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8・転生ものぐさ王女と家族

 シルヴァーナ王国、あるいはブラックモア侯爵領で変事が起きた。侯爵の家臣が身動きが取れなくなるほどの変事が。



 事態を重く見たモルガンは、従者をシルヴァーナ王国へ派遣することも考えた。その矢先、家臣の魔力を感じ、自ら足を運んでこの伝書鳩を発見したのである。



「括りつけられていた手紙には、王都から軍勢が押し寄せてきていること、侯爵領軍では勝ち目がないことが記され、決して戻らないようにという私への警告で締めくくられていました」



 小さな紙片に記せる量は限られるため、それだけしか書けなかったのだろう。筆跡がひどく乱れていたそうだから、ひょっとしたら軍勢がすぐそこまで迫っていたのかもしれない。



 モルガンの家臣は主君にどうにか異変を報せようと、伝書鳩を放った。魔力を帯びた伝書鳩はモルガンのもとを目指して飛び……なぜか黒焦げになって途中で墜落したのだ。



「おそらく、雷に打たれたのでしょう」



 モルガンの分析に、ひやりとしたのはガートルードだけではないだろう。きっと皆、同じ人物を思い浮かべたはずだ。



 僭王せんおうオズワルド。

 女神シルヴァーナから力を授かり、王宮を雷雲で覆い、攻め込んできた軍勢を雷で打ち払った――。



 雷と金属は最悪の組み合わせだが、それでも帝国の領内まで逃げ延びたのはモルガンの家臣の執念か。その後の彼の結末は、明るいものではないだろうけれど。



「……そうして我が女王のもとへ帰参しようとしたところ、覚えのある魔力を感じ、中の宮殿に赴いたらこの負け犬がふらふらしていたのです。私は誠心誠意、話を聞かせて欲しいと申し出たのですが、応じてもらえなかったので少々強引な手段に訴えざるを得ませんでした」

「少々……?」



 戦闘不能に陥らせた挙げ句亀甲縛りにして足蹴にすることは、『少々』なのだろうか。

 ガートルードは悩んだが、エルマとロッテの女性組はさも当然とばかりに頷いているし、レシェフモートとカイレンの魔獣の王組は『よくやった』と言いたげに唇をつり上げているから『少々』なのかもしれない。

 それにもっと気になることがある。



「モルガンは、ジーンを知っているの?」



 領地持ちの名門侯爵家当主のモルガンと、エメライン王女の側近で貴重な破邪魔法使いとは言え、平民出身のジーン。どこにも接点はなさそうだが。



「はい。王宮の式典で何度か見かけた程度ですが、この者は有名人ですから」

「有名人? ……平民から王族の配下まで上り詰めた、すごい人だから?」



 今生で覚醒して以来、可能な限り食っちゃ寝していたガートルードでも、シルヴァーナ王国の身分制度の厳格さは知っている。貴族は貴族に生まれただけで特権を享受し、平民は貴族の下僕であることを強いられる。

 貴族のそば近くに仕える者もまた、基本的に貴族でなくてはならない。ガートルードに仕えてくれていた侍女セシリーだって、さる伯爵家の令嬢だ。



 両者の間にそびえる、天をくほど高く分厚い壁を飛び越えるほどの才覚と努力の主はそうそういない。だから有名人なのかと、ガートルードは思ったのだが。



「…………」



 ジーンはなぜか呆けたようにガートルードを見上げ、モルガンとロッテとエルマの人間組はまぶしいものでも見つめるような顔を、レシェフモートとカイレンは愛おしさにとろけそうな顔を向ける。



「……そう、ですね。我が女王の仰せの通り、この者は非常に優秀ですので、私のような領地に引きこもりがちの貴族でも顔と魔力程度は把握しておりました」



 モルガンは小さく咳払いしてから続けた。ジーンがなにか言いたそうにするが、一瞥もくれない。



「エメライン王女殿下の側近が、このタイミングで帝都に現れたのなら、シルヴァーナ王国の変事について情報を持っているにちがいない。そう予想し、情報提供を願ったところ、我が女王に対する看過しがたい無礼が判明したため罰を与えております」

「よくやった」

「これからも励みなさい」



 レシェフモートとカイレンのねぎらいを受け、モルガンは『御意』と典雅な礼を取る。ガートルードとしては、亀甲縛りに励んで欲しくはないのだが。



 しかしこれで、エルマとロッテの冷ややかすぎる視線の理由は判明した。ジーンのガートルードに対する態度を知ったからだったのだ。



「我が女王」



 モルガンはジーンを蹴り飛ばし、ガートルードの前にひざまずいた。代わりにエルマが見張りに立ち、ロッテがモップを槍のごとく構える。見事な構えは、どう見ても武術経験者のそれだ。



「負け犬の遠吠えなど、お心に留める必要はございません。貴方がどうなさりたいか、大切なのはそれだけです」

「……モルガン……」

「しかし今はどうかお休みください。愛する家族を喪うのは、己の四肢をもがれるようなもの。……その痛みと悲しみを受け止めるには、時間が必要ですから」



 沈痛な面持ちで思い出す。モルガンは唯一愛してくれたという父親を亡くしているのだと。それも疑惑と不審にまみれた形で……。



「うぐっ」

「お目覚めになるまでに、私はこの負け犬を躾けておきましょう。ええ、我が女王の御前を汚さない程度には」



 縛られたまま起き上がろうとしたジーンを、モルガンは素早く立ってむぎゅっと踏みつける。エルマとロッテが『お手伝いします!』と頷いた。



「ガートルード様、後のことはお任せください」

「殿下がゆっくりお休みになれるよう、私たち、頑張りますから!」



 ロッテが微笑み、エルマがどんっと胸を叩く。

 きっと彼女たちも、『ルナフレアの悲劇』について聞いているだろう。その上でいつも通りふるまうのは、ガートルードに負担をかけまいという二人なりの思いやりだ。

 ……二人だけじゃない。



 ヴォルフラム、リュディガー、ジークフリート、モルガン、カイレン、レシェフモート。

 これまでに出会ったすべての人々が、ガートルードを支えようとしてくれている。



(……わたし、一人じゃないんだわ)



 前世とは違う。

 ガートルードのために怒り、嘆き、悲しんでくれる人たちがいる。



「……ありがとう」



 胸がきゅうっと痛み、震えが喉奥からこみ上げてきた。

 あ、もう駄目、と思った瞬間、ガートルードの視界はつかの間白く染まり――まばたきの後、馴染んだ寝室に移動していた。



 優しくベッドに下ろされたら、もう限界だった。



「……ふ……っ、………わあああ……っ!」



 溢れる涙は前から抱き締めてくれるレシェフモートの胸に受け止められ、嗚咽に震える背中は背後から抱き締めてくれるカイレンの腕に包み込まれた。



「我が女神」

わたくしの姫御子」



 号泣するガートルードを、二人は何度も優しく呼びながら撫でてくれる。頭を、頬を、背中を。大きな手からいたわりと愛情を注がれるたび、涙はおさまるどころかいっそう溢れ出す。



(ごめんなさい、お姉様……ごめんなさい……!)



 夢の食っちゃ寝ライフと引き換えに、二度と故郷には帰れない。姉王女たちとも会えないことは承知していたつもりだった。食っちゃ寝ライフを送れるのなら、それでも構わないと……耐えられると。



 でも、違ったのだ。



 遠い故郷で生きていてくれると、元気でいてくれるとわかっていたから、会えなくても構わなかった。手紙を交わすことも、使者を通し互いの近況を知るすべもあった。いつか退位して身軽になった姉女王が他の姉たちを連れ、帝都を訪れてくれたかもしれない。



 ……生きてさえ、いれば。



会おうと思えば会えるのと、二度と会えないのは違うものですね。

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ご感想など聞かせて頂けると嬉しいです!
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― 新着の感想 ―
〜会おうと思えば会えるのと、二度と会えないのは違うものですね。 本当にそうですね⋯歳をとる度に実感しています(´;ω;`)
王族の義務とか知ったこっちゃないですが、まあ舐めたことしてくれた奴はぶちのめすことになりそうですね…放っておいても向こうが警戒して何かやらかしそうな気がしますし
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