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体さがし  作者: 青山獣炭
六日目
61/67

Part6

「わたし、黒川っていうの。あなたと同じ工場で働いているのよ。よろしく」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「いっしょに戻れると、いいわね」

「ええ┄┄そうですね」

 そっけない真菜の態度に、打ち解けないものを感じたのか、黒川と名乗る女は二人の側を離れて、元居た場所に戻って行った。


「置部さん。やっぱり、ここ、後にしてもらってもいいですか?」真菜は言った。

 女がなお、土をいじって体さがしをしながら、ちらちらと二人の方に視線を向けている。

「いいですよ。ところで、さっき┄┄」

「さっき?」

「どうして嘘なんか」

 真菜の顔が、曇る。

「ごめんなさい。わけがあるんです」

 そう言われて置部は、これ以上追及する気になれなかった。


 二人は踵を返した。橋の横側にあるロープに手を掛けて、ほとんど並びながら足を進める。

 橋に揺られながら、少し歩くと、真菜の表情が一瞬崩れた。

 置部は、その表情を見逃さなかった。

「今、痛みが走ったでしょう」彼は言った。

「┄┄いいえ」

 また嘘をついていると、置部は思った。

「そこを掘ってみましょう」


 彼は跪いて、真菜の足元を掘り始めた。吊り橋が揺れているので、狙った所にスコップを突き立てることが、なかなかできない。

「あの┄┄やめてください。いいですから」

 真菜の言葉が聞こえていないかのように、置部は掘り続ける。


 いつもよりは大きめの穴になり、時間はかなり掛かったが、彼女の左腕を何とか置部は見つけることができた。

 彼は笑顔を浮かべながら、真菜に左腕を渡した。

「わたしのが見つかるなんて┄┄」

「あとは頭だけですね。海辺の洞窟に、今から行きましょう。そこは、必ず頭が埋まってますから、すぐに見つかると思いますよ。きっと今日中には、現実の世界に帰れます」

「いえ。置部さんのを、先にさがしましょう」

「何を言ってるんですか」

「考えたいんです。わたしが帰るべき人間なのかどうか」


「┄┄やっぱり、昨夜の夢の影響ですか」

「そうです┄┄」

 よほど酷い夢だったのだろう。置部は、その夢の内容を聞き出したい衝動に駆られたが、今すぐに彼女を刺激するのは、まずいと思った。知るのが、だんだん怖くなってきてもいた。真菜の陥っている迷いに対して、適切な答えをする自信もなかった。


 置部は再び跪いて、穴の周りに出来た小山を崩し、地面を平たいものに戻し始めた。真菜もそれを手伝う。ただでさえ歩きづらく危険なこの橋においては、そうすることがマナーであることを置部は知っていた。



          *



 時が移ろい、今日もまた、島に夕暮れが迫りつつあった。

 窪原は、広場へと続く上り坂を、右腕に意識を集中しながら、ゆっくりと歩いていた。自分の右腕が埋まっていないかどうか一歩一歩確かめるように。集中が途切れると、振り返って遠くの海をしばし眺めた。


 朝のうちに五つの左手を、彼は何とか森に返した。完璧に元有った場所とは言い難かったが、正確な場所など、もう分かるはずもなく、ある程度妥協して左手らを埋め戻した。


 そして彼は記憶を必死に辿りながら、島中を全速力で走り回って体を集め続けた。

 体は順調に見つかり、それらを三度に渡り小屋に運んで、いよいよ頭と右腕だけになっていた。あとは右腕さえ見つけることが出来れば、頭部の目星は付いているのだから、おそらく現実の世界に帰れるだろう、窪原はそう考えていた。


 復元された体を、小屋でゆっくりと眺めるのもそこそこにして、彼は右腕をさがして島中を、あてもなく歩いていた。しかし、右腕は、まだ見つからない。


 窪原は、先ほどから現実に帰れるのではないかという大きな希望に胸が高鳴っていた。亜矢香の顔が、浮かんでは消える。ともすれば、彼女の事を考えていたりする。大切な時なのに集中力を欠いているなと、彼は苦笑した。


 人々が帰途についている中。道を外れた場所に、独りだけぽつりと老人が腰掛けて、海を眺めていた。

 紺のポロシャツに灰色のズボンという簡素な服装。皺だらけの顔に白い無精髭が伸びている。頬を覆っている銀色の髪は、艶が残ってはいるものの、ぼさぼさだった。


 窪原は、なぜか引き寄せられるように、その老人の隣りに腰掛けた。そのまま肩を並べて遠い海を見遣る。

 老人は窪原の方に顔を向けた。

「何か?」

「あっ、いえ┄┄」

「そうですか┄┄」

 老人はまた、海の方に顔を向けた。

 窪原は、ここに居てもいいという許しを老人から得たように思えた。


 隣りに居るだけで、心が落ち着いてくる、不思議な老人だった。

 雑踏の中から聞こえて来る微かな波の音に耳を傾けていると、この島で起こった様々な事が思い出される。

 夢の中の出来事とはいえ、窪原にとっては明らかに人生の重要な局面の連続であった。だが、この老人の隣りにいると、島でのささくれだった日々が癒されていくような、そんな気がした。


 ──この老人は、完全に死を受容しているのだ、窪原は直感的に理解した。

「貴方はもう┄┄」彼は、つぶやくように言った。

 老人は窪原の方を振り向き、黙ってうなずいた。

「どうしてですか?」

 窪原が問うと、老人は微かに笑った。

「妻を殺してしまったのです。してはいけないことをしてしまった」


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