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孤独の新月  作者: 瑠璃茉莉
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固く重く閉ざされた扉。

毎日食事だけが通される小さな小窓。

(レイ)と名乗る少年はその大きな扉を蹴り一撃で破壊した。


「な、なんだキサマ!?」


扉の左右に立っていた兵士が2人、バケモノでも見るような目でこちらを見た。

そりゃあ突然扉がぶっ壊されたら誰だって驚くだろう。

兵士が腰に下げられた剣に手をかけた時だった。

ポンっとその2人の腕に少年が触れる。

突如、兵士が膝から崩れ落ちた。


「えっ…」


「先急ごうか」


何が起きたんだろうか?

驚いて呆気に取られる私をよそに、彼の手が私を先へと導く。

迷うことなく塔を降りていく途中、数人の兵士と対峙した。

出口につく頃には8人の兵士が床に沈んでしまった。

もちろん彼は無傷。


「さて、と…ここから先は外だよ」


そう言って1歩先を行く彼は微笑んだ。

これは夢なんじゃないだろうか。

そう思ってしまうが、彼の手の温もりは真実だと思う。

期待と不安と複雑な感情が、いざとなって襲ってきた。

緊張で喉が渇く。

耳そばにあるかのように心音が聞こえ、全身で脈打つかのように体が震え、無意識に力の込められた手は冷たくなり、冷や汗が首を伝う。


「やめてもいいんだよ。外の世界はここより刺激的だけど、とても危険だしね」


「…ぅ、あ、……」


行きたいと、外に出たいと喉元まで出ているのに、声が紡げない。

コワイ……。

私の過去はとても少ない。

だからこそ鮮明に覚えている。

父の、母の、兄の、その最期を。

彼らは外の世界で奪われた。

私の自由とともに彼らの命も奪われてしまった。


「わたし、この目で、外を見たい。知ってることを、確認したい。自由になりたい。でも、でも…」


彼は黙って私の弱音を聞いてくれる。

あぁ情けない。

いざと言う時に勇気が出ないなんて。

きっとこのチャンスを逃したら一生このままここにいることになるんだろう。

それは嫌だ。

「ここから出ても紬を1人になんてしないから」


私の不安を察してくれたのか、彼はそう告げる。

私独りならきっとだめだ。

だけど、この少年となら、きっと…。


「…行く。」


そうハッキリ声に出すと、胸に何かがストンと落ちたような気がして、足の震えが止まった。

次の瞬間、ふわりと彼に抱えあげられる。

いわゆるお姫様抱っこというやつだ。


「えっ!なにっ…わた、わたし!重いの!?」


重いよ、と言いたかったのに盛大に噛んだ。


「ふふ、重くないよ」


私の慌てぶりが面白かったらしく、くすくすと笑われる。

そしてそのまま最後の扉を、始まりの入口を彼は蹴破った。



直後、私はとんでもないことを経験する。

塔を出た途端に兵士数十人に囲まれた。

それを見るや否や、「数が多いなぁ」なんて呟いて、彼は私を抱えたまま走り出す。

…走り出した彼の腕の中にいるはず。

それなのに目を開けていられないほどの風。

突風でも吹いたのだろうか?

その答えは否だ。

彼の足が速すぎるのだ。

塔の前は拓けた大地だというのに、経った数秒で大地を囲う林にまで辿り着く。


「ごめんね、まだ走るからしっかり捕まっててね」


後ろからは慌てた様子の兵士達が数人、追いかけてきている。

一度しっかりと抱き直されるとまたとんでもないスピードで彼は走り出す。

私は終始、目と口を閉じてぎゅっと彼の首にしがみつくことしかできなかった。


「ついたよ」


どのくらいそうしていたのだろうか。

気がつけば辺りは静寂に包まれ、兵士たちの影も形もない。

そしてやけに暗く、木々に囲まれた場所に連れてこられていた。

目の前には古い木製の小屋。

躊躇いもなく彼は扉を開ける。

予想通りの悲鳴をあげる扉を気にすることなく、彼はそそくさと中へ入っていく。


「ただいま!成功したよ」


ぼんやりとした灯りに照らされた小屋の中は、薄暗くて入るのを少し躊躇ってしまう。

しかもどうやら誰かいるらしい。


「なにしてるの?おいで?」


きょとんとした顔で部屋の中へ招かれた。

彼の手を信じてここまで来たけれど、もし本当は悪人だったらどうしよう。

今更ながら自分の選択に不安がよぎる。

少し怖いと思いつつ恐る恐る部屋へ入ると、中にはもう1人男の人がいた。


「蕾、よくやった。初めまして。俺は(ツバサ)、コイツの兄です」


ポンポンと蕾の頭を撫でながら、蕾によく似た青年は微笑んだ。

だけど、蕾と違ってなんだか少し怖いと感じる。

翼と名乗る青年は蕾と同じくクセのある髪に、よく似た笑顔、そして蕾より高い背丈。

兄と聞いて疑う余地はないくらい似ている。

見た目は17歳くらい。


「蕾、(アイ)を連れてきてもらえる?」


「うん」


私を迎えに来た時より、若干子供っぽくなった蕾は奥の部屋へと消えていく。

兄の前だと弟らしくなるのだと、なんだか懐かしい気分である。

私も幼い頃、やはり『お兄ちゃん』の前ではどうしても、わがままを言ったり、褒めてもらおうとしたりしたものだった。

父や母とは違う、兄という存在は両親とは違う甘え方をする人だったように思う。

ひどい妹だが、困った顔で笑う兄が私は大好きだった。


「突然の事でいろいろ驚いただろうね。とりあえず座りな?」


どこか恐ろしい雰囲気の彼は、優しげに私を椅子へと促す。

正直歩くこと自体珍しく、ほとんどは蕾が運んでくれたというのに、私の足は疲れで痺れている。

長年まともな運動をしないと体はこうも衰えるのだと実感した瞬間だった。

なんとも情けない。

椅子に座るとどっと全身を倦怠感が襲い、見知らぬ場所でただでさえ緊張しているというのに、私は睡魔との戦いまでしなくてはいけなくなった。


「連れてきたよー」


奥の部屋から蕾に抱えて来られたのは私と変わらないくらいの女の子。

目が合った途端、花でも咲いたかのようにぱぁっと明るい表情になる。


「貴女が紬ちゃん!すっごいかわいい子だね!私、愛って言うの、えへへ、これからよろしくね!」


蕾に横抱きされたまま彼女は私へと手を伸ばしながら早口で喋る。

上体を前のめりにさせているせいで、蕾は歩きずらそうだ。

私の目の前に彼女の椅子は用意され、そこへ降りると彼女は私の手を握って「よろしくね!」ともう1度念を押すように笑う。


「ぇと、よ、よろし、くです…」


「私のことは愛でいいからね!私ね、同い年の女の子と話すの初めてなの!すごく長い綺麗な黒髪!今度遊ばしてもらっていいかな!?服とか髪の毛とかいろいろいじるの大好きなの!紬ちゃん顔も可愛いからなんでも似合いそう!あ、うるさいよね、ごめんね…」


彼女の頭で揺れるツインテールはまるで犬の耳のようで。

嬉しい時は笑顔とともに揺れ、落ち込むと大人しくなった。

よく動く口と、ころころ変わる表情は可愛らしいと思える。

彼女の後ろでは呆れた顔で笑う2人がいて、とても仲のいい兄妹なのだなって羨ましく、やはり懐かしかった。


「愛は俺の双子の妹なんだ。あんまり似てないでしょ」


似てない?

銀色のふわふわとした髪の毛や笑った顔、まっすぐ目を見て話してくれるところ、不意な仕草、とても良く似ていると思った。

ただの兄弟でなく、双子だと聞いてものすごく納得がいく。

そしてそこでふと、愛ちゃんの足の違和感に気づいた。


「あの、愛…ちゃん、もしかしてその…足…」


彼女の足はとても細い。

長年まともな運動をしていない私と比べても、それは異常なほどだった。

蕾が抱き抱えて来た時に違和感はあったが、近づいてようやく今気がついた。


「うん。私の足、生まれつき動かないの」


ふっと笑う少女は儚くて、こっちまで悲しくなる。

何か言わないとと思うが、上手い言葉が見つからない。

内心1人で慌てていると、助け舟を出してくれたのはずっとこちらを見守っていたお兄さんだった。


「そういう細かいことは置いておいて、とりあえず本題に入ろうか」


「あ、うん」「そうだね」


兄の一言に、双子が同時に頷く。

失礼なことを聞いてしまったことに対する罪悪感はありつつ、話が変わったことに胸を撫で下ろした。

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