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体さがし  作者: 青山獣炭
六日目
60/67

Part5

「┄┄置部という名の男を探しなさい」

 〈導き〉は、ついに答えてはいけない質問に答えてしまった。

 その言葉を聞いた途端、美咲は気を失った。

 血がごぼごぼと吹き出していた首の傷が、みるみる消えてゆく。

 しばらくすると、衣服に付いていた血の跡すら無くなって、美咲は意識を取り戻した。〈導き〉を見る目が、穏やかなものに変わっていた。


「おきべっていう人ね。ありがとうございました、〈みちびき〉さん」

 美咲は、笑顔を浮かべながら言った。そして、立ち上がって深々と礼をすると、その場を去った。


 〈導き〉は、その姿を敬意を持って眺めていた。置部に頭を盗まれた者は数多いが、美咲のように、生への執念を露わにした者は、今まで一人もいなかった。その執念に押されて思わず答えてはいけないことを、答えてしまったのである。


 それによって、〈導き〉は今まで置部の悪行に対して、自分なりに決めてきた処置のルールを自ら破ってしまった形となった。

 体さがしの機会は出来るだけ公平に与えられなければならない。それがこの島の基本原則である。


 〈導き〉は、この原則に沿って、美咲のような立場に追い込まれた者が悲嘆して、北の海に入ろうとする場合は、これを押し止め、今一度洞窟をさがすように促してきた。そして、すぐに置部の小屋の地下から頭を、洞窟の土の中に瞬間的に移動させて、元の場所に埋めていたのである。これが置部の悪行に対して、取ってきた処置であった。したがって、置部が人々を死に追い遣っていると思っているのは、単なる幻想なのである。


 それでも頭を盗まれた者の内で死を選んでしまう者はいるが、それは置部に頭を盗まれようがしまいが(例えば頭以外の体の部分が見つからないなど)、もともと死にゆく運命にある者なのである。

 置部が他人の頭を盗む行為は、直接的には人々の体さがしに何の影響も与えていなかった。だからこそ〈導き〉は、置部の悪行を今日まで見逃してきたのだ。しかし、ただ見逃してきた訳ではない。〈導き〉は機会を狙っていたのである。


 美咲に対しては、この処置のルールを破ってしまったが、結果的には同じことになるはずだった。いや、北の海に直行した方が少女にとっては、むしろ楽だったかもしれない。

 この島で置部という特定の男を見つけ出すのは、容易なことではない。美咲は、これから置部を血眼になって探すことだろう。もし見つからずに結局、死を選んだ時には、どうするか。今までの処置に倣って、美咲を押し止め、頭を洞窟に瞬間移動させるか。


 ──しないだろう、〈導き〉は思う。機会は一度だけで充分だ。そうしないと、公平を欠いてしまうことになる。置部の魔の手から逃れる、ただ一枚のカードを美咲は使ってしまったのだ。

 公平に徹することについて、〈導き〉は、あくまで忠実で厳格だった。



          *



 島の南東部には、ちょっとした山間があって、そこには吊り橋が架かっている。距離にして三十メートルぐらいの小さな吊り橋である。

 谷底は、それほど深くはないが、一面びっしりと細い柱状の玄武岩が連なっており、しかもその岩の先端は、針のように尖っていた。もし橋から落下したら、その岩々に串刺しにされてしまうことは間違いなかった。


 吊り橋は特殊な構造になっていて、底面が五十センチほど凹型に造られており、土が入れられている。そこに、体が埋まっているのである。橋の幅は人と擦れ違うのがやっとであり、歩くと揺れが激しく、とても不安定な環境の中で、体さがしをしなければならない。

 谷底の状況と相俟って、人々の恐怖を煽るには充分過ぎるほどだった。


 置部と真菜は、その吊り橋の入り口に立っていた。

 橋が抱えている土だけでも相当な重量になっているはずである。そこに今、人が凡そ十人ぐらい乗っている。

 置部は、橋が重みで、たわんでいるような気がした。


「┄┄ここは後回しにしますか。もっと人が居ない時にしましょう」置部は言った。

「いえ、わたしならだいじょうぶです」

 そう言って、真菜は橋を渡り始めた。しかし、その態度は、どこか虚ろだった。

 置部も後から続く。


 二人が歩く振動で橋は大きく揺れたが、それを気にする様子もなく、真菜は進む。身体の痛みを、確認しながら歩いているようには見えない。

 だが真菜は、突然立ち止まった。

「どうしました?」置部は訊ねた。

 真菜の顔が、こわばっていた。

 置部は真菜の視線の先を追った。


 太り肉の中年の女が、十メートルぐらい離れた所に坐り、真菜を見つめていた。土を掘っていた手を休めている格好だった。

 女は立ち上がって、二人に近づいてきた。吊り橋の揺れが、酷くなった。彼女は、工場の作業服のようなものを着ている。この島では珍しい部類の服装だった。


「あなた、事務員さんよね。朝、いつもお茶をいれてくれた人でしょ。あなたも来てたのね」

 話し掛けられた真菜は、凍り付いたように動かない。


「┄┄どなたでしょうか。わたし、覚えがないんですが」

 しばらくして、真菜は口を開いた。低い抑揚のない声だった。

「あら、そう? 昨日、夢に出てきた人とそっくりなのに。服装も同じだし。変ねえ」

「そうですか」

「わかった。あなた、まだ最近の夢を見ていないんでしょう。昔のことばかり見ているとか」

「あ、はい┄┄」

 真菜は嘘をついていると、置部は思う。危篤に至る夢を昨夜見たはずだからだ。


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