冴えない公爵令嬢は、祖先の霊を名乗る男に励まされ、幸せになるお話
レディーナ・マリリストン公爵令嬢は、真っ白な髪を長く伸ばして、白い肌の身体が弱い令嬢であった。
日の光が嫌いだったので、屋外で運動をすることも無く、友達もいなくて、いつも一人で静かに読書をしているそんな目立たない令嬢だったのである。
そんなレディーナが恋をした。
この国のレオンハッド王太子にである。
金の髪に碧眼のこの王太子は、学園でも人気者で、女生徒達の憧れであった。
レオンハッド王太子には婚約者候補が何人かいて、カロリーヌ・ハーツ公爵令嬢や、ミリーナ・アルデリン公爵令嬢等は、いつもレオンハッド王太子の傍にいて、自分が彼と結婚して未来の王妃になるのよ。とばかりにアピールしているのであった。
カロリーヌは顔がきつめの金髪美人である。ミリーナは黒髪を長く伸ばして、色気のあるこれまた美人であった。
レオンハッド王太子の傍には男女問わず、華やかで人がいつも沢山いて、レディーナは遠目で見て、とても羨ましく思っていた。
レオンハッド王太子殿下はまるで太陽のような方…
きっとわたくしの事なんて知らないんでしょうね。
一言でもいいから、お話したい。
レオンハッド王太子殿下に、わたくしを見て頂きたい。
「あの…」
東屋で、カロリーヌやミリーナ、取り巻き達と共に、レオンハッド王太子は楽し気に話をしていた。
そこへ、おずおずと声をかけるレディーナ。
カロリーヌはチラリとレディーナを見ながら、
「何用かしら?」
ミリーナもレオンハッド王太子にしなだれかかりながら、
「貴方、誰だったかしらねぇ?冴えない令嬢ね。」
レオンハッド王太子は微笑んで、
「取って食いはしないから。俺ってそんなに怖いか。」
二人から離れるとレオンハッド王太子はレディーナの顔を覗き込んで来て、レディーナは真っ赤になる。
レディーナはレオンハッド王太子の空色の瞳を見つめながら思った。
「なんて綺麗な瞳なんでしょう。この瞳をずっと見ていたい。」
思わず思った事が口に出てしまった。
「有難う。瞳が綺麗だなんて言われたのは初めてだ。」
ああ、お話出来た。
わたくしを見て貰えた。
とても幸せだわ。
カロリーヌが怒りまくって、
「ちょっと、貴方。王太子殿下はわたくしの婚約者。ベタベタしないで下さらない?」
ミリーナはカロリーヌに向かって、
「婚約者候補でしょう。貴方も、わたくしも。まぁいずれわたくしが王妃になるに決まっているわ。」
「なんですって?」
バチバチと睨み合う二人。
レディーナは慌てて謝る。
「ごめんなさい。」
逃げるようにその場を離れるレディーナ。
ああ…今日はとても幸せだったわ。
レオンハッド王太子殿下の顔を間近で見て、お話をすることが出来た。
なんて素敵な日なのでしょう。
身体の弱いレディーナは、それからしばらく体調が優れず、自宅で寝込む日々を送る事となった。
王太子殿下に又、会いたい。
会ってお話したいな。
ベッドの中で、天井を見つめながら、そう呟く日々。
兄のフェルナンドが足音高くレディーナの部屋に入って来て、
「本当にお前は我が公爵家の恥さらしだな。俺としては学園を卒業したら、どこぞへ嫁いで出て行ってほしいと思っているのに。」
「ごめんなさい、お兄様。」
「そうよぉ、うっとおしいったらありゃしない。」
兄の隣に立っているのは兄の婚約者でイデリーヌ・カンツオレ公爵令嬢である。
いかにも邪魔者だというばかりに、レディーナを睨みつけて。
「本当に早く出て行って欲しい物だわ。」
涙がこぼれる。
兄やその婚約者だけでなくて、父も母もレディーナの事は邪魔者扱いしていた。
「こんな身体が弱いのでは、婚約者も決まらない。」
「本当に。どうしてこんな出来損ないが生まれたのかしら。」
ああ…わたくしなんて生まれてこなければよかったんだわ。
そう思ってレディーナは落ち込んでいたのであった。
身体が良くなって久しぶりに学園へ行っても代り映えのしない日々。
一人で寂しく学園で過ごし、昼ご飯も食べずに昼休みは図書室で読書をする日々。
とある昼休み、図書室で読書をしていると、突然声をかけられた。
「そんな事でいいのか?」
「え?」
辺りを見回してみた。
誰もいないのに声だけ聞こえる。
「俺はお前の祖先の霊だ。そんな事でいいのかと言っている。」
「何の事でしょう?」
「まずは朝昼晩、しっかり食べろ。身体を鍛え、勉学に励み、自分を磨け。
俺はいつでも応援しているぞ。」
「有難うございます。でも私なんて…」
「女は変わるものだ。」
「そうなんですか?」
「ああ。お前が変われば、お前が好きと思っている男も振り向いてくれるかもしれないぞ。」
「ええ?王太子殿下がっ??」
「王太子殿下が好きなのか?」
「ええ。とても素敵な方で。太陽のような方ですわ。」
「だったら、王太子が驚くような変貌を見せるがいい。そうしたらきっと…
王太子もお前の事を見てくれるかもしれない。」
「どなたか知りませんが。わたくし、頑張ります。又、声をかけて下さいますか?」
「え??勿論。俺はいつでもお前を応援しているぞ。」
誰もいないのに、聞こえてきた声…
でも、レディーナはその声に励まされた。
まずは朝昼晩。しっかり食べよう。
もっと健康的になろう。
もしかしたら、王太子殿下に気づいて貰えるかもしれない。
レディーナは頑張る事にした。
声の主が誰だか解らないが、
中庭でお昼を食べた後、毎日図書室で、祖先の霊という男と話をするのがレディーナは楽しみになった。
たわいもない毎日の出来事等、レディーナの話を祖先の霊と名乗る相手は図書室で楽し気に聞いてくれた。
そして、レディーナを励ましてくれた。
「しっかりと食べているか?」
「ええ。今日もお昼ご飯を食べてこちらへ参りましたわ。」
「朝を抜いていないだろうな。」
「心配症なのですね。三食食べていますから、わたくし、体力もついてきたのですわ。」
「それならばいい。しっかり食べて、しっかり寝て、前を向いて歩けばレディーナの人生は必ず開ける。その為に努力を怠るな。」
「有難うございます。わたくし、頑張りますわ。」
そんな感じで、いつも励まされてレディーナは、学園や家庭で孤独でも、祖先の霊が励ましてくれれば頑張れる。そう思って明るく頑張って生きることにしたのだ。
そんなとある昼休みの事である。図書室で、レディーナは祖先の霊と話をしていた。
「わたくし、顔色も良くなって、少し太ったでしょう?」
「ああ。とても魅力的になった。」
「嬉しいですわ。ダンスを習いたいって、お父様にお願いしたら、許可がおりましたの。
わたくしの変わりように、お父様もお母様も驚いているらしくて。
いつか、王太子殿下と共に王宮の夜会で一曲でもダンスが踊れたら。わたくし幸せですわ。」
「まずは王太子殿下に誘って貰わないとな。」
「貴方が祖先の霊ではなくて、生きた人間だったら、最初にダンスを踊って貰いたかった…」
「え???」
「王太子殿下の事は気になりますけれども。ちょっとしか話したことがない方よりも、わたくし、貴方の事が…」
「それはその…」
「貴方は誰?どこにいるの?」
レディーナは辺りを見渡してみる。
図書室の奥の本棚の方へ歩いて行ってみる。
人の気配がしたからだ。
人の影がスっと横の本棚の陰に移動する。
レディーナは、追い詰めるように、後を追いかけた。
その先は行き止まりである。
でも…もし…ここで正体を突き止めて、二度と先祖の霊を名乗る男性が会ってくれなくなったら?
レディーナは立ち止まって、本棚越しに、向こう側にいる先祖の霊と名乗る男性に話しかけた。
「貴方が誰であろうと、わたくしは、貴方のお陰で生きる勇気をもらいましたわ。
有難うございます。ですから、どうか…わたくしにその姿を見せてくれませんか?」
「私の姿を見たら、君は失望するだろう?」
「かまいません。わたくしは…貴方の事が。好きです。」
「私も君の事が好きだ。」
相手が棚の端の方へ移動する。
レディーナも後を追うように移動した。
もう少しで、姿を見る事が出来る。
そして、相手の顔を見たレディーナは驚いた。
「ああ、貴方だったのね…」
ロディス・リッチモルド辺境伯。
彼は学園の図書で調べ物をするために、学園長に頼んで、滞在させて貰っていた客人である。
いつも図書室の奥に机を持ち込んで、ここ一月ほど、閉じこもって調べ物をしていたのだが。
レディーナは客人の名前と顔は知ってはいたけれども、親しくはないと思っていた。それが、毎日、話をしていた相手がロディスだったとは。
黒髪のまだ若い青年、ロディスはレディーナに向かって、
「君が昼休みにここで読書をしているのは知っていた。君の抱える事情も気になって調べさせて貰ったんだ。黙って見ていられなくて。つい声をかけてしまった。」
「有難うございます。ロディス様。まさか、客人である貴方様だったなんて。」
「よろしければ、私と付き合ってくれないだろうか。」
「ええ。喜んでお付き合いさせて頂きますわ。」
レディーナは幸せだった。
ロディスは紳士的でとても優しくて。
しかし、ロディスと付き合えば付き合う程、違和感を感じずにはいられなかった。
本当に貴方がわたくしと毎日、お話してくれた先祖の霊の方?
ロディスと共に歩きながら、レディーナは疑問に思ってしまう。
毎日話してくれた先祖の霊は、いつもレディーナに三食しっかり食べて前を向け。努力を怠るなと言い、励ましてくれた。
しかし、ロディスは違うのだ。
「あまり無理をしてはいけない。私は君の事が心配なのだ。君はか弱く見えるから。」
「これでもわたくしは健康になったのですのよ。貴方のお陰ですわ。」
「そうか…それならばいいが。」
ロディスは優しい。レディーナはとても幸せだ。
だが、彼ではない。彼ではないのだ。
「ロディス様。貴方はわたくしが毎日話をしてくれた祖先の霊ではありませんね?」
「どうしてそう思う?」
「だって…あの方はわたくしに三食しっかり食べて、前を向けと、努力を怠るなと言っておりました。でも貴方はわたくしを心配するばかり…わたくしは、祖先の霊を名乗っていた方に会いたい。」
「解った。すまなかった。レディーナ。私は嘘をついていたのだ。祖先の霊を名乗っていた方に、明日の昼に図書室へ行くように言おう。」
「有難うございます。ロディス様。」
ロディスにすまないと思った。
自分のような令嬢に付き合いを申し込んでくれて優しくしてくれた。
でも…祖先の霊を名乗っていたあの人に会いたい。
翌日の昼休み。レディーナは図書室へ行き待った。
気になってお昼ご飯を食べられなかった。
そして声が聞こえた。
「ちゃんと昼ご飯を食べなければ駄目だと言っただろう?」
「貴方はわたくしをだましたのですね。どうしてですか?わたくしと会いたくは無かった?」
「俺と共に歩む事は大変だぞ。」
「覚悟しております。でも、貴方はわたくしを選んでくださるのですか?」
「君を王妃にしたくはなかった。でも、君に覚悟があるのなら、俺は君を選びたい。」
レディーナが立ち上がると、背後から強く抱きしめられた。
「ああ、貴方はやはり王太子殿下でしたのね。」
「レディーナ。君の事は気にはしていたのだ。だが、俺の道へ君を引き込む事を躊躇して、俺と君とのやりとりを知っていたロディスに祖先の霊の正体を変わって貰ったのだ。
ロディスも君の事を気にしていたようだったから。ああ…レディーナ。愛している。どうか俺と共に王国の未来を作っていってはくれまいか?」
「わたくしで良いのですか?」
「しっかり食べて、前を向いて歩けば、いい事がある。必ずだ。レディーナ。
俺の妻になって欲しい。レディーナがなってくれれば、これほど、幸せな事はない。」
レディーナは嬉しかった。
レオンハッド王太子を正面から抱き締めて。
「わたくしは貴方と共に生きたいですわ。どうかよろしくお願い致します。」
レオンハッド王太子はレディーナに口づけをした。
レディーナはとても幸せを感じた。
それからすぐに、レオンハッド王太子はレディーナ・マリリストン公爵令嬢を婚約者にしたと世間に発表した。
家柄的には問題も無く、カロリーヌとミリーナは悔しがったが、レオンハッド王太子がレディーナを選んでしまったので諦めるしかなかった。
マリリストン公爵とその夫人は、大喜びだ。
娘が王妃になるのだから当然で。
兄のフェルナンドもその婚約者のイデリーヌも、レディーナに対する当たりが柔らかくなった。
レディーナは努力を怠らず、自分を鍛え健康的になり、レオンハッド王太子と結婚した後には、三人の王子と二人の王女に恵まれた。
優秀な美しき王妃として、レオンハッド王太子に生涯愛され幸せに暮らしたと言う。