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第1章エピローグ(第三者視点)

 金色の双眸に恍惚をにじませ、レシェフモートは眠る幼い女神に頬を擦り寄せる。



「我が女神」

「我が女神」

「我が女神」



 呼ばうたび身体の奥底から湧き出る歓喜が、飢え渇ききっていた心を潤してくれる。



(ああ、何て、何て何て何て)



 こみ上げる感情は複雑すぎて言葉にできない。一番強いのは歓喜、愛おしさ……憎悪。



 むろんガートルードに対するものではない。女神シルヴァーナ、そして自分自身に対するものだ。



 神々にとっても昔、レシェフモートは女神シルヴァーナにかしずくためあまたの同胞を殺めた。

 そのこと自体は後悔していない。同胞といってもレシェフモートの力を勝手に慕い、集まっていただけの存在だ。



 女神シルヴァーナは乙女の魂を連れて神々の世界へ戻った後、地上に降りてくることはなかった。これからもきっとないだろう。



『お前がわたくしの願いを叶えるのなら、わたくしもお前を女神の下僕にしてあげるわ』



 女神シルヴァーナは確かにそう言った。……そう、女神の下僕にするとは言ったが、その女神が自分だとは言わなかったのだ。



 神は人間が理想化するような、清廉潔白な存在ではない。人間同様謀略を用い、罠に嵌めようとする。



 そうと知りながら高揚のあまり看破できなかった自分こそ最も愚かだとわかってはいるが、かといって女神シルヴァーナの奸智に苛立たないわけではない。



(……このお方を、自らの身代わりにしようともくろんだか)



 ガートルードは前世で家族に使い潰された末、若くして死んだと話してくれた。

 女神シルヴァーナはおそらく冥途へ送られるべきその魂を、あちらの世界の神と交渉し、こちらの世界へ――事故死したガートルードの肉体へ転移させたのだ。



 レシェフモートはガートルードの肉体から、かすかな死の残り香を嗅いだ。



 あの肉体は一度死を迎えている。



 たぶん馬車の事故の際、両親と共に元のガートルードは死んだのだろう。肉体もかなりの損傷を受けたはずだ。



 女神シルヴァーナはその肉体を修復し、櫻井佳那であった魂を送り込んだ。あの傷つき、よどみ、ゆがみきった……庇護されることを何よりも望む魂なら、レシェフモートの心を掴むはずだと確信して。



 その予感は的中し、レシェフモートはガートルードという『女神』の下僕になった。

 大昔の約束通りになったわけだが、すべてが女神シルヴァーナのたなごころの上だったのかと思うと口惜しい。



(そんなに私が恐ろしかったか?)



 神々の理を曲げ、別世界の神に借りを作ってまで遠い昔の約束を果たそうとするほどに。



 たぶん女神シルヴァーナはレシェフモートとの約束を守る気などなかった。愛しい乙女さえ手に入れば、人間の世界には二度と降臨しないのだから。



 だが己の血を与えたレシェフモートが魔獣を狩り続け、その魔力を啜り続けることによって強化され、限りなく神に近い存在になったことで危機感を抱いた。いつか神々の仲間入りを果たしたレシェフモートに、復讐されるのではないかと。



 だから最初からそうするつもりだったとでもいうかのように、ガートルードを与えた。



 不運にもこちらの世界へ送り込まれた魂が肉体に馴染みきらなかったせいか、三年前には探し出せなかったが……。



「もう放しません」



 眠りをさまたげぬよう、優しく抱き締める。



「これよりはずっと御身のおそばに。……死さえも我らを分かてないのですから」





 ソベリオン帝国帝都、アダマン。

 皇帝アンドレアス唯一の皇子、ヴォルフラムの病室に、一人の少年が駆け込んだ。



「ヴォルフラム様、朗報です! シルヴァーナ王国のガートルード王女殿下が、間もなく帝国の領内へ入られるとのこと!」



 ヴォルフラムの枕元で頬を紅潮させるのは、母方の従兄でもある従者だ。寝込んでばかりのヴォルフラムに呆れず愛想も尽かさず、真摯に仕えてくれる物好き、もとい稀有な存在である。



(……未来のない皇子に無休で仕えさせられるなんて、前世なら立派な社畜だよな)



「王女殿下が到着されれば、きっとヴォルフラム様のお身体は回復されます。良かった……、本当に良かった!」



 ヴォルフラムがぼんやり考えていることも知らず、従兄は喜色満面でまくしたてる。



(良かっただって? 何がいいものか)



 まだ六歳の王女が、何の義理もない他国の皇子を救うためだけに親子ほど歳の離れた男の形式上の妃にさせられるのだ。

 一生結婚もできず、子を持つことも許されず、籠の鳥を強いられる。ガートルードにとっては地獄でしかない。



 自分のような出来損ないなどさっさと廃嫡し、次の皇子を作ればいいのだ。



 恋愛結婚だか何だか知らないが、たった一人の女に執着するあまり縁もゆかりもない他国の王女を不幸のどん底に落とすなんて、皇帝失格だろう。

 ありがたいはずの父親の慈悲をそんなふうに考えてしまうのは、ヴォルフラムの頭に眠る前世の記憶のせいか。



 従者が出て行ってしまうと、ヴォルフラムはベッドの天蓋をぼんやりと見上げた。どこかへ消え失せてしまいたくなるこんな気持ちの時は、今生でも決まって彼女に会いたくなる。



 前世のヴォルフラムが吐き出した汚いものを、何のためらいもなく始末してくれた彼女。



「櫻井さん……」



これにて第1章は終了です。

次回から3話、番外編が続きます。

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大量に加筆し、リュディガーの出番が増えてガートルードも大活躍しておりますので、ぜひお手に取って下さいね!
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― 新着の感想 ―
うわー、まさかの完璧くんだったー!
おお!まさかここでこの人が出てくるとは!!
出番ありそうだな〜って感じでしたけど、この子なのね! 主従で結構完結しそうだったので、 どんな化学反応起こすのか気になります〜
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