薄氷の少年13 ー愛ー
「翼、愛、聞いて…」
足元が突然崩れて崖を転がり落ちた。
私はお兄ちゃんが庇ってくれて、そのお兄ちゃんはお母さんが抱きしめているようだった。
転がり落ちた先には水溜まりがあって、でも水の中に居たのは一瞬だったように思う。
ふわりと無重力のような感覚に襲われたあと、再び水の上に私たち3人は投げ出されていた。
「うっ、い…、あれ、父さん?蕾!?」
明らかに落ちた場所とは違う。
転がり落ちたはずのお父さんとれーくんの姿もない。
何が起きたの?
「つばさ…」
「母さん!!大丈夫!?」
いつもの美しい母の面影はない。
瞳も随分と虚ろになっている。
ふらふらとした足を支えて母は立ち上がり、何かに誘われるように歩き出す。
お兄ちゃんは急いで私を背負うとそのあとを追った。
けれど、大して歩かないまま母がその足を止める。
「このまま、真っ直ぐお日様が昇る方向に、ずーっと行ったところに、黒い葉っぱのついた木が生い茂る森があって、その中心に小さな村があるの」
木にもたれかかってお母さんはその方向を指さした。
ここ最近見ていた夢で、お兄ちゃんとれーくんと3人でどこかへ歩いていく夢を見ていた。
その最後は先程見たあの惨劇に繋がるのだ。
予知夢で私は、今日の出来事を逆から見ていたんだろう、と今更ながらに気づく。
「その村は訳ありの人たちが集まってて、怖い人もいるかもしれないけど、きっとあなた達なら大丈夫…」
そこまで言ってお母さんは膝から崩れ落ちた。
「母さん!!」
「お母さん!!」
私とお兄ちゃんの声が重なる。
お兄ちゃんが抱き起こして私が手を握ると、その手はすごくゾッとするほど冷たかった。
いつもは綺麗に透き通った紫の瞳が、今は血が混じり澱んでいて光が失われつつある。
「ごめん、ね。こんなにまだ、こどもなのに…」
「ううん、母さんも父さんも立派な人たちだったよ!俺は尊敬してる!大好きだよ!」
「そうだよ!私たちちゃんとお母さんたちのこと大好きだよ!謝らないで!!」
置いていかないで、と駄々を捏ねたい。
今日から両親はいなくなります、なんて寂しくて考えたくもない。
未来が見えなくて怖くてたまらない。
それでも、私もお兄ちゃんも強がって、お母さんの不安を少しでも取り除こうと気丈に振る舞う。
「…あり、がとう…」
安心したのか、それともそんな私たちの気持ちに気づいてなのか、お母さんは最期に微笑んで静かに息を引き取った。
突然の別れ、ほんの少し前までいつもと変わらない日常だったのに。
何が、誰が、どうして!!
言いようのない怒りが胸にひしめいて、私は母の亡骸を前に悔し涙が流れていた。
悲しいよりも悔しい、腹立たしい。
「愛、蕾の居場所はわかる?」
喉の奥に何かが支えているように苦しくて、上手く声が出せない。
代わりに私はコクンと頷いた。
れーくんは生きている。
それに何となくだけど、ここに向かってきていると思う。
その予感は正しく、直ぐにお兄ちゃんの声がした。
「蕾!無事だった、のか…、父さん、は……」
理不尽に奪われた両親の命。
私たち家族の平穏。
あの男たちの胸にあった紋章は覚えている。
絶対に許さない。
少しの間、お母さんに別れを告げて私はれーくんに背負って貰い、住んでいた森を後にした。
お母さんの指した森をめざして私たちは朝日に向かって進んでいく。
3兄妹の過去編
兼、護たち視点のお話はこれにて終了でございます。
忙しく、執筆が追いつかずに長々と書いてしまいました。
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