前向きに
正直、翼たちの願いが何であろうと私には関係なかった。
私はあくまで買われた身であり、それは関係ないと言われつつも恩を返したかったから。
そんな関係ない私まで4人の両親の話を聞いてしまった。
辛かったろうし、大変だっただろうし、そして何より無念だったろうな、と思った。
ただ聞きながら、翼がお願いした両親の真実というよりも、紬の両親の話が主なことにそれでいいのか?と疑問が湧いた。
まぁ、みんな満足そうだったからいいんだろう。
「ねぇ翼」
それに途中から私は気が気じゃなくなっていた。
バササッと言う羽音が聞こえ窓に目をやれば、森でよく見かける鳥がいた。
ただしそれは朱色の羽毛をしていて、本来の色ではない。
その鳥が窓越しに「ピィ」と鳴いた瞬間、頭にベルの声が響く。
「門の前で待つ」
そう聞こえたのだ。
話をしているのは分かっていただろうから、終わってからでいいだろう。
だから翼に声をかけた。
「ベルに、呼ばれたから、私少し出るね」
「俺も行く」
え、と思ったものの断る理由もない。
未だに放心している紬に目をやると、その横に座る蕾が笑顔で手を振った。
「紬は俺に任せて」と言っているようだった。
そのまま廊下へ出て中庭へ。
「別に、ついてこなくてもよかったのよ?」
あまり翼とベルを会わせたくもない。
ベルは髄分と翼のことを気に入っているようだった。
それにあの子には昔から目の敵にされていて、私のものを奪う傾向にあるから、正直迷惑だ。
「あまりにも遅いから来ないかと思った」
体中に包帯を巻いたベルは、あのゲームでの傷が癒えていないのがわかる。
驚いたのはその横にお嬢様と白雪がいたことだ。
私と翼の姿を見て一礼している。
私たちも一礼を返す。
「呼び出してごめんなさい、明莉さん。あら、そちらもご一緒されているんですね。わざわざ申し訳ございませんわ。ただ最後にお話したいと思って朱音にお願いしたのよ」
「朱音?」
お嬢様がチラリとベルのことを見る。
ツンとした態度で遠くを見るベルの本名だと悟った。
それはお嬢様たちがもうあのご主人様の所有物ではないことを示している。
不思議な発音の名前はあの人の趣味であり、古い童話の登場人物の名前だ。
「お察しの通り追い出されましたの。結果を残せなかった者として当然ですわね。まぁ、正直なんの未練もございませんけれど」
ふふ、と笑うお嬢様は相変わらずお人形のように美しい。
彼女がまだ奴隷だった頃、シンデレラという名を与えれていた。
どん底から這い上がる美しいお姫様の物語。
「私、あのゲームで勝つことが叶ったのなら、私自身に身分と領土をお願いするつもりでしたのよ。そうしたら少しは自由になることができるかと思いまして」
「それは…」
「そのようなお顔はなさらないで?」
もし、叶っていたのなら彼女はとても凛々しいシンデレラだ。
思わず罪悪感が生まれて、謝罪のようなものを口にしようとしたが止められた。
叶わなかった今、しかしながらお嬢様のその表情は明るい。
結果として身分は得られずとも、予期せぬ形でお役御免という自由を与えられたからだろう。
「私たちこれから見聞を広める旅に出ようと思いますの。それで、その、明莉さんもご一緒されないかとお誘いをしにきましたのよ」
「え、私もですか?」
「ええ。貴女はとても勇敢で、それにあのゲームが終わってしまえば、明莉さんも暇となるかと思っていたのですが…」
チラリと今度は翼を見る。
翼は特に口を挟むわけでなく、私の横に立っていてくれていた。
視線を向けられたことに気づくと、今度は翼が私にどうしたい?と視線を投げる。
「俺は別に明莉を縛るつもりはないので。…明莉の、好きにしたらいいと思う」
少し歯切れの悪い言い方。
黒く見える翼の瞳が、私とお嬢様を交互に見たあと横へ逸れる。
翼って実はものすごく不器用な人だと思う。
弟妹想いで、私や紬に対して最初は少し無愛想だったのは、家族以外の接し方が分かっていなかったから。
今となっては全員の頼れるお兄ちゃん、という感じになってしまった。
「お嬢様、べ…えと朱音も。お誘いは嬉しいのですが、私は翼たちといることを望みます。だから、ごめんなさい」
ペコリとお辞儀をする。
彼女たちといるのも悪くは無いだろう。
似た境遇なのだから、本音で語り合えば案外気が合うかもしれない。
朱音と私は特に能力の系統が似ているから、尚のことお互いにしか分からないことだってあるかもしれない。
だけど。
「私は恩とかそんなことを無しにしても、結構皆のこと好きなんです」
自信たっぷりに笑顔を見せた。
翼も双子も、紬のことも私は結構好きなのだ。
離れ難いと思ってしまう程には今が楽しいのだ。
だから彼女たちとは行けない。
「そう、だったら仕方ないわね。残念だけど諦めるとしますわ。またいつかどこかで会えたらお話しましょう」
お嬢様が着せられていた赤と黒を基本としたドレス。
輝く金髪と深紅の瞳にはよく似合っていたけれど、今は橙色をベースにした動きやすそうなワンピースになっていた。
薔薇をイメージした気品ある姿よりも、向日葵のような活発さが伺える今の方がなんだか似合っている気がする。
そのワンピースの裾を僅かに摘んで、正しいお辞儀をして顔を上げる時に微笑む。
「御機嫌よう」
私もそれに習い教えられたお辞儀をこなし、そして行儀悪く手を振った。
「お元気で、お気をつけてくださいね!」
まだお嬢様であることを捨てきれない美姫さんと、もう過去に捕らわれていないことを示した私。
お互いにそれが面白くて笑ってしまった。
上品や微笑みよりも破顔した顔の方が、人間気持ちのいいものである。
「明莉!それに…いやいいや、またいつか会いに来るから」
朱色の髪を風に靡かせ、まだ少し冷えた目で私を見つめる。ちらりと翼に目をやるも、何も言わず背を向けて行ってしまった。
彼女も本当は少ない同胞として私と関わりたかったのかもしれない。
ご主人様はより鮮やかな私の方を特に可愛がっていたようにも思うから、今までの行動は嫉妬からくるものだったのかも…。
まぁ、今となってはどうでもいいか。
「貴女たちは強いとはいえ、女性3人の旅だからお気をつけて」
「…あの娘に、言いがかりと八つ当たりを詫びておいてください…すみませんでした」
フードを被った少女はそう翼に言い残して、直ぐに2人の後を追って行った。
その容姿の原因は紬に聞いた。
彼女もそれなりに苦労の多い人生だったのだろうが、目の前で翼たちを撃ったこの人を好きにはなれない。
まぁ、彼女のようになりたくはないので、ほどほどに忘れたいと思う。
「さて、要件は済んだみたいだな」
「翼、別に来なくてもよかったんじゃないの」
「………かもね」
謎の間が気になって顔を見上げると、向き直ってお城へ向かってしまう。
あれ?なにか、怒ってる?
私は慌てて翼のあとを追ったのだった。