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孤独の新月  作者: 瑠璃茉莉
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首都エイルレーン

「すごい人だねー…目が回りそう」


首都エイルレーン。

緑の多いこの国は、その土地の大半が森や林などの自然で覆われている。

その首都であるこの街は大きな窪みのような場所に作られていて、窪みの1番奥には大きなお城が建設されている。

窪地の1番奥に作られたお城は背後が崖になっているので、後ろから責められることの無い天然の城壁らしい。

そしてこの城下町は明日からが本格的なお祭りだというのにかなりの賑わいだ。

呼吸するのも苦しいくらい。


「とりあえず離れないように、はい」


蕾から差し出された手をしがみつくように掴む。

塔の中に独りだった私は、愛ちゃんと商売をするようになって少しは克服したと思っていた。

が、この人混みはなかなか厳しいものがある。

正直、吐きそう…。


「もうすぐつくから、我慢してな…」


愛ちゃんを背負った翼さんが励ましの言葉をかけるが、当の本人も人混みと熱気で辛そうだった。

も、森に還りたい…。

祭りは明日からが本番だというのに、準備だけでこんなにも人はいるものなのか。

あした、どうなる、の…。

これ以上の人混みを想像するだけで、胃の負担が増えた気がする。


「…あれがお城?」


人々と出店、それらの先に大きな石造りの建物が見える。

いくつもの小さな塔と、一番大きな塔、そしてそれらを囲う城壁。

絵本などに出てくるお城そのものといった感じだ。

すごく立派で、唖然としてしまう。

ほんの少し、あそこに住んでみたいなぁ、なんて憧れさえ抱くほど。


「はぁ…全員で行ってもあれだし、とりあえずお前らここにいろ」


城門に近づくと高く高く大きな城壁に圧倒される。

受付らしき人がいる近くにあったベンチに愛ちゃんを座らせ、翼さんは受付へと走り去って行った。

大した距離ではないのに翼さんの姿は人混みへと消えていく。


「それにしてもすごい人だねぇ」


あはは、と笑いながら暑そうに手で扇ぐ愛ちゃん。

愛ちゃんはいつも笑ってる。

けれど数日前の涙を見て、実は無理しているのかもしれないと思うようになった。


「ん?アン?ねぇ、あんた、アンじゃない?」


突然聞こえてきた声に振り向くと、朱色の髪、夕陽色の瞳の女の子がこちらへと向かってくる。

明莉さんと同じ朝日族の特徴だ。

女の子はそのまま真っ直ぐ明莉さんに近づいてくる。

明莉さんは青ざめた顔で女の子を見つめ、1歩後ずさった。


「アンタ生きてたのね!あの怪我のあと屋敷からいなくなったから死んじゃったのかと思った」


言葉では心配そうな言い方をするが、その顔は意地悪そうに笑っている。

誰だろう?

そもそも怪我ってなんの事だろう?


「え?うそ!まさか、アンタも明日からのゲーム参加するの?そこのガキ共と?ありえなくない?」


あれ、この人意外と口が悪い。

あと、目つきも悪い。

なんだろ、好きじゃない。

そんな感想を抱いているのは私だけではないようで、愛ちゃんがものすごい作り笑いをしている。

それはもう作ってます、と言っているくらいわかりやすく。


「明莉ちゃんの知り合い?」


「明莉…?あぁアンのことね。本名は知らないからさぁ」


そう言えばアンってなんだ。

てか愛ちゃんは明莉さんに聞いたのであって、貴女に聞いたわけじゃないのに、なんであなたが答えるの。


「…まさか、あなた、たち、も出るの?明日のお祭り…」


ここでようやく明莉さんが口を開く。

しどろもどろな口調からも何かしら思うところがあるようで青ざめた顔も変わらない。

心配ではあるのものの口を挟むには私は知らなすぎる。


「まぁ、全員が全員じゃないけどね。私は出るよ。旦那様のお言いつけだし?」


そこで女の子が明莉さんに近づき、ニヤリと不敵に笑った。

それはもう顔が触れ合うんじゃないかというくらい近くに。


「手加減はしないわよー?ていうかむしろ、アンタのことぶっ倒してやるわ。その前髪、アレを隠すためでしょ?隠せないとこもっっといっぱい傷つけてあげる。楽しみね!」


あはは、と女の子は笑う。

そして、右目を片手で隠す明莉さんにその子は手を伸ばす。

嫌がっている右目に向けて、まるでその手を引き剥がそうとするかのように。

やっぱこの人嫌いだ!

思わず体が前に出た時だった。


「それ以上、俺の仲間をいじめないでくれる?」


女の子が伸ばしたその手を蕾が掴む。

明莉さんしか見てなかった女の子は、自らの手をつかむ蕾を睨みつけた。


「そうだよ!明莉ちゃんが嫌がってるでしょ!!」


すかさず立ち上がることの出来ない愛ちゃんが、言葉で応戦。


「何あんた?邪魔なんだけど」


「邪魔なのは貴女でしょ!明莉ちゃんになにすんの!」


珍しく愛ちゃんが怒ってる。

私は青ざめたままの明莉さんの手をそっと掴む。

驚いた顔で振り向いた明莉さんの手をそのまま引き寄せ、少しでもあの子から遠ざけたかった。


「なによチビ!何その足?ハッ!まともに歩くことも出来ないくせに一丁前に喧嘩売って来ないでっ…いった!?」


愛ちゃんの足をバカにした途端、蕾が握っていた手首をさらにきつく握りしめる。

いつも笑顔の二人が、片方は無言、片方は声を荒らげて怒っている。


「ただい、ま…て、え、何?ん、誰?何この状況」


険悪なムードの中、何も知らない翼さんが戻ってきた。

受付とやらはここ以上に暑かったらしい。

額や首には大粒の汗が流れている。


「…っ!!」


翼さんを見た女の子が息を呑む。

まるで獲物を見つけた猫のように目がまん丸になり、ぴょんっと一跳びで翼さんの目の前へ。

蕾が掴んでいた腕はいつの間にか振りほどかれ、その場所は赤く手のあとがついていた。

けれどそんなことお構い無しに翼さんのそばに急接近してじっと顔を見つめる。

先程から思っていたが、随分とパーソナルスペースの狭い人だ。


「あなたお名前は?」


「え?は、つ、翼だけど…」


「翼!!運命感じちゃう!!あなたいいわ!」


翼さんはドン引きしている。

何言ってんのこの子。

頭大丈夫だろうか?


「私の名前はティンカーベル、みんなベルって呼んでくれてる!ねぇ翼、私あなたのこと気に入ったわ!」


そしてくるっと振り返るとまた明莉さんにちょっかいをかける。

にっこりと可愛らしく、しかし、どこか意地悪そうに笑うと、ぼそっと何かを言った。

その言葉で明莉さんの目に動揺が走る。


「またね!翼!」


笑顔でもう一度振り返って挨拶。

しかも呼び捨て。

そして嵐のように去っていった。


「…何だったんだ?」


「明莉、大丈夫?」


「明莉ちゃん大丈夫!?」


三兄妹が同時に喋る。

一番状況把握のできてない翼さんはポカンと立ち尽くしていて、2人は明莉さんの心配をしている。

私も握った手に力を込めながら、もう片方の手で明莉さんの背中に触れた。

僅かに手が震えているのがわかる。


「取り乱してごめんなさい。彼女、私の、前の主人のところにいた人で…えっと…あまりいい人じゃない…うん」


前の主人…。

この怯えようからして、あまりいい人ではなかったのかもしれない。

これ以上どうしていいかわからず困っていると、蕾がポンッと明莉さんの肩を叩いた。


「何があっても俺と兄ちゃんが守るから、心配しないで」


「うん!お兄ちゃんとれーくんがいたらあんな子怖くないよ!」


明莉さんは一度大きく深呼吸をすると、落ち着いた様子で「ありがとう」と呟いた。

そして私の頭をポンポンと撫でながら私にも「ありがとう」と言ってくれた。

何もしてあげれてないけど、少しは何か役に立てたのかもしれない。

…たぶん。


「ねえねえ明莉ちゃん、名前のこと聞いていい?」


愛ちゃんがカバンに入れていた水筒を明莉さんに差し出しながらそう言った。

まだ怒っているらしく、ムスッとした表情のまま。

愛らしい顔は怒っていても可愛い。

アンという、本名と1文字しか合っていないそれは私も気になっていた。

ティンカーベルってのも変な名前。

どこかで聞いたことがある気がするが、あんな子私は知らない。

それにこの国ではなかなか聞きなれない名前だ。


「あぁあれは…旦那様の趣味というか…」


変わり者なんだろうなぁ。

その旦那様。


「童話が好きな人で、使用人全員にイメージと合う童話の中の名前を付けるの」


童話、アン…『赤毛のアン』なるほど。

ただの見た目じゃないか。

赤毛ならさっきの子もそうじゃん。

ティンカーベルって確か、ピーターパンに出てくる妖精の名前だった気がする。

あの子が妖精?

全然違う。

うーん。

やっぱり変わり者だ。


「ベルが言ってたのは、えっと…私が旦那様を…っ!?」


「明莉ちゃん!」


突然愛ちゃんが目の前に立つ明莉さんの腰に抱きつく。

昔話をしようとする明莉さんはすごく嫌そうな顔をしていた。

たぶん、それを止めたかったのだろう。


「やな事聞いてごめんね?もういいよ。とりあえずぶっ飛ばしちゃえば問題ないね!」


「愛…たぶん、そういう問題じゃない…」


「全然話についていけないんだけど!もうちょい詳しい状況説明もらってもいいかなぁ!?」


励ます愛ちゃんに、突っ込みをいれる蕾。

未だに状況把握があまり出来ていない翼さん。

そのやり取りにふふっと明莉さんが笑顔を漏らした。

暗い顔から少しは戻ったみたいで、私は胸を撫で下ろす。

その日泊まる宿へ向かう帰り道。

蕾は翼さんにあの子のことを説明して、愛ちゃんは翼さんに背負われたままずーっと明莉さんに話しかけていた。

話を聞き終えたあとの翼さんは、初めて会った時のように怖い雰囲気になっていた。

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