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孤独の新月  作者: 瑠璃茉莉
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奴隷の女の子

今日は週に1度のお勉強の日だ。

料理を作り、情報を集める翼さん。

力仕事と翼さんのお手伝い、そして情報を集める蕾。

服を作り売って、お金を稼ぐ愛ちゃん。

引きこもりで売り子にもなれない私が唯一3人に貢献出来ることは、勉強だった。


「紬、ここなんて読む?」


「あぁこれは口径(こうけい)って読むんですよ」


「そうか、ありがとう」


無駄に読み続けた愛読書たち。

種類は選べなかったが定期的にあの塔に運び込まれていて、豆知識のような知識だけは多かった。

本はよく読んでいたので文字は読めるのだ。

逆に翼さんたちは子どもだけで生きてきたらしく、こういった勉学には疎い。

私は役に立てることが嬉しかったので、週に1度通う図書館は楽しみの一つだった。


「紬ちゃん、この編み方がもっと詳しく見たいんだけど、何かいい本ないかな?」


「んーと、こっちの棒を使うやり方みたいなのは?」


「おぉ!こういうのもあるのか、ふむふむなるほどぉ」


因みに翼さんと蕾は、武器関連や歴史書など難しいものを読んでいて、愛ちゃんは服に関する本を読むことが多い。

みんなストイックだなぁ、と思う今日この頃。

それから人との会話が苦手な私だったが、この教えるという行為の時は、何故かすらすらと話せることに気がついた。

私の言語能力向上にも役立っている、と思いたい。


「んーー!首と肩が痛い」


「わかる〜、本読むの楽しいけど首とか肩とかいつもと違うところが疲れるぅ」


まる一日図書館で時間を潰し、閉館となって外に出た蕾と愛ちゃんが丸まった背を伸ばす。

背伸びをする愛ちゃんを背負いながら、欠伸をする翼さんもそれなりに疲れた様子。

そのままいつも通り家へと続く森に足を踏みいれた。

そこまではいつも通りだった。

だけどその日、森に足を踏み入れた瞬間から、いつも通りではなくなった。

蕾と愛ちゃんの様子がおかしくなったのだ。


「なんか頭痛い…」


「なんか気持ち悪い…」


先程まで元気だった2人が急に体調不良を言い出す。

翼さんと私はなんともないのに。


「そういえば、やけに森が静かだな」


確かに。

愛ちゃんを背負ったまま翼さんが呟く。

そういえば、不気味なくらいに静かだ。

鳥の鳴き声が、生き物の気配が全くしない。


「兄ちゃん、はやく帰ろう」


頭を押さえる蕾の顔色は真っ青で、とても辛そうだ。

森に踏み入れた途端、具合が悪くなったのはなにか理由があるのだろうか?

とても嫌な予感しかしない。

ずいぶんと昔、こんなふうに静かになった日があった。

全てが変わった日。

ゾッと鳥肌が立って、脳裏にフラッシュバックする。


静かな夜。

突然の来訪者。

血に染まる床と身体。

耳元の囁き。


ぎゅっと自分の体を描き抱く。

2人の頭痛が私にも伝染したようにガンガンと頭が鳴り始めて、静けさの中響くのは私たちの足が草を踏みつける音のみ。

あぁ、とってもいやなきぶん。

その時だった。

遠くでなにやら叫び声が聞こえた。

と、同時に何かが迫ってくる音が響き、小動物などではない何かがこちらへ迫り始める。

3人もあたりを見回し、異変に対する警戒をしていて、辺りに緊張が走った。

そして、真横の草むらから黒い何かが、私目掛けて突撃してきたのだった。


「紬!?」


馬にでも蹴られたのかと思うくらいの衝撃があり、私は地面に転がった。

ぶつかってきたものも、反対側へと転がった。


「ひっっ!?……い…ったぁ…」


「ぅ、ぃ…た」


私が馬だと思ったのは、右目が前髪で隠れた赤毛の女の子だった。

その手足にはちぎれた鎖と枷。

体は土埃などで汚れ、血が滲んでいるようにも見える。

顔を上げると鋭い眼光をこちらへと向け、すぐに翼さんたちにも向ける。

金色の瞳は憎悪に染まっていて怖いのに、汚れていてもわかるほど端正な顔立ちだと思った。


「このガキ!まちやがれ!!」


「お兄ちゃん!!この子!この子!!助けるの!」


「は?」


「絶対逃がすなよ!お頭に殺される!」


「愛?」


いろいろな人の声が混ざる。

赤髪の女の子の後ろから男が3人追いかけてきていて、逃がすなと叫び。

愛ちゃんは興奮した様子で女の子を指さす。

翼さんと蕾は興奮する愛ちゃんに驚いたような反応。

とりあえず女の子は男たちから逃げようとしてて、私にぶつかって、愛ちゃんは何か知っているみたいだ。

恐らく夢で視たのかな?


「ねぇ、ちょっと待って」


「っ!?………離して」


逃げようとした女の子の腕を蕾が捕まえる。

一瞬焦ったがすぐにそれは消え、女の子は鋭い目を蕾に向けて低い声で唸った。

その横では翼さんが走ってきた男たちを静止して、その男たちに交渉を持ちかけている所だった。


「なんだお前ら?」


「邪魔するなら容赦しねぇぞ」


「あの子奴隷でしょ?気に入ったんだけど、いくら払えば俺に譲ってくれる?」


「はぁ?ガキが何言ってんだか。何様のつもりだ!あぁ!?」


奴隷…だから枷…。

翼さんの言葉に驚く。

この国が奴隷制度のある国なのは知っていたけれど、関わることになるとは思っていなかった。

子どもだと馬鹿にする男たちを翼さんは無表情で対応する。

その背中では愛ちゃんが難しい顔をしていて、未だに逃げようとする女の子を蕾は腕を掴んで説得中。

えーと…私、どうしよう。

バカにする男たちに対して翼さんは一歩もひかない。


「チッ!ガキが!邪魔だって言ってんだよ!!」


その時だった、しびれを切らした男が自らの懐へと手を突っ込んだ。


「っ!!れーくんっ!」


翼さんを鬱陶しく思ったらしい男の1人が、その懐からナイフを取り出す。

直後、翼さんの背中で愛ちゃんが叫ぶ。

明らかに何も見ていなかったはずの蕾は愛ちゃんの声に反応し、目で追えない速さで翼さんに向けられたナイフを蹴り飛ばした。

突然目の前から蕾が消えた女の子も、突然目の前に蕾が現れた男たちもすごく驚いた顔をしている。

消えたと、現れたと、錯覚するくらいの速さで蕾は動くのだ。

そして私はあの速さを体験している。

そりゃあ誰だって驚くよね。

私も驚いたもん。


「しつこいのはアンタらだよ。彼女は商品だろう?こっちは客だよ。いくら払えば譲ってくれるか聞いている」


「は、てめぇらみたいなガキがそんな大層な金を持っているとは思わないけどなぁ?そいつ、見た目はともかくとして、能力者だからな、それなりの値打ちだぞ?」


余裕そうな口ぶりをしているが、実際その顔は引きつっていて、明らかに人間技じゃない蕾を警戒しているようだ。

女の子も呆気に取られて逃げることを忘れている。

愛ちゃんの商売の交渉をそばで見てきた私には、既に結果がわかってしまった。

蕾に気を取られて、正しく状況判断が出来なくなった時点で男たちの負けである。

「人を見た目で判断するなんてアンタら素人だろ」


「とりあえずこれだけあれば足りるか?」


そっくりな少年2人に気圧される大人3人はなんとも無様だった。

翼さんがその懐から取り出したのは袋いっぱいのお金。

それはわたしが来る前からコツコツと貯めていたらしいお金。

何故生活を切り詰めてまであんなに貯めているのか不思議だったが、なるほど、この日のためだったようだ。

さらにひらりと翼さんが取り出したのは一枚の紙。

いつの間に男の懐から盗ったのか、奴隷を買うための契約書まで手に入れて、準備は万端。

翼さんの名前ももう記載済み。


「なっ…」


「アンタのサインがあれば取引完了だろ?」


こうして半ば強引に契約書を作り、女の子は私たちへと引き渡された。

女の子は途中から呆然とそれを見ていて、その手足から枷が外されるのをなんとも言えない顔で見ていた。

不思議そうな、驚いたような、嬉しそうな、悲しそうな…複雑な顔。

私たちと女の子を残し、男たちは恨めしそうな目で睨みつつ去っていった。


「………どうして?」


呆然とその場に立ち尽くしていた女の子が口を開く。


「なんで、私なんか…」


「こんな所でもなんだし、こっちに家があるんだ。家で話そうか?」


メイン全員集合

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