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体さがし  作者: 青山獣炭
七日目
65/67

Part1

人の生と死の間に設けられた、この奇妙な島に、また朝が訪れようとしていた。薄暗闇に支配された砂浜や森や丘、中央広場や立ち並ぶ小屋は、まだ夜の静けさを保っている。


 置部にとって、この島に来てから最も酷い時間が、先ほどから流れていた。

 彼はベッドの上で、目を閉じたまま横たわっている。すぐ隣には真菜が居るのを感じている。

 暗鬱な夜明け前だった。置部は出来ることなら、もっと眠っていたかった。なぜなら悪夢の方が、この現状より遥かにましだからだ。


 彼は目を開けるのが恐ろしかった。このまま眠ったふりをしていようか。自分の娘に声を掛けられるまで。

 目を閉じていても、冷たい空気が二人の間に漂っていることは判った。真菜もまた、事実を知ったことは明らかだった。


 随分と長く迷った末、置部は恐る恐る瞼を上げた。

 真菜は上半身だけ起こして呆然としていた。

 ふと置部は、真菜を自分と引き合わせたのは〈導き〉だったことを思い出した。真菜と出会ってから今までの事は、結局は彼の思惑の範疇だったような気がしてきた。置部と真菜は、彼の計画に見事に嵌まってしまったことになる。


 しばらくして、二人は目が合った。しかし、真菜の表情は動かず、その瞳は虚ろだった。唇が震えながら開く。

「わたしは┄┄わたしたちは┄┄」

 もう続かない真菜の言葉に、置部は黙ってうなずいた。


「┄┄でもこれで決心がつきました。今まで、ありがとうございました」

 真菜は、そう言って彼をはらうようにしてベッドから下り、素早く小屋の外に走り出て行った。

「お、おい」

 あっという間の出来事だった。

 置部も慌てて立ち上り、後を追い駆ける。


 小屋を出ると、真菜が、北の海の方角に走り去ってゆく姿が見えた。

 置部は必死になって追い駆けるが、なかなか距離が縮まらない。

 まだ、薄暗い。太陽はまだ昇っていなかった。海に岩の影さえ無ければ、真菜を止めることが出来る。

 彼は、それこそ懸命に走った。


 だが置部は、とうとう最後まで追いつけなかった。

 真菜が泳ぎながら、海に入ってゆく。

 その時、水平線から太陽が現れるのを、置部は見た。

「やめろ! やめるんだ!」

 置部の声も虚しく、小さなしぶきが上り、真菜は岩の影の中に没した。


 ┄┄誰もいない海に、潮騒だけが響いている。

 自分の娘の死を目の当たりにして、彼は金縛りにあったかのように動けなくなってしまった。


 ふと気付くと、かたわらに〈導き〉がいた。

「これが、貴方の懲罰です。多くの人たちを死に追いやろうとしてきた報いです。このような重い懲罰を受けさせるために、時を待って、私は貴方を見逃してきたのです」

「これが┄┄」

 置部は泣き崩れた。自分の娘と交わったあげく、死に追い遣ってしまったのだ。何という懲罰だろう。真菜が罪を犯した訳ではないのに。


 置部は〈導き〉を睨んだ。彼は相変わらずの無表情だった。

「ちきしょう、真菜がいったい何をしたっていうんだ」

 怒りが沸き起こり、思わず置部は〈導き〉の胸ぐらをつかんだ。

「真菜さんですか。真菜さんは五人の人を殺しました」

「人を┄┄」

「かろうじて生き残った一人が危篤になり、この島で現在体をさがしています。まあ真菜さんも、暴走し過ぎて壊滅寸前になっている新興宗教の、愚かな教祖に騙された格好なんですが」


「┄┄だからといって、こんな酷いやり方で、死なせなくてもいいだろう!」

「ご心配なく。真菜さんは、この島に来る前から既に死んでいたのです」

「何だと?」

「毒を飲まれて即死でした」

「何だって? じゃあ、どうしてこの島に」

「殺人を犯して、自らも死んでしまった人は、この島に来て罪を償ってもらう事が稀にあるんです。どんなむごい殺人を犯しても、自分が死ねば全て片が付くというわけではないでしょう。自らの死をもってしても、罪を贖いきれていないと判断された人には、この島に来て体さがしの地獄を味わってもらうわけです。私は真菜さんの死が、置部さんに対して懲罰を課す良い機会だと考えた。だから、貴方と真菜さんを引き合わせたのです。┄┄真菜さんは、いくら体をさがしても、全部は見つからなかったのです。彼女の頭部は、始めからこの島には埋めていないんです。真菜さんが北の海に入ることは必然だったんですよ」


「そんな┄┄」置部は絶句した。と同時に、また新たな怒りが沸き起こってきた。「だいたいお前は、なんなんだ。何の権利があって裁くんだ。僕のしたことは確かに悪い。許されないことだと思う。だからといって、何をしてもいいということにはならないだろう。えっ、言ってみろ。お前は、なんなんだ」

「私ですか。私は単に導くだけ。そんなことは貴方も知っているでしょう。二十年も、この島にいらっしゃるんだから」

「じゃあ、この島はなんだ。なんでこんな島が、存在しているんだ。なんでこんな酷い方法で僕を裁くんだ」

「この島は、人が隠し持っている生死を思う気持ちそのもの。心の奥底で黒い澱のようになって巣くっているもの。森羅万象を排除してでも、自分だけは永遠に生きたいという執着心と、死に対する永遠の慰安という甘やかな期待、そういうもので出来上がっているんです。その思いが、置部さんの場合は、こう裁けと命じたのです。┄┄でも貴方だって、この島を存在させている一人なんですよ」

 最後の言葉に、置部は力が抜けて〈導き〉から手を離した。


 〈導き〉は何事もなかったように、いつもの無表情のまま彼の許から去った。

 置部は慟哭した。自分が犯した罪と、世界の非情さに耐え切れずに。


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