Part2
「どういう意味だ?」窪原は問い掛けた。
「┄┄まあ、それは取り敢えず置いときまして、この度は大変なことになってしまいましたね」
「ああ、そうだな。肝心の体が、知らない奴らの胃の中に収まっちまったんだからな。さすがに、もう死ぬしかないだろう。あのさ、俺の体が焼かれるのを、未然に防いでくれても、よかったんじゃないのか? どうせお見通しだったんだろ」
「本当に、お気の毒さまでした。しかし、その件は御心配なく」
「何だと?」
「復元して、また島に埋めておきました。貴方にとっては、一からやり直しということになりますが┄┄。だから、そこに在る右手は、掘り出して、持っておいた方がいいんですよ」
窪原は、しばらく〈導き〉の言葉の意味が理解できなかった。状況の急激な変転についていけず、彼は混乱した。
「┄┄とうことは、俺はまた体をさがせばいいのか?」
「そうです。昨夜の出来事は、不慮の事故と私は判断しました。本当は、貴方の小屋に元通りに体を揃えればいいんでしょうけれど、窪原さんに責任が全く無いとも言い切れないので、こういう処分になりました」
窪原は、〈導き〉によって半ば強引に死の淵から呼び戻されたことを知った。
〈導き〉はさらに続ける。
「それにしても、頼子さんには、何らかの罰を下さなければならないでしょうね。彼女は、ちょっとやり過ぎました。この島の規律を著しく乱してしまった。┄┄食する快楽を人々に与えてしまった」
「頼子は、どうなるんだ?」
〈導き〉は答えなかった。代わりに礼をひとつすると、窪原の許を足早に去って行った。
思いがけなく、生への希望が帰ってきた。窪原は、その希望を心ゆくまで噛み締めた。しかし、それは窪原にとって、長い道程の始まりでもあった。体さがしの作業は、ほとんど一日目に戻ってしまったからだ。あの憂鬱な作業を、スタート近くから、またやり直さなければならない。希望は、やがて大きな溜め息を生んだ。
考えていても、しょうがない。まずは右手だ。窪原は思う。彼は痛みが走った所まで戻り、跪いた。
スコップは持ってきていないので、両手で直に砂を掘った。
右手は、三十センチぐらい掘ったところで、出てきた。
窪原は、砂にまみれた右手を取り出し、しげしげと眺めて、また体さがしをする気になった。結局、徒労に終わるかもしれないその作業を、もう一度だけしてみようと思った。
*
人々が小屋の扉を開けて、体さがしに出掛けてゆく。一様にスコップを携えて。彼らは皆、複雑な表情をしていた。昨夜の夢に何とか耐えた安堵感と、今日の作業がうまくいって欲しいという願望。その二つが入り交じっているのだ。
置部は、真菜の小屋の前に立ちながら、その光景を眺めていた。
先ほどから何度も扉をノックしているが、真菜の返事は無い。彼の心に、大きな不安が広がっていた。
また体さがしに対する気力が萎えてしまったのだろうか、置部は思う。もし、そうなってるとしたら原因は一つしか考えられなかった。昨夜の夢である。
昨日の体さがしの成果は、充分だった。彼らは共に、あと二つで体が揃うというところまで、きていたのである。昨日の夕方は、互いに笑顔で別れたのだ。いったい、どんな夢を見せられたのだろう。
置部は迷った末、小屋の扉の反対側──窓のある方に向かって歩き始めた。
小屋と小屋の狭い通路に入る。真菜は、まだ小屋の中に居ると思いたかった。置部のことを嫌って、独りで体さがしに出掛けてしまったのだろうか。それは、昨日の別れ際の態度からして、考えられなかった。あるいは、昨夜の夢のショックで、北の海に既に入ってしまったのかもしれない。そう思い立った時、彼は気が急いて、足を早めた。
恐る恐る窓から覗くと、真菜はベッドに腰掛けて、うなだれていた。彼女が死んでしまったという最悪のケースは免れたので、置部は少し安心した。
彼は、嵌め殺しの窓ガラスを、そっと叩いた。真菜の顔が上がった。彼女は置部を認めると、すぐに顔を伏せてしまった。
置部は、もう一度ガラスを叩いた。真菜は、顔を伏せたまま、首を振った。
「ドアを開けて、もらえませんか」彼は大声で叫んだ。
真菜は動かない。置部はなす術もなく、ただ立ち尽くすばかりだ。
「開けてくれるまで、ずっと待ってますから」
そう叫んでから、彼は急いで再び小屋のドアのある側に戻った。
が、開く気配はない。置部は、扉の一点を凝視したまま、中の気配を窺った。
どのくらいの時が過ぎただろうか。ようやく、小屋の中で人の動く気配がし、重い扉が開かれた。泣き腫らした顔が目に入る。
真菜の暗い瞳を見て、置部は直感的に何が起きたのか悟った。
「わたしのことは放っておいて、どうか体さがしに出掛けてください」彼女の口調は激していた。
「酷い夢を見たんでしょう。危篤になる夢ですね」
「えっ、ええ┄┄」
「やっぱり。でもみんな見ているんですから。あなただけじゃない」
「そうですけど┄┄」
「堪えてください。あと少しじゃないですか。とにかく出掛けましょう。独りでこの小屋に居るのは良くない」
置部は強引に真菜の手をつかんだ。その場に留まろうとする彼女の抵抗を感じつつも、むりやり小屋の外に連れ出す。
外に出ると真菜は、彼をじっと見つめてきた。置部の瞳の奥を探っているかのような眼差しだった。
彼は、真菜が危篤に陥った夢を聞き出したかったが、それを今聞くのは憚られた。真菜に、その夢を思い出して欲しくなかったのだ。




