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孤独の新月  作者: 瑠璃茉莉
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月下美人

最初の印象は、意味がわからない変な人たち。

奴隷だった私を助けるために大金をはたいて、デスゲームに参加して欲しい?

かと思いきや、強制はしないとか言い出す。

何を考えているのかわからなかった。


「明日はいよいよ首都に向けて出発する。各自忘れ物のないように!」


毎日、こつこつと準備をしてきた。

それがとうとう間近へと迫り、翼がそう言って「おやすみ」のあと、それぞれの床へつく。

明日からはいよいよ気を張っていかなくては。

少しして目を覚ます。


「2時間ほどかな」


昔から眠りは浅い。

能力の関係で野生動物の本能かもしれないな。

毎夜こうして起きると私は、同室で寝ている愛と紬を起こさないように家の外へ。

足にほんの少し力を込めて兎をイメージ。

ぴょんっと人跳びで屋根上へと跳び乗る。

定位置になっている場所へ座り込むと夜空を見上げた。


「今日はずいぶんと大きな満月ね」


夜風が髪を揺らし、心地よい森の音を聞く。

こうして毎夜毎夜月を見上げ、見張りというなの孤独の時間は私の日課になっていた。

静かに世界の音に耳を傾けながら、今までとこれからを考えるのがこの場所でやること。

夜に目を覚まして考え事をするのは、昔からやっていたことでもある。

そんな風に物思いにふけっていると、カタンと小さな音と足音が聞こえてきた。


「明莉?今日くらいはちゃんと寝た方がいいんじゃないか?」


屋根から身を乗り出すと下から見上げていたのは、翼だった。


「寝れないから、気にしないで大丈夫よ」


「んー、なら俺もそっち行く。少し話さないか?」


思わぬ提案に上手く返事出来ずにいると、家のそばにある枯れた木を伝って翼は屋根へと登ってきた。

今更追い返す訳にも行かないので、私は定位置へ座る。

すぐに翼も私の横へと腰を落ち着けた。


「なぁ1つ聞いてもいいか?」


「なに?」


月明かりの下、兄妹そろって綺麗な銀色の髪がさらに輝きを増している。

そんな横顔を見ながら私は男の人なのに綺麗だな、なんて思った。


「ここに来てから毎晩こうしているけど、寝れなくなったのはここに来てから?」


「いいえ。昔からよ」


「そっか、ここでの生活が負担になっているわけじゃないならいいんだ」


ここでの生活は大変だけど、負担だと思ったことは無い。

むしろ子どもだけでこんなに生活ができるものなのだと感心できるほど充実している。

変わり者の三兄妹と私と同じように助けられた女の子。

私を含めて異質な擬似家族のできあがり。


「…私からも質問をしてもいいかしら」


「どうぞ?」


「どうして私や紬を助けたの?あなた達、ゲームに参加するためと言いながら、私たちに参加させる気あまりなかったでしょう?」


それは助けた理由を聞いた時に思った疑問。

本気で参加させる気ならば、恩に着せた言い方をすれば紬を、主人として命令すれば私を参加させることは簡単だったはずだ。

なのに判断は任せる、と言いきったのだから意味がわからなかった。


「俺たちの都合で無理やり参加させるには、命が懸かるんだから気が引けただけだよ」


「だったら助ける必要はなかったんじゃないの?」


「夢で、仲間になるかもしれない子たちを見捨てることもできなかった。それに愛の夢が外れたことは無いからどう言っても参加するんだと半ば確信していた」


それでも嫌なら今でも断ってくれていいんだからね、と翼は付け足す。

今更私も紬も断るはずがなかった。

助けられた恩だけでなく、ここ数ヶ月の生活はゲームに参加したくらいで返せるのだろうか?というほどだったのだから。

それに死んで欲しくない、少しでも役に立てるなら、そう思っているのもきっと同じ。


「ねぇ、俺からも聞いていいか?」


「なに?」


質問、と言ったはずなのに翼の口は動かなかった。

代わりにすっと手が右目付近へと伸ばされる。

私は反射的にその手を叩いて、屋根の上で思わず立ち上がった。


「っ!!?」


油断していて声が出ない。

いや、夜だから叫んじゃいけない、起こしてしまう、と無意識に自分を制御したのかもしれない。


「ごめん。やっぱりただ隠してる、て訳じゃなさそうだね」


私は右目、いや右目の上辺りを抑えて僅かに震えた。

そこには、醜い傷跡があった。

誰にも見られたくない、醜い傷跡。

翼は静かに私を見つめて、私の動揺が治まるのを見計らって座って、と元の位置へ促した。


「もうしないから。ごめん」


一瞬躊躇ったが、大人しく横に座りなおす。

するとポンポンと頭を撫でられた。

それはそれで気恥しさがあった為、身をよじって嫌がる。


「明莉はさ、奴隷らしくないよね。気品があるというか、荒んでない」


不意に紡がれた言葉に翼を見つめる。

それは当たらずとも遠からずだ。

私は奴隷の中では、かなり恵まれている方だと思う。

奴隷になったのは5歳くらいの時だったけれど、商品として扱われたのはほんの数日のみ。

翼はそれ以上何も言わない。

なんだかその静寂がいたたまれなくなって、私は身の上話をすることにした。


「奴隷として売られてから3日くらいで、私は買われたの。それから12年間お人形として飼われてた」


「お人形?」


「うん」


旦那様は綺麗なものや珍しいものを集めるのが趣味な人だった。

珍しい宝石に金細工の花瓶。

外国製のよくわからない置物や野生では見れない動物。

愛らしい双子に金髪の美少女。

そして珍しい一族の私など。


「毎日毎日侍女たちに髪をとかされ、服を着せられ、装飾品をつけられて、旦那様に付き従うのが私たちのお仕事。お人形さんみたいでしょう?」


私を含めたコレクションたちは、その日の旦那様の気分で何人か連れていかれる。

飾り付けられた子どもたちは旦那様にとってアクセサリーのようなものらしく、1人だったり2人だったり外交がない時は旦那様の部屋で立っているだけの時もあった。


「旦那様は優しくて、可愛いとか綺麗だとかよく褒められて、それが嬉しかった」


母は物心つく前に亡くなっていて、私は父に酒のためのお金として売られた。

だから旦那様に褒められる度に撫でられる度に、本当の父とはこういう人のことを言うのだろうかと思うようになっていた。

けれど、そんな平和な日常はある日突然終わる。


「旦那様は大きな領地の領主様だったのだけど、そんな役職だからかそれなりに恨みを買っていて、ある日暴漢に襲われた」


突然の事だった。

刃物を持った男が鬼の形相で旦那様に走ってくる。

馬車から降りるところだった旦那様も、周りの護衛も気づいていない。

私は『父』が危険だと判断して、そこからは無我夢中。

男に気づいた周りが抜刀した頃には時すでに遅く、刃物は旦那様の眼前だった。


「この、目の上の傷はその時旦那様を庇って負ったもの。後悔、は、…してないつもり」


「名誉の負傷てやつだね」


「!…そうね」


女の顔に傷なんて普通、馬鹿にされて当然なのに。

笑顔でそんなことを言うこの人は、やっぱり変な人だ。

その時の行動を私は後悔はしてない。

するつもりもなかった。

けれど、目の前に迫った現実は私を苦しめる。


「そんな醜いお前をこれ以上飼うつもりはない。目が覚めて最初に言われた言葉。たぶん、一生忘れられない」


命を助けたはずだった。

恩を売ったつもりもなかった。

けれどそれはあまりにも残酷な言葉で。

額の傷より心が痛かった。

父のようだと思っていたのはあくまで私だけで、旦那様にとっては本当にただのコレクションの1つ。

その事実があまりにも辛くて辛くて、私は奴隷商人が引取りに来るその日まで永遠と泣いていた。


「ごめんなさい、面白くもない話だったわね。ただ、その、えと…最初の旦那様にはそれなりに可愛がられて、次に買ってくれたあなた達もいい人で。私はまだ恵まれてる方だと思うの」


「明莉、俺たちは確かに君を買ったけど、でも俺たちは君を奴隷だなんて思ってない」


それは態度を見ていたら嫌でもわかる。

翼も蕾も愛も本当に善意だけで助けたんじゃないかと、逆に疑わしいほど優しく接してくれるのだから。

紬は最初こそオロオロしていたが、能力の扱い方を教えるにつれて懐かれている自覚がある。

ゲームのためと言われればそうかもしれないけど、強制はしていない。


私があの日、奴隷商から逃げ出したのは怖かったからだ。

前日の夜に、1人の女の子が商人たちに連れていかれた。

たまたま私より手前にいただけの女の子。

商人たちはその子の髪を掴んで引きずり出して行った。

女の子は痣だらけで帰ってきた。

泣き叫んでいたのが嘘のように生気のない瞳で。


「ねぇ明莉にはもう枷なんかついてない。普通の人として生きていいんだ。だから、ね?泣きたい時は、泣いていいんだよ」


子どもを諭すように優しい声色。

旦那様に捨てられるとわかった時、悲しくて泣いた。

あれから実はそんなに経ってない。

だから翼のその言葉に「泣きたい時くらいは泣くよ」と私は言おうとした。

けれど、その言葉より先に、涙が溢れていた。


「あ、れ?」


ポロポロととめどなく溢れてくる。

体の反射に心が追いついた時には、私は上手く言葉が紡げなくなっていた。

あぁそうか。


「……つ、翼たちに、とって、わたっ、私は役に立つ…?こんな醜くても、私の力は、ひつよ、う?…うっ、ぐす」


翼たちと過ごして、私はまた楽しいとか嬉しいとか思うようになっていて、それを失うのが怖いのだと今更自覚した。

ゲームに参加することを即決できたのはまた捨てられるのが怖かったから。

命を賭けてでも必要だと言われたかった。


「明莉は醜くないし、もちろん必要な存在だ。けど、無理はしないで」


溢れる涙を止めようと顔を覆った私を翼の手が引き寄せる。

抱き寄せられて優しく頭を撫でられた。


「俺たちのワガママで紬と明莉を巻き込むんだ。けど、怪我が怖いなら参加しなくてもいい。外で待っていてくれたらそれでもいい。怪我じゃ済まないかもしれないんだ」


明日、この場所を立つ。

だから今日、翼は私の所へ来たのだろう。

逃げたいのなら逃げていいよ、と言うために。

私の涙が止まるまで、翼は私を撫で続けてくれていた。


満月だけがずっと私たちを見守っていた。

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