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2-6.おべんとう?

 ギンフウは己の魔力をセイランに分け与えながら、自身もまたその快感に身を委くて集中できない。


「うるさいぞ、おまえたち」


 くったりとしているセイランを抱き直しながら、ギンフウは冷ややかな目で床の上にへたりこんでいる部下たちを見下ろす。


「う、うるさくもするわよ!」


 妖艶なエルフは怒りでぶるぶると身を震わせながら、隻眼の美丈夫を睨みつける。


 立ち上がろうとするのだが、全身が怠く、身体に力が入らない。

 それでも無理して立てば、足ががくがく震えてひっくり返りそうになる。


「あたしたちまで足腰立たなくさせてどうするつもりなのよっ! リュウフウなんか、見事にぶっ倒れちゃったじゃない! 加減と被害を考えなさいな!」


 コクランは声をあらげ、煙管の先端を床の上で伸びてしまっているリュウフウへと向ける。


 徹夜明けの赤狐族の獣人は、リョクランの介抱で意識を取り戻しているところであった。


「……リュウフウ、規則正しい生活をしろ」

「ハイ、ボス。申し訳ございません」


 リュウフウは力なくうなだれる。

 赤い耳がペタンと垂れ下がっており、さっきまでのハイテンションが嘘のようだった。


「いくら相性がいいからって、一気にその量をやっちゃうと、さすがのセイランも倒れ……」


 そこまで言いかけて、コクランはいったん口を閉じる。


「……もしかして、キャパ超えの魔力交換でセイランを気絶させ、このまま引き留めようとしたんじゃないの?」


 コクランの指摘にギンフウはそっと目を逸らす。


「大人気ないですね……」

「ひっで――。子どもの純情を踏みにじっている大人だ!」

「最低な父親」

「ぼ、ボスはそんな卑劣なことはしないっすよ!」


 口々に叫びだす部下たちを、ギンフウは黙ってやりすごす。


「とうさん……?」


 前髪の隙間から、濡れた黒い双眸がじっとギンフウへと注がれている。


「あいつらの言うことと、オレのこと。セイランはどっちを信じる?」

「もちろん、とうさんのコト」


 即答だった。

 ギンフウの勝ち誇ったような笑みが、なんとも禍々しくてどす黒い。


「…………」


『酒場』になんとなく気まずくて重苦しい空気が漂う。


「……あ――。そうそう。お弁当を用意したんです」


 バーテンダーのリョクランが仕切り直しとばかりに、手をパンパンと軽く叩く。


 きらびやかで妖艶なエルフと並び立つと、バーテンダーのリョクランは存在そのものが薄くなる傾向にあった。


 そもそも、純血のエルフよりも目立つ存在はギンフウくらいだろう。


 というよりも、リョクランは目立つことを極端に嫌って常に影のように気配を隠し、コクランを隠れ蓑にひっそりと行動するのを好んでいる。

 自分から話題の中心になろうとするなど、珍しいことであった。


「おべんとう?」


 ハヤテがバーテンダーのリョクランを見上げる。


「ピクニックにでかけるんじゃあるまいし」


 と口よりも雄弁な目が語っていたが、リョクランは気にする風もなく、いそいそとカウンターの奥へと戻っていく。


「色々とありすぎて、うっかり忘れてしまうところでした」


 リョクランがカウンターテーブルの上に蓋付きのバスケットを置く。


 祖父は名の知れた魔族だというが、リョクランの場合は幸か不幸か、人の血の方が濃くでてしまったようだ。


 孫の彼には、魔族特有の威圧も威厳も、凶暴さの欠片もない。


 圧倒的な力と自信に満ちたギンフウ、妖艶な魔性の女という雰囲気に溢れるコクラン、騒々しい獣人リュウフウと違い、リョクランは、長身の折り目正しい男性という以外に特徴という特徴もない。


 よく磨かれたカウンターの上にぽつんと置かれたバスケットは、大人が持つには少し小さいが、子どもが使うには、少し大きめのサイズといったところだろう。


 ピクニックなどに行くときに、軽食などを詰めてでかけるカバンだ。


 子どもたちはわらわらとカウンターに集まり、籐製のバスケットを興味津々といった表情で眺めている。


 籐製の蓋付きバスケットはまだ新しく、この日のために用意されたのだと誰もが思った。


「リョクラン、後で領収書をちゃんと提出するのよ」

「いえ。臨時収入がありましたので、これは、わたしのポケットマネーで用意しました。コクランはお気になさらずに」

「ちょい、リョクラン……これ、何処で、幾らで購入したの? 言ってくれたら、アタシが格安で作ってあげたのに!」

「子ども用の装備づくりに夢中になっている貴女に発注してたら、納期に間に合わないでしょうが……」


 リョクランは落ち着き払った態度で、リュウフウの抗議を軽くいなす。

 今日の子どもたちの装備を見て、自分の判断は間違っていなかったとリョクランは確信していた。


「このバスケットですが、保存と保持の機能がある魔道具です。一週間、作りたての状態で、食べ物が保存できるそうです。収納ボックスにも収納可能ですので、荷物にはなりません。忘れずにもっていってくださいね」


 リョクランは柔らかい声で子どもたちに語って聞かせる。


「アタシが作ったら、もっと容量が大きくて、保存期間は一ヶ月にできるよ! なんなら、一年保存可能なやつを作ってやれるよ! リョクランは、粗悪品を買わされているんだ!」


 リュウフウが会話に割って入る。

 赤いフサフサ尻尾の毛が、怒りで軽く逆立っていた。


「ご心配なく。別に、粗悪品でも不良品でもありませんよ。信頼の置ける工房で購入しました」

「アタシの工房以上の工房が、この世にあるはずないじゃん!」


 赤狐族の獣人は牙をむきだし、バンバンと思いっきりカウンターを叩いて抗議するが、リョクランは平然とそれを受け流す。


「困りましたね。ただ機能がベラボーに高ければ、それでよいという単純思考は困ります……」

「リョクラン! それどういう意味よ!」

「いいですか? 目の前に大変残念な大人の見本がありますが、貴方たちは、あのような、視野の狭い大人にはならないでください。迷惑です。本当に、困りますから」


 存在感は薄いが、言うことはなかなかに辛辣である。


 リョクランの話を素直に頷きながら聞いている子どもたちを見て、さらにリュウフウの尻尾が逆立つ。


「ちょっと! リョクラン! 誰が、残念な見本なのよッ!」

「貴方たちは、お昼ごはんをちゃんと食べてくださいね」

「わかった」

「外の世界が珍しくて、夢中になってお昼ごはんを食べ忘れた……なんてことにはならないように。おやつもたくさんいれていますからね」

「お昼ごはんを食べてからおやつですよ? 先におやつを食べてはいけませんよ? ちゃんと食べないと、大きくて立派な大人にはなれませんよ?」


 口うるさい母親のようなセリフに、コクランはひとり呆れ返る。

 子どもたちは真剣だ。

 やんちゃな子どもたちもリョクランの言うことは素直にきく。

 しっかりと餌付けされている。


「……わかった。ありがとう」

「リョクランのおやつは絶品。美味しくいただく」

「がんばって食べて、ボク、みんなみたいに大きくなる」


 ハヤテ、カフウ、セイランの順番で頷く。


 子どもたちの中で最年長になるハヤテがリョクランからバスケットを受け取り、自分の収納ボックスにしまった。


「そろそろ時間だな」


 ギンフウは腕を組み、改めて三人の子どもたちを眺めた。


 先程までのセイランを相手にしていた甘さが一切なくなり、冷徹な表情になる。


 子どもたちは命じられる前に整列し直すと、背筋をピシッと伸ばし、ギンフウから発せられる次の言葉を待つ。


 コクラン、リョクランからも柔らかな表情が抜け落ち、リュウフウは静かに子どもたちから離れた。

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