賄賂
予選突破は愛ちゃんの夢で知っているので、予定通りではあったがそれなりに嬉しいものだった。
宿屋でも泊まっている他のお客さんや宿主さんたちに祝福される始末である。
お祭りのメインと言っても過言ではないだけあって、かなりの人達が注目していたようだ。
大きなテーブルを囲ってみんなでどんちゃん騒ぎだった。
「あれ、蕾がいない」
先程まで愛ちゃんの側でワイワイしていたのに、いつの間にか蕾が消えている。
腕、ちゃんと治したつもりだけど痛んだりしないかな…。
あと愛ちゃんはやはり治療してから足に違和感があるらしく、蕾もそうだったりするのだろうか。
心配になってキョロキョロと当たりを見渡すけれど、やはりその姿は見当たらない。
部屋かな?
賑やかな輪をぬけ、翼さんと蕾の部屋へ向かう。
2度ノックすると中から返事が聞こえた。
「蕾?大丈夫?…わ!ごめん」
「え!?ごめん、兄ちゃんかと思った…」
開けた扉を慌てて閉める。
思い切り着替え中だったのだ。
脱いでいるのが上半身だからまだ良かった。
扉の前で待機してると、キチンと服を着た蕾が「もういいよ」と顔を出す。
「で?どうしたの?」
「あ、えぇと…腕、もう大丈夫?」
見た目上なんの問題も無さそうだが、骨が見えそうなほど切り刻まれていたのだ。
それと愛ちゃんの言う違和感が蕾にもあったりしないかと不安に思う。
「腕はもう全然平気。むしろ前よりなんだか軽くて動かしやすい気がするよ」
腕をブンブンとその場で回して元気であるアピールをしてくれる。
蕾はいつでもだいたい優しい。
みんなといるの楽しくて仕方がない。
だからこそ不安になる。
「明日からの本選は、愛ちゃんも視てないんだったよね」
「…うん。怖い?」
「自分が死ぬことよりも、みんながいなくなることが怖い」
「それはそうだね…。頑張るしかないや」
なんて呑気に話していると少し落ち着いてくる。
きっと大丈夫。
翼さんも蕾も明莉さんも強い。
予選2試合はほぼ明莉さんが1人で突破しちゃったようなものだし。
そんな時だった。
コンコンという音とともに翼さんが顔を出した。
「2人ともちょっと来て」
最初、どんちゃん騒ぎが終わって部屋に帰ってきたのかと思ったが、どうやら違うらしい。
翼さんは少し嫌そうな顔をしていた。
促され部屋を出ると1回の受付の横にある部屋へ通される。
そしてそこにはすでに愛ちゃんと明莉さんがいて、2人の向かいの席には美姫さんが座っていた。
美姫さんの後ろには、ティンカーベルさんとあの影の人が立っている。
「これで全員だよ」
「夜分遅くに訪ねて申し訳ないとは思っていますわ」
美姫さんはその美しい緋色の瞳を僅かに伏せるように会釈する。
つられて私もぺこりと頭を下げた。
相変わらず明莉さんは苦手なのか顔色が悪い。
愛ちゃんはティンカーベルさんを睨みつけてて、明莉さんに引っ付いている。
ティンカーベルさんは何も言わない。
「あまり長居しては宿の方々にも迷惑でしょうし、単刀直入にお話しますね」
用意された紅茶に口をつけながら微笑む美姫さんはまるで絵画のような美しさ。
けれど、どこか恐ろしい。
翼さんを中心に椅子に座った私たちは一先ず話を聞く。
「私たち、赤の方の予選を突破致しましたの。そしてあなた方も。取り引き致しませんこと?」
「取り引き?」
美姫さんの言葉に翼さんが反応する。
彼女たちが予選を突破したということは、明日からの3日間彼女たちと戦うことになるのか。
明莉さんがしんどいだろうな。
顔見知りと殺し合いなんて悲劇のストーリーによくあるパターンだ。
「白雪」
美姫さんがそう言った瞬間、影の人が唐突に先の反った短剣を取り出し、翼さんの目の前を切った。
そこそこのスピードで、あまりの唐突のことに誰も反応できない。
もし今この人が翼さんを殺そうと思って動いていたならば、翼さんは死んでいただろう。
「白雪、取り引きをしたいのであって貴女の力を誇示したいわけではないわ。失礼でしょう」
白雪と言うのはどうやらこの人の名前らしい。
動きやすそうなズボンに真っ黒のフード付きの服を着て、腰に剣を…本で読んだあれは刀というやつだ。
そして目元を隠す仮面をつけている。
真っ黒なフードの中に白い面が浮いていて、気味が悪い。
そんな白雪さんが刀を鞘に納めた時だった。
ジャリンゴトン、という重い音と共に切られた空間から袋が5つ落ちてきた。
「ごめんなさいね、白雪はそちらのお嬢さんが気に入らないようなの」
そう言って私が見られた。
え!?私何かした?
全く話さないし仮面のせいで目も合わない白雪さんに敵視される覚えはない。
あの日、暑さでやられた私が美姫さんにお水を貰った時が初対面のはずだ。
お水、白雪さんのだったのかな…。
「それで、これは?」
蕾に僅かに隠れた私のことは無視して、翼さんが目の前に落とされた袋の正体を尋ねる。
そう言えば何も無い空間を切ったらこれが出てきたけど、彼女も能力持ちらしい。
それも空間に干渉できるなんてかなり珍しい能力なんじゃないだろうか?
「ここに、純金貨5枚相当があるわ。王国軍はともかくあなた達は優勝を諦めて下さらないかしら?」
「「「は?」」」
3兄妹の声が重なる。
ガチャンという音はやはりお金だったのか。
つまりこれは賄賂。
「美姫さまは別にあんた達に恨みがあるわけじゃないから、金やるから参加だけして負けろって言ってんの!そんなことも分からないんわけ?」
ティンカーベルさんが馬鹿にしたような口調で明莉さんを見る。
いやこれは馬鹿にしているな。
そもそも明莉さんはわかってない訳じゃなくて、わかった上で口を出していないだけだ!
ムカつくなぁこの人!
「いやそれはわかるけど」
「ぃやん!さすが翼!!」
翼さんが思わず返答してしまうと体をくねらせてデレデレする。
気持ち悪い。
「不参加は認められないから形だけの参加というのはいかがかしら?」
「すまないが断らせてもらう。俺たちにも譲れない願いがある」
すぐに言葉が出なかったのはその額の大きさのせいだろう。
愛ちゃんたちと売り子をしていてかなりの額を貯めたものの、金貨すらまともに見たことなかったのに。
金貨100枚で純金貨1枚分である。
つまり1袋に金貨100枚ずつ入っているということだ。
なんて額だ。
「わかっておりますの?明日は殺し合いをするんですのよ?貴方はご兄妹やお仲間にそのような思いをさせたいと?」
翼さんは決して私たちを殺したい訳では無い。
今でも私は3人の願いを知らないけれど、この3人がくだらない事のためにお互いの命を賭けるような真似はしないと知っているつもりだ。
私が参加するのは明莉さんを含めた4人を死なせないため。
「俺たち以外がこのことを知らなければ、最高の提案だというのは分かっている。けれど、譲れないんだ。申し訳ない」
翼さんが珍しく眉根を寄せている。
本音を言うなら殺し合わなくて済むならその方がいい。
蕾も愛ちゃんも何も言わないのが、同意しているという証拠だ。
だったら私や明莉さんが言うことは何もない。
「そう」
カチャリと空になったカップを置くと美姫さんは静かに立ち上がった。
いつの間にか移動した白雪さんがドアを開ける。
「私は提案は致しました。後悔されても知りませんからね」
ドアを出る直前に振り向きざまに言われたその言葉はあまりにも冷ややかで、ゾッとした。
緋色に染まった瞳は先程までと同じとは思えない、獲物を狩る肉食獣のような瞳に変わっている。
「バカねあんた達」
扉を閉めつつティンカーベルさんがつぶやいていった。
机に置かれていたお金はいつの間にか消えていた。
年末は忙しいですね