ダンジョンに弾正を求めるのは間違っているのだろうか・3
『そういうことならいいじゃないか、ダンジョンでも弾正でも』
頭の中で欲望がささやく。
『ピピンと同じだよ。戦国時代だろうが戦国ダンジョン時代だろうが、こっちの世界で正確な知識を持ってる奴なんていないんだ』
『なにを言っているんだ、お前は!? 誰も知らなくても、自分だけは知っている……そう、自分だけはごまかせないんだ! 関先生との約束を忘れたのか!?』
負けじと理性が熱弁を振るい、ヴォルフラムは思い出す。関先生の言葉を。
(……そうだ、諦めたらそこで授業は終了だ……)
前世医師で今生皇子の自分は教師ではないので、授業もへったくれもないのだが、今ここで正しい知識をガートルードに伝えられるのはヴォルフラムだけである。
諦めてはいけない。諦めては……。
ヴォルフラムはふつふつと闘志をたぎらせ。
「……それにダンジョンの話をしたら、関先生が『人間は想像力という名の翼でどこまでも羽ばたけるんだよ』って」
「関先生ぇぇぇぇ!」
まさかの裏切りに、がっくりと肩を落とす。『だからわたし、ダンジョン以外にも色んなお話を考えていたんだよ』なんてガートルードが笑顔で続ける不吉な言葉も、右から左へすり抜けていく。
(元凶は、貴方じゃないですか!)
脳内の二足歩行羊の胸ぐらを掴み上げ、ぐらぐらと揺さぶっても、羊はメエメエ鳴くだけで話にならない。
「我が女神のお望みなら、いくらでも空を自由に飛ばせて差し上げましょう」
(おい、そこの魔獣の王、どっかの未来の世界の猫型ロボットみたいなことを言うんじゃない!)
竹とんぼ型のプロペラをお腹のポケットからさっそうと取り出す青い猫型ロボットを想像してしまい、ヴォルフラムはめまいがした。あの短足ロボットとすらりとした長身のレシェフモートは、似ても似つかないのだが。
(諦めるな……諦めるな……)
授業の経験はなくてもカンファレンスの経験なら数えきれないほどある。いわゆるモンスターペイシェントに立ち向かった経験も。
ヴォルフラムをたまたま見かけた恋人がヴォルフラムに夢中になり、振られてしまったせいで逆恨みをつのらせた同僚医師や、外来でヴォルフラムに恋に落ちストーカー化した患者(複数)より、ダンジョンははるかに可愛いはずだ……だって襲ってこないから……!
「櫻井さ――」
「ヴォ、ヴォルフラム様! 大変です!」
再び口を開こうとした時、ノックもせず駆け込んできたのはヨナタンだった。邪魔をされた、と憤ったりはしない。ヨナタンがここまで慌てるのは、よほどの緊急事態が発生した時だから。
ヴォルフラムの予想は的中した。
「て……、帝都に、松永ダンジョンが発生しました!」
ヨナタンは緊迫の表情でそう言い放ったのだ。
帝国も複数のダンジョンを抱えるが、帝都をはじめとする大都市やその近辺にダンジョンは存在しない。ダンジョンを避けて都市を造った、とも言える。
なぜならダンジョンは『神々の置き土産』と呼ばれる、外界の常識がまるで通じない異空間なのだ。ヴォルフラムの前世のラノベやアニメによく登場した、仕掛け満載で魔獣がうろつく典型的なタイプはもちろん、入った瞬間大量の水に呑まれたり、重力のない空間をえんえんとさまよい歩くはめになったり、マグマの海に放り出されたりするパターンもある。
差はあれど、ダンジョンが基本的に危険な空間であることに変わりはない。ゆえに人々の住まう都市はダンジョンを避けて造られる。例外的に、典型的なタイプのダンジョンには隠された宝や魔獣の魔石目当ての冒険者が群がるため、彼らを当て込んだ商人やその家族などが集まった都市――迷宮都市が形成されるが。
ダンジョンに付けられる名前は様々だが、多くはダンジョンを発見した者が特権として名付けたり、その土地の領主が名付けたり、地名にちなんだりするケースが大半である。
つまり発見されたばかりのダンジョンは当面の間、無名なのだ。にもかかわらず突如帝都に発生したダンジョンが『松永ダンジョン』と呼ばれるのは。
「……本当に、『松永ダンジョン』って書いてある……」
ヴォルフラムはダンジョンの入り口――戦国時代の城の大手門を彷彿とさせる門の上部にでかでかと刻まれた『松永ダンジョン』の文字を見上げ、ため息をついた。
場所は帝都の民や旅人でにぎわう目抜き通り。帝都で最も繁華なエリアのど真ん中に門扉を閉ざした巨大な大手門だけが出現し、ふわふわと浮いている。異様な光景を一目見んと集まった民を、ヴォルフラムの連れてきた兵士たちが『危ないから下がって!』と声を枯らしながら下がらせる。
英雄とうたわれる皇子が現れようものなら、ダンジョン以上に衆目を集めそうなものだが、今のヴォルフラムは茶髪のかつらをかぶり、下級騎士の制服をまとい変装している。同行してくれたジークフリートがその美丈夫ぶりで人目を惹き付けているため、皇子の存在はばれずに済んでいた。
ダンジョンの出現は国にとっての一大事。
ガートルードとのお茶会を切り上げ、駆けつけたヴォルフラムだが、すでに真相はうっすらと読めていた。
「ふむ、これは間違いなくダンジョンですね」
並んで門を見上げていたジークフリートがつぶやいた。対魔騎士団団長として長らく辺境に滞在していた彼は、ダンジョンを攻略した経験も何度かあるという。
「わかるのか?」
「はい、ダンジョンは独特の魔力を発していますから。殿下も感じ取れるはずですよ」
促されるがまま門に手をかざしてみれば、魔獣とも人間とも違う魔力の波動を感じた。皇宮に閉じ籠っていたヴォルフラムはエルフや魔人などの他種族と遭遇したことはないが、彼らとも異なるだろう。
なぜなら伝わってくる魔力には、生物なら必ず持ち合わせているはずの感情がまるでこもっていない。どこまでも空虚な……いや、これは……?
『……妾の姫御子のため……』
『……我が女神にお喜び頂くために……』
「っ!?」
強烈な意志の波動を感じ、とっさに後ずさった瞬間、開いた門扉から真っ黒な触手のようなものがにゅっと飛び出し、ヴォルフラムをからめとった。そのまま門の中へ引きずり込まれる寸前、ジークフリートがヴォルフラムの手を掴む。
ばたん!
ヴォルフラムとジークフリートを飲み込んだ直後、門扉は素早く閉ざされた。
門の向こう側は青い光が揺らめく不思議な空間だ。ひんやりした空気の中、小袿姿の麗人――カイレンが冷ややかにヴォルフラムを見下ろしている。さっきヴォルフラムを引きずり込んだのは、あの丈なす黒髪だ。
「よけいなおまけまで付いてきたか。……まあいい」
逃げ場のない海の底のような瞳を、かつてガートルードは灰簾石……タンザナイトのようだと表してカイレンの名を与えた。
彼女はきっと知らないだろう。タンザナイトは本来の表記だと『青き自殺』を意味する発音になってしまうため、タンザニアで採れる石、すなわちタンザナイトと名付けられたことを。
この麗しい魔獣の王の瞳に映るためなら、自ら命を絶っても構わない。そうこいねがう者は数知れないだろう。
(相変わらず、櫻井さんは本質を突いているな)
前世もそうだった。誰もが遠巻きにした彼を、彼女だけは……。
(……、……?)
つかの間、ヴォルフラムの脳裏に浮かびかけたおぼろな少年の影は、姿を取る前に霧散してしまった。
後になにも残さずに。
ちなみにタンザナイトの名付け親はティファニーです。
もちろんガートルードはそのへんの逸話などは一切知りません。
ラストにちら見えした彼については、第3章にて。




