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体さがし  作者: 青山獣炭
四日目
40/67

Part9

 彼は目を開けて、振り向いた。小さな呻き声があがる。


 〈導き〉が窪みの外で宙に浮いて、〈地迷い〉を見つめていた。大きな黒いビニール袋を手に持っている。〈導き〉の背後には、薄闇の空が拡がっていた。

「貴方の現実の世界の体は、今、朽ち果てようとしています。もう現実に戻る手立ては有りません。貴方の悪さの産物が溜まるたび、私のやってきた尻拭いも、これが最後となるわけです」

 〈地迷い〉は、島の守り人の言葉が、ほとんど理解できなかった。ただ、人々に忌み嫌われながらも過ごしてきた、荒んだ生活が終わろうとしていることだけは判った。


「お互い長い付き合いでしたね」〈導き〉は言った。

 親しみがこもるはずのその言葉も、彼にかかると事務的な口調になってしまう。

「懲罰を受けながらも、こうして最後まで島に居た人は、貴方が初めてです。私は時折、考えることがありました。貴方が死を選ばない理由は何かと」


 〈地迷い〉──野添の心の中では、今でも人間に対する怨念の風が吹き荒れている。それが、最後まで北の海の影に入らなかった理由だった。


 野添は、孤独に満ちた人生を送ってきた。幼くして両親と死に別れ、親戚中をたらい回しにされる幼年時代を過ごした。

 やっかいになっている親戚の家からは、残飯のような僅かな食事しか与えられず、満たされない食欲に駆り立てられるように、物乞いのまねをしながら、住んでいる村のあちこちを徘徊した。それが噂になると、親戚の家人に手厳しくせっかんされた。そのような環境にも関わらず、遺伝の力で彼の肉体は、大柄で筋肉質なものとして完成した。


 働けるようになってからは、大戦後の時代の流れに乗って闇物資を運び、一時幾許かの金を得たが、株投機の詐欺に引っ掛かってしまい、全財産を失った。彼をだましたのは、長年親友だと思い込んできた仕事の相棒だった。


 また野添は、女にも恵まれなかった。ひどい醜男で、売女すら顔をしかめる程だった。無口で、ただ体が頑丈なだけの男に、振り向く女はいなかった。


 野添が、危篤に至るきっかけとなったのは、自殺だった。自殺の名所である海べりの崖から飛び降りたのだが、死にきれなかった。彼は植物人間と化して、長い病院生活を強いられることになってしまう。

 この島にやって来てからも野添は、運に恵まれなかった。懸命にさがしても体は、ひとつも見つからなかった。そして、夜毎自らの悲惨な人生を夢で見せられるうちに、彼は人間に対する憎悪が徐々につのってきた。


 ある時、野添は西の海岸で突然暴れ出し、体をさがしている者七人を無差別に殴り倒して殺した。と言っても、その者らは島で死ぬことは無いので、すぐに蘇生はしたが。

 彼は意味のない殺戮を毎日繰り返した。やがて、野添が現れる場所では、人々が体さがしを中止して、逃げ回るという事態となった。


 〈導き〉は、野添が著しく島の風紀を乱したとして、懲罰を課すこととし、現在の〈地迷い〉の姿に変えてしまった。と同時に、二度と殺人を犯さぬように、彼の精神をも破壊したのである。


 しかし野添の人間に対する怨念は、残った。その怨念が生への強い衝動となり、この島に留まらせることになったのである。〈地迷い〉は狂った意識のままで、今度は体を盗むことに執心した。


 〈導き〉は彼の行動を大目に見ることにした。殺戮に比べれば、まだ可愛い方である。〈導き〉は彼の盗んだ体が、ある一定の量に達すると回収し、持ち主の元に返すという行為を続けてきた。その行為は、野添の悲惨一色に染められた人生に対する、〈導き〉の憐れみが、そうさせたのだった。


 今、野添の頭の中では、様々な人生の記憶が駆け巡っている。それが、死を目前に控えた脳髄のシグナルであることを、彼はもう理解できなかった。ただ、悲しみが胸に痛いほど満ちて来て、彼は自ら盗んだ体の小山の中へ、頭を突っ込んだ。そして、大声で泣いた。

 間もなく、手足の小山から出ていた〈地迷い〉の身体は、消失した。┄┄


 〈導き〉は何事もなかったかのように、崖の窪みに足を踏み入れると、黒いビニール袋に、体を入れる作業を始めた。あくまで冷めた事務的な動きだった。


          *


 窪原が、この島に来てから四度目の夜の帳が、降りようとしていた。

 彼と頼子は一言も喋らずに、悪夢を見せられる小屋に続く坂を、多くの人々と共に、とぼとぼと登っている。


 松瀬と別れた後も、彼らには何の収穫もなかった。全て徒労に終わった今日の行動を、思い出さないようにしながら、ふたりは歩いていた。死を暗示するかのように、地面の影が大きくなっていた。


 やがて日が暮れて、彼らは広場に着いた。

「じゃあ、また明日。ここで」頼子は言った。

 窪原は黙ってうなずき、自分の小屋に向かった。彼は頼子に何か声を掛けたかったが、何を言っても嘘になってしまいそうな気がして、唇が動かなかった。


 小屋に帰って皮膜の薄明りを灯すと、集めた体のかたわらに、右足がぽつりと置いてあった。

 それは〈導き〉の持っていた黒いビニール袋から、瞬時に転送されたものであった。

 全く収穫の無かった今日の窪原にとって、右足は思いがけない贈り物となった。


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