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孤独の新月  作者: 瑠璃茉莉
19/68

双子の絆

あけましておめでとうございます!

本選当日。

それは何とも実感が湧かない始まりとなった。

指定されたのは王都の教会跡地。

広い敷地の中央に教会があり、その建物の一番高いところに鐘があるらしい。

その鐘の真下に目印が置いてあるそうだ。

そして教会の中には、バトルロワイヤルを勝ち抜けた王国軍が私たちを迎え撃つために待っている。

勝負そのものは至って単純。

敵チームより先にその目印を獲得したら勝ち。

明日の正午までにどちらのチームも目印を獲得出来なかったら王国軍の勝ち。


「鐘が鳴ったら開始だよね?」


今日の正午から始まり、明日の夕方までに終わらせる。

丸1日以上を費やしてこの勝負は行われる。

教会は昔避難所としての機能もあったらしく、お城と同じようにそこそこ高い壁に囲われている。

この壁の中が戦いの舞台だ。


「静かすぎて実感が湧かないなぁ」


「まぁね。でも気を緩めちゃだめだよ」


石造りの壁の真ん中にある木製の大きな扉。

それはかつての名残で、なにやら模様が入っている。

が、認識するには蔦や葉が邪魔で困難だ。

ちなみにこの教会は太陽の宴(スレイルラージュ)が開催される時以外は決して解放しない。

この為にのみに残された廃墟だ。

現在は王城からは少し離れた位置に、ここよりもさらに大きく美しい景観を備えて新しい教会はある。


「あ」


明莉さんがぴくりと扉の向こうに反応すると、カーーーンと言った高音の音が鳴り響く。

聞いていて心地のいいその音色は開始の合図である鐘の音だ。

ゴクリと生唾を飲む。

不安や期待の入り混じった感情に襲われ、僅かに手が震え始めた。

とうとうここまで来た。

やっとここまで来たんだ!

あとはこの戦いを勝ち抜くのみ!


「さぁ行くぞ」


ギギギッと鈍い音を立てて大きな扉はその口を開いた。

壁の中は外とそれほど変わらない林と言った感じだが、所々に昔の名残らしいものが見え隠れしている。

お墓に建てられるような形の飾り。

遠くに見える教会へ続く苔むした石畳。

山の中に住んでいた身としては慣れ親しんだ気分、と言いたいところだが不気味だった。


「虫はともかく、動物がいないから不気味だね」


「…鳥だけはこっちを見てる」


私と同じことを思ったらしい愛ちゃんが呟く。

それに続いて蕾が上を見上げながら言った。

確かによく見ると伸びきった木々の隙間から、鳥たちの視線を感じる。

あちこちに様々な種類の鳥がいて、鳴くことも羽ばたくこともせずにこちらを見下ろしていた。

やはり気味が悪い。


「みんな止まって」


明莉さんが突如発した言葉に冷や汗が伝う。

門をくぐってまだ数歩しか歩いていないというのに早すぎる。

明莉さんが睨みつけるのは、数本の木が密集しているところだ。


「ヘンゼルとグレーテル?」


明莉さんの呟きは的を射ていたらしい。

ひょこっと顔を出したのは薄い水色の髪の、よく似た顔の幼 い子どもたちだった。

あの時美姫さんの横にいた子たち。


「アンお姉ちゃんは相変わらずすっごいね!」


「声かける前に気づかれちゃった!」


予選の時に見かけた子供たち。

幼い見た目通りに仕草も幼い。

見た目だけ幼くて実は違う、なんて想像していたもののそんなことは無かったらしい。


「「みぃんな!そんな怖い顔しないでよ〜」」


ところでどうして開始数秒でこちらの入口付近にいたのか。

あの白雪という人の能力だろうか?

なんて考えている段ではなかった。

ニヤリと2人が笑った次の瞬間、その片手同士を叩き合わせる。

パァンッ!!と軽快な音が辺りに響き渡った。

すると突然、地震が起きたのかと思うくらい世界が廻る。

足元が崩れた落ちたような感覚に陥り、視界が廻り吐き気が込上がった。


「愛!大丈夫か?」


ようやく揺れが収まり辺りを見渡すと全員がとこに伏せていた。

転んだ衝撃で落としてしまったるしい愛ちゃんを翼さんが心配して駆け寄る。

吐き気を抑えるために上を向いて、一瞬頭が真っ白になった。


「え」


先程の木や林、そういったものがなくなっている。

というより、まるで全然別の世界。


「なん、だ、これ」


蕾も驚いて周りを見回している。

そこはまるでお菓子でできた子供部屋。

キャンディーの柱に、飴細工のガラス。

クッキーでできた壁に、チョコレートの床。

あちらこちらに大きめのクマやイヌやネコのぬいぐるみ。

カラフルな木馬に大きな積み木。

それらも様々なお菓子で出来ていてまるで夢の世界のようだった。

ヘンゼルとグレーテルに出てくるお菓子の家のようだ。


「ね!ね!すごいでしょう!ヘンゼルの『夢』にイザナウ能力!」


「やめてよグレーテル。照れちゃうからー!」


ヘンゼルとグレーテル。

有名な童話だ。

食糧危機の際に親に捨てられ、お菓子の家にたどり着く。

その先で魔女に食べられそうになりながらも勇敢に魔女を倒す2人の子供のお話。

なるほど、この2人には良く似合う名前だ。


「ねえねえお兄さん、お兄さんはどんな風に天国に行きたいー?」


「クマさんに食べられちゃう?水飴の中で溺れちゃう?それともそれともミルクのお鍋の中でぐつぐつ煮てあげよっか!」


ヘンゼルが翼さんにそんな問いかけ。

すかさずグレーテルがきゃははと子供らしく、しかしなんとも恐ろしい言葉を口にしながら笑う。

…狂っている。

まだ年端も行かないこんな幼い子どもがなんということを口にするのだろう。


「…愛、ここはどうやら夢の中みたいだよ?」


「ん?…あ、なるほど」


ゆっくりと立ち上がりながら、蕾が悪戯する前の子どものような笑顔になる。

その言葉に一瞬戸惑った愛ちゃんもすぐにニヤリとよく似た笑顔。


「夢の中なら想いの強さがそのまま強みになる」


愛ちゃんがポツリとそんなことを呟いた。

そして、唐突にその場に立ち上がる。

…た、立った!愛ちゃんが立った!!


「お兄ちゃん、ここは私とれーくんに任せてよ!」


今まで以上に生き生きとした笑顔で愛ちゃんは胸を張る。

ここは、夢の中。

先程ヘンゼルの能力がすごいとグレーテルが自慢していた。

『夢』に誘う能力。

今、全員が彼らの夢の世界に引きずり込まれた、という解釈で間違いないだろう。

蕾の『前』を魅せる能力に近いもの。


「あれあれ?お兄さんたちも双子なの?」


「なになに?双子で勝負なの?」


わざとらしく驚いたような顔でヘンゼル。

かわいらしくニコリと微笑むグレーテル。

どうやら双子らしい2人の前に、こちらの双子が対峙する。

蕾も愛ちゃんもとても楽しそうな笑顔で。


「悪いけどお兄ちゃんたち、手は抜かないからね?」


「子どもだからって手加減はしないよ?」


「「だから、本気で遊ぼうか」」


大人気ない、そう思われても仕方ないのかもしれない。

でも、ここで負けるわけには行かないのだ。

子どもだからと侮ってはいけない。

殺し合いに駆り出されるような能力を持っていると認識するのが正しい。

大人に混じっても生き残れると確信があるから、彼らはここにいるはずなのだ。


「蕾、愛、気をつけて。彼らは夢の中なら何でもできる。ここは彼らのナワバリのようなもの」


顔色の悪い明莉さん。

私の同じで少し酔ってしまったのかもしれない。

私もまだ気持ち悪い。


「明莉ちゃんだいじょーぶ!なぜなら私達も夢とは縁が深いから!」


「そうそう。俺と愛がそろったら結構なんでも出来るんだよ」


こんなにもこの2人の背がたくましく見えたことはない。

なんだか、羨ましい。

2人なら何倍にも強く、楽しくいられる。

この2人はそんな絆で繋がった双子。

…兄が生きていたら私たちもこんな風に助け合ったりしていただろうか。


「よしよし決めたぞ!ハサミだグレーテル!」


「いいねいいね。『夢』で楽しむ能力ぅ!おっ裁縫だー!」


幼い双子がその手を合わす。

再び軽快な音とともに彼らの背後にとんでもなく大きなハサミと、縫い針と糸が登場。

キラリと光る2対の刃。

糸が勝手に縫い針へと通る。

それが蕾たち目掛けて勢いよく飛んできた。


「おっと、刃物は危ないな」


飛んできたハサミは蕾のいた場所を容赦なく切り刻む。

同じく飛んできた針は、蕾の回りをグルグル回り付いている糸で絡め取ろうとする。

だが速さに自信のある蕾だ。

身を翻してよける。

ひらりひらりとまるで鳥か兎のように。


「むむむぅ、あのお兄さん身軽過ぎてむかつくぅ」


「ぐぬぬぅ、なかなか捕まってくんなぁい!」


合わせてない方の手をブンブンと振り回し、どうやらその動きが刃物に反映されるようで。

小さな双子はなかなか捕えられない獲物に集中している。


「そんなわかりやすい動きじゃ、俺は捕まんないよ?」


ハサミがグミ出てきたクマを切り、カラフルな木馬を刻みつける。

針は針で、チョコレートの床に埋まってまた現れて、キャンディーで出来た柱に突き刺さる。

その中心を蕾は柱へ、壁へ、床へと縦横無尽に飛び回る。


「す、すごい」


蕾の速さは知ってはいたけれど感嘆する。

あれ?愛ちゃん?

愛ちゃんは何故かピクリともその場から動かない。

ひょいひょいと華麗に刃をかわす蕾をただじっと見つめている。

…ように見えた。

よく目を凝らして見てみると愛ちゃんらしきそれは、愛ちゃんではない。

この部屋のどこかにあったイヌのぬいぐるみらしきものが、愛ちゃんを象っている。

まるで身代わりをするかの如く、うっすらと愛ちゃんの中に透けている。


「さて、と。あのお兄ちゃんはすばしっこいから足より胴体から上を狙った方が当たりやすいかもよ?」


「なるほどなるほど!それじゃぁ首だね!」


「ええいええい!その首獲っちゃうぞー!」


動き回る足ばかりを狙っていたヘンゼルがその動きを変える。

謎の助言通りに足先から胴へ狙いを定めたら、蕾の顔色が僅かにくもる。

ハサミが迫り、避けた先に針が。

針を躱して、着地した場所にハサミが。

そしてついには針が蕾の上着を貫き、蕾を柱へ縫いつけた。


「蕾っ!」


夢の中で私の能力が通じるかわからない。

現実の体に攻撃は届かなくても、精神的に死んでしまってはさすがに治せない気がする。

貼り付けられた蕾の首目掛けてハサミが迫る。

思わず駆けだしたその時、ギリギリでハサミが勢いをなくして空を切る。


「ん?あ、れ?」


ヘンゼルが戸惑った声を上げた。

そしてギギギギと音を立てそうな動きをしながらグレーテルと共に後ろを振り返る。

その視界の先にはニッコリと笑った愛ちゃん。

先程のダミーのぬいぐるみは床へ転がっていて、愛ちゃん本人はいつの間にか双子の後ろへ。


「ひっ!?お姉さんいつからそこにいたの?」


「ひぇ!?いつからそこにいたのお姉さん?」


愛ちゃんが笑顔のままその右手に持っているのは、グレーテルが操っていた糸。

ハサミと針が交錯しながら動き回っていたせいで、ハサミに糸が絡まっているのだ。

そして愛ちゃんがその一部を捕まえたことで、ハサミは蕾に届く前にその動きを止められる羽目になった。

よく見ると柱や床へ縫い糸は貫通しているため、尚のこと糸は長さを失っている。


「て、ことで私たちの勝ちだね!」


「愛!危ないだろ!」


浮いたままのハサミを手に糸を切り、蕾に絡まった糸も切り裂いた愛ちゃんに蕾は文句ありあり。

そりゃそうだ、蕾が捕まったのは愛ちゃんの助言のせい。

自らの糸でグルグル巻にされたちびっ子たちは恨めしそうにその様子を眺めている。

とりあえず一件落着だ。


「愛ちゃん!蕾!お、お疲れ様!」


声をかけると愛ちゃんの方から駆け寄ってこられた。

そしてぎゅうっと抱きしめられる。

愛ちゃんが駆け寄ってくることは現実的には有り得ないので、思わず転ばないかと心配になってしまう。


「えへへ!ありがとう!足のせいで足手まといになるかと思ってたけど私でも役に立てた!」


「足手まといだなんてそんな!」


耳側で勝った勝ったと喜ぶ愛ちゃんを他所に私は少し後ろめたい気分だった。

私はみんなが怪我をしないと役に立てない。

視線をあげると翼さんと蕾がちびっ子たちを見下ろしていて、どう処理するかと悩んでいた。

明莉さんは未だに蹲って胸をさすっている。

まだまだゲームは始まったばかりだというのに、もうなんだか疲れてしまった。


「とりあえずお前たち、能力を解除して全員を起こせ」


翼さんの言葉に不貞腐れた様子のヘンゼルが目を閉じると世界が再び歪んでいく。

お腹の中を掻き回されるような浮遊感を感じて、再び胃の内容物が迫り上がる感覚だ。

そして真っ黒な世界と真っ赤な世界。

血の着いた刃物を持って不敵に笑う男。


「ゔっぁ……ひとり、に、…て……ぁ、ごめん、な……」


おにいちゃん……?

嫌だ。

嫌だ嫌だ嫌だ!!

お父さんお母さん置いていかないで!!!

狭くて寒くて誰もいないあんなところにもう戻りたくない!

助けて、たすけてっ!!

蕾、れい、れいっ!!


「れい…?」


「あ!紬ちゃん!起きたんだね、よかった」


まぶたを開けると翼さんに背負われた愛ちゃんと目が合った。

いつの間にか私は蕾に背負われている。

どのくらいねむっていたんだろうか。

すでに後ろに門はなく、随分と進んでいるようだ。


「れ、れい、ありがとう。降りるよ」


「紬ちゃん?顔色が悪いよ?」


降りようと思って体を上げようとした時、よいしょっと抱えなおされて私は慌てて蕾の背中にしがみつく。

落ちるかと思った。


「いいからそのまましてなさい」


「は、はい」


蕾に優しく怒られて?

頷くしか無かった。

暑い季節だ言うのに私の手先はとても冷えている。

あの双子達との戦いの後、今は安全な寝床を探しているらしい。

あのあと蕾の能力でもう一度2人は眠らせて、近くの木陰に置いてきたそうだ。

蕾の能力は蕾の意思でしか解除できない。

今のところ明後日まで目を覚まさないだろう。


「明莉?どうかした?」


索敵の得意な先頭を歩く明莉さんがピタリと足を止めた。

あの幼い双子のことも視認する前に見つけたのだから、凄いことである。

明莉さんが数歩下がった。

私を背負う蕾も、愛ちゃんを背負う翼さんもいつでも対応出来るように警戒している。


「どこまでもどこまでも、私たちの邪魔をなさるおつもりのようね」


真横の高台の上に、森に似合わないドレスと真っ黒な燕尾服に身を包んだ2人。

そして明莉さんとよく似た朱色の髪を靡かせて、ティンカーベルと呼ばれたあの人がこちらへ全力で突っ込んで来るところだった。

今年もよろしくお願いします

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