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2-4.ボクは男の子なのに……?

 リュウフウの次は自分たちだろ、とでも言いたげに、子どもたちがギンフウを見上げる。


「なぁ、ギンフウ……。おれの装備はどうだ?」

「ああ。ハヤテは、なにを着てもカッコいいな」

「わたしは?」

「カフウはどこからどう見ても、立派な魔術師にみえる。完璧だ」

「……ボク……は?」

「うん。セイランの格好は、すごく似合っているぞ。リュウフウ渾身の作品だな。……ただ、外に出るときは、前髪は必ず下ろしておくように」


 ギンフウの言葉に、セイランは小さく頷くと、前髪をとめていた髪飾りを外す。

 長い前髪がふわりと動き、瞬く間に少女の美しい容貌を隠してしまった。


「え――っ。もったいない」


 という、リュウフウとコクランの声が重なって聞こえたが、ギンフウは無視する。


 前髪の位置を手で整えながら、セイランはギンフウを見上げた。


「とうさん、あのね……コレはね……女の子……のカッコウだよ……?」

「うん。女の子が好むデザインだよな。五十人に聞いたら、四十九人は間違いなく、女の子だと答えるだろう。びっくりするくらい、とても似合っている。惚れ直したぞ」


 ギンフウは微妙な数字を真剣な顔で言うと、不満げなセイランをひょいと抱き上げた。

 小柄で華奢な少年は羽根のように軽い。


「ボクは男の子なのに……?」


 前髪で隠れてしまったが、セイランの黒い瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。


 納得できない、とブツブツと呟いているセイランに、ギンフウは頬をよせて、耳元で優しく囁く。


「そういえば、セイランとのおはようのキスがまだだったな?」


 と言いながら、左右の頬に「チュッ」とわざと大きな音をたててキスをする。


 セイランもそれに応えるように、左右の頬におはようのキスを返す。

 そして、そのままセイランは父親の首に両腕を回し、甘えるようにべったりとギンフウにくっついた。


「スカートってスースーする。ボクは男の子なのに……」


 「どうして」「なんで」「はずかしい……」という恨めしげな呟きが、次から次へとセイランの口からあふれでてくる。


 こういう展開になることは予測していたのか、ギンフウは慌てることなく、セイランの文句を黙って聞きつづける。


 子どもの語彙力が尽き果てるころ、セイランは「とうさんはいじわるだ」と最後の言葉と一緒に、ギンフウ胸の中に顔をうずめ、そのまま動かなくなった。


「……セイランは……本当に、甘えたさんだなぁ……」


 いくつもの視線がギンフウへと向けられているが、金髪の美丈夫は気にすることなく、とろけたような笑みを浮かべる。


「なん……」

「ふぅっ……」

「あああっつ!」


 ギンフウのめったに見せない極上の微笑みに、コクランは手にしていた銀の煙管を思わず取り落としてしまった。


 リョクランはグラスを胸に抱えて嘆息し、顔を真っ赤にしたリュウフウは鼻を抑えて床にしゃがみ込む。


 子どもたちはそんな大人たちの奇妙な行動を、冷めた目で眺めていた。


 自分の不用意な笑みに狼狽える周囲の様子は把握していたが、ギンフウは気にする風もなく、セイランに甘い眼差しを注ぐ。


 手で鼻を抑えながら「ぼ、ボスの貴重な微笑。眼福……これで十日は寝ずに作業ができる」とリュウフウがはぁはぁと悶絶しながら喘いでいる。


 カウンターにいたリョクランの姿が見えない。おそらく、この状況に耐えきれず、一連のやり取りが終わるまで、カウンターの陰に身を潜めることにしたのだろう。


 免疫があり、訓練された部下たちだからこうしてギンフウの微笑にも耐えることができるが、妙齢の一般女性がこれを見たら、間違いなく気を失う者が続出するというレベルだ。


 ギンフウは微笑みを浮かべながら、セイランの額にキスを落とす。


 長い前髪の隙間から、恨めしそうな黒い瞳がギンフウを見上げている。


 その視線を振り切るように、ギンフウはセイランを抱く腕に力をこめた。

 腕に抱き上げた養い子の柔らかな温もりと、凜とした魔力が放つ甘い香りを存分に堪能する。


 一番幼く、病弱なセイランは、庇護欲をそそられる存在のようで、周囲の大人たちはセイランを大切に扱い、無条件でかわいがっていた。


 なので、ほかのふたりに比べると、甘えがあり、わがままなところがある。


 だが、幼いセイランのわがままは、非常に可愛らしい。

 目に入れても痛くないくらいに愛おしくて、いじらしいほど健気だ。


 今も色々と恨みごとを言われたが、決して「とうさんなんて、だいっきいらいだ!」というような、ギンフウを拒絶するような言葉は一切なかった。


 そのことがギンフウには嬉しくて、嬉しくてたまらない。己の感情をあらわにすることを控えているが、セイランのこととなると、自制がきかなくなり、知らず知らずに口元が緩んでしまう。


 不服そうなセイランの視線も、自分だけに注がれるものであって、これは父親としての特権だ。この関係に、他者の介入は絶対に許さない。


 他人が入り込める隙間など、ほんの少しも作るつもりはなかった。


 できることなら、このままずっと永遠に甘やかして、セイランを自分の手の内におさめておきたい……。


 花のように慈しみ育てて、珠のように磨き、誰の目にも触れさすことなく、大切に、大切に、すべての存在から隠しておきたい。

 セイランにはそれだけの価値がある。


 誰にも渡したくない……。

 誰にも……。


 ギンフウがセイランを溺愛する程度で、彼が率いる組織『深淵』が揺らぐことはないが、部下を率いる長としての立場がある。


 子離れ……セイランを手放すことができないギンフウに、コクランの責めるような視線が突き刺さってくる。


「……セイランがいくら甘えても、ウルウルしても、決定事項は決定事項だ。決定事項は覆らない。この恰好が嫌なら、セイランの冒険者登録は、もう少し大きくなってからにしよう。今日の外出は中止だ。中止にしよう」

「いや! いやだっ! ……みんなといっしょがいい……」


 反射的に答えると、セイランはギンフウにぎゅっとしがみつく。

 一緒に育ってきたハヤテ、カフウと共に冒険者になることを強く望んだのはセイラン本人だ。


 駄々をこねるセイランの背中をさすりながら、ギンフウの表情がだんだんと渋いものにかわっていく。


 よほど渋い顔をしていたのか、コクランがわざとらしく咳払いをする。


 みなの手前、ギンフウは口にこそださなかったが、三人の中では最年少で、さらに成長の遅いセイランを、今のタイミングで外の世界に出すのは、かなりの抵抗を感じていた。


 面と向かって「まだはやい」と反対意見を述べた部下もいるので、決して、自分だけのワガママではない。


 ギンフウが溺愛しているセイランは、今年で八歳。


 冒険者登録ができるのは十歳からだ。


 規定では十歳となっているが、それは地方の冒険者ギルドが、収入が必要な家庭に向けて、薬草採取など比較的安全な仕事を少年少女に斡旋するために設定した年齢だ。

 貧しい家庭が口減らしのために子どもたちを奴隷として売ることを少しでも減らそうという想いから制定されたものだ。


 現実的な観点からすれば、冒険者登録は十二、三歳くらい、生存率をあげるのなら、十五くらいがよいとギンフウは考えている。


 まあ、ギンフウの目の前にいるちびっ子たちは、ギンフウが五年の歳月をかけて手ずから育て、優秀な部下たちが鍛えに鍛えた子どもたちだ。

 冒険者として十二分にやっていける技は叩き込んでいる。


 『通常』という枠におさまりきらない、いびつな生い立ちをもつ子どもたちだ。

 身内贔屓ではなく、真面目にそこらの大人たちよりも強い。


 であったとしても、セイランはとても小柄な子どもだった。実際の年齢よりも二、三歳は幼く見える。

 五歳児と判断されてもおかしくない体格と容姿をしていた。

 誤魔化すこと自体に無理がある。


 医術に詳しい者の見立てでは、セイランは魔力に関する数値が、人並外れて異常に高い。

 それはヒトとしてはありえない、歪められた状態だという。

 例えるのなら、呪いのように枷となって、肉体の成長に影響がでているというのだ。

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