日常
「こりゃあ、随分と綺麗なワンピースだねぇ」
「ほんとですか!ふふふ、嬉しいです。ちなみにこれ私が作ったんです!」
「お嬢ちゃんが?はぁー、随分いい腕してるじゃないか」
「えへへ。褒めてくれたんでここだけの話、少しお値引きしますよ?」
「お、裁縫の腕だけじゃなく商売上手ときちゃあ、将来が末恐ろしいねぇ、娘に買ってってあげようかね」
「まいどありー!」
あれから数ヶ月。
日銭を稼ぐためにこうして時々、みんなでフリーマーケットをしている。
足の動かない愛ちゃんは幼い頃から裁縫や編み物なんかが得意で、こうやってお店に出せるくらいの腕だ。
「今日は人が多いね」
「お祭りまでもう少しだもんね。みんな下準備に買い物が増え始めたんだよ。ほくほく」
私の服もそんな彼女が作ってくれた。
白いブラウスに赤のロングスカート。
長く引きずるほどだった黒髪は腰の長さまで短くして、三つ編みにして大きめ帽子に隠してある。
ちなみに髪は蕾に切ってもらった。
手先が器用なのは双子一緒みたい。
真っ黒な髪は夜族として珍しいようで隠した方がいい、だけどバッサリ着るのは勿体ないとかでこういう形に落ち着いた。
「疲れた?」
明るい印象の顔は崩すことなく、愛ちゃんは私の顔をのぞき込んでくる。
相変わらず耳のようなツインテを揺らしながら。
「私座ってるだけだし、全然大丈夫だよ」
愛ちゃんは「そっか」と言うと目の前を流れる人々を見る。
その横顔はどこか大人びていて、いつもの可愛らしさは感じられない。
愛ちゃんは時々、こういう顔をする。
見ているものよりも遠く遠くなにかを見つめる。
……感じ。
何を見ているのかは気になるものの、いつも何故か怖くて聞けない。
「調子どう?」
突然お店の横から顔を出したのは蕾。
私たちがこうしてお店で資金を稼ぐ間に、蕾と翼さんは情報収集に行っている。
スレイルラージュに関する情報を集めるため。
スレイルラージュのデスゲームは2組の希望者と、王国軍代表の合計3組が出場する。
その2組に私たちは参加しようとしているのだ。
参加できるかどうかすら今は怪しい。
というのに、3人はやけに自信ありげだった。
参加することを前提で準備を進めている。
武器類、服、寝袋や食料、必要雑貨など開催される7日間のためにいろいろしている。
自信の根拠はおそらく愛ちゃんの能力で視たからなんだろうな。
「れーくん!おかえりー」
「ただいま。まだ家じゃないけどねー」
にこっ、にこっと微笑み合う双子。
ほわわん、としたこの2人の間の独特の雰囲気は結構好きだったりする。
つられて私もほっこりするから。
なんというか、そう、かわいらしい動物を眺めているような、癒されるのだ!
「愛、紬、今日もおつかれさま。そろそろ帰ろうか」
蕾の後ろから現れた翼さんはなにやら大荷物を抱えていて、茶色い紙袋には食料、背中のリュックはやけにゴツゴツとしたものが入っている。
今日は武器の調達に行く、と朝に言っていたことを思い出す。
本当に殺し合い…するのか…。
あの塔から出て、結構な時間が経った。
未だに時々、目が覚めたらまだあの塔でこの日々は偽物じゃないかと疑うことがある。
殺し合いのゲームに彼らと参加するという実感がなかなか持てずにいた。
「紬、そっち持ってー」
本日の売上金を持った愛ちゃんを、蕾がおぶり、私は商品である洋服が入った袋をリュックに詰める。
今日はもうおしまい。
歩けない愛ちゃんはいつもこうして帰るのだ。
そして街を抜け、街を外れ、山へ続く小道を通り、生い茂る木々をくぐった先に私たちの家はある。
毎日毎日、重い荷物と愛ちゃんを抱えてここを通るこの2人はすごいと思う。
翼さんも蕾も足腰が強いのに納得する。
日々の鍛錬、になるのかな?
引きこもりから一転して私にもだいぶ体力がついた。
「今日は麺が安かったのでパスタにします」
「やった!お兄ちゃんのパスタだー!」
夜は翼さん特製の美味しいご飯。
今日はパスタらしい。
料理に詳しくない私は料理名とか材料を言われても全く理解できないが、今日買った麺は細く長い一般的なパスタではなく、短くクルクルとした形のパスタらしい。
どうみても麺ではない。
のに、麺らしい。
不思議なものだ。
それを甘みのある野菜と混ぜたスープ。
そして一般的な長いパスタにソースを絡めたメイン。
鶏がベースで野菜の甘みが出たスープはとっても美味しく、まだ夜は肌寒いこの春にはとても合ったものだ。
メインのスパゲッティーはパスタとよく絡むようにソースが作ってあり、トマトにひき肉が散らばるこれまた絶品だった。
「「ごちそうさまでした!」」
「ご、ごちそうさまでした」
ペロリとご飯を平らげた双子に僅かに遅れて、翼さんに感謝する。
こんな美味しいご飯、遠い記憶でしか食べていなかった。
毎日毎日、誰かと話して楽しくて、(ほとんど役に立ってないけど)働く喜びもしれて、食事も美味しくて、今、とても幸せだと思える。
「はい。お粗末さまでした」
私たちが発した言葉に翼さんが返す。
そしてみんなのお皿を集め始めた。
「あ、わたしも手伝うよ!」
集めたお皿を蕾が持っていこうとするのを制止して、その手からスープ皿を取る。
一瞬驚いたような顔をした蕾だが、すぐににこりと笑って「ありがとう」と続けた。
「じゃー、紬はお皿拭いてくれる?」
蕾はそう言いながら台所へとお皿を持っていき、いつも羽織っている上着を脱ぐ。
そして下のシャツの袖まくりをするとささっと洗い物へとかかった。
食事を作るのは翼さん、洗うのは蕾と役割が決まっているらしい。
いつもいつも手伝わなきゃと思うのだが、タイミングを逃して手伝えていなかった。
今日こそは言えたからよかった。
「今日はどうしたの?急に」
一枚目のお皿を洗ったところで、そのお皿を手渡してきた蕾が聞いてくる。
「え、いや、特に深い意味は無いよ」
「そっか。てっきり何か話したいことでもあるのかと思った」
「う、うん。別に、そんなんじゃないよ」
お皿を布でこする音と、泡と汚れを流す水の音だけが響く。
なんか変な沈黙になっちゃった。
数ヶ月彼らと生活してきて慣れては来たものの、こうやって2人きりになったりすると困る。
何か会話、会話…話題を…んーー!
数十年1人だった私に話題の引き出しなんてほぼ存在しない。
蕾はいろいろすごいと思う。
時々魔法使いなんじゃないかってくらい、こちらの思考を読まれる。
「"蕾"ってまだ呼びなれない?」
結局会話の話題を振ってくれた。
だがその内容は私にとって気まずいもの。
「う、うん。そもそも…人と話すの、まだ慣れない、し…ごめんなさい」
普通に話そうと、そう思うのに、口から出る言葉は途切れ途切れカタコト。
一日中、本とにらめっこして、妄想して、時々独り言をつぶやくくらいしかしてなかった私に会話とはなかなかに難易度高めだった。
「そっかぁ。まぁでも頑張ってね!」
蕾の笑顔が悪魔に見えた。
時々だがこの優しい人は悪魔だ。
できないと唱える私に、やれば慣れるよと説くのだから。
この家に来て3日目、さん付けで呼んでいた私に蕾はこう言ってきた。
「俺のこと、蕾って呼んで?」
理由はただ単にさん付けで呼ばれるような年齢差でも立場でもないから。
"くん"じゃダメなのか聞くと、やだっと一言断られた。
それ以降呼び捨てを頑張っている。
愛ちゃんに関しても、"ちゃん"やら"さん"やら統一性のない呼び方を指摘され、さん付けは嫌だと拒否られ、今に至るのだった。
この双子は本当によく似ている。
さん付け禁止を言い渡された日が、図らず同じ日だったのだから。
「よし!洗い物終わり!これで最後ー」
最後の1枚が私に手渡されると、蕾はお気に入りのジャージに手を通す。
少しボロいそのジャージはもう何年も着ていると愛ちゃんが言っていた。
小さい頃にお父さんに貰った物らしい。
破けたり、ほつれたりする度に愛ちゃんが手直しをしたたくさんの思い出といろいろな想いが詰まった服。
「なに?」
ぼーっと眺めていた私に蕾が不思議そうに首を傾げる。
「ふぁ、何でもない!何でもないよ!」
ささっとお皿を拭き終わると棚へ仕舞う。
自分がじっと見つめていたことが恥ずかしく、アタフタする。
「そ、それじゃぁ!おやすみなさいぃ!」
ぺコンっと一礼して与えられた自室へと避難。
呆気にとられて何も言わない蕾だったが、ドアを閉める直前に笑いながら「おやすみ」が聞こえた。
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