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2-3.絶対大丈夫はないんですッ!

 リュウフウの言葉をバッサリと遮り、コクランは手に持つ煙管の先端を赤狐族の獣人へと向ける。


 子どもたちがリュウフウの勢いに、若干引き気味になっているが、リュウフウ本人は気づいていない。

 これはいわゆる、睡眠不足からくるナチュラルハイ状態だ。


 リュウフウは目をパチクリさせながらも、素直にコクランの質問に答えた。


「えっと……。オーダー頂いてから寝てませんが?」


 無邪気なまでに素直な返答に、コクランは目眩を覚えて軽く目を閉じる。


「一週間ね……」


 睡眠からしてそういう状態なのだから、どうせ、ろくなものは食べていないだろう。


 ジャンクなフードを食べまくり、闇ルートで手に入れた、二十四時間働ける変な薬をがぶがぶと飲んでいそうだ。


 さきほどからリュウフウは声高に「最高傑作」を連呼している。


「リュウフウ……ちょっと、頑張りすぎかしら?」


 コクランはやんわりとした口調で、リュウフウの不摂生をとがめる。


「だって、金に糸目はつけないって言われたら、寝てらんないじゃないっすかッ! 必要経費申請し放題ですよ!」


 リュウフウが拳を握りしめて、力強くコクランに反論する。


(予算設定しなかったんですね……)


 ふたりのやりとりを聞いていたリョクランの目が、焦点を失ってふっと遠くなる。


 予算は気にするなと言われれば、リュウフウの気合も入るだろう。いや、入らないほうがおかしい。

 暗に「暴走しろ」といっているようなものだ、とリョクランは思った。


 ボスは絶対にそういう指示はださない人だから、コクランの仕業に違いない。

 

「……ということは……弟子たちにも、貴女のワガママにつきあわせたんでしょ?」

「もちろん! みんな、喜んで、睡眠時間を捧げましたよっ!」

「…………」

「だって、どんだけ頑張ったって、研究開発に終わりはないんですッ。絶対大丈夫はないんですッ! アタシはみんなの生命を預かってるんですよ。手抜きや妥協なんて、全然、出来ないっすッよ!」


 リュウフウの発言に室内の空気が凍りつく。


 コクランの緑の瞳に、ふっと憂いの色がにじみでた。

 リョクランは顔を伏せると、黙ってグラスを磨きはじめる。


 大人たちの変化に、子どもたちが驚いた顔をする。


 後方勤務だったリュウフウの心を縛っているのは、戻ってこなかった仲間たちに対する『後悔』だ。


 もっと、もっと、自分が攻撃力のある武器、防御力のある防具、魔を跳ね返す護符を作ることができていれば……。


 そさえ渡していれば、『あの日に帰ってこなかった仲間たち』は生還しており、今もここで肩を組んで笑い合っていた……かもしれない……。


 という淡い『幻想』に、リュウフウは未だにとらわれている。


 仲間が任務の途中で生命を失ったのは、リュウフウの責任ではない。

 それは誰もが知っている。

 誰もリュウフウを責めることはしなかったし、これからもそれはない。


 だが、皆が許しても、装備担当者だったリュウフウが己を許せないのだ。


 もうこれ以上、誰も失いたくない。という『恐怖』。


 『後悔』と『幻想』と『恐怖』が、リュウフウを苦しめ、駆り立てている。


 その気持ちに感化されたのか、コクランの心に鈍い痛みが走る。


 しかし、そのほろ苦い感情は表にはださない。リュウフウがそうされることを望んでいないからだ。


 コクランの心の動きを語るかのように、手にした銀の長い煙管が、ゆらゆらと左右に揺れ動く。

 火のついていないコクランの煙管が虚空に不思議な軌跡を残し、一同の視線を集めた。


「リュウフウ……無理させてゴメンナサイね」


 コクランは嫣然とした微笑みを浮かべ、一週間、寝ずにがんばったリュウフウを労う。


「これがアタシの仕事っすからね! 万全には万全を重ねるっすよ!」

「そうね。信頼してるわ。でもね、体調管理ができてこそ、よい仕事ができるのよ」

「そんなことくらい、わかってますよ!」


 リュウフウは胸をたたき、コクランに向かってにかっと笑ってみせる。


 目の下のクマさえなければ、爽やかなとてもいい笑顔だった。


「お――。なんだか、朝からずいぶん賑やかだな?」


 突然、頭上から低い男性の声が降ってきた。

 一同の視線が自然と上を向き、階段へと集中する。


 金髪長身の美丈夫が悠然と現れ、階段を降りはじめる。


 尊大ともとれる彼の動きは肉食動物のようにしなやかで、とても静かだ。床の軋む音も、靴音も聞こえない。


 男の流れるような無駄のない動きは、優雅で自信に満ち溢れている。


 輝くような黄金色の髪は、肩より少し長いくらいで、無造作に後ろで一つにまとめられていた。

 左の目から頬にかけてある、大きな傷跡が、なによりも印象深い。この傷が、この男の魅力をさらにひきたてている。


 開いている右の瞳は、髪と同じ黄金色だった。


「ボスーうっ! 久しぶりっす!」


 リュウフウがぴょんぴょん飛び跳ね、嬉そうに両手をあげてぶんぶん振りまわした。


 よほど嬉しいのか、尻尾がすごい勢いで左右に動いている。


 尻尾は雄弁だ。


「リュウフウは、いつも元気だな……」

「ボスは、いつ見ても男前っすね!」


 リュウフウとのやりとりに苦笑いを浮かべながら、ボスと呼ばれた美丈夫は、カウンターの前……コクランの隣に並び立った。


 と、子どもたちの顔に緊張が走り、背筋がぴしっと伸びる。


「ギンフウが階下に降りてくるなんて……珍しいこともあるのね? 長生きはするものねぇ――」

「今日は珍しいことがあるから、降りてきただけさ」


 ギンフウはコクランの嫌味を軽く受け流す。


 リュウフウがボスと呼び、コクランがギンフウと呼んだ美丈夫は、飾り気のない白い光沢のあるシャツと、黒のズボンというシンプルな出で立ちだ。


 派手な容貌に反して、格好は質素なのに、溢れ出る雰囲気は眩しく、圧倒的で、目が離せなくなる。


 稀代の芸術家が丹精込めて作成した最高傑作の彫像に、生命が宿ったかのような存在だ。


 均整のとれた見事な身体つきだというのがシャツの上からでも簡単に予測できる。

 全身から壮絶ともいえるくらいの、男の色香と気品がにじみでていた。


「ん? ん、ん? なんだ? どういうことだ? オレのオーダーと……かなり……違う仕上がりになっているようだが?」


 カウンター前に並ぶ子どもたちの姿をひとめ見るなり、ギンフウは不思議そうに首を傾ける。


 ギンフウは説明を求めるかのように、コクランに視線を送った。


「えっ……ええ、えっ。まあ、ちょっと、お互いがんばりすぎちゃってねぇ……」


 誤魔化すように煙管をゆらゆら動かしながら、コクランが顔をひきつらせながら返答する。


 それだけで、ギンフウもおおよその事情は察したようだ。

 彼の口元に諦めめいた苦笑がにじむ。


 コクランとギンフウのふたりが並ぶと、威圧感がはんぱない。

 薄暗い場末の酒場が、ふたりが並んで立つだけで、なんだかキラキラした眩しい場所に変化する。


 もともと影の薄いバーテンダーなど、カスミのようだ。

 消える寸前にまで存在感がなくなる。

 

「まぁ……できてしまったものは仕方がないか。それにしても、一週間でよくここまで作れたなあ」


 ギンフウは「おまえたちはいつもよくやってくれている」と言いながら、リュウフウの頭をぽんぽんと、軽く叩くように撫でる。


 彼女が喜ぶ耳の後ろを、指を使って撫でてやるのも忘れない。


「えへへ……」


 ボスに褒められたのが嬉しいのか、今日、一番の笑顔をリュウフウは浮かべた。


(おとがめなしですか……)


 こんなに簡単にリュウフウの暴走を許していいのだろうか。と、リョクランはグラスを磨きながら、ひっそりと心のなかで呟いていた。


 リュウフウをあまり煽らないで欲しいと思うが、控えめな性格のリョクランは沈黙を貫く。

 ボスに意見するのは別の者の仕事だ。


 リョクランはただ黙って決定事項と命令に従う。寡黙なバーテンダーとして、酒場で起こる出来事を静かに見守るだけである。

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