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孤独の新月  作者: 瑠璃茉莉
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真っ赤な夜

流血表現があります。

私の中の1番古い記憶は、日課だった兄との散歩中に起きた事件を一生懸命両親に話そうとしているところだ。


「あのね!あのね、今日ね、えっとね、あのね、えーと、お兄ちゃんとね!お散歩しててね、それでね、えっとね」


何歳だったか忘れたし、その話したい内容はもう覚えていないけれど、拙い言葉で必死に伝えようとする私を見て両親が揃って微笑んでいるところ。

楽しかった、という記憶だけがこびりついている。


「あらあら今日も元気ねぇ」


幼い頃はお年寄りの多い小さな村に住んでいた。

父は数人の男性陣と作物を作ったり、街へ売りに行ったりするのが仕事。

母は体が悪く身寄りのないお年寄りたちの日々のお世話をするのが仕事だった、と思う。

私は兄と2人でよく村中や村の周りの野山の散策をしていた。


「おはようございます」


「おあよーごあいます!」


村には私たち以外に子どもはおらず、村のお年寄りたちにはとても可愛がってもらっていた覚えがある。

今思えば珍しいこの黒髪もみんな気にしていないようだった。

なんとも平和な日常だったのだ。

あの夜までは。


「ほら2人とも、さっさと片付けな〜」


母は艶のある綺麗な栗色の髪に、明るい笑顔の女性。

気が強いけど情が深い、頭のいい自慢の母。

父は黒髪黒目の少し無愛想な人。

ぼーっとしているように見えて実は真面目で勤勉な人。

兄は私のわがままをだいたいなんでも聞いてくれて、黒色で母譲りの少しくせっ毛のある髪の毛だった。

みんなみんな優しかった。

大好きだった。


「夜分遅くに申し訳ありません、少しよろしいですか」


その夜、寝支度をしていた我が家に突然の訪問者。

ノックの音と共に男性の声が聞こえた。

最初、扉に近かった母が出ようとしたところを何かを察したのか父が扉へ近づいていった。

私はその頃兄に手を引かれて子ども部屋へと向かおうとしていて、眠いなぁ、と大あくび。


「っ!?…え?」


ゴシュッ、という音と共に父のうめき声。

何事かと目を向ければ、扉は開かれてすらいない。

変わりに扉ごと父の体を血に濡れた剣が貫いている。


「あなた!?」


「父さん!?」


母と兄の声が重なり、剣が引き抜かれると父はその場に倒れ込んだ。

木でできた床に血溜まりができていく。

その時6歳だった私には理解ができない。

母が父に駆け寄った時、扉が勝手に開かれて男が数人勝手に家に入ってくる。

その全員が手に剣を持っていて今にも斬りかかってきそうな形相である。


綯月(ナツキ)!紬を連れて逃げな!!」


母の怒号が響く。

兄はすぐに固まったままの私に駆け寄ってきて、手を取り裏口へ。

母は動かない父から離れて、テーブルを蹴り倒す。

そこには常日頃から隠してある剣が隠されており、男6人相手に母は怯まず立ち塞がった。

私たちを逃がすための時間稼ぎ。


「なっ…うそ、だろ」


裏口の扉を開けた途端、兄が足を止めた。

ちらりと見えるそこは確かに村へ続く道のはず。

なのに、真っ赤に燃える炎でいつもの景色がない。

村中が燃えている。

ぎゅっと握られた手に力が篭もる。


「綯月!!逃げなさいっ」


振り向けば男が1人倒れているだけで、母は既に床へと組み伏せられていた。


「女は殺すな。ガキ共は必ず殺せ!」


その言葉を聞くや否や兄は私を引きずるように走り出す。

燃える炎が痛い。

靴すらまともに履いていないせいで足はすでに血だらけだ。

慣れ親しんだ山道。

全く違う光景へと変貌して、地獄にいるかの如くだった。


「おかぁさぁん、おとうさぁん…ひくっ」


いつの間にか溢れていた涙は恐怖なのか悲しみなのか。

今となっては両方だったのかもしれないな、と思う。

火の海を走っていた時間はこの頃の私にとってとてつもない時間だったように思うが、きっと実際は短かったんじゃないかと思う。

真っ黒な空と真っ赤な視界が涙で歪んで溶けていた。


「あ!?…くそっ」


兄は私を抱え込むように立ち止まった。

目の前には先程の男のうちの1人がいる。

メラメラと燃える炎がむき出しの刃に反射して、恐ろしさに兄の腕へとしがみついた。

この時、兄もそれなりに泣いていたようで、私の手にポタポタと雫が垂れてくる。

兄はこの時9歳。

仕方がないことだと思う。


「逃げられると思ったか!!」


振り上げられた刃。

抱きしめられる腕に力が篭って、兄がそのまま私の上に倒れ込んだ。


「ーーーーーーーー!!!」


耳傍で塞ぎようのない悲鳴が聞こえる。

初めは体重をかけないようにしてくれていた兄の体が重たい。

抑えられた手に力が篭もり、髪を引っ張っている。

ここら辺の記憶はそう言ったことが脳裏に焼き付いている。

もう炎の熱さも恐怖も感じない。

ただただ、兄の声と足より痛くないはずの頭皮の痛みだけが残っている。


「ぅ、ぃあ…だれ?」


兄に抱きしめられたままの私には周りの状況は見えない。

背に回した手のひらには何やらぬるっとした感触が。


「今助けてやる!待ってろよ…大丈夫、大丈夫だからな」


遠くの方で知らない男の人の声がした。

兄の体がどんどん重たくなっていて、私は苦しいのに声を上げることすら出来ない。


「………つ、むぎ、独りに、してし、まう…」


ぎゅっと抱きしめられ、震える手が頭を撫でる。

嫌だ、と置いていかないで、と死なないで、と泣き叫びたいのに、兄に抱きしめられて声が出ない。

とめどなく溢れる涙だけが叫んでいる。


「…ごめん、なぁ…」


この時、言葉の意味はわからなかった。

ただ『ひとり』の意味は分かっていたから、すごく嫌だったことは覚えている。

遠くの方で誰かが何かを叫んでいたがその言葉はもう認識できず、私は兄と共に意識を失っていった。


「…ん。おにぃ、ちゃん?お父さん?お母さん?」


目を覚まして辺りを見渡す。

見知らぬ部屋、見知らぬベッド。

そして足に残る痛みと火傷による喉の痛み。

それらが全て夢なんかではなかったと物語っている。

手当はされて、服も違う。

汚れてはいないけれど何も無い。

何も、ないんだ。


「ぅ、ぅぁあああああん」


泣いて、疲れて寝て、起きて泣いて、数日ほどそれを繰り返して、食事の受け渡しと1日1回の濡れた布で体を拭く生活。

時々、送られてくる本を読んだ。

6歳から始まった生活は、蕾が助けに来るその瞬間まで続くことになるとも知らず。

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