駆ける
「夢で見たから、助けた…?」
「うん!」
驚愕という文字が見えるほどの女の子と、満足気に笑う愛ちゃん。
夢で見たと言うより、その能力ゆえの判断なのだが、それだけであの大金を一瞬で無くすのは確かに普通なら考えにくいことだ。
今の状況、夢で見たもの、これから参加するゲームのこと。
様々な事情を伝えると彼女は悩ましい顔をした。
「…私も参加しなきゃいけない、のよね?」
「いや、強制はしないよ。命の保証もないんだから」
彼女の問いに翼さんが答える。
そう言えば私はどうしよう。
あまり深く考えていなかった。
ただただリハビリのような平和な毎日を過ごしてきた。
けれど死ぬかもしれない危険なゲーム。
それに参加するか否か。
でも、そう言えば、私はなんのために生きようと思うのだろう?
なんで私は生かされたんだろう…。
「わかった。参加する」
「え?」
女の子はあまりにも簡単に答えを出した。
さすがに翼さんもびっくりしている。
「私はあなた達に買われたのだから、主人のいうことを聞くのは当然でしょう」
「え、いゃ、何かもっと、葛藤とかないの?」
「命に関わることだよ!?」
愛ちゃんも驚いている。
そんなに即決されるとは思っていなかったんだろう。
あれ?
そもそも夢で見て、ゲームのために助けたはずなのに、どうして私にも女の子にも参加するかどうかの選択権を与えるんだろう?
参加してくれ、ではなく、してくれたら嬉しい、そんなニュアンスだ。
「参加してくれるならすごく助かるよ。ありがとう。でも嫌になったらやめたいって言うんだよ?」
オロオロする2人を見兼ねてか、蕾がそう言いながら女の子へ握手を求める手を伸ばす。
女の子はその手を握り返した。
「俺は蕾。こっちは兄の翼、妹の愛、それから紬」
「私は明莉よろしく」
片目は相変わらず前髪で隠れており、表情は薄く読みにくい。
クールと言えば聞こえはいいが、恐らく感情表現に乏しいのだと、その環境から推測できる。
奴隷…。
人間としての権利、自由を認められず、他人の所有物として取り扱われる存在。
肉体的にも精神的にも彼女は、人ではなく物として扱われたのだろう。
塔の中にあった本でも少し読んだことがある。
あまりいいイメージではない。
「明莉っていい名前ね!とっても素敵」
気を取り直したようにぱぁっと笑う愛ちゃん。
愛ちゃんはいつもだいたい笑顔だ。
とても可愛らしい。
おどおどすることしか出来ない私とは全然違う。
女の子らしい。
「そう言えば蕾、愛ちゃん、頭痛は大丈夫なの?」
いつの間にか元気に戻っている2人。
言われた2人もそう言えばと顔を見合わせる。
「あ…ごめんなさい、それ多分私のせい」
そう言って彼女は親指と人差し指で輪を作り、それを唇へと押し当てる。
指笛?
しかし、予想に反して音は聞こえない。
私と翼さんが呆然とする中、蕾と愛ちゃんはしかめっ面をする。
「あなた達、耳がいいのね」
唇から指を離した明莉さんがフッと無表情のまま鼻で笑った。
「犬笛ってやつか」
「耳がキンキンするぅ」
この双子はよく、話し出すタイミングが被る。
低い声の蕾と高い声の愛ちゃんで、被っても短い言葉なら聞き分けれるが、双子とはなんとも面白いものだなぁ。
しかも時々、目だけで会話してるような素振りも見えるし、なんか、仲良くて、いいなぁ。
なんて思っていると、1匹のコウモリが窓から飛び込んできた。
「さっきは手伝ってくれてありがとう。この子に動物たちがいなくなるようにお願いしてて…」
そう言いながら彼女はコウモリを撫でた。
さっきの指笛といい、コウモリといい、明莉さんは少し人間離れしている。
普通指笛じゃ人間の耳に聞こえないほどの高い音は出ないよ?
それにコウモリって狂犬病だっけ?
病気とか危ないのに…。
それでいて、その超音波で頭痛がしたというこの双子も相当耳がいいらしい。
「私たちの中で一番耳いいのお兄ちゃんなのにね」
「ん?あーまぁ俺の場合遠くの音が聞こえるだけだから…そういう耳の良さとはちょっと違うからじゃないか?」
遠くの音が聞こえる?
それは耳がいいのとは違うのだろうか?
あぁまた3人だけの世界で話してる。
「あ、私の能力、言っておいた方がいいよね」
明莉さんがすきを見て会話に滑り込んだ。
この人…できる。
すごい。
「私は『野』を駆ける能力。簡単に言うと触れたことのある、大地を駆ける動物に変身できる力、かな?あと話せるとは違うけど意思疎通はできる」
変身能力!!
なんとなくだけど野生的な感じ、わかる気がする。
それに動物と意思疎通もすごい!
大地を駆けるってことは、鳥とか虫とか、そういうのは無理ってことかな?
それでも充分すごい!
「犬猫狼、鹿、ネズミ、ウサギにモモンガとかかな?」
思いつく動物を明莉さんは挙げていく。
犬猫、ウサギはともかく、鹿とか狼ってすごいな。
まず触れるのか。
あ、でもコウモリを従えるくらいだからそれくらい出来るのかな。
「へー!ウサギさん絶対かわいい」
「そうか、赤髪って『朝日族』」
「あれもなかなか珍しい一族だよな」
夜族の次は朝日…。
でも確かに鮮やかな赤毛の髪は朝日を彷彿とさせるとても綺麗な髪だ。
昼族なんてものもあるのだろうか?
「ところで聞くんだけど、あなた達、不思議な感じね。特に貴女。あなた達の能力は紹介してくれないの?」
明莉さんは私を見てそう言う。
そしてその日、私達はお互いの軽い自己紹介、能力紹介のあと、明日に備えて眠ることにした。
この時、私は幸せいっぱいだった。
殺し合いと言いながらも実感がわかず、この幸せが続くものだと、あまりにも楽観的に考えていた。
参加しない、その選択を考えているようで考えていなかった。