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17・彼の岸はあまりに遠く(第三者視点)

「……会い、たい」



 ぽつりとつぶやいた直後、ガートルードは小さな拳をきつく握り込んだ。うつむいた顔から涙の雫がぽたぽたと落ちる。



「会いたい、会いたい、会いたい! ……お姉様たちに、会いたいよぉ……!」



 絞り出すような叫びを聞けば、誰もが彼女のもとに駆けつけ、抱き締めてやろうとするだろう。ヴォルフラムならなにをかなぐり捨ててでも駆けつける。



 でも、クローディア女王とドローレス王太女とエメライン王女……ガートルードの愛する姉王女たちにはできない。

 どんなに会いたくても、二度と会えない。触れ合えない。言葉も伝えられない。

 死に別れるとはそういうことだ。

 彼岸はあまりに遠く、一度渡ってしまえば、此岸には神さえ戻れない。



 前世は医師として、何度も患者の臨終に立ち会った。悲嘆に暮れる遺族にも。死因が不慮の事故だろうと病気だろうと老衰だろうと、遺された者たちの悲しみは変わらず、尽きることはない。

 ましてや、仲睦まじかったはずの義兄に殺されたとなれば――。



「どうしてお姉様たちが殺されなくちゃならなかったの!? どうして、どうして、どうして!?」



 慟哭が無数の刃となってヴォルフラムに突き刺さる。神が、いや女神が本当に存在するのなら問いただしたい。

 どうして彼女ばかりつらい目に遭わなければならないのか。

 どうして自分はいつも、なにかが起きる前に彼女を助けられないのか。



「……どうして、わたしを置いて、いなくなっちゃうの……っ……」



 よろめいたガートルードがくずおれそうになり、ヴォルフラムはとっさに動いた。かぶせた上着の上から、そっと小さな身体を抱き締める。その儚さに胸はずきりと疼くけれど。



「……僕は、いなくならないよ」



 ささやきながら、ヴォルフラムは不思議な感覚を味わっていた。悲しいのに嬉しい、嬉しいのに切ない、なんとも言えない感覚。



(今生の君は、家族の死をちゃんと悲しめるんだね)



 すべての人間が家族の死を素直に悲しめるとは限らない。悲しみは愛情を通わせていた証だから。前世のヴォルフラムは親に先立ってしまったけれど、順当に親を看取ったとしても、やっと死んでくれたと思うだけだっただろう。きっとガートルードも同じだったはずだ。



 今生のヴォルフラムは父アンドレアスの死を悲しむことができた。アンドレアスがヴォルフラムを愛し、ヴォルフラムのために命を懸けたことをガートルードが教えてくれたから。



 ガートルードもまた姉女王たちの死を素直に悲しめるのなら……良かったと、ヴォルフラムは思う。それは誰にも当たり前に与えられる幸運ではないのだから。



「なにがあっても君のそばを離れない。君を悲しませるような真似はしないと誓うよ」

「……っ……、う、……ふぅっ……」

「君に降りかかる災厄も重荷も、僕が引き受ける。君はただ自分がやりたいことだけをやればいい」



 ぽん、ぽんぽん、と叩いてやるうちに、細い背中の震えは少しずつおさまっていった。きゅ、と小さな手がヴォルフラムのシャツを掴む。



「……わたし、……わたしね」

「うん」

「お義兄にい様……ううん、オズワルドが憎い。お姉様たちが味わったのと同じ苦しみを、味わわせてやりたい……でも」



 シャツを掴む手に力がこもる。飛び立とうとする小鳥がとまり木を掴むような力強さ。



「それ以上に、知りたいの。どうしてオズワルドはあんなひどいことをしたのか。……オズワルドに力を貸したのは、本当に女神シルヴァーナ様なのか」

「……女神、シルヴァーナ?」



 意外な言葉に、ヴォルフラムは首を傾げた。

 女神シルヴァーナが伝説に語られるような正しい存在ではないと、皇禍こうかの後の情報交換ですでに判明しているはずだ。初代皇帝をそそのかしてカイレンを封印させ、ブリュンヒルデ皇女を呪具にするような女が、まっとうな神などであるわけがない。ガートルードを転生させ、ヴォルフラムの魂に魔獣の核を埋め込んだのだってあの女神なのだ。



 オズワルドに力を貸した理由はわからないが、ヴォルフラムの知る女神シルヴァーナならやりかねない。ガートルードもきっとそう感じるはずだと、思っていたのだけれど。



「君は、オズワルドに力を貸したのは女神シルヴァーナではないと思っているの?」



 オズワルドは王宮を雷雲で覆い、攻めてきた貴族軍に雷の雨を降らせ撃退したという。

 ジーンに確認したが、オズワルドの魔力はシルヴァーナ貴族としては平均的だそうだ。魔法の適性は火。武術の才能はあれど魔法使いとしての力量は高くなく、それもまた周囲から侮られる一因だったという。



 そんなオズワルドが突然、適性がないはずの雷の魔法を操った。それも一軍を殲滅するほどの魔法を。王宮を雷雲で覆うのにいたっては、人間業とは思えない。魔法はその効果を持続させる間、ずっと魔力を消費し続けるのだ。王宮を覆うほどの雷雲を維持するのに必要な膨大な魔力は、女神の助けでもなければ賄えまい。



(前世では、雷は『神鳴り』……神の力だとされていたしな……)



 一瞬、『では私はおみ足の女神の加護があるということですね』と得意満面の雷魔法の遣い手……モルガンが思い浮かんでしまい、麗しい面影を追い払っていると、ガートルードはためらいがちに切り出した。



「……女神シルヴァーナ様がわたしのご先祖様……『始まりの乙女』の前に現れ、血を与えたのは七百年前だよね。そして百年と少し前、初代皇帝をそそのかしてカイレンを封印させ、三年前、わたしと神部くんをこの世界に転生させて、神部くんに魔獣の核を埋め込んだ。さらに今、オズワルドに王位を簒奪させた」

「……うん、そうだね」



 その通りだったので、ヴォルフラムは戸惑いながらも頷く。ガートルードはいったい、なにを告げようとしているのだろう?



「女神シルヴァーナ様の行動は全部、七百年前から今までに集中してる。……だったら七百年前より過去の女神シルヴァーナ様は、なにをしていたのかな」

「……!」



 ヴォルフラムは翡翠の双眸をはっと見開いた。……言われてみればそうだ。七百年前より過去の女神シルヴァーナについては、なに一つ現代に伝わっていない。寿命を持たぬ女神は、八百年前にも九百年前にも存在していたはずなのに。



(女神シルヴァーナの名前が広く人々に知られるようになったのは、七百年前、『始まりの乙女』に血を与えたことがきっかけだ)



 伝承によれば、大地に蔓延はびこる魔獣から人々を守るため戦う『始まりの乙女』の崇高なる姿を見初め、降臨したという。――そう、それまでの女神シルヴァーナは、人々がどれだけ魔獣との戦いに難儀し苦しもうと、なにもしなかったのだ。



 なのに、突然。

 七百年前、女神シルヴァーナは地上に舞い降りた。



(なんだ、これは)



 得体の知れない不安が暗雲と化し、胸を覆っていく。患者は確かに苦しんでおり、医師の目からも尋常ではない状態なのに、いくら検査しても異常は発見されず、患者の容態は悪化するばかり。そんな不可解さと、もどかしさと共に。



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― 新着の感想 ―
ドキドキする展開なのに唐突に現れたおみ足の下僕に吹きました。続きが楽しみです
主人公は限界状態でも他者に優しくできるという設定なのに、昔も心に多少余裕が出来てからも国中から冷遇されてきた義兄や甥達を欠片も気にしてこなかったのは何故? オズワルドはもう一人の女神に付け込まれた結…
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