そして誰もいなくなる(第2章最終話)
最後に衝撃的な展開があります。ご注意下さい。
(……シルヴァーナ王国へ帰る?)
ひゅっ、と息を呑んだ瞬間、胸が締めつけられるように痛んだ。
だってシルヴァーナ王国に帰ったりしたら、せっかくの食っちゃ寝ライフは水の泡で、こちらで知り合った人たちと会えなくなって……ヴォルフラムとも離れ離れになってしまう。
超アンドレアスの葬儀が終われば、ヴォルフラムは皇帝の座につくだろう。帝国皇帝とシルヴァーナの王女は、よほどのことがない限り二度と会えない。
(神部くんは……それで、いいの?)
言葉を失うガートルードに痛ましそうな眼差しを注ぐだけで、レシェフモートとカイレンは反論も非難もしなかった。たぶん二人は予想していたのだろう。ヴォルフラムの提案を。
「……僕だけの気持ちを伝えるのなら、君にはずっとそばにいて欲しいと思ってる」
「っ……」
ばっと顔を上げるガートルードに、ヴォルフラムはさみしそうに微笑んだ。
「でも、今はそれじゃ駄目なんだ。……今の僕の力では、君を皇后に押し上げようとする貴族たちから守りきれないかもしれない」
「わ、わたしを皇后に?」
ヴォルフラムの説明を聞き、ガートルードは頭を抱えたくなった。ヴォルフラムに英雄の力を授けた皇妃を帝国に留めるため、ガートルードを亡き超アンドレアスの皇后に据えようとしているとは。
その一方でこれから帝位につくヴォルフラムには自分たちの縁者を嫁がせたがっているというのだから、貴族というのは本当に厚かましい。
「亡きコンスタンツェ皇后陛下を廃后しなかったのは、彼らを牽制するためだったんだ。だが陛下が亡くなった今、彼らはもう声を抑えたりしない。陛下の死が公表されると同時に、君を皇后にすべく暗躍し始めるだろう」
「……そのような愚行を、私が許すとでも?」
レシェフモートが金の瞳を底光りさせ、カイレンも紅い唇を吊り上げる。
「悪しき思考を編み出す脳から少しずつ水分を蒸発させ、首から下は指先から膾に刻んでやるのがいいかもしれませんねえ」
この二人にかかれば、ガートルードを皇后に据えたい一派がどれほど強大な権力を誇ろうと、それでもってヴォルフラムに迫ろうと、圧倒的な力で屈服させられるだろう。骸になってしまえば、口をきくことすらできない。
(……きっと、神部くんはそれも避けたいんだわ)
皇禍によって、帝国は財源であった魔石のみならず、帝国の藩屏たる貴族たちもあまた失ってしまった。貴重な貴族を、レシェフモートたちに惨殺される事態は回避したいだろう。
「駄目よ、レシェ、カイレン。彼らに手出しはしないで」
ガートルードが二人の手を握ると、金と蒼の双眸が甘くとろけた。
「我が女神。私はいつでも、貴方のお心に従いたいと思っているのですよ?」
ガートルードの手をうやうやしく持ち上げ、褐色の頬に押し当てるのはレシェフモート。白くなめらかな両手で包み込んでくれるのはカイレンだ。
「妾の望みは、姫御子、貴方の幸福のみ。それさえ叶うのならば、妾の心は晴天の海原のごとく凪いでいることでしょう」
ガートルードだけを見つめながら、その実、彼らが語りかけているのはヴォルフラムだ。
ガートルードは自分のために誰かが……身勝手な貴族たちさえ、傷つくことを望まない。
魔獣の王たちは、彼らの女神であり愛し子であるガートルードが何者にも脅かされず幸福に生きる限り、その強大な力を振るわない。
だからもし――もしも貴族たちが、二人の王から鉄槌を下されることがあれば。
それは彼らを掣肘できなかったお前のせいだ。
お前がガートルードを悲しませるのだと。
そう、恫喝している。
「……彼らに過ちを犯させたりはしない」
ヴォルフラムは正面から受けて立った。
「だから貴方がたが力を振るうこともない。櫻井さんの身には傷ひとつ付けさせない。……でも」
ぐっ、と拳を握り締め、二人の王を睨み返す。
「櫻井さんの心までは……悔しいけど、守りきれないかもしれない。だから、僕が帝国を完全に掌握するまで、安全な場所にいて欲しい」
「……、それは……」
どくん、とガートルードの心臓が高く脈打った。
ヴォルフラムが帝国を完全に掌握するまで安全な場所に――それは、その言い方はまるで、彼がめでたく帝国を掌握したあかつきには、またガートルードを……。
「僕から離れられると思った?」
ふっと挑戦的に笑うヴォルフラムは見た目通りの少年ではなく、大人の男の貌をしていた。
……そうだ。この人は前世では三十歳の大人だったのだ。ずっと育児とパートに追われていた櫻井佳那よりも、はるかに人生経験豊富な医師だった。
「絶対に離れないよ。……僕は今度こそ君と共に生きるために、こんなところまで追いかけてきたんだから」
「か、神部、くん……」
「今すぐに、とは言わない。父上の葬儀を執り行うには最低でもあと一月は待たなくてはならないだろうし、シルヴァーナ王国と詳細を打ち合わせるにも相応の時間がかかるだろう。どんな選択をするにせよ、二ヶ月は猶予がある」
その間に選べ、ということか。貴族たちの思惑に乗って皇后となるか、シルヴァーナ王国へ戻るか……第三の道を選ぶか。
――重い。
こんなにも重い選択は、前世でもしたことがない。
「我が女神」
「妾の姫御子」
二人の王が、左右から魅惑の声音を吹き込む。
「貴方がいかなる道を選ばれようと、私はどこまでもおそばに。貴方は私の『特別』なのですから」
「なにも我慢なさる必要はありません。貴方が望まれるなら、妾はいつでもこの懐に包んで差し上げましょう」
前世から追いかけてきた元同級生と、今世で巡り会った魔獣の王たち。
どんな選択をしようと、彼らとの縁が切れることはない。自分の往く先には常に彼らがいる。
それだけは信じられた。
――それから、二ヶ月の間。
色々な出来事があった。最も大きな出来事は皇后コンスタンツェの『病死』が公表されたこと、その直後に皇禍の首謀者ブライトクロイツ元公爵が公開処刑されたこと、そして超アンドレアスこと亡き皇帝アンドレアスの葬儀が営まれたことだろう。
ささやかな出来事としては完璧くんこと神部くんがどうやらガートルードが認識していた完璧な天才少年とは違っていたらしいと思い知らされたり、逆に神部くんが櫻井さんの本当の姿に気づいてしまったり、それにまつわるちょっとした騒動が起きたりもした。ガートルードの周囲の人々にも様々な変化があり、そのたびにガートルードは驚いたり怒ったり悲しんだりと忙しかった。
……だいぶ後になって思った。
あの二ヶ月は、まるで日だまりの中、まどろみながら夢を見ているようなひとときだったと。
夢が現実だったのか、現実こそが夢だったのか、わからなくなるほど濃厚な。
二ヶ月後。
夢の終わりは、満身創痍で皇宮にたどり着いた、シルヴァーナ王国の破邪魔法使いによってもたらされた。
「……王配オズワルド、謀反! クローディア女王陛下、ドローレス王太女殿下、エメライン王女殿下はオズワルドによって殺害され……オズワルドは幽閉中のフローラ王女を娶り、シルヴァーナ国王を僭称しました!」
これにて長かった第2章も終了です。お付き合い下さりありがとうございました。カウントダウンはシルヴァーナ王国滅亡へのカウントダウンでした。予想が的中された方はいらっしゃるでしょうか。
今後の連載については活動報告で詳しく書いておりますので、よろしければご覧下さいませ。
7/23 活動報告にて、ご指摘を頂いた私のペンネームについての説明をアップしました。よろしければご一読ください。




