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2-5.心配は杞憂

 セイランは体内の魔力をうまくコントロールできずに、たびたび熱をだしては寝込んでいる。


 もともと食が細い子どもだったが、熱がでたときはほとんど食べ物を口にすることができず、それも影響して、肉体の成長が遅れがちになっていた。


 一般的な傾向として、魔力の高い人間や種族は、成長や老化のスピードがゆるやかになる傾向にあり、人間であっても老化が止まる者もいる。


 ただし、それは成人して心身ともに落ち着いてからの話だ。


 ギンフウも成人した頃から老化が止まり、見た目と実年齢がくいちがってきている。


 彼の部下たちも全員がそうだった。

 長く生きすぎて、年を数えるのが面倒になり、年齢不詳となってしまった者も大勢いる。


 だが、彼らはみなセイランぐらいの頃は、普通に成長していた。


 セイランの場合は、魔力があまりにも多すぎて、成長の停滞症状が幼い頃から顕著に現れているのだという。

 生きていること自体が奇跡だ。


 三人の子どもの中で、ステータスが一番優れているのはセイランだ。

 可愛くて脆い存在だから溺愛するほどギンフウも生易しい男ではない。その能力を存分に利用するつもりでいる。


 利用するのはまだ数年先だろうが、実際年齢はもちろん、精神年齢もあわせて低く、さらに、あの容姿が加われば、己の目の届くところ……庇護下においておきたいというのが、保護者としてのギンフウの本音だった。

 掌中の珠をそうやすやすと手放したくはない。


 今もこうしてセイランを抱きしめながら、ギンフウは密かにセイランの心変わりを期待していた。


 背中や頭を優しく撫でながら、どのような言葉を使って、セイランの気持ちをかえようか、あれこれと思案する。


 一方的に命令し、閉じ込めるのは簡単だ。

 だが、それはやりたくない。


 兄弟同然で育っているハヤテとカフウが訓練もかねて、外の世界で活動をはじめると、ひとり取り残されたセイランの情緒が不安定になり、魔力のバランスがひどく崩れはじめていたのである。


 このままなにも対策を講じなければ、セイランは魔力を制御しきれずに寝込んでしまうだろう。

 生命を落とす可能性もある、という。


 セイランの調子が悪くなれば、それにひきずられて、他のふたりの子どもも情緒不安定になる。


 それは非常にまずい悪循環であった。


 子どもたちの保護者として、それだけは回避しなければならない。

 それがギンフウの悩みの種となっていた。


 ふたりについていきたい、ふたりと離れたくないと思うのは、子どもとして自然の流れだろう。


「こんな恥ずかしい格好でも、セイランは冒険者ギルドに行くんだな?」

「うん。行くよ!」


 小さいが、はっきりとしたセイランの返事に、ギンフウは軽くため息をつく。


「ギンフウ、大丈夫だ! おれがセイランとカフウをしっかり守るから!」


 ハヤテが明るい声で宣言する。


「セイランはハヤテにぃよりも強い。心配は杞憂」


 カフウが淡々と事実を述べる。


「ギンフウはセイランのことになると、目が曇る。それはよくない傾向。組織のトップとしては致命的」


 遠慮のないカフウの追い打ちに、ギンフウの口がへの字になる。


「……わかった。おまえたちを信じよう」

「やったな! セイラン! 一緒に行けるぞ」

「セイラン、希望がかなってよかった」


 ハヤテとカフウが顔を見合わせ、嬉しそうに笑いあう。


「ありがとう。とうさん!」

「気をつけるんだぞ……」

「うん! とうさん、だいすき!」


 養父から許可がでたことに対して、よほど嬉しかったのか、セイランがさらに強く、ギンフウへと抱きついてくる。


 ギンフウが喜んだのは言うまでもない。


 金髪の美丈夫は極上の笑みを浮かべ、黒髪の少年に頬ずりする。


「ギンフウ……今生の別れでもないのに。ちょっと冒険者ギルドに行って帰ってくるだけでしょ……」


 うちのボスも困ったものよね……。とコクランは呆れ顔で肩をすくめる。


「うううう……ダメ。鼻血がでそう……」


 鼻を両手で包み込んだまま、リュウフウが呟く。だが、目はしっかりとギンフウに固定されている。


 興奮しすぎたのか、セイランの魔力がいきなり大きく膨らみ、魔力が周囲にあふれだす。


「あら。イヤだわ……」

 

 コクランの眉根が寄る。

 カウンターに並べられているグラスがカタカタと音をたてて揺れ、机の上に載せられた椅子がガタガタと音をたてはじめる。


「わわわ……」


 今までカウンターの陰に隠れていたリョクランが慌てて立ち上がり、グラスや酒瓶を並べている棚へと素早く駆け寄る。


 椅子が落ちるのはまだいい。


 だが、グラスは困る。


 中身が入った酒瓶は死守だ。


 リョクランは棚に向かって防御系の魔法を素早くかける。

 

「コラ。セイラン、落ち着け。魔力が暴走しかけているぞ」

「う……うん」

「慌てるな。ゆっくりでいい。無理に抑え込もうとするんじゃないぞ」


 魔力暴走が起こりそうになるたびに、ギンフウは同じ言葉を呪文のようにセイランに繰り返し囁く。


 セイランは何度か大きく深呼吸を繰り返しながら、身体を丸めてギンフウの左胸に耳をあてる。


 ドクドクという、力強いギンフウの鼓動とよく知っている魔力の流れを感じ、それに自分の呼吸と波長を合わせようと集中する。


 背中をトントンと、鼓動と同じ一定のリズムで叩かれているのがわかる。


 セイランは目を閉じ、ギンフウの魔力の流れに自分の魔力をゆっくりと重ねていった。


 暴れかけていた魔力がゆっくりと静かになっていく。


「うん。上手いぞ……」


 遠くで聞こえるギンフウの声が心地よい。


 セイランは相性の良い魔力保持者の魔力にどっぷりと浸かって、意識を相手に委ねる。

 少年の緊張でこわばった口元が緩んだ頃、ずっと続いていた部屋の振動がおさまる。


 グラスと酒瓶を守りきったリョクランは、ほっと胸を撫で下ろした。


「おや? ずいぶん魔力が少ないな。でかける前に少し補充するか……?」


 ギンフウの問いかけに、セイランはコクリと頷く。


「え? ちょ、ちょっと、ギンフウ待ちなさい! ココでそれをやっちゃうのは、お願いだからやめて……」


 というコクランの制止は、ギンフウにあっさりと無視される。


 セイランは首に回している腕に力をこめ、できるだけギンフウに密着する。

 ギンフウも両腕に力を込め、セイランを抱き寄せ、少年の細い首筋に顔を埋める。


 首筋にギンフウの息がかかり、くすぐったそうにセイランが身を捩るが、ギンフウの大きな手のひらが幼い少年を動きを止める。


「それじゃあ……はじめるぞ? 用意はいいな?」

「うん。だいじょうぶだよ」

「いや、よくないわよ! ふたりとも、ココで魔力補充はやめなさぁ……」


 コクランが止めるも間に合わず、ギンフウの中から魔力の気配がぞわりと立ち上がった。


 ギンフウのひとつしかない黄金色の瞳が爛々と輝き、周囲の空気の色が変化する。


 その質量に圧倒され、魔力補充を行っている本人たち以外は、立っていることができずに、ひとり、ふたりと、呻きながら床に膝をついていく。


「さいあく……」

「おい、カフウ! しっかりしろ!」


 へなへなと崩れ落ちるカフウをハヤテが慌てて支えようとするが、自分も一緒になって床の上に尻餅をつく。


「うううぅ。き、気持ち悪い……。徹夜明けに、ボスのこの魔力はキッツ――」


 という言葉を残して、パタリとリュウフウが力尽きて床の上に倒れ込む。


「ちょっ、リュウフウが気絶しちゃったじゃない!」


 やりすぎよっ! とコクランが叫ぶ。

 巨大すぎる魔力にあてられて魔力酔いを起こして苦しんでいる部下たちの姿は、ギンフウの目に入らない。


 ただひたすら、己の体内をめぐる魔力を高め、練り込み、圧縮させることだけを考える。


 魔力がよい具合になった頃を見計らって、ギンフウはセイランの細い首筋へと唇を押し当てる。


 セイランの身体が大きく震えたあと、形の良い口から吐息が漏れた。


 ギンフウの魔力がセイランの体内へと流れ込み、冷たかった少年の体温がじんわりと暖かくなっていく。


 セイランの弱々しかった鼓動が、徐々に強さを取り戻していくのを感じる。

 消えそうだった魔力の流れに力が戻り、ギンフウの魔力に呼応するかのように、セイランの魔力も高まっていく。


 魔力相性が悪い者同士が、これをやると反発しあうだけで、最悪の場合はお互いを傷つけ合うことになる。

 だが、魔力の相性がよければよいほど、互いの魔力が高まり、その心地よさに互いが酔いしれる。

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