ダンジョンに弾正を求めるのは間違っているのだろうか・4
「……やはりこのダンジョンは、お前が造ったのか」
死よりも魅惑的な青に呑まれまいと、ヴォルフラムは腹に力を入れた。横のジークフリートも剣の柄に手をかけないまでも、油断なくカイレンを窺っている。
「妾の姫御子の心が少しでも華やぐなら、なんでもして差し上げたいのが魔獣というもの」
紅い唇が魅惑の笑みを描く。ヴォルフラムとジークフリートでなければふらふらと引き寄せられ、命を捧げてしまいそうなほどの。
(やはり、あの時消えたのはダンジョンを造るためか)
永き呪縛から解き放たれ、ガートルードによって生まれ変わった魔獣の王なら、神々の御業と言われるダンジョンすら造り上げられるだろう。あの大手門は、見渡す限り広がるこの青い空間への入り口に過ぎない。
しかし、それにしては。
(なにもないな……)
ヴォルフラムの前世のダンジョンお馴染みの曲がりくねった通路も、襲いくるモンスターもトラップも宝箱も、なに一つない。がらんどうだ。
そんなところにヴォルフラムが……ガートルードと同じ前世を共有する人間が呼び寄せられた理由なんて、一つしか思いつかない。思いつきたくなかったが。
「……私に、前世のダンジョンについて説明させたいんだな?」
そして説明に忠実なダンジョンに仕上げ、ガートルードを楽しませてやりたいのだろう。
そんなことのために帝都を混乱の渦に叩き込んだのか、と皇子としては憤るべきなのだろうが、怒気のかけらすら浮かんでこないのは、ガートルードの置かれた状況の苛酷さを知っているせいだ。
たった六歳で結婚させられたかと思えば間もなく夫と死別し、嫁ぎ先に残るか祖国に帰るかの選択を強いられる。三十歳まで生きた前世の記憶があっても、しんどすぎる状況だ。
少しでも楽しませ、心を軽くしてやりたい。そう願う気持ちはわからなくもない……。
「前世のダンジョンではない。松永ダンジョンについてだ」
「……はっ?」
きょとんとするヴォルフラムに、カイレンはいらいらと黒髪を波立たせた。ばしん、と長い髪の先端が床を叩く。
「貴様は松永ダンジョンがどのような男だったのか、知っているのだろう? 持てる限りの知識を私に教えよ」
「……ダンジョ、いや弾正について知ってどうするつもりだ?」
「むろん弾正のダンジョンを造り、妾の姫御子に攻略して頂くのだ」
わかりきったことを聞くな、とばかりに睥睨されるが、わかりたくなかった。
(弾正の……ダンジョン……?)
それはつまり、松永ダンジョン、もとい松永弾正をテーマにしたダンジョンなのか?
将軍殺害→主君の子毒殺→大仏殿焼き打ち→裏切りの連続→『平蜘蛛』と共に爆死。
前世のヴォルフラムは理系だったので日本史にそこまで詳しくはないが、とっさに思い浮かぶだけでもこの悪行ざんまいの松永弾正。ちょい悪どころか極悪オヤジである。
もちろん弾正の行動については諸説あるし、戦国時代の出来事を現代の善悪観に当てはめるのには無理があるので、一概に悪とは断言しきれない部分もあるが。
(それでも……それでも弾正のダンジョンは……)
ヴォルフラムの脳裏に恐ろしい光景が走馬灯のように駆けめぐる。
『すごーい! 大仏殿が丸焼けだわ!』
炎上する大仏殿をきらきらと目を輝かせながら見上げるガートルード。
『すごーい! 将軍暗殺だわ!』
大軍に囲まれた室町御所をきらきらと目を輝かせながら見上げるガートルード。
『すごーい! また信長を裏切ったわ!』
弾正が裏切り行為を働くたび、きらきらと目を輝かせるガートルード。
『やっぱり最後は平蜘蛛と一緒に自爆よね!』
満面の笑顔で平蜘蛛を抱き、自爆するガートルード……。
「……駄目だ! 自爆は駄目だ、絶対に駄目だ!」
「殿下?」
突然叫び出したヴォルフラムをジークフリートが不審そうに見下ろすが、妄想は止まらない。
(平蜘蛛って確か茶釜だったよな、茶釜……お湯を沸かすための釜だから、こっちの世界だとヤカン? あるいは鉄瓶? 櫻井さん、ヤカンと鉄瓶抱いて自爆するの?)
いや、平蜘蛛は現代にも銘が伝わるほどの茶器だから、そんじょそこらのヤカンや鉄瓶では代わりにならない。国宝の茶器でなければ……帝国に国宝のヤカンか鉄瓶なんてあっただろうか? そもそもヤカンが国宝になるのだろうか?
「殿下、……殿下!」
強く肩を揺さぶられ、ヤカンと鉄瓶の走馬灯は止まった。心配そうに覗き込んでくるジークフリートと目が合った瞬間、メエエエ……名案が閃く。
「……ジークフリート。僕、いや私は、ダンジョンに弾正を求めるのは間違っていると思うんだ」
「ダンジョンに……弾正……?」
翡翠の双眸を据わらせた皇子に、ジークフリートはオパールの双眸をしばたたく。彼には前世のことも弾正についても教えていないから、なにがなんだかわからない状態だろうが、取り乱さないのはさすがだ。
「だから……協力してくれるよな?」
後に、ジークフリートは語る。
ヴォルフラムの真剣すぎる眼差しに、頷く以外の選択肢はなかったと。
「……ああ、楽しかったぁ!」
ふかふかのソファに背をもたれさせ、ガートルードははあっと息を吐いた。空のティーセットや菓子皿の並ぶテーブルを挟んだ向こう側には水魔法のスクリーンが浮かび、這いつくばった蜘蛛のような形の茶釜――前世で『平蜘蛛』と呼ばれた茶釜を抱き、爆風と共にダンジョンを脱出する弾正……の扮装をしたジークフリートが映し出されている。
帝都に松永ダンジョンが出現した、と一報を受けた時は、とうとう願望が叶ったのだと思った。なんとしてでも攻略してみたかったが、ヴォルフラムによればできたてのダンジョンは安定するまで時間がかかるらしく、向こう十年は熟練の冒険者以外立ち入り禁止にせざるを得ないそうだ。
がっかりするガートルードのため、ヴォルフラムはジークフリートをダンジョン攻略に送り込み、その模様をカイレンとレシェフモートに中継させてくれた。ジークフリートは対魔騎士団時代に辺境のダンジョンをいくつも攻略した経験があるそうで、なんと冒険者の登録もしているという。
「ご機嫌ですね、我が女神」
「そりゃあもう!」
微笑みながらココアのお代わりを差し出してくれるレシェフモートに、ガートルードは小さな拳を握り締めながら力説する。
「まさか入った人間が問答無用で松永ダンジョンになって、ダンジョンの一生を経験させられるなんて思わなかったもの!」
しかもジークフリートは帝国人でも特に大柄でたくましく、実年齢よりも上に見えるので、ガートルードの理想の弾正そのものだった。将軍暗殺も大仏殿焼き打ちも素晴らしかったが、なんといってもラストの平蜘蛛と共に自爆からの脱出は最高だった。
「わたしね、ダンジョンが爆死せず脱出して、どこかでダンジョンを造り続けているにちがいないって……そうであって欲しいって、ずっと願っていたの。だってダンジョンには、もっともっと生きていて欲しかったから」
「我が女神……」
「ブライトクロイツ卿……いえ、ジークフリートにはお礼を言わなくちゃ。それと神部くんにも」
十年後の自分がどうなっているかなんて、今はまだわからない。けれどヴォルフラムたちは大切なことを思い出させてくれた。
そう、懐かしい関先生の思い出と……想像力の翼で羽ばたく楽しさを!
「妾の姫御子、なにをしているのですか?」
隣に座り、スクリーンではなく楽しげな愛し子の横顔をうっとり眺めていたカイレンが、ガートルードの手元を覗き込む。レシェフモートに出してもらった紙に鉛筆を走らせながら、ガートルードはにっこり笑った。
「これはね、『漫画』っていうの。わたしの前世では世界中の人たちが夢中になって読んだ……えっと、動きのある絵本? みたいなものかしら」
前世の歴史の授業中、ダンジョンが生きていたらきっとこうだったにちがいない、という想像が止められず、気づいたらノートに見よう見まねで拙い絵を描いていた。うっかり関先生に見つかってしまい、呼び出された時は絶対に怒られると覚悟したのだが。
『櫻井は想像力の翼を持っているんだな』
漫画と呼ぶのもおこがましい落書きをまじまじと見つめ、関先生は優しく笑ってくれたのだ。
『人は想像力という名の翼でどこまでも羽ばたけるんだ。たとえ身体は地上に縛りつけられていたって、空を飛ぶことも、世界を創造することすらできるんだぞ』
その後、嬉しくなったガートルードが松永ダンジョンや他の話も描いてみたら、関先生はとても複雑そうな表情をしつつも誉めてくれたものだ。想像している間は、子どもを作るだけ作って押しつけてくる両親も、姉ちゃん姉ちゃんとまとわりついてくる弟妹のことも頭の外に追いやっていられた。
……そんな日々は卒業と同時に終わってしまい、育児と家事に追われ、想像力の翼の存在すら忘れたまま死んでしまった。ガートルードに転生してからは想像力どころではない事態が続き、今だって大きな選択を強いられているけれど、こんな時こそ想像力の翼を羽ばたかせるべきなのかもしれない。
「漫画、ですか。妾の姫御子は本当に才能に溢れていらっしゃいますね」
とろけるように微笑むカイレンは、ガートルードさえ幸せで楽しそうであれば他がどうなろうと構わない。……そう、帝都に造ったダンジョンがヴォルフラムの提案により、ガートルードのための撮影場となろうとも。
それはレシェフモートも同じこと。
「我が女神、こちらの『スーパーギャラクシー提督・ゲロリンパ』とはなんでしょうか?」
「それはこの漫画のタイトルよ。スーパーなギャラクシー提督ゲロリンパが宇宙を統一してギャラクシー帝国を打ち建てるお話なの」
「そうでしたか。きっと壮大なお話になるのでしょうね」
ガートルードの幸福と笑顔のためなら、誰でもなんでも犠牲になって構わない。スーパーギャラクシー提督・ゲロリンパとやらがどう見ても成長したヴォルフラムなので、いつかヴォルフラムダンジョンでも作って放り込んでやろうと考えている。
メエエエエエエエ……。
違う、そんなつもりじゃなかったんだと訴えるような羊の鳴き声は誰にも届かず、闇に溶けて消えていったのだった。
この番外編はこれにて完結です。お付き合いありがとうございました。
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