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体さがし  作者: 青山獣炭
二日目
17/67

Part9

「亜矢香┄┄」

 彼はひとりごちた。その言葉に小さな喜びがあった。俺は、たぶんあの女を愛しているのだ、窪原は思う。それがしっかりと判った夢だった。昨夜の最初に出てきた女とは印象が全然違っていた。

 それにしても夢の内容は明らかに不倫を示していた。ああいう形でしか彼女と会えていなかったのは、不本意だった。


 昨夜の夢と、今夜の夢と、時間的にはどっちが先なのだろう、窪原は思う。

 考えながら彼の意識はまた遠ざかり、例によって眠りに引き込まれてゆく。┄┄





 ┄┄暗闇の中に立っている。

 光の筋が上方から真正面を照らし出している。ヘルメットを被っていて、表側の真ん中にライトが付いているらしい。

 その光の筋に、闇からゆらりと生き物が出現する。巨大な爬虫類を思わせる。気味が悪い。ピンク色の地に黒い水玉模様の皮膚。ぶよぶよとした太い触覚が生えている。そいつが横に揺れながら俊敏な動きで近づいてくる。


 思わず後ずさり、振り向いて後方へ逃げる。

 ジェットコースターや、幽霊屋敷、ビックリハウス、閉まった露店などが目に飛び込んでくる。どうやら遊園地のようだ。


 ずざざと地を這う音が、背後でしている。


 遊園地の出口が分からない。人影は全くない。焦る。しかしどうにもならない。

 随分と長く走り続けて、同じ所をぐるぐる走っているだけのような気がする。まるで迷路のようだ。


「助けてくれ!」

 叫んでも、答えなど無い。


 ふと見上げると、満天の星空の中に月。満月だ。

 月には顔があった。西洋風の顔。人を見くだすような笑顔を浮かべたまま表情が凍りついている。


 視点が地上に戻る。

 鋭い爪をもった爬虫類もどきの腕が、目の前を掠める。

 倒れ込んで振り向くと、同じような爬虫類もどきが、もう一匹。顔が先ほどの月の顔になっている。


 反射的に見上げると、夜空の月はもう無い。


 二匹の怪物に、ついに捕らえられる。四肢をつかまれ、そのまま食われる。自分の身体が、どんどん食われる。

 激しい痛み。抗っても、抗っても動けない。┄┄





 またわけの分からない夢だった。窪原はうんざりして、頭をかかえた。亜矢香に関する夢を見たかった。夢を選べるはずがないことは判っている。しかしこの夜の地獄を何とかしたかった。できることならば。


 彼は外に出てみることにした。あるいは外に出れば、眠らずにすむかもしれない。窪原は半分眠ったままの重い体を引きずって、扉を開けた。


 瞬間、夜気が彼を包み込んだ。どこ行くあてもなく歩き始める。

 しかし、それは無駄な行動だった。やはり眠気は、やって来た。彼は無理矢理にでも歩こうとした。足がもつれる。窪原は倒れ込んでしまった。遠くなる意識の中で、逃れられない地獄を呪った。┄┄





 ┄┄洋式の大広間にいる。たくさんのテーブル。正装した人たちがテーブルを囲んで、椅子に腰掛けている。結婚式が行われているようだ。


 タキシードを着ている自分がいる。着慣れない、なんとも妙な心地。緊張している。

 かたわらには女。肩に少し掛かった髪。艶やかに輝いている。白いウエディングドレス。ふたり並んで立っている。

 剣のように長いキャンドルを、ふたりで持っている。


 椅子に座っている人たちは、みな笑顔だ。肯定的な笑顔。

 激しく感動的な音楽が流れ出す。明るい洋楽の曲だ。

 なぜか吐き気がする。


 自分と女はキャンドルサービスをしてゆく。キャンドルの火が各テーブルの火に灯るつど、女は幸せそうな笑顔を浮かべる。テーブルにはフランス料理。繊細に振りかけられた優美なソースの形。細かいところに、なぜか目が行く。集中できていない。


 虚しい。後悔が既に胸にある。

 なぜ、こんなことになったのだろう。


 キャンドルから手を離してしまい、立ち止まってしまう。

 周囲にざわめきが広がる。

 脂汗が頬をつたい、眩暈がしてくる。

 女が怒ったような顔つきで、自分を睨む。しかし、その瞳は悲しげだ。┄┄

 


 


 小屋の外で、彼はまた目覚めた。

 視界の先に、星ひとつない暗黒の夜空があった。


 やはりあの女とは夫婦だったのだ。窪原は思う。

 しかし、今でも夫婦なのだろうか? 昨日の夢では別れそうな感じだったが。おそらく亜矢香によって、妻とは破局に追い込まれたのだろう。それは判った。しかし、その後の三人の関係はどうなったのか。その記憶がすぐには戻らないことを、彼はもう知っていた。


 三人の中心にいた窪原は、いったいどういう気持ちで毎日を送っていたのだろう。明るい気持ちで生活していなかったことだけは確かだった。



          *



 置部もまた自分の部屋で夢を見ていた。それは、かつてこの島で経験したことであり、今までも時々見せられてきた内容のものだった。

 彼がこの島に来て、初めて他人の頭部を盗んだ頃のことである。┄┄





 ┄┄嫉妬。どす黒く肥大化した怪物のような嫉妬を抱え、洞窟に向かっている。幸運にも次々と体が見つかる者がいるのに、なぜ自分は見つからないのか。こうなったら、こうなったら。


 澱んでいる薄闇。それは今の自分の心と同じだ。

 ひどい眠気をこらえて洞窟に入り、何かに憑かれたように、あちらこちらを獣のように這いながら、ガッガッとスコップを地面に刺しては掻き回す。


 やがて首が現れる。周りを掘って取り出す。

 ごろり。手から離れて首が転がる。銀髪が整った老人だ。いきなり生首の瞳と視線が合う。ギョッとして、頭部の両目に触れて目蓋を下ろす。


 魚を得た猫のように、手で転がして獲物をもて遊ぶ。

 持っていくかどうか迷う。まだ良心のかけらが残っている。


 だがやがて、震える手で首をかかえる。思ったより重くて驚く。

 暗闇の中をゆっくりと進み、洞窟から出ると、立ちはだかるように人影がある。


「そんなことをして、どうするおつもりですか」

 抑揚のない声。〈導き〉の声だ。



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