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114・公爵家の兄妹(第三者視点)

本日は二話更新しております。

こちらは一話目です。

 父ブライトクロイツ公爵はエリーゼを教育係に任せきりで、父親らしい愛情はおろか、優しい言葉一つかけてやらなかった。

 本当の娘ではないからなのか、本物のエリーゼが生きていても同じだったのか。おそらく後者だろう。公爵にとっては嫡男のジークフリートすら道具に過ぎないのだから。



 そんな父親に振り向いて欲しい、誉められたい一心で妃教育に励むエリーゼが哀れだった。そう、最初は同情だったのだ。公爵に買われなければ、親元で家族の温もりに包まれて幸せに暮らせていたかもしれない娘。



 同情と、真実を知りながら沈黙している罪悪感から、ジークフリートはエリーゼに心を配った。ジークフリートもまた公爵家嫡男として多忙の身ゆえ、さほど構ってやれたわけではなかったが、顔を出すたびエリーゼは花のように笑い、喜んでくれた。



『おにいさま! 来てくださったのですね!』

『今朝は庭の水盤に氷が張っていました。おにいさま、どうかお風邪を召されないでくださいね』

『お茶の淹れ方を誉めて頂きましたの。おにいさまに召し上がって頂きたくて、頑張った甲斐がありましたわ』



 いつもジークフリートをいたわってくれるエリーゼは、少しずつ、だが確実に、偽者ではない本当の妹になっていった。……だから気づいてしまった。彼女が専属侍女と接する時、ほんの少しだけ怯えた表情を浮かべることに。



 決定的な事件が起きたのは、エリーゼが十歳になったばかりのころだ。



 その日は母の公爵夫人の命日だった。本物のエリーゼの命日でもある。



 ブライトクロイツ公爵は派閥の貴族に誘われ泊まりがけで狩猟会へ赴いてしまい、公爵邸にはジークフリートとエリーゼの兄妹だけが残された。その日もエリーゼは朝から妃教育を詰め込まれる予定だったが、せめて共に母の墓参りをしたいと思い立ち、先触れも出さず彼女の部屋を訪れた。



 そして、見てしまった。



『罪深い貴方が! 失敗など許されると思っているのですか!?』



 エリーゼを床にひざまずかせ、剥き出しにさせた背中に鞭を振り下ろす専属侍女。悪鬼のごとき形相は、公爵やジークフリートの前では常に礼儀正しく、淑女のかがみと謳われる女性のそれとは思えない。



『……っ、……申し訳、ありません……申し訳ありません……』



 エリーゼは小さな手を握り締め、理不尽な暴力にただ耐えていた。かすれた声音と傷だらけの細い背中が、この凄惨な行為が始まって短くない時間が経過したことを示している。



 教育係たちは壁際に控え、誰一人としてエリーゼを助けようとする者はいない。異常すぎる光景に怒りが突き上げ、ジークフリートは部屋の中に飛び込み、専属侍女の腕をねじり上げた。



『なにをしている!?』

『ジ……ッ、ジークフリート様……』

『いくら妃教育のためといって、こんな真似が許されると思っているのか!』



 苦悶にゆがんだ顔で、専属侍女はきっとジークフリートを睨んだ。



『ジークフリート様はご存知ではありませんか! エリーゼ様がどれほど罪深いお方か!』



 罪深い――。

 その言葉はエリーゼが『母親の命と引き換えに生まれてきた娘だから』だと思われただろう。教育係やエリーゼたちには。



 ジークフリートだけが正しく理解した。専属侍女を凶行に走らせた本当の理由を。



 亡き母の乳母でもあった専属侍女は、許せなかったのだ。どこの馬の骨とも知れぬ娘が、手塩にかけて育てた大切な公爵夫人が産んだ本物のエリーゼと入れ替わり、皇太子妃の栄誉を手に入れることが。



 そんなもの、エリーゼ本人が望んだわけではないのに。



『……エリーゼは公爵令嬢で、俺の大切な妹だ。母上の侍女だったお前でも、無礼は許さん』

『ジークフリート……、様……』

『このことは父上に報告する。俺の妹を痛めつけた罰、軽く済むと思うなよ』



 専属侍女と教育係はジークフリートの護衛騎士たちによって拘束され、軟禁された。



 ――その後の取り調べでは、胸糞悪い事実ばかりが次々と明るみに出た。専属侍女はエリーゼの妃教育が始まって間もないころから、ささいなミスをあげつらっては『皇太子妃にふさわしくない』とエリーゼを責め立て、鞭を振るっていたのだ。



 背中のみならず、顔以外の全身に鞭は振るわれた。長い間露見しなかったのは、専属侍女がひそかに治癒魔法使いを雇い、傷を治療させていたからである。



 教育係は専属侍女がブライトクロイツ公爵の命令のもとに動いているのだと信じ込み、従っていた。普通に考えれば未来の皇太子妃に鞭打たせるなど、父親が許すわけがないのだが、ブライトクロイツ公爵の無関心ぶりが彼女たちに信じさせてしまったのだろう。公爵ならやりかねないと。



 ここまでされればさすがのブライトクロイツ公爵も無視はできず、専属侍女と教育係たちは解雇を申し渡された。

 彼女たちは皆、下級貴族の次女以下だ。結婚に必要な持参金を用意してもらえないから働きに出たのに、公爵令嬢に暴力を振るい解雇された。実家では持て余されるだろう。公爵の不興を買ってしまっては、新たな奉公先も見つからない。



 主犯の専属侍女は帰されてすぐ『病死』したと、実家から報告があった。皇族に連なる公爵を怒らせた娘など生かしておけば厄介の種になるだけだと判断し、実家が手を打ったのだろう。



 教育係たちもしばらくして『病死』の報がもたらされたが、ジークフリートはもどかしさと後味の悪さを噛み締めずにはいられなかった。



 専属侍女をかばうつもりはない。彼女はか弱い少女を痛めつけた罪人だ。直接手を下さずとも、見て見ぬふりを決め込んだ教育係たちも同罪である。



 しかし彼女たちも、ブライトクロイツ公爵がもっとエリーゼに気を配っていたならあんな真似はしなかったはずだ。父親に顧みられないエリーゼなら、いくら痛めつけてもばれないし、エリーゼが訴えたところで相手にされない。そうもくろんだからこそ凶行に及んだ。ブライトクロイツ公爵もまた糾弾されるべきなのだ。エリーゼを公爵家に引き込んだのは公爵なのだから。



 二度と同じことが起こらぬよう、エリーゼには騎士の名門ハーゲンベック家から遊び相手も兼ねた護衛として令嬢のコンスタンツェが派遣され、公爵邸で暮らすことになった。初めての同年代の『お友達』をエリーゼは喜び、厳しすぎた妃教育も見直されたけれど、ジークフリートの忸怩たる思いが消えることはない。



 せめて自分がもっと早く気づいていれば、エリーゼを苦痛と屈辱から救ってやれたものを。



『そんなお顔をなさらないで、おにいさま。わたくし、嬉しかったのですから』



 エリーゼは自己嫌悪にかられるジークフリートの手をきゅっと握ってくれた。



『おにいさまがわたくしを、大切な妹だとおっしゃってくださったこと。……涙が出るほど、嬉しかったのです』

『エリーゼ……』

『わたくし、頑張ります。もっともっとおにいさまに大切だと思って頂けるように』



 けなげな微笑みに、ジークフリートもつられて笑った。

 その瞬間、二人は本当の兄妹になった。

 間抜けにもジークフリートはずっと信じていた。アンドレアスはかの『惰弱帝』の息子とは思えぬほど優秀でいい男だ。政略結婚でもきっとエリーゼは幸せになれるはずだと。



 数年後。



『おにいさま……わたくしを抱いて、おにいさまのものにしてください』



 輿入れを一月後に控えたエリーゼが、薄い夜着だけをまとったしどけない姿でジークフリートの寝所に忍んでくるまでは。


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― 新着の感想 ―
真実を知る罪悪感からとった行動が、脳を焼いてしまったか、、、これは、エリーゼさん、自分が偽物ってことを本当は知ってたのかな? 聞こえてないと思って「偽物のくせに」くらいは言ってそうだよね。
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