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99・『もう一人』(第三者視点)

「初代皇帝陛下がなんのために沼の王を滅さず封じたのか、その理由はひとまず置いておきます。重要なのは、ブリュンヒルデ皇女は今もなお生きているということです。……むろん人としてではなく、呪具としてですが」



 生きた呪具。

 おぞましい言葉に全員が青ざめた。ヘルマンなど吐きそうになるのを堪えている。



 そう、わずか六歳のヘルマンでも知っているのだ。呪具――呪いの恐ろしさを。

 前世でも『呪う』『呪われる』という概念は存在した。ひょっとしたら本物もあったのかもしれないが、ほとんどは自分が呪われている……それほど誰かの強い憎しみを受けたのだと思い込むことで、精神的に追い詰められ、身体が悲鳴を上げたケースだったと思う。



 だがこの世界にはれっきとした呪いが……呪法じゅほうが存在するのだ。



 治癒魔法や四大属性魔法のような魔法の一体系だが、適性がなければ使えない他の魔法と違い、魔力と憎む気持ちさえあれば誰でも使える。しかも威力がすさまじい。かつては王族が呪法を暴走させ、一夜にして滅びた王国もあるくらいだ。



 ゆえに呪法は、ヴォルフラムの知る限り大陸のあらゆる国々で禁じられている。初代皇帝が帝位に在った百年前も、当然、禁じられていたはずだ。アダマン王国最後の王子であり、皇帝となった初代皇帝は、為政者として呪法の恐ろしさとおぞましさを誰よりも理解していたはず。



 なのに初代皇帝は呪法を用い、ブリュンヒルデ皇女を……実の妹を呪具と化した。呪具とは呪法によって呪法の核とされた生物や無機物のことである。前世でたとえるなら、蠱毒こどくや呪いのダイヤモンドのようなものか。



「呪法のおぞましいところは、その目的を達成する……すなわち対象を呪い殺さない限り、呪法の術者の魂もまたこの世に縛りつけられることです。呪具が生物なら、その者も」



 沼の王は滅されていない。だからブリュンヒルデ皇女の魂もまだ呪具として『生きている』。

 そして。



「初代皇帝アンドレアス陛下もまた生きている。そういうことになりますね。もちろん肉体はとうに滅び、魂だけの状態でしょうが……さて、呪具化されたブリュンヒルデ皇女が地下で沼の王を封じているのなら、魂だけの初代皇帝陛下はどこにおられるのでしょう?」



 わざとらしいモルガンの問いかけに、誰もがヴォルフラムと同じ答えを出しただろう。

 超アンドレアスを長きにわたり支配し、その肉体を殺そうとして超アンドレアスの反撃を食らい、肉体に閉じ込められてしまった……超アンドレアスと非常によく似た魔力の持ち主。



「……『もう一人』は、初代皇帝陛下だったのですね」



 リュディガーがぐっと拳を握り締めた。幼馴染みであり親友でもあった従兄が、最も偉大なる祖先に支配され、死を迎えようとしているのだ。前世の記憶があるヴォルフラムよりもよほどやりきれない気持ちだろう。



「本物のアンドレアス陛下、紛らわしいので我が女王に倣い超アンドレアス陛下とお呼びしますが、我がシルヴァーナ王国に王女殿下のどなたかを皇妃として差し出すよう打診があった際は、すでに超アンドレアス陛下ではなく初代皇帝陛下が意識を乗っ取っていたはず。ならばあれは初代皇帝陛下の希望だったのでしょう」



 同情も糾弾もせず、モルガンは淡々と話を続ける。



「つまり初代皇帝陛下は、周辺諸国のみならず国内貴族からの猛烈な批判を覚悟の上で、シルヴァーナの王女を帝国に置きたかった。理由はもちろん、ヴォルフラム殿下の命を救うためです……が」



 ちら、と藍色の双眸がヴォルフラムを睥睨する。なにを言おうとしているのかは、たやすく想像がついた。



「その判断には疑問を覚えざるを得ません。超アンドレアス陛下のお身体はまだ若く、健康問題もない。ならばヴォルフラム殿下もコンスタンツェ陛下も廃し、新たな皇后に世継ぎを生ませるのが、為政者として採るべき最善手でした」

「ブラックモア卿!」



 ガートルードがたまりかねたように叫ぶが、ヴォルフラムは首を振った。



「いいのです、皇妃殿下」

「でも……」

「ブラックモア卿はなにも間違っていません。自力では生きられない私のために他国の王女殿下を犠牲にするより、新たな皇后を迎える方が正しい。私が同じ立場なら、迷わずそうします」



 痛ましそうな表情のガートルードに胸が痛んだ。もしも彼女が自分の后で、彼女か国か、どちらかを選べと迫られたら、きっと冷静な判断などできまい。



「……初代皇帝陛下には、あったのでしょう。万難を排してでもヴォルフラム殿下を生かさなければならない理由が」

「そしてそれは、愛情ゆえではありえない……ということか」

「御意」



 つぶやくレシェフモートにモルガンはうやうやしく首肯する。少し見ない間に、なぜかすっかり主従っぽくなっている。ガートルードも複雑そうだが、なにがあったのだろう。



「そこまでして私を生かさなければならない理由か。残念ながら、思いつかないな」



 ヴォルフラム皇子として自我が芽生えてからの記憶を総ざらいしてみても、心当たりはない。医師だった前世の記憶は誰にも告げていないし、この世界の医療レベルでは前世の知識も技術もほとんど意味はない。



 今のヴォルフラムは文字通りの役立たずだ。それでも生かしたのはコンスタンツェに対する愛情ゆえだと思っていたが、コンスタンツェを皇后に選んだのがそもそも初代皇帝の意志だったのなら……。



「……ここで鳩首していても、致し方あるまい」



 考え込む人間たちを、レシェフモートが見渡した。



「皇子よ、すぐにでも我が女神と共に皇帝廟へ行け。沼の王が我が女神を見失っている間に」



 尊大に命じられ、ヴォルフラムは思い出す。



『……お前が、地下のアレと我が女神とのつながりを遮断したからだ。一時的なものに過ぎぬが』



 ヴォルフラムが地下のアレ……沼の王とガートルードとのつながりを一時的に遮断したとはどういう意味だったのか。それに自らガートルードとヴォルフラムを共に行動させようなど、気でも狂ったのか。

 ヴォルフラムの疑問を見透かしたように、レシェフモートは金色の瞳を細める。



「お前の中から、沼の王と同質の力を感じる」



 どくん、と、胸の奥の硬い感触が脈打った。



「そして、忌々しいが我が女神と同じ気配の力も。……その二つが混ざり合い、一時的に沼の王と我が女神とのつながりを遮ったのであろう」

「私に、さく……皇妃殿下と同じ力が?」



 それに沼の王、魔獣とも同じ力とはどういうことなのだ。ヴォルフラムは混乱するが、レシェフモートはそこまで懇切丁寧に教えてやる義理はないとばかりに視線を逸らした。



「我が女神」



 ガートルードに注がれる眼差しは、ヴォルフラムに向けられたそれとは別人のように甘くとろけていた。しかし金色の瞳の奥には、隠しきれない焦燥がにじんでいる。



「沼の王が我が女神を見失っているのはわずかな間だけ。すぐにまた貴方とのつながりをたどり、這い上がろうとするでしょう。……今のアレは死に物狂いです。口惜しゅうございますが、今の私では防ぎきれない可能性が高く……」

「レシェ」



 ガートルードが細い腕を伸ばし、レシェフモートの頬を両手で挟み込んだ。むにゅっと変形してさえ美しい顔も反則だが、むうっと頬をふくらませてさえ可愛いガートルードはもはや奇跡ミラクルではなかろうか。



 不穏な気配に振り向けば、モルガンが人前には出せない表情でガートルードの顔と足を眺め回しており、ヴォルフラムは思わず『お巡りさん、こいつです』と口走りそうになってしまった。



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― 新着の感想 ―
魔が人を、ならともかく人が魔を呪うとは 目的がどうであれ利用されてる沼の王さんかわいそ…
変態ばっかなんですよ王子様
鳩首を国語辞典で調べた(笑) 皆知ってた?
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