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2-2.世間に知られたら、非常に不味い装備です

「どうかな?」

「似合ってる?」

「…………なんで、ボクだけ……」

 

 赤髪の少年ハヤテは、得意げに。


 ハーフエルフの少女カフウは、ちょっと恥ずかしそうにしながら。


 黒髪の少女セイランは、憮然とした面持ちで……。


「あーら、よく似合ってるじゃない。ハヤテ、カフウ、セイラン……とっても、とっても、素敵よ」


 あまりの可愛さに、思わず拍手しかけたが、ご機嫌斜めなセイランが視界に入ってきたので、それは自制する。


 切れ長の美しい目を細めながら、「ホント、ものすごく……カワイイわね」と褒めちぎりながら、コクランは三人に等しい笑みを向けるのも忘れない。


 彼女のボスがひとりの子を偏愛するぶん、コクランは三人を等しく扱おうと決めていた。


「……ボクのも?」


 黒髪の美少女セイランが、不安と不満をごちゃ混ぜにしたような目で、妖艶な酒場のマダムを見上げる。


 魅惑の瞳に一瞬だけ意識を奪われそうになりながらも、コクランは気力をふりしぼり、なにごともないかのように構える。


「え……ええ。セイランのが一番、似合っているわよ。びっくりしちゃったわっ」


(ど、ど、どういうことなの! なにこれ? び、び、びっくりするに決まってるわよ! ちょ、ちょっとこれ……リュウフウってば、いくらなんでも、やりすぎよ。少しは自重しなさいよ! どうするつもりよ! 子どもの装備に、こんなにガチで挑んでどうするのよ! 過剰装備よ!)


 子どもたちの装備を用意したリュウフウに、心のなかでめいいっぱい悪態をつきながらも、コクランは大人の女性として、ボスの右腕として、この場の責任者として、表面上は平然と構える。


 成熟した女として、ふさわしい態度を選択するのだ。

 あくまでも優雅に、かぎりなく妖艶にふるまう。


 コクランと名乗る酒場のマダムは、金の髪、緑の瞳のグラマラスなエルフの女性だった。濡れた赤い唇がとても官能的で、ヒトを魅了して誘惑する。


 輝く金の髪を優雅にまとめあげ、己の魅力を最大限に引き出すスリットの入ったドレスに、魔獣のファーストールを優雅に身にまとっている。


 暗い室内であっても、彼女だけが特異な存在として、周囲に輝きを放っていた。

 コクランは女帝のごとくこの場を支配し、君臨している。


 成熟した仕草は妖艶で、一挙一動が完成されたオトナの女性。

 魔導具一筋のリュウフウとは、対極に位置する女性だった。


「セイランってば、うっとりしちゃうくらい、似合っているわよ。素敵ねぇ」


 フフフ……と大人の余裕をみせつける笑みを零しながら、コクランはセイランを嘘偽りなく――本当のことだから――心から大絶賛する。


 ただし、真実が必ずしも、黒髪の美少女が求めている言葉であるとは限らない。


 というか、セイランはこの服装に関して、かなりご不満なようである。


 形の良い眉がへにょんと下がり、小さな桜色の唇が不満と戦っているかのように、きゅっととがっている。


 もともと、物静かな子どもだが、今日はさらに元気がない。


 しかし、本人がどう思っていようとも、望んでいなくとも、あと十年もすれば、セイランは数多の男を虜にして、彼らの人生を狂わす存在へと成長するだろう。


 それをだれもが感じ取っているからこそ、このような衣装が用意されてしまったのだ。


 決して手違いでも間違いでもない。


 意図した結果だ。


 ニンゲンの成長は早い。

 だが、例外もあった。

 強力な魔力を持って産まれたニンゲンは、普通のヒトとは違って、ある程度の年齢になると成長がゆるやかになり、寿命も長くなる。


 魔力が多いセイランは普通の子どもよりも成長が遅い。

 誰よりもゆっくりしている。


 おそらく、一定の年齢に達して魔力が安定すれば、老化も止まるだろう。もしかしたら、エルフ並に生きるかもしれない。


 セイランの成長は、退屈な時間を生きるエルフには楽しみでもあり、セイランを軸として、これから繰り広げられるであろうニンゲンたちの愛憎劇について想いを馳せると、胸が高鳴ると同時に、恐ろしくもあった……。


 不満そうな少女の目が、マダムの隣に立つバーテンダーのリョクランへと移った。


「…………」


 部外者を決め込んでいた自分にも感想を求められていると悟り、リョクランは慌てて口を開く。もう少しで手にしていたグラスを取り落とすところであった。


「はい。セイランは似合って当然とも言えますが……」


 そこでいったん言葉を区切り、子どもたちの隣で得意げな顔をしているリュウフウを軽く睨む。


「ハヤテもカフウも……とても……ものすごく似合っていますよ。三人とも、立派な冒険者ですね。……まあ……若干……いや、かなり……装備に施されている付与関連が、とてつもなくオーバーキルのような気もしますが……」


 リョクランは呆れた、とでもいいたげに肩をすくめた。


「リョクラン、ボクの服、おかしくない?」

「いいえ、ぜんぜん、おかしくないですよ? セイラン、自信をもってください。恥ずかしがる必要など、これっぽっちもありません。ものすごく、ものすごく、とてつもなく似合っています。これ以上ないくらい、似合っていますよ?」


 リョクランの返事に、セイランはがっくりと肩を落とし、うなだれてしまった。


 誰かひとりくらい、自分の意見に賛同してくれてもいいのに……と、思っているのだろう。


 隣りにいたカフウが心配そうに、セイランの顔をのぞきこんでいる。


「でしょー? でしょー? めっちゃ、自信作! アタシの持てる知識と技能をめっちゃ凝縮しました! これはどこに出しても、誰に見せても、恥ずかしくない仕上がりっすッ!」


 褒められた子どもたち本人よりも、この衣装を用意した作業着姿のリュウフウの方が嬉しそうだった。


(いや、コレ、世間に知られたら、非常に不味い装備です……よ……ね……?)


 リョクランは、磨き終わったグラスを棚に戻し、リュウフウをため息混じりに睨みつけた。


 胸を張って自慢しているリュウフウには悪いが、リョクランの記憶では、駆け出し冒険者は、薬草摘みとモブなゴブリンの退治しかできなかったはずだ。

 それ以上の行動は、危険行為として禁止されている。


 一体、敵になにを想定したら、ここまでの過剰装備になるのか……。


(この子たちに、ドラゴン退治でもさせるつもりなのでしょうか……)


 真面目に考えれば、考えるほど、リョクランの頭は痛くなる。


 リュウフウの常識を疑いたくなる。いや、そもそもリュウフウに常識を求めるのが間違いなのだ……。


 リョクランのため息が止まらない。


 リュウフウの暴走は、今日が初めてではない。とはいえ、これはかなりすごい状況だった。


 はたして、この状態で、この子たちを外にだしてよいものか……リョクランはふと考えてしまう。


 装備も規格外だが、身につけている者たちも規格外だ。


 その相乗効果を考えると、手が勝手に震えてくる。


 コクランが止める様子もないので、このまま子どもたちは外に放たれるのだろう。


(色々な意味で危険すぎる……)


 このメンバーに良識と常識を求めるのは最初から無理な話だ。でも、今回ばかりは、世間一般の良識と常識とやらを参考にした方がよいのではないだろうか……。


 リョクランの見立てでは、子どもたちの過剰装備には、偽装の回路も忘れずにしっかりと埋め込まれている。


 なので、腕の良い職人が見ても、普通の装備にしか見えない。そうやすやすと看破されることはないだろう。

 鑑定阻害の回路も組み込まれている。


 偽装に使われている回路のひとつをとっても、ただごとではない。


 理論上としては認知されているが、実用に関しては、研究開発中の技術だ。

 いわゆる、まだ誰も実装に成功していない回路である。


 それらの未知な回路が、惜しげもなく、矛盾も解消されたうえで、ものすごく巧妙に組み込まれているのだ。


 ある意味、子どもたちはリュウフウの実験体、モニターなのだろう。

 だとしたら、被験者は慎重に選んで欲しい。


 リュウフウは身だしなみに関連する感度と金銭感覚は残念な獣人だが、魔道具の開発と製作においては、神業レベルの持ち主だ。


 そんな国宝級レベルの装備を、惜しげもなく子どもに与えているなど、帝国の上層部が知ったら大騒ぎになる。

 今の時点では、帝国とのトラブルは極力避けたい。自分たちが率先して、トラブルの火種を撒き散らすなど、もってのほかだ。


 リョクランの心配をよそに、赤狐族の獣人は興奮気味に言葉をつづける。


「ホラ、みてくださいよ! ここの仕様! この相反する回路を同時に発動させるのに……」

「リュウフウ、全部聞かなくても、この装備の素晴らしさは余すこと無く伝わったわ……」

「……もう伝わっちゃいました?」

「ええ。一瞬でわかっちゃったから。なかなかの仕上がりに驚いたわ。ところで、貴女はいつから寝てないの?」

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