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体さがし  作者: 青山獣炭
四日目
33/67

Part2

 彼女の言葉に、窪原の心は大きく揺れ動いた。やはり生きるべきなのかもしれない。生きることが、亜矢香の願いに応えることになるのだったら。


 頼子が、もう一度、ゆっくりと窪原を抱き寄せた。

「わたしと生きましょう。亜矢香さんだって、きっとそれを望んでいるはず」

 頼子の唇が重なってきた。彼女の舌が窪原の舌を探し、いったん触れ合うと、それは意を得たかのように、艶めかしく動いた。


 亜矢香との口づけは、どんなだったのだろう。窪原は頼子との長い口づけの間、そんなことを考え続けた。


 ふたりの唇は離れた。窪原の意思に関係なく、情欲は高まりつつあった。

「ねえ、抱いてくれるでしょ」

 頼子の瞳は、うっすらと濡れて光を放っている。

「やめてくれ。俺は今、とてもそんな気分になれない」

 自らの衝動を抑えるように、彼は言った。


「そうなの?」

 頼子は、窪原の腰に手を回し、自らの腰のあたりに密着させた。彼女は高まりつつある窪原を感じて、微笑みを浮かべた。ふたりの足が、もだえるように絡み合った。


 彼女の誘いに、窪原は次第に耐えきれなくなっていた。頼子の説得も、誘いも、何か女の緻密な計算が働いているように彼は感じていたが、そんな危惧とは裏腹に、肉体は貪欲に頼子を欲していた。


 頼子の両手が、ばらばらに彼の背中をまさぐり、うなじや裏のふとももに触れ、ついに足の間に到達した時、情欲は完全に高まっていた。

 窪原は、もう耐えられなかった。彼女の背中に手を回し、もつれるようにして、ベッドに倒れ込んだ。


 ふたりの目が合った。頼子の瞳には、男を意のままにした淫蕩な輝きがあった。頼子の唇が半開きになって、舌が妖しく蠢いている。窪原は、それに吸い寄せられるように、口づけた。


 互いの肌を露わにし、ふたりは現実の世界で幾度となく繰り返したその流れの中に入っていった。心地良い、しっとりとした彼女の肌に翻弄されながら、窪原は現実の世界で頼子に惹かれていった理由が何となく判った気がした。


 やがてふたりは最後の時を迎え、お互いにきつく抱きしめ合った。そのまましばらく、静かに時を過ごす。


 窪原は、急に冷めてゆく頭で、今の情事を後悔し始めていた。彼は頼子を、腕の中から解放した。少しだけ離れた身体と裏腹に、窪原は頼子に呪縛めいたものを感じていた。未だ歓喜に沈んでいる彼女の表情に、恐れすら抱いた。


 しばらくすると頼子は、小さなあくびをすると、目を閉じてしまった。


 窪原にも、眠気が訪れてくる。彼はセックスが、この島のタブーであることに、ようやく気付いた。タブーを破ったことに対する代償は、眠りによって贖われる。それが、この島のルールであることを、彼は直感した。この島が性の楽園と化さないための、それは重要な装置であった。

 彼は、またも嫌な予感に襲われていた。見せられる夢は、かなりひどいものになりそうだった。┄┄




 ┄┄野外の音楽堂だ。周りが、鮮やかな緑の葉に満ちた木々に囲まれている。

 軽快なジャズの調べが聴こえている。ウッドベースの刻む低音に合わせ、ピアノとトランペットの音が、高い領域で踊っている。


 まだ闇につつまれる前だ。夕焼けの光がコンサート会場に、まだ残っている。

 客席は満席に近いが、ところどころ空いている。始まったばかりだな、と思う。

 小刻みにリズムを取る観客を見下ろしながら、階段を下りる。


 しばらくして、視線が足元からステージの方に移動する。

 かなり前の方の席。亜矢香がいる。左隣の席には、誰も座ってはいない。

 亜矢香を視界の中央に置くように注意しながら、その席に歩いてゆく。


 彼女の席の列までやって来て、横顔が見えるようになる。

 亜矢香の視線は、ステージに向けられたまま、動かない。

 その横顔を見るのは、久しぶりのような気がする。澄んだ黒い瞳。彼女から離れない気持ちにさせる瞳。


 近づいてゆく。薄いピンクのブラウスに、緑のロングスカート。良く似合っている。

 亜矢香の前を通り過ぎて、席に座る。

 彼女が顔を向ける。驚いている。


「┄┄来るとは思わなかったわ」

 ただ、黙ってうなずく。

「わたし、あなたが来ないと思って、安心していたのに。┄┄これ、どうしても、聴きたかったから。ずっとファンだったし」


 軽快な曲が終わり、照明が落ちてステージが一転暗くなる。

 ゆったりとしたピアノソロのバラードに変わる。甘いが、切なくなる旋律。


「どうして、来たの? もう結婚したんだよね」

「おととい、新婚旅行から帰ってきた」

「┄┄そのチケット、やっぱり返してもらうんだった」

 右手にチケットを持っている。五月七日の日付。チケットの隅に発券された日付も印字されている。二月一日。

 そのチケットを渡された時に、頼子との結婚を取り止めると、亜矢香に告げたことを思い出す。


「┄┄わたしのこと、どういうふうに考えてるの?」

 答えられない。

「そんな女じゃないよ、わたし┄┄」

 亜矢香の瞳に、涙が浮かんでくる。

「ひどいよ┄┄コンサートが、だいなしじゃない」

 亜矢香の瞳から涙がこぼれ、頬をつたう。


 どうして来てしまったのか、自分でもよく分からない。┄┄


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