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孤独の新月  作者: 瑠璃茉莉
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秘密の夜食

それから蕾は糸の切れた人形のように崩れ落ち、気を失ってしまった。

翼さんはそのまま腰を抜かした男たちに詰問する。

私の予想通り彼らは雇われた人間らしく、盗賊ではないらしい。

雇い主は顔を隠していたため声の雰囲気的に女性であることしかわからず、ここを通る銀髪の子供たちを2週間ほど拉致監禁してほしい、という依頼だったそうだ。

銀髪なんてそうそういるものではない。

明らかに私たちを狙った依頼だ。


「コートにフードで、護衛もたくさんつけててよぉ、ガキ捕まえるだけで大金くれるって言うから特に詳しくも聞いてねぇんだよぉ…」


「頼むからもう許してくれ。すまなかった。殺さないでくれぇ」


男たちは情けなく命乞いをしている。

翼さんはそもそも命を奪い取るなんてことするつもりないのに。

そんなことを思いながら私は蕾が蹴り倒した人たちの手当てをしていた。

3人とも重傷で放置すれば死ぬだろう。

蹴りあげられた男は顎の骨とあばら骨が折れていて、内蔵も傷ついている。

木ごとへし折れた男は背骨が折れ、腕が在らぬ方向を向いている。

地面にめり込んだ男は頭の形が僅かにへしゃげている。

翼さんを撃った男たちを助ける義理はないが、蕾を殺人犯にしたくない私は完治まではいかずとも致命傷は治した。


「とりあえず骨と内蔵を治しとけばいっか」


自分の治癒力に驚かされる。

もしかして死んでさえいなければ、どんな傷も治せるのでは?

翼さんの傷も、この人たちの傷も、即死はしてないものの虫の息だったというのに手を翳して治れと祈りつつ、正しい身体の形を想像すればたちまち治ってしまう。

致命傷を治した3人を残りの男たちに返し、私たちは宿屋への帰路についた。

山の家と同じで男の子と女の子で別れて、2つの部屋がある。

気を失ったままの蕾を背負ったまま翼さんは、「また夕食で」と声をかけて隣の部屋へ消えていった。


「明莉ちゃんありがとう」


翼さんが蕾を背負ったため、愛ちゃんのことは明莉さんが背負ってここまで来た。

足腰が多少鍛えられたとはいえ、ヒト一人背負えるほどの筋力は私にはありませんでした。

ベッドに腰掛ける愛ちゃんが、何やら足を気にしている。


「愛ちゃん?」


愛ちゃんの足は生まれつき、ほとんど感覚がない。

動かないと言うよりも動かすための神経がない、という感覚らしい。

だから足に触れられても触覚もないためわからず、擦り傷も翼さんが慌てていたくらいだ。


「なんか…紬ちゃんに傷治してもらってから違和感?が、あるような…?」


自分の足を両手で右へ左へ動かして首を傾げている。

言っている意味がわからず私も首を傾げる。

そんな感じで時間は経ち、夕食を食べてお風呂に入り、就寝した。

明日から予選だというのに今日は随分と疲れてしまった。

蕾は結局、起きてこなかった。


「んぅ…?」


夜中、不意に目を覚ます。

月の向きからして夜明けまであと1時間と言ったところか。

夜になるとこっそり出ていく明莉さんも今日は健やかに寝ている。

喉が渇いたな。

そう思い、愛ちゃんと明莉さんを起こさないようにそっと部屋を抜け出して宿泊客の共有スペースへ。

借りた宿屋は、受付を済ませるとすぐに大きな空間に出る。

大きな机が1つ、それを囲うように12人が腰掛けれるようにソファーが配置してある。

長椅子や1人用など。

そして近くに暖炉やちょっとした本棚があって、宿泊客が談話できるスペースだ。

部屋は全て2階にあり、1階はそういった作りになっている。


「あれ…」


共有スペースのキッチンには飲み水が置いてある。

だけどそこには蕾がいた。

手に保存用として持ってきていたハムとチーズとパンを持ち、どうやら切り分けるところだったらしい。


「夕飯の時、寝ててお腹空いたからこっそり、ね」


あはは、と恥ずかしそうに笑う。

いつも通りの優しい笑顔。

昼間の殺意が嘘のよう。


「紬も食べる?」


私が無言で立っていたのが気になったのか、1口サイズに切ったハムを口元へ持ってこられる。

別にお腹は空いていなかったのだけれど、思わず口を開いてしまいパクリと1口。

明莉さんが捕って、翼さんが作ったハム美味しい。

蕾もチーズを一欠片。


「蕾、もう、大丈夫なの?」


蕾が起きてくれたことにほっとしすぎて、若干思考停止していた私がようやく絞り出した一言。

蕾は竹串にチーズを刺して、コンロの火でそれを炙っている。


「うん。もう大丈夫。心配かけてごめんね、あとあの人たちを助けてくれてありがとう」


あの人たちを助けたこと、悪いことじゃなかったんだ。

余計なことかもしれない、と内心少し怖かったのだ。

翼さんたちは手当ての間何も言わなかったので、一先ず命だけは助けたけれどあまり快く思っていないかとしれない、と。

翼さんを撃った人たちを助けるなんて、と。

それを蕾本人に感謝されてほっと胸を撫で下ろす。


「無駄な殺生をするところだった」


そう言って蕾は蕩けたチーズを、切ったパンの上に伸ばし、薄くスライスしたハムをその上に乗せる。

そして「はい」とまた目の前にそれを差し出された。

唇に触れる距離で差し出されたため、また口を開いてしまう。

少し硬いパンに熱く蕩けたチーズが絡んで、ハムの旨味が口いっぱいに広がる。

めちゃくちゃ美味しい。


「おいし…」


「でしょう?これ母さんにこっそり教わった夜食なんだよね」


蕾はいつもの優しい笑顔と違って子どもっぽく笑った。

私が齧ったパンを蕾も齧る。

そして直ぐにまた私の前に差し出される。

お腹は空いていなかったけれど、チーズのちょっと香ばしい匂いに負けて1口、また1口と交互に食べたのだった。

そう言えば蕾が親の話をするのは珍しい。

昔、こんな風にお母さんと2人で兄妹たちに内緒でこのハムチーズパンを食べたりしたのだろうか。


「ねぇ蕾たちはいつから3人になったの?」


前に愛ちゃんが両親は殺されたのだと言っていた。

それ以上触れるのはよくないと思い、蕾たちも聞いてこないからお互いの過去は知らないままだ。

気にならないと言えば嘘になる。

翼さんは現在17歳で、蕾と愛ちゃんは15歳。

たったそれだけしか生きていないのに生活面だけでなく、色々としっかりしすぎているのだ。

翼さんの料理の腕前は1人前だし、愛ちゃんの裁縫スキルは目を見張るものがある。

蕾は2人ほど特出した何かはないが、実はどちらもソツなくこなせる。

そして他にもいろいろできるし、なにより気配りがすごいのだ。


「兄ちゃんが10歳で俺たちが8歳の時からかな。ちなみに料理も裁縫も教えたのは母さん」


蕾が優しい目で遠くを見る。

その横顔は愛ちゃんそっくりだ。

笑顔とか仕草とかこういったふとした時に、2人はよく似た双子だと思う。


「お母さんがすごく上手な人だったんだね」


きっと笑顔が素敵で、仕事がテキパキできるタイプの翼さんに似た人かな?


「いーや全然。裁縫はよく自分の手に刺していたし、料理は見た目美味しそうなのにいつも味付けを失敗しているような人だった」


思い出して可笑しくなったのか、蕾が吹き出す。

あれ、全然想像と違う人だった。

むしろ私みたいだ。

砂糖と塩なんて舐めてみないと分かったもんじゃない。

同じ白い粒だ!

蕾は懐かしいな、と目を細めて楽しそうに話す。


「結構ドジな人だったけど、人一倍元気で明るい人だった」


「好きなんだねお母さん。お父さんは?」


あまりにも嬉しそうに笑う蕾を見て、もっと早く色々と聞いておけばよかったなと思った。

愛ちゃんや翼さんにも聞いたらまた違う感想やエピソードが聞けるかもしれない。


「父さんは体の弱い人でいつも寝たきりだったけど、物知りで色々と教えてもらったな」


週一の勉強会を思い出す。

翼さんや愛ちゃんはこれからに必要なことや仕事に必要なことを調べていた。

けど、蕾は難しい歴史の本や能力の起源とか書かれた、少し変わった本を読んでいた。

お父さんの趣味かもしれない。


「ねぇ、蕾、小さい頃の翼さんとか愛ちゃんの話はないの?」


「あるよ。小さい頃は愛はめちゃくちゃ泣き虫でさ」


そんな感じで私たちは時間を忘れて蕾たちの子どもの頃の話をしていた。

明け方、共有スペースで眠りこけている私たちに明莉さんが「朝起きたらいないから心配するじゃない!」と怒られるまで久しぶりに蕾とのんびり過ごした気がする。

昨日の疲れが嘘のように楽しかった。

寝不足だが元気な一日が過ごせそうだ。

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