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 ひどく長い沈黙のように思えた。

 パタパタと傘に落ちる雨音が妙に響いて聞こえる。

 沈黙を破ったのはもちろん彼女の方だった。

 「雨、すごいですね。」

 「そう、ですね。」


 『 …………。 』


 私は頭の中で自分自身をぶん殴ってやった。


 「おにいさんはこの辺に住んでるんですか?」

 挽回のチャンスだ。

 「ぃ、いえ、ここまで電車で4駅の所です。」

 「そうなんですね。私は逆方向に3駅なんです。」

 「へえ〜、そうなんですねえ〜……。」


 『 …………。 』


  私は頭の中で先程より強めに自分自身をぶん殴ってやった。


 「あの、なんだかすみませんでした。」

 彼女の突然の謝罪に反応が少し遅れた。

 「…え」

 「いや、初対面の方に普通、傘貸しましょうか?なんて、普通言いませんよね。何だか強引に言ってしまったような気がして…本当すみませんでした。」

 先程までとは違い、彼女の周りの空気が強張っているように感じた。

 私にはその謝罪が、この場を乗り切るためだけの、自分が下手に出て楽になりたいだけの、そういう、混ざりものでない謝罪なのだと分かった。

 私は出来る限りの配慮を言葉に乗せて、本心を伝えようと思った。

 私は初めて彼女の方を向いた。

 「そんな事はないですよ。本当に助かりました。傘を忘れて濡れて帰るのを覚悟していたので、あなたのお陰で風邪を引かずに済みました。私の方こそ、こんなおっさんに声をかけていただいてありがとうございました。」

 きちんと伝えられた…と思う。

 彼女は少し驚いた顔でこちらを見てからフッと笑った。私はその笑顔に少しだけ心臓が跳ねた。

 「…ありがとうございます。そう言って頂けて、よかったです。あと、おっさんって、そんなにおっさんには見えませんよ?」

 彼女は私の自虐にもしっかりと反応してくれた。

 「こう見えて、もう私アラサーですよ、今年29です。」

 「え…!?」

 「皆んな同じ反応するんです。見えないですよね。大学生とよく間違えられます。」

 彼女の周りの空気は、もう強張っていなかった。

 「そうなんですね!あーわたしも自分と同じくらいかと思ってました。すみません。」

 「いえいえ、大多数の人に言われるので慣れてます。」

 「実はわたし18なんです。」

 「えっ!!」

 思わず体を仰け反ってしまった。

 彼女はしてやったりな顔を私に向けていた。

 「みんなおんなじ反応するんです、見えないですよね。社会人とよく間違えられます。」

 彼女は数秒前に私が口にしたセリフを真似たのか、そうじゃないのか分からない程滑らかに口にしていた。

 「えっと…何というか、すみません…。」

 私は一応、彼女を見た目だけで判断してしまったことを詫びた。

 「あはは!いいんです。わたしも本当によく勘違いされるので。あ、でも来月誕生日だから、おにいさんとはちょうど10歳違いですね!」

 「10歳かあ…なんか、数字にするとすごいですね。」

 「ですね。小学校も会えてませんからね。」

 「確かに。」

 人に見た目だけで判断される苦労を知る者同士となった私と彼女は駅に着くまでそのことで話題が持ちきりだった。おかげで最初の気まずい雰囲気は無くなっていた。

 駅についてから、謝罪とお礼をきちんと彼女にして、駅前のコンビニに用事があるという彼女の背中を数メートル見送ってから、駅の改札を通った。

 家族以外の誰かとこんなに言葉を交わしたのはいつぶりだろうか。高揚感とでも言うのか、身体が熱くなって呼吸が速くなっていた。

 もうしばらく会っていない妹のことを思い出して、元気にしてるかな。なんて、考えながら静かに呼吸を繰り返した。


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