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図書室の魚  作者: 秋月カナリア
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 先輩が通っているのは単科大学で、図書館は規模の小さいものだった。建物の一階部分に入っているというので、図書館というより、図書室といったほうが良いのかもしれない。


 入り口は駅の改札のようになっていて、学生証をかざして中に入る。

 ゲートの目の前は洋書の棚がドミノのように並んでいる。通路を挟んで右隣が和書の棚、再び通路があり、閲覧のためのスペースがある。

 閲覧用のテーブルの側には、壁一面の窓があって、大学の庭が見える。


 窓があるほうが明るいし解放感があるけれど、本が痛むのではないだろうか。それとも、何か特殊なガラスが入っていて、本へのダメージがないようになっているのだろうか。


 先輩は入学早々、授業に出るのを諦めて、図書館に篭っていたらしい。

 理由は教えてくれなかった。


 授業に出るわけでもないのに早起きして、開館と同時に図書館に入り、飲食禁止の張り紙を横目に、スターバックスで買ってきたコーヒーを飲むのを日課にしていた。

 図書室には先輩一人きりだったし、受付にもスタッフがいないような時間帯だったから、誰からも咎められることはなかったそうだ。


 本を読んだり、勉強をしたりして過ごし、二限目が終わる前に大学をあとにする。

 二限目が終わるのが12時で、その時間が一番大学に人が集まるのだそうだ。知っている人に会わないように、大学から帰りたいということなのだろう。


 図書室の日本文学の棚の上には天窓があった。棚の前に立つと、ちょうどスポットライトが当たったかのようになる。

 先輩は、その光の中に入るのがお気に入りだった。毎日のことだけれど、少しうきうきした気分になるらしい。

 そして、いつものように棚の一番上から丁寧に書名を見ていく。


 その日は、目の端に何かが映った。

 瞬間的にそちらを見てみたが、何もなかった。でも確かに、そこには無視できない大きさの白い何かがあったのだそうだ。


 そして次の日もまた、何かが見えた。

 それから図書館が開いている日は毎日、同じ時間帯にその場所に立った。

 素早く動いたり、瞬きをしたり、少しでも他に気を取られたりすると消えてしまう白い何か。それが人間の手首から先であるとわかったのは、一週間ほど経ってからだった。

 一度手だと認識すると、不思議なことにそれから後は、あまり苦労せずにその手を見ることができた。ただもちろん、少しでも目を離すと消えてしまうのは変わらなかった。


 その手は毎回、同じ本棚の違う位置に現れた。

 誰かが本を持っていったあとの、ぽっかりと空いた隙間だったり、背の低い本と上の段の横板との間だったり。

 瞬きを我慢して、出来るだけ長く先輩は見ていたそうだ。


 時間帯が違えば、幽霊だと思って怖かったはずだと先輩は言った。でも朝の光の中、ひっそりとたたずむその様は、静かで美しく、ちっとも恐怖を感じなかった。むしろ、代わり映えのしない毎日から非日常へと進むための鍵に思えた。


 そうやってほぼ毎日、図書室へと通う中、すぐ目の前に手が現れた日があったそうだ。

 そのときの手は、珍しく手のひらが上になっていた。

 だから、誘われるように、引き寄せられるように手を伸ばした。そして、その手のひらに自分の手を重ねてしまった。

 体温は感じなかった。

 ゆっくりと指を動かしてその手を握る。

 手はなめらかで、やわらかい。

 小さく動いた気がしたけれど、動いたのは自分だったのかもしれない。

 胸がドキドキした、でも呼吸は止めた。

 一瞬の出来事だった。

 そのあとすぐに、学生が一人先輩の後ろを通り過ぎた。

 繋いでいた手は消えてしまっていた。



「あれは誰か、知っている人の手だったの」


 先輩は天井を見つめてそう言った。


「僕ではなかった」

「そう」

「残念」 


 そう言うと、先輩はこちらを見た。

 僕がそういった冗談を口にするのが珍しかったのだろう。

 笑ってみせると、ワンテンポ遅れて先輩も笑った。

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