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7・転生ものぐさ王女と帝国の騎士たち

 姉女王や王女たちとの別れを済ませたガートルードがさっさと馬車に乗り込むと、リュディガーたちはあからさまに安堵した様子だった。あのまま歓迎の式典や茶会で引き延ばされてはたまらないと警戒していたのだろう。



 武骨な見た目に反し、馬車の中はなかなか快適そうだった。座席は広くふかふかで、小さなガートルードなら横たわって手足を伸ばせそうだ。



 今は冬だから外は震えるほどの寒さだが、外套を脱いでも平気なほどぽかぽかと暖かい。保温の魔法道具が設置されているのだろう。



 魔獣の死骸から採れる魔石に魔法を付与して作成する魔法道具はとんでもなく手間ひまがかかるため、前世で言うところの湯沸かしポット程度でも庶民には高嶺の花だ。これだけの広さを暖められる魔法道具は、目が飛び出るほど高価にちがいない。



(さすが帝国。財力もけた違いね)



 シルヴァーナも小国ながらそこそこ豊かな国ではあるのだが、帝国はスケールが違う。座席に敷かれた純白の毛皮はもしや、かのシルクベアではなかろうか。



 その名の通り絹のようになめらかな極上の毛皮を持つが、非常に獰猛で高い戦闘力を誇り、高ランク冒険者でも討伐に苦労すると聞く。馬車の敷物に使えるのは富豪の証だ。



「あの、姫君。本当に私だけで良かったのでしょうか……」



 向かい側の席に座る侍女のエルマがおずおずと尋ねてきた。



 馬車に乗り込む前、リュディガーはお世話役として五人の侍女を同乗させようとしたのだが、ガートルードは必要ないと断ったのだ。人目があっては思う存分ごろんごろんできないではないか。



 だがリュディガーが皇妃になられる方をお一人にするわけにはいかない、何なら自分がお世話をするとまで言い出したので、しぶしぶ一人だけ侍女を乗せたのである。それがエルマだ。



 彼女を選んだ理由は単純、前世の自分と同じ匂いを嗅ぎ取ったからだ。すなわち頼まれたら嫌とは言えず、ひたすら世話を焼いてしまうお人好しの匂いである。

 もっともエルマは顔つきこそぽややんとしていても帝国人女性らしく長身で身体も引き締まっており、前世の自分とは似ても似つかないのだが。



 ちなみにリュディガーの忠誠を受け取ったのも同じ理由である。ガートルードはあの貴公子然とした青年から、大家族の長子の気配を察知した。



 かつての自分の同類、ということは貴族でもそれなりに苦労しているだろう。おまけに皇帝の縁戚で騎士団の(たぶん)お偉いさんだ。太いスポンサーは多いほどいい。



「もちろんよ。だって……乗っている人が少ない方が、速く進めるでしょう?」



 とろくさそうなお前ならだらだらしてもごまかせるだろ、とは言えず、ガートルードはここ最近得意になったはかなげな笑みを浮かべた。

 馬車を降りた侍女たちは馬に乗り、同行している。六人乗った馬車より二人しか乗っていない馬車の方が速く進めるのは、子どもでもわかることだ。



「姫君……」



 じいん、とエルマは目を潤ませた。よし、やっぱり皇帝周辺のやつらにはヴォルフラムネタが効くな、とガートルードが悦に入っていることなど知るよしもない。



 どん、とエルマは拳で胸を叩いた。



「お任せください。このエルマ、一人でも姫君のお世話をやり遂げてみせます」

「ありがとう、よろしくね」



 ちょっと体育会系っぽい暑苦しさはあるが、やはりエルマは前世の自分と同類だ。内心にまにましながらとりとめもないことをしゃべっているうちに、だんだん眠気が押し寄せてくる。



「姫君、少しお休みになりますか?」



 噛み殺したあくびに目ざとく気づいたエルマが、優しく問いかける。



「いいの……?」

「もちろんです。この旅で姫君の思い通りにならないことなど、ないのですから」



 促されるがまま座席に横たわる。予想通り大きな座席はガートルードの身体をふんわり受け止めてくれた。

 エルマがかけてくれた毛布にくるまり、ふわあ、とガートルードはあくびをする。やっと念願の食っちゃ寝ライフが始まるのだと思うと興奮してしまい、昨夜はあまり眠れなかったのだ。



 目を閉じてすぐ、ガートルードは夢の世界へ旅立った。己の見る目の正しさを確信しながら。





「……それで、どうだった? 姫君は」



 ガートルードが寝入るのを見届け、エルマは侍女仲間から借りた馬に乗り、先頭のリュディガーに並んだ。侍女仲間は入れ替わりで馬車に乗り込み、ガートルードの護衛に当たっている。



「けなげにふるまってはいらっしゃいますが、やはり心の中では帝国行きを憂いておいでだと思います」



 ガートルード本人が聞いたら『何でそうなるの!?』と目を剥いただろう。

 だがリュディガーは神妙に頷く。



「そうか……そうだろうな……」



 彼らの頭によぎるのは、ガートルードが馬車に乗り込む前のやり取りだ。



 ガートルードの『嫁入り道具』は、クローディア女王によってすでに王女にふさわしいものがソベリオン皇宮へ運ばれていた。だが旅立ちに当たり、ガートルード自身も相当量の荷物を持ち込むと思っていたのだ。そのための荷馬車も用意していた。



 だがガートルードが持ち込んだのは当座の着替えと手回り品程度。下級貴族の令嬢でもありえないほどの少なさだった。

 その着替えもほとんど着脱が楽なワンピースで、宝飾品のたぐいにいたってはゼロである。



『だって、宝飾品なんて使うことはないでしょう?』



 慌てて尋ねるリュディガーに、小さな姫君はこてんと首を傾げながら答えた。そのきょとんとした表情にリュディガーは胸が疼いた。



 ガートルードは皇妃として輿入れしても、自分は華やかな公の席に出られないと――出してもらえないと思い込んでいる。ヴォルフラムのために連れてこられた、形ばかりの皇妃だから。



 そんなことはない。

 ガートルードの破邪の力はおそらく帝都全体に及ぶのだろうから、皇宮や帝都内での催ならいくらでも参加できる。アンドレアスとて許す、いや、積極的に勧めるだろう。

 幼い姫の無聊を慰めさせるために。帝国の貴族も、こぞってガートルードを歓待するはずだ。



 しかしガートルードにしてみれば、帝国で人前に出ること自体屈辱なのかもしれない。



 聖ブリュンヒルデ勲章を授けられても、公の序列は皇后コンスタンツェの方が上だ。れっきとした王女が、中級貴族でしかない伯爵家出身の皇后に礼を取らなければならないのである。これほどの屈辱はないだろう。



 そんな辱しめを受けるくらいなら最初から人前になど出ない方がいい。ガートルードはそう考えているのかもしれない。あるいは姉女王たちにそう助言されたのか。



 しかもガートルードは一人の侍女も伴わなかった。皇宮で必要な人員はすべて帝国で用意してくれと、通達があったのだ。



 間諜の心配がなくなる帝国としてはありがたい。しかし他国に輿入れする王女はどんな小国でも、国元から腹心の侍女くらい連れてくるものだ。ガートルードの場合は乳母か。



 誰も行きたがらなかった、というのはないだろう。ガートルードの手を引いてきたセシリーとかいう侍女は『やはり私もお連れください!』と泣いていたし、志願者は引きもきらなかったはずだ。



 そこについてガートルードの意志を確認するようエルマには命じておいたのだが、きちんと遂行してくれていた。



「二度と戻れない地に連れていくのはかわいそうだから、とおっしゃいました」



 セシリーにしろ乳母にしろ、ガートルードについて帝国へ行けば二度とシルヴァーナには帰れない。帝国に骨を埋めることになる。

 そんなのはかわいそうだ、とガートルードは言ったという。



「……あの姫君は本当にまだ六歳なのか?」



 あまりに物わかりが良すぎる。その物わかりの良さにさんざん助けられているリュディガーだが、だんだん不憫に、いや、不安になってきた。



 リュディガーは二十六になっても独り身だが、歳の離れた弟たちがいる。嫁いだ妹もしょっちゅう子どもを連れて実家を訪れる。

 甥の一人はガートルードと同じ六歳だがわんぱくで、まだまだ母親にべったりだ。

 ほんの数日でも親元を離れて暮らすなど無理だろう。ましてや二度と肉親に会えないとなれば、泣き叫んで嫌がるはずなのに。



 ガートルードの両親はすでに亡いが、親代わりの女王や姉王女たちに溺愛されて育ったという。

 みなの前では毅然としていても、帝国人に囲まれれば泣き出すだろうと覚悟していた。リュディガーが迎え役に選ばれたのは、子どもの相手に慣れているからでもあったのだ。



 なのに蓋を開けてみれば、進行速度を落とすようなわがままはいっさい口にしないばかりか、少しでも速く帝都へたどり着けるよう配慮すらする。自分と同じ思いを他人にはさせまいと心を砕く。



 まるで何もかもわきまえ、諦めた大人のようだ。いや、自分たちがそうさせてしまったのか。



『許します』



 帝国へ連れて行かれなければ、あの月光のように輝かしくはかない少女は子どものままでいられたのだろうか……。



 大きく見開かれた、金色の散った不思議な色彩の碧眼を思い出すと胸が疼く。

 出会う前から心引かれていたのは、弟や甥姪たちが重なるからだと思っていた。けれどこれは、彼らには……いや、今まで誰にも覚えたことのない感覚だった。

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「転生ものぐさ王女よ、食っちゃ寝ライフを目指せ!」第1巻が9月15日にTOブックスさんより発売予定です。
大量に加筆し、リュディガーの出番が増えてガートルードも大活躍しておりますので、よろしければご予約お願いします!
ものぐさ王女1巻表紙
予約ページ
― 新着の感想 ―
全然芸風も中の人の純度も違うけど夜伽の国の月光姫をちらっと思い出した(いやアレと一緒にするのはガートルードに失礼だが)
言葉道理の意味なんだろうな〜。こういうのを読者視点でニヨニヨするのが勘違い物の醍醐味ですよね~。
これほど嫌味のない腹黒設計は初めて見ます 凄いなぁ ランキングからきて読み進め中です。面白いね!
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