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1-3.護衛は護衛らしく(改)

 冒険者であるフィリアとギルは、護衛対象であり、依頼人である行商人――旦那さま――が行きたいと思う場所に同行し、行商人が留まりたいと思った期間だけ、その場所に滞在しつづける。


 フィリアたちの仕事は、道中の護衛。

 行商人が街から街、村から村へと移動するときの護衛であった。


 なので、今のように、行商人が訪問先で商売をしている数日間、フィリアたちは次の移動まで待機――手持ち無沙汰――となる。


 その待機の間、滞在先の冒険者ギルドの依頼を請けることを、依頼人から許されていた。


 長期間フィリアたちを拘束するからという理由だが、自由行動が認められているのは、フィリアたちにとっても都合がよかった。


 その時間をふたりは有効に使い、討伐や採取の単発依頼をコツコツと堅実にこなしていった。

 結果、フィリアとギルは、気づけば旅先で中級冒険者になっていたのだ。


 なので、今回も行商人がこの村で長期滞在を決めたのなら、自分たちもいつものように時間をつぶそう――冒険者ギルドの依頼を請けよう――と思ったのだが、今回に限って、依頼人はそれを許してはくれなかったのである。


 ギルが疑問に思うのはもっともなことであった。フィリアも「なにかがおかしい」と感じていた。


 ふたりはその理由の説明を望んだが、依頼人はただひとこと「護衛は護衛らしく、わたしの側から離れるな」としか言わなかった。


 固く緊張した依頼人の横顔は、多くを語らなかった。

 それ以上の会話を依頼人は望んでいないのが伝わってきた。


 生命の危機がある場合など、やむをえない事情がある場合をのぞき、冒険者は依頼人の要望を尊重しなければならない。


 フィリアとギルはここ数日、依頼人の希望どおり、宿屋に滞在しつづけている。


 依頼人は「そんなに緊張しなくてもいい。ゆっくり休んでいなさい……」と、苦い声でフィリアたちに言った。

 しかし、依頼人自身がかつてないほど緊張し、ピリピリとした気配をまとっていたので、フィリアたちの不安はどんどん大きくなっていく。

 胸が押しつぶされそうで苦しかった。


(本当に……ぼくは、ここで……こんなことをしていていいのかな?)


 依頼人がこの村に滞在することを決めてから、フィリアの心は奇妙な声をとらえるようになった。

 実際に聞こえるのではない。


 遠い場所。とても遠い場所で、助けを呼ぶ小さな声がフィリアの脳裏に響き、心を大きくゆさぶるのだ。


 最初は空耳かと思ったのだが、その声はあまりにも悲しくて、切実な響きをはらんでいた。

 声の主は窮地に立たされているのか、日を追うごとに声が切羽詰まったものへと代わっていった。


 そのあまりにも切なくてか弱い声に、フィリアの心は激しい痛みを感じていた。

 いますぐ飛んでいき、声の主を恐怖から救ってやりたい……いや、救わなければならない、と、フィリアの心が叫び声をあげている。


 依頼主の命令がなければ、まちがいなく、フィリアは声がする方角へと飛び出していただろう。


 フィリアはこの衝動を誰にも……幼馴染の相棒にすら相談できずに、悶々とこの数日を過ごしていた。


 少しばかり脳筋気味なギルにではなく、思慮深い依頼人に説明したら、なにか状況は変わっていただろうか。


 護衛対象の行商人は、フィリアたちに対して依頼人であると同時に、頼れる年長者だ。

 依頼人ではなく、若者を導く保護者のような態度で、ふたりに接してくれている。


 だが、それ以外の者に対しては、驚くほど冷淡な態度をとることがある。誰にでも優しいというわけではないのだ。


 金勘定で世の中を渡り歩く商人の一面といえばそれまでなのだが、だからこそ、このことを依頼主に話すのはためらわれた。


 フィリアにとって辛かったのは、この状況が少しも改善されず、日に日に不安が増して、状況は悪化の一途をたどっていることだ。

 ついには、眠ることもできなくなっていた。


 狭いベッドの中で鬱々とするくらいなら、夜風に当たって気を鎮めた方がまだ、ましなのでは……と思ったフィリアは、部屋をこっそりと抜け出し、宿屋の屋根に登ることにした。


 フィリアが腰かけている真下は、行商人が滞在用に確保した四人部屋だ。屋根の上に登ったとしても、護衛対象から離れる……ということにはならない……はずだ。


「なぁ……一年? 二年? ……あっという間だったよなぁ」

「……二年?」


 ギルの突然の発言に、フィリアは思わず小首をかしげる。


 経験の浅い少年冒険者ふたりが、依頼人に振りまわされ……もうすぐで二年になる。


 ということは、帝都を離れてもうすぐで二年。


 そして、ふたりが冒険者になってから、二年が過ぎた……。


「……そうだね。あっという間の二年だったよね……」


 フィリアのしみじみとした返事に、ギルは満足げな笑みを浮かべた。ギルが笑うだけで、闇が払われ、周囲が明るくなったような気がする。


 フィリアとギルが依頼人に出会ったのは、十二歳のとき。


 ふたりが帝都の冒険者ギルドで冒険者登録をし、幸運にも恵まれて、周囲が驚く早いペースで見習い冒険者から初級冒険者にランクアップした頃だ。


 初級冒険者になって初めて請けた依頼が、行商人の道中の護衛だった。


 それからあっという間に月日は流れ、フィリアたちは十四歳になり、あと数か月もすれば、十五の誕生月を迎える。


 行商人はゆく先々で商品を売り、新しい商品を仕入れては、違う場所でそれを売る……ということを繰り返し、ひとところに留まることはなかった。


 フィリアとギルはその期間、依頼人と共にフォルティアナ帝国の様々な場所を旅することとなった。

 こうして振り返ってみると、かなりの移動距離と日数になっていた。


 そのことに驚くばかりだが、フィリアたちはこの状況を存分に楽しみ、様々な冒険を体験することができた。


 ……とまあ、それだけなら、専属護衛のような仕事だった。で片づけることができたのだが、世の中というのはそう簡単なものではないらしい。


 依頼人はものすごく気まぐれな人だった。

 そして、行商人にしては珍しく、【転移】の魔法が使えた。


 さらに――これが最も深刻なことなのだが――行商人は救いようがないくらいの方向音痴だった。

 致命的なほどに……と注釈をつけなければならないくらい、とてつもなく方向音痴だった。


 地図はよめない、方角もわからない、獣道が途切れても全く気にしない……どういう根拠があって、この道を進んでいるのかすらもわからない。

 いや、これが本当に道なのかどうかもわからない道を、行商人はためらうことなくがんがん進むのだ。


 そもそも依頼人はどういう考えで行く先を選んでいるのかも謎で、つかみどころのない人だった。


 ――もしかしたら、なにも考えずに行動しているのかもしれない。――


 ふたりがそう思ってしまうほど、行商人が選ぶルートと行き先は、とことん非効率的でチャクチャだった。


 行商人が【転移】の魔法を使えたから遭難せずにすんだ。いや、【転移】の魔法が使えるから、行商人は慎重さを欠き、無茶な行動をとるのかもしれない。


 そんな破天荒な人物であっても、行商人として商いがちゃんと成立しているのだから、世の中とはつくづく理不尽で不思議だ。


 護衛自体が初めてで、行商人がどのような職業なのか全く意識していなかったフィリアとギルだったが、たった数日間、行商人と行動を共にした時点で「この依頼人は変だ」とふたりは結論づけた。


 自分たちが特殊で奇妙な依頼に巻き込まれたと同時に悟ったが、依頼内容には誤りはない。

 依頼人がとんでもない方向音痴だという注釈がなかったことを指摘するくらいはできるだろうが、わざと隠匿したのではなく、本人に自覚がないのだから難しい。


 冒険者側から依頼をキャンセルすることも可能だが、依頼内容に誤りがない場合はキャンセル料が必要で、ペナルティも発生する。

 キャンセル料もペナルティも、孤児院出身の駆け出し冒険者には厳しく、まだ若くて経験の足りない少年たちは、大人と交渉する知恵も弁も持ち合わせていなかった。

 冒険者ギルドが、初級冒険者の訴えをまともに聞いてくれるとは思えない。

 それに、途中で依頼を放り投げるというのは、フィリアのプライドが許さなかった。


 そんなことをすれば「やっぱり、孤児院出身の冒険者は仕事がいい加減だ」とか言われかねない。

 それだけは嫌だった。


 この先、どうするのか、どうしたらよいのか、ふたりは依頼人のいない場所でこっそりと話し合った。


 そのときも、ようやくたどり着いた辺境の村の一軒しかない宿屋の屋根の上だった。


 そのときのやりとりは、フィリアもギルも覚えている。


「フィリアのいうとおり、少し変な依頼人だな……」

「ギル……少しじゃないよ。ずいぶん変なヒトだよ」

「まあ、あれほど方向音痴なヒトはいないよな」


 ギルがコクコクと頷く。

 変なのは方向音痴だけではないのだが、二年前のフィリアには、まだ自分が感じたコトを言葉として説明する術を得ていなかった。

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