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体さがし  作者: 青山獣炭
七日目
67/67

Part3(end)

 彼は土の床に置いてある体に、頭部を持っていった。すっと引き合うように、ひとつになり、首から肩にかけて自然な曲線が生まれた。


 七日間に渡った労苦の成果を、窪原は見続けた。┄┄とうとう右腕だけになった。今日中に見つけてやる、彼は思う。そしたら、現実の世界に戻れる。そして、俺は亜矢香に会うんだ。こんな島なんて、もうまっぴらだ┄┄。


「おめでとうございます。窪原さん。貴方の体は全て揃いました」

 いつの間にか開けっ放しの出入り口に〈導き〉が立っていた。

「まだ右腕が──」

「それはですね。ちょっと申し上げにくいのですが、貴方の右腕はもう無いんです。刺された後、二台目の自動車事故で失われてしまったんです。運悪くタイヤの下敷きになり、ぐしゃぐしゃになって飛散してしまいました。右手は、そのまま残っていますが、単に物体として残っているだけで、何の役にも立たないでしょう」


 〈導き〉の言葉に、窪原は混乱した。思わず右腕と右手を見つめていた。現実の世界に戻ったら、これが無い生活を送ることになるのか。彼は、いとおしむように右腕と右手を動かした。


「その腕は、もう有りませんが、お戻りになりますか?」

「もちろんだ。会いたい人がいるんだ。ひとめだけでも会いたい」

 〈導き〉は初めて笑顔を見せた。ぎこちないが、心の底から笑みを浮かべているような爽やかさがあった。


「さあ、どうぞ外に出てください」

 窪原は、裸で横になっている右腕のない自らを眺めながら、小屋を後にした。

 〈導き〉は、天を指差した。雲ひとつない青空に、ぽつりと白い物体が揺らいでいる。その点のような物体は、少しずつ大きくなり鳥の姿になって、窪原のもとに降り立った。

 人がひとり乗れるくらいの鳥だった。眩しいくらいに白く輝いている。窪原は、この鳥をいつだったか空の中に見たことを思い出した。


「この〈うつし世鳥〉が、あなたを現実の世界に運びます。乗って下さい」

 窪原は、こわごわ鳥に乗った。またがると、生物の熱と脈動が伝わってくる。力強い命のあらわれだった。


 俺はまた生の世界に帰ってゆくんだ、彼は思う。それはともすると、憂鬱な人生になりがちだが、この島よりはずっとましだ。ここは全く地獄そのものだった。人の感情が剥き出しになった世界。常に死への恐怖がまとわりつく世界┄┄。


 〈うつし世鳥〉が、ゆっくりと羽ばたき始めた。鳥は、赤い瞳で中天の太陽を見た。

 やがて、ふわりと舞い上がり、窪原は鳥の背にしっかりと抱きつく。

 〈導き〉と視線が合う。ひょっとしたら、この島で一番人間らしかったのは彼かもしれないと、ふと窪原は思った。感情を出来るだけ排除し、ひたすら職務を遂行する。そういう冷静な人間は現実に確かにいる。


 〈うつし世鳥〉が太陽に近づき、窪原は初めて島の全容を目にした。蟻のように小さい人々が蠢き、虚しい作業に没頭している。この島は永遠に人々の地獄絵図を展開していくのだ。窪原は、この島にはもう二度と来たくはなかった。本当に死ぬ時は、危篤などになることなく、即死してしまうことを願った。


 彼はもう一度、まだある右腕を見つめた。片腕の自分を想像してみる。少し落ち込んだが、戻れないよりはましだった。

 頭が痺れたようになり、次第に意識が遠くなってゆく。



          *



 窪原秀弘は、まぶたを開けた。まず、清潔そうな白い天井が目に入った。天井板には、細かい金色の粒のようなものが、装飾としてまぶされている。彼はその不規則な模様を、しばらく眺めた。

 ベッドに横たわっている。寝ているすぐ左横には、人の背ほどもある金属の棒が立っていて、黄色い液体が入ったプラスチックのボトルが掛かっている。先端から出ている細いチューブが左腕に、つながっている。


 窓から明るい光が射し込んでいる。それは熱を与えてくれる太陽の光だ。

 自動車の通る音がした。雑踏も微かに聞こえる。生活の、社会の音だ。

 生きているのだ、彼は思った。

 鈍痛が体を支配しているが、気分はそれほど悪くない。

 点滴をうたれていない方の腕を、動かしてみる。そこだけ痛みが激しい気がしたからだ。

 動かない。しばらく試みて、もう無いんだということに気付いた。


 窪原の頭に頼子との事件の記憶が、鮮やかに蘇ってきた。どうやら命は取り留めたらしい。

 そういえば、頼子はどうなっただろう、彼は思う。死んだのだろうか。飛び降りて、動かなくなった姿を最後に見た気がするが。

 たとえ生きていたとしても、もう彼女とやり直すつもりは、なかった。もちろん、あんな事件になったのは、自分の責任だ。悪いと思っている。だからといって、頼子との関係をもう一度修復させるというのは無理な話だった。


 亜矢香の顔が思い浮かんできた。もう他の女のことは考えられなかった。亜矢香だけを愛そう。愛していこう。

 車に、はねられてからどのくらいの時間がたったのだろう。何日過ぎたのか。俺はどのくらい眠っていたのか。窪原は次々に自問した。


 部屋は力強い光に満ちていた。生きているという実感が湧いてくる。

 寝ているベッドの頭の方の左側には小さいテーブルがあって、その上に花束が置いてあった。お見舞いの切り花のようだ。濃い青紫色の花びらの中に、彼はカードを見つけた。体を少し起こして、左腕を伸ばし、それを手に取る。


 『亜矢香』という名前が書かれていた。ただ、それだけ書かれていた。メッセージはない。控えめな彼女らしかった。

 懐かしい想いが、胸に満ちた。

 会いたい。会って話がしたい。

 長い葛藤の果てに、ようやく彼女に辿り着いた、窪原はそんな気がした。


                                           

                  (了)


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