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1-9.その最強たる第十三騎士団の力をもってしても

「あの信号弾は、フォルティアナ帝国の騎士団が使う特別なモノだ」

「帝国騎士団が……」


 旦那さまの淡々とした説明に、ギルは納得したように小さく頷いた。


 帝国の騎士団が使うものなら、あの規模の信号弾がこの世に存在していてもなんら不思議ではない。


 あの大きさの光の柱なら、フォルティアナ帝国内のどこで打ち上げても、瞬時に発見することができるだろう。


「あの光の柱は、フォルティアナ帝国の『最も尊き御方』に凶事を知らせる狼煙だ」

「凶事?」


 少年たちは再び光の柱へと視線を向ける。


「そうだ。あの色の組み合わせは、わたしも初めてみるが……」


 旦那さまはすっと左腕を上げて、光の柱の方を指さす。


 白銀。

 黒い赤。

 黄色と緑の螺旋。


 三つの光が重なって柱となっている。


「黄色と緑の螺旋は……撤退」


 事実だけを告げる低い男の声が、フィリアとギルの心に響く。


「黒い赤は……全滅」


「え……っ?」

「ぜ、ぜんめつ……?」


 少年たちは目を凝らし、光の柱をくいいるように見つめなおす。


 大陸で最強を誇る帝国の騎士団が全滅するなど、信じられなかった。


 帝都で暮らしていると、騎士団の軍行や凱旋に遭遇する機会も多い。帝都の警備も騎士団が指揮をとっている。


 どの騎士団もとても威厳に満ち、強そうな集団だった。


 帝都の人々が話していたが、騎士団に入団するには厳しい試験と審査があり、入団後も常に過酷な訓練と教育が行われているという。


 帝国騎士団は、帝国を守護する絶対的な存在として君臨している。


 それが全滅するなど……。


 だが、生真面目な旦那さまが嘘を言っているとは思えなかった。


 一刻も早く、なにをおいても、どこにいようとも、確実に帝国の最も尊き御方――皇帝――へと知らせなければならないこと……。


 残酷な現実に、フィリアは身体を震わせる。


 一体、あの場所でどれだけの生命が失われたというのだろうか。


 フィリアの隣では、ギルが死者を弔う祈りのコトバをそっと呟いている。 


「そして……白銀は……」


 そこで一旦、旦那さまは言葉を区切ると、軽く目を伏せた。


「……白銀は……第十三騎士団……」


「十三?」

「帝国の騎士団の数は十二ですよ?」


 少年たちの素朴な疑問に、旦那さまは軽く頷き返す。


「そうだな。フォルティアナ帝国の騎士団の数は、十二といわれている。だが、それは表向きの話だ」

「表向き……?」

「そうだ。帝国の建国に最も貢献し、帝国の二千余年の歴史を陰から支えてきたのが、十三番目の騎士団だ」


 旦那さまの表情が歪み、声が苦々しいものになる。


「第十三騎士団はフォルティアナ帝国最強と云われる第一騎士団と対なす存在。第一騎士団と並ぶ強さと権限が与えられている。しかし、第十三騎士団は決して表舞台に出ることはない。帝国の上層のみが知りうる幻の騎士団だ」

「幻の騎士団……?」

「そうだ。第十三騎士団は常に影なる存在として、歴史の裏側から帝国を守護し、支えるという役目を担う……悲しい存在だ」


 ギルの呟きに、旦那さまは微かに、そして悲しそうに笑った。


「ギルは、わたしの話を信じていないな? 嘘だと思うか?」

「あ……いや。べ、別に……。ちょっと、あまり現実味がない話だったから……本当なのかな……って」


 遠回しに信じていないと言っているようなものだ、とフィリアと旦那さまは思ったが、口にはしない。


「第十三騎士団は『騎士ではできぬこと』をするためにあるからな。帝国の闇を全て背負っている。民には絶対に知られてはならぬ影のような存在だ。帝国の光が強まれば強まるほど、影もまたそれに負けぬ強さが必要になる」


 旦那さまの言葉に、フィリアの顔色がさっと変わる。


 騎士ではできぬこと……というのは、おそらく諜報、裏工作といった間諜活動や、暗殺などの闇の仕事のことだろう。

 第十三騎士団は、暗部組織いわゆる隠密のような役割をも担っていたということか。


 そういうことであるのなら、第十三騎士団の存在は明るみになることはないだろう。せいぜいが都市伝説として語られるくらいだ。


「その最強たる第十三騎士団の力をもってしても……かなわなかったか……」


 旦那さまの青い透き通った瞳は、はるか遠くを見ていた。

 光の柱よりも、もっと、もっと遠くのものを見ている目をしていた。


 彼らならば、堕ちた神に弓引ける存在になりうるかとも思ったのだが、やはりヒトの身の分際では無理無謀なコトだったか……と呟く旦那さまの声はとても小さく、悲しみに沈んでいた。


「旦那さま……どうして……どうして……」


 いくらがんばっても次の言葉がでてこない。唇をわなわなと震わせながら、フィリアは逞しい行商人を見上げる。


 第十三騎士団の話が本当のことであるのなら、なぜ、そのことを旦那さまは知っているのだろうか?


 ただの行商人が知っているのは不自然だ。


 そして、なぜ、そのようなことを旦那さまは自分たちに話したのだろうか?


 フィリアは悟る。


 自分が思っていた以上に、フィリアはこの二年の間、行動を共にした行商人を信頼し、慕っていたようだ。

 

 強くて色々なことを教えてくれる保護者のような行商人に、フィリアは見たこともない父親の姿を思い描いていたといってもいい。


 フィリアの中で、なにかがあっけなく壊れ崩れ落ちる。


 日常だと思っていたこと。


 明日も、明後日も……ずっと、ずっと変わらないと思っていたこと。


 それが幻のように、もろくはかなく崩れ去っていく。


 その崩壊は止まりそうにもない。


 目頭がじんわりと熱くなり、景色が滲みはじめ、旦那さまの姿にもやがかかる。


 村はあいかわらず騒がしかったが、今はもうその喧騒は耳に入ってこない。


 光の柱が出現したことによって、フィリアが知っていた行商人は、行商人としての役割を終えようとしていた。


 フィリアの目の前にいる旦那さまは、フィリアが知っている旦那さまではなくなっていた。


 いや、本来の姿へと戻りつつあるのだろう。


 旦那さまは、ヒトではない。


 ヒトを超えた存在であり、ヒトの子には計り知れない役割を担っているモノだ。


 本来であれば、出会うことがなかったヒトだ。


 その考えへと至ったフィリアを、旦那さまは目を細め、満足そうな微笑みで眺めている。


 ヒトの子の成長を悦び、慈しむ目だ。


「フィリア……おまえは、頭の良い聡い子だ。孤児でありながら、それに甘んじることなく、良く知り、良く考え、良く学んだ。ならば、わたしの言葉の意味もわかるよな?」

「嫌です。わかりたくないです」


 フィリアは幼子がするように、いやいやと首を左右に振る。

 その拍子に、フィリアの両目からは大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。


「フィリア……旦那さま……?」


 いきなり泣き始めたフィリアに、ギルは目を大きく見開き硬直する。


「ふたりして、なにを話しているんだ?」

「ギル、別れのときがきたようだ」

「え? ええええっ? いきなり? 旦那さま、それって、どういう意味ですか?」


 話の展開にひとりついていけてないギルは、説明を求めて相棒の方へと視線を向ける。


 しかし、いつもは頼りになる相棒は、幼子のように泣きじゃくっているだけだ。


「嫌です。ぼくは、もっと、旦那さまと一緒に旅がしたいです! まだまだたくさんのことを教えてほしいです。世界のことをもっと知りたいです。もっと、もっと」


 フィリアは涙を流しながら、ギルの腕をふりほどき、旦那さまの胸の中へと飛び込んだ。


 旦那さまは全身でフィリアを受け止め、動く左手で少年の頭を優しく撫でる。


「フィリア……。わたしもできることなら、これから先もおまえたちと旅を続けたかった。この二年、おまえたちと行動を共にすることができて、とても楽しかった」

「ぼくもです! ぼくも楽しかったです!」

「わたしには子どもがいないが、おまえたちは我が子のように可愛かったよ」


 フィリアは声をあげて泣いている。


 幼馴染みのその姿にもギルは驚いていた。


 フィリアが人目をはばからずに、あんなに大きな声をあげて泣くのは、何年ぶりのことだろうか。


「わたしとの別れを惜しんでくれるのだな。息子とは、おまえたちのような存在のことをいうのだろう。道中、わたしの奇妙な行動に疑問をいだいたこともあっただろう? ひどい目にもあわせてしまった。それでも、最後までわたしと共に行動してくれて……ありがとう」

「旦那さま! ウソだろ? ここで別れるっていうのか?」


 ようやく話の流れを理解できたギルが旦那さまへとつめよる。


「なんでだよ? 帝都はもうすぐそこじゃないか? 一緒に、帝都の冒険者ギルドに行こうよ!」

「それはできない」

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