私などと踊っては、ご令嬢の恥になってしまうでしょう」
「側仕えなら、アッヘンヴァル侯爵家のヘルマンが小姓になってくれてとても助かっています」
「幸運に恵まれた一族なのですね。その幸運はぜひ帝国貴族にあまねく行き渡って欲しいものです」
次から次へと押し寄せる売り込み、いやあいさつを品のいい笑顔でどんどんさばいている。
子どもゆえの無邪気さもにじませつつ、相手を決して嫌な気分にさせない断り方は三歳児とは思えない。歴戦の営業マンか、たくさんの患者に接してきたベテラン医師のようだ。
今まで『欠陥品』呼ばわりしてきた負い目もあってか、ほとんどの貴族はそれで引き下がるのだが、例外もいる。
「ヴォルフラム殿下、わたくしと一緒に踊ってください!」
フリルたっぷりのドレスをまとった令嬢が、ヴォルフラムに可愛らしくせがんでいる。
栗色の髪に淡い茶色の瞳の、少々勝ち気そうだが綺麗な顔立ちの令嬢だ。歳はおそらくガートルードより少し下、四歳か五歳くらい。
裕福な高位貴族の娘なのだろう。首飾りや耳飾りは子ども用とは思えない大粒の宝石がついた豪奢なものだし、付き添う父親らしき男性も帝国人にしては珍しいくらい華やかな装いをしている。
(うーん、でもねえ……)
「……我が女神、いかがなさいましたか?」
レシェフモートがガートルードに菓子を差し出す手を止め、覗き込んできた。さっきからガートルードを片腕で抱いたまま、用意していたマカロンやらトリュフチョコレートやらを食べさせてくれていたのだが、ガートルードの異変にはしっかり気づいたらしい。
「うん、あのご令嬢がちょっと気になって」
食べていたマカロンを飲み込んでから、ガートルードはレシェフモートの耳元に唇を寄せた。睦まじい恋人同士のようなしぐさに、一部の貴婦人たちが『まあっ』と嬉しそうな歓声を上げたことには気づかない。




